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フェンサリルの女帝①
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あれから王宮の寝室で、ヴィズルの腕に抱かれ、微睡むように緩やかに何度も交わった。
全知全能なるアスガルドの隻眼の王の性欲は尽きる事が無く、達する度に冷たく狡猾な彼の瞳の奥に、今まで無かったような感情が見え隠れしているような気がした。
それは、エマ自身の感情の変化がそうさせているのだろうか、ベッドの中でヴィズルの肌や温もりを感じる度に、何とも言えない安心感と幸福感を感じていた。
指先で眼帯に触れると、ヴィズルはあの笑みを浮かべながらエマの指先を掴んで額に口付けた。
自ら眼帯を外すと、そこには鋭い傷を負い閉じられた瞼が現れた。
『――――気になるようだな。魔術を得る為に己の目を犠牲にした。これほど酔狂な神は後にも先にも俺だけだろう』
『そうね、知識を得る為に、そこまでするなんて……そんな馬鹿は事をする神様は貴方しかいないわ』
呆れつつも、その信念を称賛するようにエマは答え、ヴィズルは思わず笑った。
時には己の命の限界まで体を追い詰め、体を吊るされたまま祈り、知識を得た事もある。
『俺は……、心のどこかで死を恐れているのだろう。この宇宙や、お前達人間が住む世界の果てに俺の知らない知識があり、死の予言から逃れられる術があるのではないかと思っている』
胸元に口付けるヴィズルを、エマは無意識に抱きしめた。どうしてそうしたかは分からないが、銀髪を指先に絡めるとエマは言う。
『何もおかしい事じゃないわ。死は……いつかは訪れるもの。でも自分の死期があらかじめ分かっていたとしたら、私も必死に抗うと思う。だって死は愛する人との別れでもあるもの。
貴方は否定するでしょうけれど、きっとこの世界を愛しているんだわ』
『――――俺が、この世界を愛してる?』
信仰する者達を守護し、見守るのは当然の努めだと思っていた。当然の対価を人間達に与えているだけと思っていたが、彼等の作る音楽も詩も美しいものばかりで興味が尽きない。
王座から見る彼等の素朴な生活も、好ましく思っていた。
そして、この天界の自然の美しさを手放すのが、堪らなく寂しく思っていた。
『……そうだな。それに、俺に憎まれ口を叩くお前がいない死の世界は直ぐに退屈してしまいそうだ』
そう言いながら、ヴイズルはエマのローズブラウンの柔らかな髪に口付けた。
✤✤✤
「エマ様、大丈夫ですか? さっきからずっと静かですね」
突然ムニンに話しかけられたエマは、現実に引き戻されるように顔をあげた。あんなに反発していた隻眼の神と甘い時間を過ごしてしまった。その余韻を引き摺りながら、エマは馬車に揺られていたのだ。
「え、ええ、大丈夫よ。少し緊張してしまっているかも知れないわ……」
「無理もありませんよ、フリッグ様にお会いするのですから。僕達の同行を許して頂けて本当に良かったです」
馬車の窓から、流れる外の景色が見える。
アスガルドの海はどこまでも透明で澄んでエメラルド色に輝いていた。
海の宮殿は、この神々の楽園のように美しい海が見える場所に建っているのだと言う。
ムニンとフギンは、エマを真ん中にして忠実な執事であり護衛のように両側に付き従って座っていた。
「フリッグ様は、多くの女神を従え、ヴィズル様と肩を並べる程に影響力の強い女神です。ですが、愛と結婚を司る女神でもあるので、女性には比較的お優しいですよ。
不安に思われるのなら、宮殿に着くまで僕達が両手を握りましょう」
フギンが兄をフォローするように告げると、ゆっくりと二人がエマの手を握った。一瞬頬を染めたエマだが、彼等は下心も無くにっこりと人懐っこい笑みを浮かべていたので、無意識に双子の執事の手を握り返していた。
その行為が、幼い弟や妹を思い出されて懐かしさと共に寂しさがこみ上げてきた。
「ありがとう、ムニン、フギン。ねぇ、あれが海の王宮? す、凄いわ……ヴィズル様の王宮よりも豪華なのね」
