30 / 32
神々の黄昏
しおりを挟む
薄暗い天界は太陽の輝きを失って、死の世界のように雪が振り始め冷たい風が吹いていた。
神々の敵である巨人族の血を引くロキは天界と巨人の国の間にある境界線に漆黒のローブをたなびかせ立ち尽くしていた。
「ずいぶんと遅い登場ですね、辺境の地へようこそ、義兄上」
「悠長な事だな、ロキ。お前には失望したぞ」
愛馬スレイプニルから降りたヴィズルに、ロキはゆっくりと振り返ると青白い顔を歪ませて笑った。バルドルが死の世界に召されて嘆き悲しむ世界は、悪趣味な悪戯では済まされないほどの痛手を負っている。
フリッグによって死の世界に遣わされた神々もロキの奸計によって、バルドルを復活させる事が出来なかった。
それが、ロキと神々を敵対させる決定打となってしまったのだが、慌てる様子も無くただ微笑んでいる。
「おや、今更ですか? もとより義兄上は巨人の血を引く私を信用していなかったくせに」
「ロキよ、お前がヘズを唆したのだろう? 息子の復活まで阻止し神々までも侮辱するとは、よほど牢獄に繋がれたいようだな」
「ええ。私はヘズの事を心底哀れに思っていましてね。義姉上や神々に疎んじられ、実兄と比べられ……天界の片隅で身を隠すように生きる彼の事を、他人事とは思えなかった」
「ヘズは、それでもお前のように邪悪ではなかったぞ」
死の神、滅ぼす者と恐れられたその冷酷な瞳は、まるで死の宣告を告げるように冷ややかにロキを見つめていた。彼の裁きは容赦が無く、義弟と言えど例外ではない。
「んふふ、義姉上にも相応しい思いをして貰わなければ不公平でしょう? 盲目のヘズを除け者にして、エマ嬢を死の世界に送り込んだんですから。
だから私は、彼女の一番大切なものを奪ったのですよ」
「白々しいぞ、エマを攫ったのはお前だろう!」
怒りに眉間に皺を寄せて、声を荒げるヴィズルに、ロキは退廃的な笑みを浮かべた。フリッグに頼まれたとはいえ、エマを攫って死の世界に永遠に監禁しようとしたのは、紛れもなくこの狡知の神だ。
「ええ、義姉上にベッドの上でねだられまして。願いを聞かない訳にはいかないでしょう。エマ……、彼女は高潔で真っ直ぐで濁りのない心を持っていますね。
女神になっても傲慢にならずその輝きは失われないままで眩しいくらい……。
女の髪の香りも、肌の質感も覚えていますよ。彼女の為なら何でもしてあげたくなる、その気持ちが良くわかりました」
その言葉にヴィズルは、義弟の首元を掴んで殴りつけると、木の根に体を押し付けギリギリと締め上げた。ロキは苦しげに顔をしかませながらも挑発的に微笑んだ。
「貴様……!」
「おや……っ、エマは、言ってなかったん……ですか? 死の宮殿の片隅が、私と……、彼女の、愛の巣になるはずだったのに……、義兄上の子は……本当に、お前の子なのか?」
ヴィズルは、ロキの体を放り投げると槍で肩を貫いた。激痛に悲鳴が上がり自分を睨みつける義弟を見下ろすと言う。
「俺の妻と息子を侮辱するな。どれだけ穢そうともエマは卑劣なお前になど屈しないぞ……彼女は強い、誰にも媚びぬ……この俺にさえもな。
残念だったな、初めて愛した女が俺の最愛の妻で」
そう言うと、ヴィズルは槍を抜いた。
積もり出した雪にロキの鮮血が広がり、肩を抑えて体を起こすと狡知の神は不吉な笑みを浮かべ義兄を睨みつける。
「そこが可愛らしいんですよ。ふふふ、私をこの場で殺すつもりは無いようですね」
「この場所で俺に切り捨てられるほど、お前の罪は軽いものではないぞ。永遠に牢獄に繋がれ拷問を受けることになるだろう」
「永遠など、この天界には存在しない。直に私の子供たちが解き放たれ、太陽を飲み込みこの天界に巨人族が攻め込む」
ロキは肩を抑えながら立ち上がると、濁った翡翠の瞳を光らせて笑った。地響きが鳴り響き地の底から咆哮が轟く。
ロキは光の神バルドルを殺害する計画を立てた時から巨人族と取引をしていた。
巨人族にとって積年の恨みを持つ相手である、憎きヴィズルが造ったこの世界を滅ぼす為の手引きをする代わりに、鎖に繋がれた魔物を解き放って欲しいと。
