9 / 49
9、策略
しおりを挟むそれは生徒会室に呼び出しを受けてから数日経った頃のこと。また、根も葉もない噂が流れた。「生徒会の男爵令嬢に対して王太子殿下の婚約者が嫌がらせをしている」「死神令嬢が生徒会の男爵令嬢に呪いをかけようとした」というもの。当然、そんな事はしていない。
正確には捕まっていないどこかの貴族令嬢が男爵令嬢に嫌がらせをしているのだろう。そしてそれを勝手にロベリアやカルミアが指示したと言いふらしている誰かがいる。
出来るだけ関わり合いになりたくないが、何もしなくても小説通り悪役にされるならとふたりの令嬢は行動に出た。
「ネリネ・シトリンさん。少しお時間よろしいでしょうか」
放課後、生徒会室に向かう男爵令嬢、ネリネ・シトリンを呼び止める。
「え?…えっと…どちら様でしょうか?」
呼び止められたネリネ・シトリンは渡り廊下の生徒会室側から歩いてくるふたりの令嬢の顔を見て、きょとんとした様子で顔を上げた後、ギョッとした表情になった。正式な挨拶も交わしていない。ただ一度、入学式後のお茶会で顔を合わせただけ。そんな相手の顔を見て、彼女は青ざめた。
「カルミア…!?それにロベリアまで…!?」
驚きのあまりネリネはそう呟いた。その言葉を聞いたふたりは畳み掛ける。
「あら、ご挨拶もしていないのに辺境の田舎娘がよくご存知でしたわね。名前くらいなら風の噂でお聞きになった事があるかもしれませんが…」
カルミアは口元を隠すように扇子を広げる。ロベリアも彼女の隣に立ち、ヴェールの下で笑みを作る。貴族の令嬢がこのような笑みを作る時は仕掛ける事が多かった。それは、辺境の男爵令嬢といえど貴族の端くれでもあるネリネも知っている事だった。故に「まずい」と言った顔になった。
「も、申し訳ありません。失礼な発言を致しました。その、以前、殿下を探して中庭に行った際、ご一緒だったのを確認しておりました。殿下の婚約者様のお名前とよくご一緒されている方のお名前は噂で聞いておりましたのでその様に判断致しました!」
バッ…!とネリネは勢いよく頭を下げた。どうやら、きちんと対応出来る子のようだ。そもそも首席だったのだし頭が悪い訳でもないだろう。では、何故、彼女がこんな事をしたのか。
「…まぁ、良いですわ。では、単刀直入に言います。根も葉もない嘘を噂にして撒き散らすのはお止めなさい。真実は調べればわかります。嘘はいずれその身の破滅を呼びますわよ」
静かにそう告げた。カルミアはネリネの反応を窺ったが、そこには予想と違う姿があった。
鳩が豆鉄砲でもくらったかのような顔をするネリネがいた。
「…え?」
「……え??」
その場にいた従者のブルーベルを合わせた四人は頭の上にハテナを飛ばす瞬間が生まれた。しばらく、お互いの顔を見つめあっていたが、その口火を切ったのはロベリアだった。
「え、ちょっと待ってください。なんですか!?その反応。貴女なんでしょう?貴女に対する嫌がらせの主犯が私達であるといった嘘を吹聴していたのは!!」
そのロベリアの言葉にネリネも心底驚いたようで、
「え!?おふたりが主犯じゃないんですか!?!?」
と叫んだ。
この様子に、ロベリアもカルミアもそしてブルーベルも唖然とするしかなかった。
「え、違うんですの!?捏造したのは貴女でしょう!?ネリネさん。殿下にもそう報告しましたわね?」
「た、確かに、殿下に困ったことはないかと聞かれて、嫌がらせがあること、それから主犯のことをお伝えしました。ですが、おふたりが無関係だとは思っていなくて…」
「無関係だと思っていなかった…?どういうことですか!?では何故、何を持って私達が犯人だと言ったんですか!?」
ロベリアがそう詰め寄るとネリネは後ずさる。
「え、あの、だって…それは…」
それだけ言うとネリネは口ごもり、そしてそのまま押し黙った。直接ふたりの令嬢の目を見ることは出来なくなったようで視線が泳ぐ。
何かおかしい。直感でロベリアはそう思った。
(なんなのよ…一体…。これじゃ、彼女はなんの証拠も無いのに私達が主犯だって思ってたみたいじゃない…。なんでそんなこと思ったの?しかも王太子殿下相手に…)
王族に虚偽の申告なんて下手したら首を跳ねられかねないことだ。それがわからない人間はさすがにいないはず。
ロベリアは信じられないと言った顔でネリネを見た。ネリネ自身も狼狽えているようだ。ふたりの令嬢が主犯だと信じて違わなかったのだろう。
カルミアも信じられないと言った目でネリネを見る。いくら辺境の田舎の貴族だと言ったってここまで愚かだろうか。首席を取れるくらいなのに。
「貴女…証拠もなくわたくし達を犯人扱いしたんですの?貴女…それがどういう事か、わかっているんですの!?」
カルミアに叱責されネリネが萎縮した。
「ひ…っ」
彼女が小さく悲鳴を上げる。はたから見たら上流貴族が下級貴族を泣かせているように見える光景だ。
扇子を広げて嘲笑っているようにも見えてしまう。一歩引いてそれを見ていたロベリアはこの場面を誰かに見られたら余計な誤解を生むと気づく。
「殿下にまで嘘を言うなんて…!!!」
「ご、ごめんなさい…!」
再びカルミアがネリネを糾弾しようとしたのを見てロベリアが止めに入ろうとカルミアの名を呼んだ時だった。
「そんなところで何をしているんだい?」
ふいに声をかけられ、驚いて声のした方を向く。生徒会室側の方からやってきたのはジニア王太子殿下。
「殿下!!どうなさいましたの?こんな場所に…」
「いや、生徒会室にいたら何やら声が聞こえてきたものだからね。校内の見回りついでに様子を見に来たんだよ」
「まぁ、そういうことでしたのね。お騒がせしたようですみません」
カルミアがジニアに謝罪を入れると彼の背後からぞろぞろと続いてやって来る者達の姿が認識できた。ロベリアはその中のひとりを見つけて声をかける。
「ゼフィランサス様…!!殿下とご一緒だったのですね」
ゼフィランサスはロベリアから声をかけられ、嬉しそうに笑顔を見せた。
「ロベリア嬢、こんにちは。変わった組み合わせのようですが、何を話されていたのですか?」
あくまでもゼフィランサスはロベリアに聞いた。だが、それに答えたのはロベリアでもなく、ましてやカルミアでもなかった。