岸壁の上に経つ、フェンサリルは遠目から見ても豪華絢爛で思わずエマは息を呑んでしまった。
暫く馬を走らせ門をくぐり、宮殿の入り口までつくと豪華なドレスを身に纏った絶世の美女が出迎えていた。彼女の両脇には侍女と思われる女神が控えている。
周囲には屈強な戦乙女が立ち並び、馬車から降りたエマを迎える為に花道を作っていた。
エマは緊張したような面持ちで、双子の執事を従え、フェンサリルの女帝の前まで来るとドレスの裾を掴んで深々と挨拶をした。
「フリッグ様、お招きいただきありがとうございます」
「良く来たな、エマ。妾はそなたが来るのを首を長くして待っていた」
フリッグは楽しげに笑うと、双子の執事へと視線を向けた。
「渡り烏の双子も久しいな。変わらず美しい羽よ」
「お久しゅうございます、フリッグ様。今日も麗しきお姿でございますね」
双子は同時にそう言うと、美しき女神の手の甲に口付けた。機嫌よく笑うと彼女は三人を引き連れて宮殿の中へと入った。
フギンとムニンが言うには、フェンサリルの宮殿はこのアスガルドの中で最も豪華で美しい場所であるという。
彼等の言う通り、宮殿の内部には彼女自身の黄金の像や金剛石の装飾品などが飾られており、エマが見た事も無い位に贅沢で夢のように美しい場所であった。
「先ずは妾と食事を取り、その後そなたの美声を聴かせて貰おう。人間をこのフェンサリルに招くのは初めての事。光栄に思うが良い」
「はい」
自分の夫の浮気相手を自分の家に招き入れて楽しげにしている様子は奇異で、神様ならではの事なのだろうか、と思いつつもエマはピンと背中を伸ばして歩いた。
大きな扉を侍女が開けると、食堂も素晴らしく豪華な内装で長いテーブルには、贅沢の限りを尽くした食事が並べられていた。
貴族の食卓など知らないエマは、素朴な料理しか目にした事が無い。名前も知らない美しい食事に目を白黒させ、いつ到着するかとわからない客人に合わせて作られた出来たての食事に驚きを隠せなかった。
「そなたとっては少々、高級すぎる食事だな。口に合うかはわからぬが堪能すると良い。散々、妾の夫からワインを飲まされておるだろが」
「はい、こんな豪華なお食事はした事がありません。宮殿に来て少しは慣れたつもりでしたが……」
ヴィズルの事を話題にされると、緊張してしまうがそれを見せないように、注がれたワインを飲む。
「そう緊張する必要は無いぞ。オーディンの監視の元でそなたに危害を加える程、妾は愚かではない。肩の力を抜いて、同じ男を共有する女同士仲良くしようではないか」
フリッグは美しい微笑を浮かべて前菜を口に運んだ。彼女の翡翠色の瞳からはその感情を読み取る事は出来無い。
ネズミを弄ぶ美しい猫のようにも思えるし、隻眼の神の側にいる変わった玩具、と言うような好奇心に満ちた視線であるようにも思える。
「…………フリッグ様は、私がヴィズル様と関係を持っている事を嫌だと……思われ無いのですか?」
「ふふ、あの男に貞操帯でも付けられれば良いが、妾と結婚する前からあの様子よ。それにオーディンは愛人が出来ても直ぐに飽きるからな」
フリッグの言葉にエマの胸にズシリと重い石が乗った。彼女はヴィズルの性格を知って尚、婚姻関係を結んでいた。
奔放で移り気なヴィズルを受け入れる事が出来るのが本妻というもの、とでも言いたいのだろうか。
「どうして、ヴィズル様は愛人が出来ても直ぐに飽きると思われるのですか?」
「それは簡単な事だ。オーディンの心に愛など無い。あの男が求めるのは知識のみで、傲慢で自分勝手な男だからな」
オーディンの心に愛が無いと言われ、エマは怒りや騙されたと思う気持ちよりも先に、疑問が湧いてきた。
「フリッグ様、ヴィズル様に愛が無ければ、私の愛の歌で感動する筈はありません。心に響かない感情を詩にしても、目には止まらないでしょう。
私の歌を好きだと言ってくれた人達は皆、私の詩に思いを重ねていました。それは神様も同じだと思います。
私は……ヴィズル様の心にも愛が宿っていると思います」
彼の行動は褒められたものではないと言う事はエマも重々承知している。フリッグの言う通り、沢山の女神達を泣かせてきたのだろう。
だが、彼の心に愛が無いとは思えなかった。少なくとも彼は、自分に不器用な愛を向けているように思える。
「ほう……。そなたはオーディンを信じているのだな? あの男は、目的の為なら自分の部下でさえも裏切るような軽薄な男だぞ」
「全知全能なる隻眼の神が、人間のように部下を裏切るなんて最低だと思います。主神だからと言ってそこを否定するつもりはありません」
エマのはっきりとした答えに、フリッグは口元を抑えて笑い始めた。そしてワインを飲むと言う。
「オーディンは、さぞかしそなたに手こずっておるだろうな。神に対しても容赦がない。
その場で魂を八つ裂きにされても仕方無いような人間だが、そなたを好むのも理解は出来る」
ナイフとフォークを動かしながら、エマは生きた心地がしなかった。しかし、女神を目の前に自分の心と言葉に嘘をついた所で見透かされてしまうのではないだろうかと思う。
「私は、ただ歌うだけです……家族を失った今、死を迎えた英雄達の為に歌います。それが彼等の癒やしになるなら」
「そして、オーディンの為に歌うと言うのだな。まぁ、良い……宮殿には本来戦士の魂以外は立ち入れぬ場所だ。それだけそなたの声が美しいと言うのだろう?」
宮殿に招かれる魂が、戦士以外は立ち入れないと聞いて、エマは目を見開いた。思えば、自分以外にそんな人間を見たことがなかった。
もしかすると、昔のように人前で歌いたいというエマの願いをヴィズルは汲み取ってくれたのかも知れない。
「はい。フリッグ様の為にも心を込めて歌わせて頂きます」
「神に歌を献上すると言うのは、古来からの人間が行っていた最高の祈り。
妾は美しい宝石や黄金の方が好ましいが、妾の為に歌うと言うのは心地良いものよ」
食事も満足に喉を通らなかったが、彼女の為に歌う時はもっと緊張するだろう。女帝が席を立つと、沈黙を守って壁際で待っていた双子の執事がエマの手を取った。
「エマ様、大丈夫ですよ。僕達がついていますからね」
「ありがとう、ムニン、フギン」
全知全能なるアスガルドの隻眼の王の性欲は尽きる事が無く、達する度に冷たく狡猾な彼の瞳の奥に、今まで無かったような感情が見え隠れしているような気がした。
それは、エマ自身の感情の変化がそうさせているのだろうか、ベッドの中でヴィズルの肌や温もりを感じる度に、何とも言えない安心感と幸福感を感じていた。
指先で眼帯に触れると、ヴィズルはあの笑みを浮かべながらエマの指先を掴んで額に口付けた。
自ら眼帯を外すと、そこには鋭い傷を負い閉じられた瞼が現れた。
『――――気になるようだな。魔術を得る為に己の目を犠牲にした。これほど酔狂な神は後にも先にも俺だけだろう』
『そうね、知識を得る為に、そこまでするなんて……そんな馬鹿は事をする神様は貴方しかいないわ』
呆れつつも、その信念を称賛するようにエマは答え、ヴィズルは思わず笑った。
時には己の命の限界まで体を追い詰め、体を吊るされたまま祈り、知識を得た事もある。
『俺は……、心のどこかで死を恐れているのだろう。この宇宙や、お前達人間が住む世界の果てに俺の知らない知識があり、死の予言から逃れられる術があるのではないかと思っている』
胸元に口付けるヴィズルを、エマは無意識に抱きしめた。どうしてそうしたかは分からないが、銀髪を指先に絡めるとエマは言う。
『何もおかしい事じゃないわ。死は……いつかは訪れるもの。でも自分の死期があらかじめ分かっていたとしたら、私も必死に抗うと思う。だって死は愛する人との別れでもあるもの。
貴方は否定するでしょうけれど、きっとこの世界を愛しているんだわ』
『――――俺が、この世界を愛してる?』
信仰する者達を守護し、見守るのは当然の努めだと思っていた。当然の対価を人間達に与えているだけと思っていたが、彼等の作る音楽も詩も美しいものばかりで興味が尽きない。
王座から見る彼等の素朴な生活も、好ましく思っていた。
そして、この天界の自然の美しさを手放すのが、堪らなく寂しく思っていた。
『……そうだな。それに、俺に憎まれ口を叩くお前がいない死の世界は直ぐに退屈してしまいそうだ』
そう言いながら、ヴイズルはエマのローズブラウンの柔らかな髪に口付けた。
✤✤✤
「エマ様、大丈夫ですか? さっきからずっと静かですね」
突然ムニンに話しかけられたエマは、現実に引き戻されるように顔をあげた。あんなに反発していた隻眼の神と甘い時間を過ごしてしまった。その余韻を引き摺りながら、エマは馬車に揺られていたのだ。
「え、ええ、大丈夫よ。少し緊張してしまっているかも知れないわ……」
「無理もありませんよ、フリッグ様にお会いするのですから。僕達の同行を許して頂けて本当に良かったです」
馬車の窓から、流れる外の景色が見える。
アスガルドの海はどこまでも透明で澄んでエメラルド色に輝いていた。
海の宮殿は、この神々の楽園のように美しい海が見える場所に建っているのだと言う。
ムニンとフギンは、エマを真ん中にして忠実な執事であり護衛のように両側に付き従って座っていた。
「フリッグ様は、多くの女神を従え、ヴィズル様と肩を並べる程に影響力の強い女神です。ですが、愛と結婚を司る女神でもあるので、女性には比較的お優しいですよ。
不安に思われるのなら、宮殿に着くまで僕達が両手を握りましょう」
フギンが兄をフォローするように告げると、ゆっくりと二人がエマの手を握った。一瞬頬を染めたエマだが、彼等は下心も無くにっこりと人懐っこい笑みを浮かべていたので、無意識に双子の執事の手を握り返していた。
その行為が、幼い弟や妹を思い出されて懐かしさと共に寂しさがこみ上げてきた。
「ありがとう、ムニン、フギン。ねぇ、あれが海の王宮? す、凄いわ……ヴィズル様の王宮よりも豪華なのね」
岸壁の上に経つ、フェンサリルは遠目から見ても豪華絢爛で思わずエマは息を呑んでしまった。
暫く馬を走らせ門をくぐり、宮殿の入り口までつくと豪華なドレスを身に纏った絶世の美女が出迎えていた。彼女の両脇には侍女と思われる女神が控えている。
周囲には屈強な戦乙女が立ち並び、馬車から降りたエマを迎える為に花道を作っていた。
エマは緊張したような面持ちで、双子の執事を従え、フェンサリルの女帝の前まで来るとドレスの裾を掴んで深々と挨拶をした。
「フリッグ様、お招きいただきありがとうございます」
「良く来たな、エマ。妾はそなたが来るのを首を長くして待っていた」
フリッグは楽しげに笑うと、双子の執事へと視線を向けた。
「渡り烏の双子も久しいな。変わらず美しい羽よ」
「お久しゅうございます、フリッグ様。今日も麗しきお姿でございますね」
双子は同時にそう言うと、美しき女神の手の甲に口付けた。機嫌よく笑うと彼女は三人を引き連れて宮殿の中へと入った。
フギンとムニンが言うには、フェンサリルの宮殿はこのアスガルドの中で最も豪華で美しい場所であるという。
彼等の言う通り、宮殿の内部には彼女自身の黄金の像や金剛石の装飾品などが飾られており、エマが見た事も無い位に贅沢で夢のように美しい場所であった。
「先ずは妾と食事を取り、その後そなたの美声を聴かせて貰おう。人間をこのフェンサリルに招くのは初めての事。光栄に思うが良い」
「はい」
自分の夫の浮気相手を自分の家に招き入れて楽しげにしている様子は奇異で、神様ならではの事なのだろうか、と思いつつもエマはピンと背中を伸ばして歩いた。
大きな扉を侍女が開けると、食堂も素晴らしく豪華な内装で長いテーブルには、贅沢の限りを尽くした食事が並べられていた。
貴族の食卓など知らないエマは、素朴な料理しか目にした事が無い。名前も知らない美しい食事に目を白黒させ、いつ到着するかとわからない客人に合わせて作られた出来たての食事に驚きを隠せなかった。
「そなたとっては少々、高級すぎる食事だな。口に合うかはわからぬが堪能すると良い。散々、妾の夫からワインを飲まされておるだろが」
「はい、こんな豪華なお食事はした事がありません。宮殿に来て少しは慣れたつもりでしたが……」
ヴィズルの事を話題にされると、緊張してしまうがそれを見せないように、注がれたワインを飲む。
「そう緊張する必要は無いぞ。オーディンの監視の元でそなたに危害を加える程、妾は愚かではない。肩の力を抜いて、同じ男を共有する女同士仲良くしようではないか」
フリッグは美しい微笑を浮かべて前菜を口に運んだ。彼女の翡翠色の瞳からはその感情を読み取る事は出来無い。
ネズミを弄ぶ美しい猫のようにも思えるし、隻眼の神の側にいる変わった玩具、と言うような好奇心に満ちた視線であるようにも思える。
「…………フリッグ様は、私がヴィズル様と関係を持っている事を嫌だと……思われ無いのですか?」
「ふふ、あの男に貞操帯でも付けられれば良いが、妾と結婚する前からあの様子よ。それにオーディンは愛人が出来ても直ぐに飽きるからな」
フリッグの言葉にエマの胸にズシリと重い石が乗った。彼女はヴィズルの性格を知って尚、婚姻関係を結んでいた。
奔放で移り気なヴィズルを受け入れる事が出来るのが本妻というもの、とでも言いたいのだろうか。
「どうして、ヴィズル様は愛人が出来ても直ぐに飽きると思われるのですか?」
「それは簡単な事だ。オーディンの心に愛など無い。あの男が求めるのは知識のみで、傲慢で自分勝手な男だからな」
オーディンの心に愛が無いと言われ、エマは怒りや騙されたと思う気持ちよりも先に、疑問が湧いてきた。
「フリッグ様、ヴィズル様に愛が無ければ、私の愛の歌で感動する筈はありません。心に響かない感情を詩にしても、目には止まらないでしょう。
私の歌を好きだと言ってくれた人達は皆、私の詩に思いを重ねていました。それは神様も同じだと思います。
私は……ヴィズル様の心にも愛が宿っていると思います」
彼の行動は褒められたものではないと言う事はエマも重々承知している。フリッグの言う通り、沢山の女神達を泣かせてきたのだろう。
だが、彼の心に愛が無いとは思えなかった。少なくとも彼は、自分に不器用な愛を向けているように思える。
「ほう……。そなたはオーディンを信じているのだな? あの男は、目的の為なら自分の部下でさえも裏切るような軽薄な男だぞ」
「全知全能なる隻眼の神が、人間のように部下を裏切るなんて最低だと思います。主神だからと言ってそこを否定するつもりはありません」
エマのはっきりとした答えに、フリッグは口元を抑えて笑い始めた。そしてワインを飲むと言う。
「オーディンは、さぞかしそなたに手こずっておるだろうな。神に対しても容赦がない。
その場で魂を八つ裂きにされても仕方無いような人間だが、そなたを好むのも理解は出来る」
ナイフとフォークを動かしながら、エマは生きた心地がしなかった。しかし、女神を目の前に自分の心と言葉に嘘をついた所で見透かされてしまうのではないだろうかと思う。
「私は、ただ歌うだけです……家族を失った今、死を迎えた英雄達の為に歌います。それが彼等の癒やしになるなら」
「そして、オーディンの為に歌うと言うのだな。まぁ、良い……宮殿には本来戦士の魂以外は立ち入れぬ場所だ。それだけそなたの声が美しいと言うのだろう?」
宮殿に招かれる魂が、戦士以外は立ち入れないと聞いて、エマは目を見開いた。思えば、自分以外にそんな人間を見たことがなかった。
もしかすると、昔のように人前で歌いたいというエマの願いをヴィズルは汲み取ってくれたのかも知れない。
「はい。フリッグ様の為にも心を込めて歌わせて頂きます」
「神に歌を献上すると言うのは、古来からの人間が行っていた最高の祈り。
妾は美しい宝石や黄金の方が好ましいが、妾の為に歌うと言うのは心地良いものよ」
食事も満足に喉を通らなかったが、彼女の為に歌う時はもっと緊張するだろう。女帝が席を立つと、沈黙を守って壁際で待っていた双子の執事がエマの手を取った。
「エマ様、大丈夫ですよ。僕達がついていますからね」
「ありがとう、ムニン、フギン」
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