3 / 17
三話 貴女に一目惚れしました②
しおりを挟む
依子はパニックになった。
明らかに百鬼と名乗ったこの男は、人間じゃない。木箱から飛び出してきたのだから当然だが、これは恐ろしい悪霊か、はたまた封印されていた妖怪の類なのだろう。
ただ、百鬼が話せるという事は人間と、コミュニケーションが出来るという事である。
依子は震える声で反射的に叫んだ。
「ひ、ひ、一目惚れされても困ります!」
「まぁ、まぁ……そう、仰られずに。私はとってもお役に立ちますよ。例えば戦場に貴女の憎き仇がいれば、飛んでいって魂を食べます。後はそうですねぇ、この札の下の邪眼で、遠くから誰かを呪う事も出来ますよ。それから、霊感が少しばかりある依子さんに、付き纏う悪いあやかしや悪霊がおりましたら、私が食べて差し上げましょう」
百鬼は人差し指をピンと立てると、笑顔のまま首を左右にガクガクと機械的に動かした。それがとっても不気味だが、コミカルでもある。
「はぁ、食べて差し上げます……なんて言ったら、お腹が減ってきたなぁ。なにせ私は、第一次世界大戦の後からずっと、あの木箱で眠っていたんですからねぇ。この周辺の魑魅魍魎も増えていそうだし、ごちそうの予感。ところで今も日の国は昭和ですか?」
百鬼は自分の腹部を抑えながら、口をへの字に曲げると、ふよふよと浮いてまるで昔を懐かしむかのように、顎に手を置き、うんうんと頷いた。彼は円を描くように、ぐるぐると空中で漂いながらはしゃいで、独り言を言っている。
百鬼のお腹が鳴る、大きな音がした。
依子は、お喋りな彼の独壇場なのを良い事に、息を殺して後退りすると、蔵の梯子に足をかけ、ゆっくりと降りていく。
「依子さん、貴女はとっても甘くて美味しそうだなぁ。ですが、人間は食べると減ったり、なくなったりしてしまうでしょう? 愛する貴女がなくなったり、減るのはとても悲しいのでいくら可愛くて、美味しそうでも食べられません。………って、おや? 依子さんかくれんぼですか」
「きゃぁあ!」
百鬼は、猫のようにニュッと梯子の隙間から顔を出すと、依子は驚いて悲鳴を上げてしまい、足を踏み外して落ちてしまった。
「おっと、危ない危ない。依子さん、階段は足元注意ですよ」
ふわりと、百鬼が仰向けで落ちた依子を抱き止めると、器用に空中でお姫様抱っこをして、一階に降り立つ。百鬼の体温は全く感じないが、生きている人に抱き上げられているような感覚がした。
「あ、貴方一体……何者なの? お化け、それとも妖怪? それに食べるって何? 恐ろしい事を言わないで」
「んふふふ。それは難しい質問ですね。私はいわゆる呪物のようなものでしょうか? 今、依子さんの手首についている、黒曜石の数珠がございますでしょう。それが私の依代なのです。私を扱う呪術師達は、代々それを身に着けられる」
いつの間にか依子の手首には、黒曜石の数珠が着けられていた。古い物だが、生きているように生々しく光り輝いている。数珠の結び目には、小さな木札のような物があり、そこには百鬼と書かれていた。
「ねぇ、待って! こんなの、着けた覚えはないんだけど。一体どういう事なのかしら、もう頭がパンクしちゃうわ」
「お洒落で良いでしょう! んふふふ、これで依子さんと、片時も離れずに一緒にいられます。眠くなったら私は、その数珠の中で眠りますから、場所も取りませんよ。あ、依子さんが私に添い寝をして欲しいと言うならば、ご遠慮なく仰って下さい」
依子は、必死に取ろうとして全く手首から抜ける様子のない、黒曜石の数珠に頭を抱えた。
「呪物で彼氏だなんて、まるで江戸川乱歩の世界だわ」
「エドガワランポー???」
「と、ともかく……貴方は私を憑り殺したり、き、傷付けないのね?」
「ええ、もちろんですとも!」