「ゼフィランサス様…!!お聞きください!おふたりが…私が嘘をついているとおっしゃるんです!」
涙目でそう訴えたのはネリネ・シトリン。これにはカルミアもロベリアも開いた口が塞がらなかった。だが、これだけではなかった。彼女のその言葉に踊らされたのかジニアと共にやってきた残りの生徒会執行部のメンバーである庶務のライラック、広報のルドベキア、書記のカンパニュラがネリネを取り巻くように駆け寄った。
その光景はロベリア達にしてみれば異様な光景だった。嘘をついて他人を陥れようとするような女に生徒会ともあろう貴族達が駆け寄り、慰めている。それも時折彼らはこちらを睨んでくるのだ。
ただ、救いだったのは直接訴えられたゼフィランサスはきょとんした顔で聞く耳を持たないことだった。
「何をおっしゃるんですか?ネリネさん。貴女、今わたくし達に話したことと違うではありませんか!証拠も無いのにわたくし達を犯人に仕立てあげた、そう言いましたわよね!?」
カルミアがそう問い詰めるとネリネは「そんなこと言ってません!」と返した。
「そうやって私をいじめた事実を有耶無耶にするおつもりなんでしょう…!!?酷い…酷すぎます!いくらご自分が生徒会に入れなかったからって…。嫌がらせするなんて…!!王太子殿下の婚約者様がこんなことするなんて…」
ネリネはまるで自分が悲劇のヒロインでもあるかのようにその場に泣き崩れた。周りの男達はそんな彼女を献身的に励ます。
「な、なにを言っているんですの…?この娘…」
その姿にカルミアは困惑するしかなかった。これではあの件の小説と同じではないか。完全に今ここに生徒会に入れなかった事を妬む悪役令嬢の図式が成り立ってしまっている。カルミアは頭が痛くなってきた。だが、最悪なのはここからだった。
ネリネがいきなりジニア殿下の腕に飛びついたのだ。それだけではない。腕に飛びつき、彼女が訴えた。
「殿下…!!殿下はどちらの言葉を支持なさいますか??何もしていない私を陥れようとするおふたりを信じますか!?」
涙を浮かべながら縋る。そのネリネの姿にロベリアもカルミアも度肝を抜かれた。
だが、信じるも何も先日のゼフィランサスの質問にジニアははっきり答えていた。それが彼の見解だったはずだ。こんなところで泣きついたって彼の意見は変わらない。ジニアは「薔薇の六家」に属する令嬢がそんな愚かなことをするわけが無い、と。
そう言っていた、はずだった。
だが…。
「…そう、だね。ネリネ嬢、…可哀想に」
ジニアはそう言ってネリネを抱きしめ、彼女の頭を撫でた。
「でん、か……?」
その光景を目の当たりにして、カルミアは言葉が出なかった。それは、ロベリアも同じだった。ふたりの表情から血の気が引いていく。
それは、絶対にあってはならない光景だ。それだけは、彼女達にも理解出来ることだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】王命の代行をお引き受けいたします
ユユ
恋愛
白過ぎる結婚。
逃れられない。
隣接する仲の悪い貴族同士の婚姻は王命だった。
相手は一人息子。
姉が嫁ぐはずだったのに式の前夜に事故死。
仕方なく私が花嫁に。
* 作り話です。
* 完結しています。
【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
断罪された伯爵令嬢は隣国の将軍に愛されすぎて困っています
nacat
恋愛
婚約者に“策略の罪”を着せられ、断罪された伯爵令嬢セレナ。
すべてを失い国外追放された彼女を拾ったのは、隣国最強と名高い将軍・アレクシスだった。
冷徹と噂された将軍は、なぜか彼女にだけ溺れるように優しい。
異国の地で、彼女は初めて“愛される”ことを知る。
しかし、祖国では罪と偽りの真実が暴かれようとしていて──。
“ざまぁ”と“溺愛”をたっぷり詰め込んだ異国ロマンス!
【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!
あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】
小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。
その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。
ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。
その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。
優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。
運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。
※コミカライズ企画進行中
なろうさんにも同作品を投稿中です。
契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件
水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。
離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。
王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。
アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。
断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。
毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。
※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。
※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる