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二話 貴女に一目惚れしました①

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 父方の祖母が亡くなってから、通夜から葬式まではあっという間だった。美座の本家は依子の実家から、車で二時間ほど行った所にある。
 三男だった父の転勤が決まるまでは、分家として、敷地内に広い一軒家を建てて貰い、暮らしていたらしい。らしいと言うのも、依子が二歳の時には、そこを離れてしまっていたので、その時の記憶がないのだ。
 ただ、家族で寝泊まりする時は大抵その屋敷を使っていた。もう、長男夫婦の子供達が全員巣立ってしまったため、今日は本家で泊まらせて貰う事になった。

「依子ちゃん、本当にごめんね。私達二人じゃあ、遺品を整理するのも大変で」
「私全然、大丈夫です。蔵を整理出来る機会なんて、なかなかありませんから。実は大学で田舎の農家のお家に行って、残っている昔の巻物を見せて貰ったりしてるんです。そのお礼に、蔵の掃除をしているんですよ」
「そうか、清二郎達も来る予定だったんだけど、神社で行事があるらしくてね」

 美座家の次男である清二郎は、辰子島という離島の、雨宮神社の入り婿になっている。
 辰子島で一番大きな神社で、そうそうこちらには帰って来られないようだった。
 三男である依子の父親は、専業主婦の母が居ないと、何も出来ないような人なので、結局依子が助っ人として行く事になったのだ。
 依子の父親と長男である清一郎の年齢差は、二十も離れている。自分にとって彼らは祖父母と言ってもおかしくないような年齢で、可愛がって貰っていた。

「あらまぁ、それは凄いわねぇ。依子ちゃんは頭が良いから、うちの孫にも爪を煎じて飲ませて欲しいものだわ」
「全くだ。依子ちゃん、蔵はおおかた片付けたんだが、色々と珍しい物が沢山あるから、欲しい物があれば持っていってくれて構わんよ」
「ありがとうございます、伯父さん。伯母さん。それじゃあ早速、整理しますね」

 すでに祖父母の金目の物や貴重な骨董品などは、伯父と伯母が譲り受けたようで、蔵に残っているのは、昔の玩具や貴重かどうか判断のつかない物ばかりだと言う。
 骨董品屋にでも、とりあえず全部引き取って貰えば良いのにと依子は内心思ったものの、かなり古い時代の文献や手紙、農具等があると聞けば、俄然がぜんやる気がみなぎってくる。
 なにより今晩は、憧れの本家で泊まり、伯母の美味しい晩ご飯までご馳走になるのだから良い。依子は、従姉妹の楓とお泊まり会をした夜を思い出した。

 ❖❖❖

 美座家の蔵は、本家と依子達が住んでいた一軒家と離れの間にある。かなり古い蔵で、
恐らく江戸時代に建てられた物だろうと思う。
 古い文献に書かれていたのは、簡単な物で米をどれくらい売ったとか、天気の事、その他にも、何の変哲もない日常的な事が書かれていたが、その当時の様子がよく知れて、依子にとっては掘り出し物だった。

「うーん、素晴らしいわ。伯父さんのアコースティックギターかしら」

 あとは弦の切れた古いアコースティックギター、壊れた蓄音機、使わなくなった農機具などが無造作に置かれている。

「はぁ、この文献を読んでいたら日が暮れるわね。持って帰って、教授に見せてあげたいわ。伯父さん、二階の方は古本ばっかりって言ってたわね?」

 依子はさらに胸を踊らせた。状態が良い古書があれば最高だが、それらは伯父夫婦に売られてしまったかもしれない。それでも、読書好きな依子は、鼻歌交じりに階段を駆け上がった。
 埃っぽく、足跡がない所を見るとどうやらこの階段の上までは、伯父達は上がっていないように思う。
 古本の多くは戦前の雑誌であるとか、やや状態の悪い小説ばかりだったが、依子は関心するようにその当時の、流行りや文化を追体験した。
 二階で黙々とページをめくっていた依子だったが、ふと視線を上げると、木箱のような物が見えて首を傾げる。

「あら、何かしら」

 それに近付いてみると、木箱の周りは札のような物で封印されているようで、霊感と呼ばれるような物が、多少なりともある依子は見るからにこの怪しい箱に、少し警戒してしまう。何か得体の知れない力を感じる。

百鬼なきり……?」

 木箱に貼られた札の間から、うっすらと書かれた文字が見えた。周囲に貼られている札も随分と古い。依子はそれを床に置くとしばらく腕を組んで考えた。

「凄く、怪しい箱だけど……、私が民俗学者になったら恐れずに中を開けなくちゃだわ。それこそ、平安時代の呪術的な物が入ってるかもしれないもの」

 いざとなれば、雨宮神社で巫女をしている霊感の強い従兄弟の楓に頼めばいい、そう思って依子は、腹を括ると札を破ってしまわないようにゆっくりと引き剥がし、木箱の蓋を開けた。
 その瞬間、黒い煙がブワッと四方八方しほうはっぽうに伸びると、沢山の御札が宙に舞う。まるで、魔法のランプから出てきた魔神の精のように、着物姿の男が伸びて出てくると、宙に揺らめく。
 灰色の髪を靡かせ、額からいくつもの札で目隠しされた血の気のない男は、裂けたような大きな口で笑って依子をじぃっと凝視した。
 あまりの事に固まって、悲鳴をあげられない依子の前に、タンと裸足で降り立つとそれはこう言った。

「はぁ……、久々に吸う懐かしき外の香り! 貴女が私を、この木箱から解放して下さったんですね」

 着物姿の妖怪は、オーバーリアクションで大きく息を吸い込む。そして、屈み込むとズイッと依子に顔を近づけた。

「え、えっ……?」
「勝手ながら私百鬼なきりは、依子さんに恋をしましたので、憑かせて頂きます」
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