百鬼は嬉しそうに首を右に大きく傾げる。
ともかく、依子は一度冷静になるべきだと混乱する頭を振った。この百鬼と名乗る呪物は、話している内容はともかく、自分に危害を加えるつもりはないようで笑顔を浮かべている。
コミュニケーションも取れるのだから、妖怪の機嫌を損ねないようにしなければならない。
伯父や依子の父に話を聞けば、百鬼の事や彼への対処、封印の仕方など分かるかもしれないと思った。
❖❖❖
「依子ちゃん、本当に助かったわ。蔵の方も綺麗に掃除してくれて。聞けば、大学で使えそうな物もあるっていうじゃない?」
「ええ。江戸時代の覚書があって、とても保存状態が良いんです。教授が喜ぶと思いますよ」
依子は、夕食を作る伯母の手伝いをしながら食卓にお皿とお箸、鮭の塩焼きと、お味噌汁に肉じゃが、小鉢のほうれん草のおひたしを置く。
百鬼は腹が減ったと言うと、どこかへ行ってしまったのか、姿が見えなくなった。もしかするとさっきの事は全部、白昼夢だったのかもしれないと、依子は考え直す。
胡座をかいて座る伯父は、依子達が席に着くのを待っていたようで、三人で夕食を取った。
「なんだか、孫娘が帰ってきたような気がするなぁ」
「依子ちゃんは、聖子と同い年ですもんねぇ、お父さん。清司の方は相変わらずバンドなんかやってボンクラなのよ。そうそう依子ちゃん、実は聖子、来月結婚するから寿退社するの。依子ちゃんはどうなの? 良い人はいる?」
依子は、おめでとうございますと言って、曖昧に笑った。
民俗学者になりたい事を知っている、伯母達はそれを喜んでくれるものの、依子に男気のない事を心配しているようだった。このままだと、望まないお見合いの話まで出そうで、依子は話題を変える事にした。
「あはは、私は浮いた話はないです。それはそうと……、あの蔵で、御札が貼られた木箱を見つけたんだけど、知ってます?」
明らかに百鬼と名乗ったこの男は、人間じゃない。木箱から飛び出してきたのだから当然だが、これは恐ろしい悪霊か、はたまた封印されていた妖怪の類なのだろう。
ただ、百鬼が話せるという事は人間と、コミュニケーションが出来るという事である。
依子は震える声で反射的に叫んだ。
「ひ、ひ、一目惚れされても困ります!」
「まぁ、まぁ……そう、仰られずに。私はとってもお役に立ちますよ。例えば戦場に貴女の憎き仇がいれば、飛んでいって魂を食べます。後はそうですねぇ、この札の下の邪眼で、遠くから誰かを呪う事も出来ますよ。それから、霊感が少しばかりある依子さんに、付き纏う悪いあやかしや悪霊がおりましたら、私が食べて差し上げましょう」
百鬼は人差し指をピンと立てると、笑顔のまま首を左右にガクガクと機械的に動かした。それがとっても不気味だが、コミカルでもある。
「はぁ、食べて差し上げます……なんて言ったら、お腹が減ってきたなぁ。なにせ私は、第一次世界大戦の後からずっと、あの木箱で眠っていたんですからねぇ。この周辺の魑魅魍魎も増えていそうだし、ごちそうの予感。ところで今も日の国は昭和ですか?」
百鬼は自分の腹部を抑えながら、口をへの字に曲げると、ふよふよと浮いてまるで昔を懐かしむかのように、顎に手を置き、うんうんと頷いた。彼は円を描くように、ぐるぐると空中で漂いながらはしゃいで、独り言を言っている。
百鬼のお腹が鳴る、大きな音がした。
依子は、お喋りな彼の独壇場なのを良い事に、息を殺して後退りすると、蔵の梯子に足をかけ、ゆっくりと降りていく。
「依子さん、貴女はとっても甘くて美味しそうだなぁ。ですが、人間は食べると減ったり、なくなったりしてしまうでしょう? 愛する貴女がなくなったり、減るのはとても悲しいのでいくら可愛くて、美味しそうでも食べられません。………って、おや? 依子さんかくれんぼですか」
「きゃぁあ!」
百鬼は、猫のようにニュッと梯子の隙間から顔を出すと、依子は驚いて悲鳴を上げてしまい、足を踏み外して落ちてしまった。
「おっと、危ない危ない。依子さん、階段は足元注意ですよ」
ふわりと、百鬼が仰向けで落ちた依子を抱き止めると、器用に空中でお姫様抱っこをして、一階に降り立つ。百鬼の体温は全く感じないが、生きている人に抱き上げられているような感覚がした。
「あ、貴方一体……何者なの? お化け、それとも妖怪? それに食べるって何? 恐ろしい事を言わないで」
「んふふふ。それは難しい質問ですね。私はいわゆる呪物のようなものでしょうか? 今、依子さんの手首についている、黒曜石の数珠がございますでしょう。それが私の依代なのです。私を扱う呪術師達は、代々それを身に着けられる」
いつの間にか依子の手首には、黒曜石の数珠が着けられていた。古い物だが、生きているように生々しく光り輝いている。数珠の結び目には、小さな木札のような物があり、そこには百鬼と書かれていた。
「ねぇ、待って! こんなの、着けた覚えはないんだけど。一体どういう事なのかしら、もう頭がパンクしちゃうわ」
「お洒落で良いでしょう! んふふふ、これで依子さんと、片時も離れずに一緒にいられます。眠くなったら私は、その数珠の中で眠りますから、場所も取りませんよ。あ、依子さんが私に添い寝をして欲しいと言うならば、ご遠慮なく仰って下さい」
依子は、必死に取ろうとして全く手首から抜ける様子のない、黒曜石の数珠に頭を抱えた。
「呪物で彼氏だなんて、まるで江戸川乱歩の世界だわ」
「エドガワランポー???」
「と、ともかく……貴方は私を憑り殺したり、き、傷付けないのね?」
「ええ、もちろんですとも!」
百鬼は嬉しそうに首を右に大きく傾げる。
ともかく、依子は一度冷静になるべきだと混乱する頭を振った。この百鬼と名乗る呪物は、話している内容はともかく、自分に危害を加えるつもりはないようで笑顔を浮かべている。
コミュニケーションも取れるのだから、妖怪の機嫌を損ねないようにしなければならない。
伯父や依子の父に話を聞けば、百鬼の事や彼への対処、封印の仕方など分かるかもしれないと思った。
❖❖❖
「依子ちゃん、本当に助かったわ。蔵の方も綺麗に掃除してくれて。聞けば、大学で使えそうな物もあるっていうじゃない?」
「ええ。江戸時代の覚書があって、とても保存状態が良いんです。教授が喜ぶと思いますよ」
依子は、夕食を作る伯母の手伝いをしながら食卓にお皿とお箸、鮭の塩焼きと、お味噌汁に肉じゃが、小鉢のほうれん草のおひたしを置く。
百鬼は腹が減ったと言うと、どこかへ行ってしまったのか、姿が見えなくなった。もしかするとさっきの事は全部、白昼夢だったのかもしれないと、依子は考え直す。
胡座をかいて座る伯父は、依子達が席に着くのを待っていたようで、三人で夕食を取った。
「なんだか、孫娘が帰ってきたような気がするなぁ」
「依子ちゃんは、聖子と同い年ですもんねぇ、お父さん。清司の方は相変わらずバンドなんかやってボンクラなのよ。そうそう依子ちゃん、実は聖子、来月結婚するから寿退社するの。依子ちゃんはどうなの? 良い人はいる?」
依子は、おめでとうございますと言って、曖昧に笑った。
民俗学者になりたい事を知っている、伯母達はそれを喜んでくれるものの、依子に男気のない事を心配しているようだった。このままだと、望まないお見合いの話まで出そうで、依子は話題を変える事にした。
「あはは、私は浮いた話はないです。それはそうと……、あの蔵で、御札が貼られた木箱を見つけたんだけど、知ってます?」
49
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる