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鏡花水月 花言葉の導④ー1

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   泣きじゃくって話にならなかったので、一旦、ポピーを落ち着かせる。
   まだ少し嗚咽が漏れているが、話は出来るようだ。

   座卓の上にポピーが座り、その周りに三人が座る。

「それで…?一体、どうしたの?何があったの?」

   オルメカはポピーの頭を優しく撫でる。それで少し安心したのか、表情が少しだけ和らいだ。

「ポピーは俺達と別れた後、仲間の所へと帰ったはずだな。そこで何を見たんだ?」

   ソロモンも努めて優しい声で尋ねた。

<…ひっく…み、皆の元に、戻ったです。夜になれば皆は花畑に顔を出します。でも…>

「でも…?もしかして、誰も出てこなかったの?」

   オルメカがそう聞いた。すると、ポピーは首を横に振った。

<違います…。皆、出てきたんですよ。おかえりなさいって言ってくれたんです。…で、でも…>

   一旦、深呼吸をしてから話を続ける。

<きゅ、急に結晶化したんです!皆…!!>

「け、結晶化!?」

   その突飛な言葉に三人は驚いた。オルメカはそんな事象があったかと考えるが、特に聞き覚えがない。それに、結晶化するとはどういうことなのだろうか。氷魔法などの凍結や氷像化などとは別のものだということだろうか。

「…オル、一旦、見に行ってみるべきじゃないか?俺達はどういったものなのかを知らない」

「そうだね…。行ってみようか」

   二人は立ち上がる。

「待ってください」

   そんな二人に待ったを掛けたのはアリスだ。
   ポピーは座卓の上で成り行きを見守っている。

「どうした?アリス」

   アリスも立ち上がって説明をする。

「本で読んだことがあるんです。考古学者の半生です。その考古学者が行ったことがある遺跡に結晶化している所があるそうなんです。なんでもどうして結晶化したかが不明なんだそうですよ。だから、原因がわからない以上、下手に近付くのは危険だと思います」

「なるほどね…」

   こういう時、数多の人間の半生が書かれた蔵書を時間の許す限り読みきってきたアリスの知識には助けられる。それとその記憶力にもだ。あと、驚くとすれば、幻想図書館に訪れたことのある人々の多様さだ。

   それだけ多くの人間に会いたい人がいた、という簡単な話なのだが本当に色々な人が幻想図書館を訪れていたんだ実感する。

「どうしよう?確かに得体の知れないものに不用意に近付くべきじゃないよね?」

「ああ、確かにな。俺達が行くのは止めたほうがいいか…」

   そういう流れになったのを聞いて、ポピーはショックを受ける。

<…た、助けてくれないですか!?>

   涙目で訴える。そんなポピーを見てオルメカは慌てた。

「だ、大丈夫だよ!ちゃんと助けに行くから!ね?」

   座卓の上から掌に乗せ、涙を人差し指で拭う。それから頭を撫でる。

   今にも泣き崩れそうなポピーを見て、ソロモンもアリスも何とかしてやりたいと思う。

「そうだな…。俺達が直接行くことは出来ないが…見て来てもらうことは出来るだろう」

   そう言うと、ソロモンは徐ろにいつもは腰に着けているポーチから鍵を一本取り出す。シジルが彼の目の前に現れ、迷うことなくその鍵を差す。

「…さあ、力を貸してくれ!我が七十二柱が一人、六王子が四番目、二十六の軍団を率いる悪魔…」

   鍵を回すと、カチリと音が鳴る。その瞬間、シジルが強く光だし、シジルの前に扉が現れた。

「いでよ…!悪魔…ストラス…!」

   シジルの前に扉が現れ、中から悪魔が姿を表す。

   目の周りは赤く、銀の爪を持つフクロウを模した奇妙な鳥の姿で現れた。
   悪魔ストラスがシジルを一歩飛び出すと、その姿は王冠を乗せたフクロウの姿と変わった。

   そのまま悪魔ストラスは羽ばたき、ソロモンが伸ばした腕へと留まる。

「これが…悪魔ストラス…。何か、可愛いね」

   悪魔と言いながら王冠を被ったフクロウの姿をしているので、つい、そんな感想が口を突いて出た。場合によっては悪魔の不興を買う発言だ。しかし、今はソロモンと契約をしているから攻撃されることはなかった。たまたまかもしれないが。
   悪魔ストラスは首を回して傾げている。

「ストラス、お前は確か鉱物学にも詳しかったはずだな?悪いが知恵を貸してくれ。どうやら、精霊が結晶化するという現象が起きているらしい。それを確かめて来て欲しいんだ」

   ソロモンがそういうと悪魔ストラスは羽ばたいて返事をする。

「ポピー、ストラスを案内してくれないか?」

<は、はい…!!>

   オルメカの掌の上から飛び立つ。
   アリスがストラスも通れるように窓を開けた。

「頼むぞ」

   悪魔ストラスはポピーと共に窓の向こうへ飛び立った。その姿を見送った後、オルメカが提案する。

「あの子達が戻ってきたらすぐに動けるように、普段着に着替えておいた方がいいと思うんだけど、どうかな?」

   華舞の宴も終わり宿屋に戻ってきた三人は、祭に着て行った浴衣のままだった。温泉に入ってから宿屋の浴衣に着替えればいいと考えていたためだ。この格好のままでは流石に動き回ることは出来ない。

「…いや、夜に動くのは得策じゃない。ストラスの見解次第だが…猶予があるなら今夜はしっかり寝てから、朝に動く方がいいんじゃないか?」

   オルメカの提案にソロモンはそう答えた。

「ボクも、朝の方がいいと思います」

   アリスもそう賛同する。これが多数決ならオルメカは折れなければならないが…。

「……そう」

   歯切れ悪く答える。この様子にソロモンは首を傾げた。

「どうした?オル。何か引っ掛かるのか?」

   そう問われて、オルメカは先ほど聞いた話をするか少し迷った。あの話がポピーの言う結晶化と何か関係あるかは不明だからだ。でも、こういった情報は共有しておくには越したことはないと思う。
   そう思ったオルメカは、話しておくことにした。


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