神々の黄昏が起これば、義兄は死去し、この世界は一度滅びを迎えると予言されていた。ロキにとってこの不条理な世界を滅ぼし、新世界ができるならばこれほど素晴らしい事はない。
「牢獄に繋がれる前に、最悪な行いをしでかしたようだな。もうお前とは、義兄弟でも何でもない」
「もう、とっくの昔に関係は壊れていますよ。光の神を失った今世界は暗闇に包まれ神々の黄昏は避けようのない事だと義兄上も知っているでしょう。ようやく戦死者達の出番が来ましたよ。古い神々が死ねば、私がエマを迎えに行きます」
ロキを疎んじる神々は死に、自分という存在を崇める世界が出来上がる。
かつては、手を組み共に戦った義兄との確執は世界の終わりに近付くにつれて深くなっていった。奸計を働き、神々を宥める為に自分に背を向け続けた義兄に逆恨みをしていたロキだが、ついにエマの存在が引き金となってしまった。
「――――エマは俺の運命を変える女だ。この世界が滅びると言うなら、また創造しよう。だがまだその時ではない」
ヴィズルは険しい顔をすると、スレイプニルに跨り巨人族の襲来を告げる角笛を聞きながら王宮へと向かった。
戦死者、そして神々と共に愛する妻と息子と世界を守る為に。
✤✤✤
「母上」
聞き慣れない声がして、体を揺すられたかと思うとエマはゆっくりと目を開けた。出産に疲れ泥のように眠っていたエマがゆっくりと寝返りを打って振り返ると、そこには裸体の少年が立ち尽くしていた。ローズブラウンの髪に、思慮深い翡翠の瞳。
その面影はどこか、ヴィズルを思わせる。
「ら、ラクニルドゥル……!?」
エマは慌てて体を起こすと、シーツで彼の体を覆った。生まれたばかりの赤ん坊が、眠っている間に十歳近くまで成長している事に驚きを隠せない。
お腹に居た時から、成長は早かったがまさかこんなに大きくなるとは思わず、動揺を隠すよように抱きしめた。彼は神であり、人間の子供とは異なる。エマは戸惑いながらもどんな奇跡も親としてきちんと受け止めてやらねばならないと思った。
「もう少し、赤ちゃんの貴方を見ていたかったのだけれど……驚いたわ」
「ごめんなさい、母上。どうしても急ぐ必要があったのです。もうすぐ巨人族と魔物達がこの天国に攻め入ってきます。母上を守りたくて成長を早めました」
ラクニルドゥルは、しっかりとした口調でそう言った。エマとヴィズルの子は運命の子だと言うが、こんな幼い子が口にするような言葉ではない。息子の頬を包み込むようにすると、エマは優しく微笑んだ。
「ラクニルドゥル、ありがとう。でも私が貴方を守るわ。まずは服を着ないとね」
そう言うと、騒がしくなり始めたヴァルキリーの一人を呼び止め彼に服を持ってくるように支持をして部屋に戻った。
遠くで角笛を吹くような音が鳴り響くとエマは不安そうに息子の手を握る。
世界の終焉を告げる、神々の黄昏が始まるのだろうか。暫くしてラクニルドゥルの服が届き、急いで着せると慌てて出ていったヴァルキリーを追うように、部屋を出ると王宮の廊下で途方に暮れるようにあたりを見渡した。
「エマ様、ラクニルドゥル様……! 安全な場所に避難しましょう、ここはいずれ巨人族達の標的になります」
「待って、ヴィズルは……彼は、もう戦場に向かったの?」
混乱の最中、走り寄ってきたヴァルキリーに問いただすと彼女が答えるより先に背後から隻眼の戦神が現れる。彼女の肩に手を起き振り向かせると、驚くエマを優しく抱擁した。
「エマ、無事か……! ラクニルドゥル……?」
「父上……」
「ヴィズル! 私達は無事よ……この子は世界の異変を感じて成長を早めているみたいなの。魔物と巨人族が攻めて来ると言うのは本当なの?」
ヴィズルは深く頷いた。
この日の為に、戦士した英雄達を鍛錬し備えていた。ヴァルキリー達は神々の元へと伝達し戦に備える。
ロキの息子である巨大な蛇が人間の世界を飲み込み始め、一番獰猛で恐ろしい大きな狼の姿をしたフェンリルが天界に解き放たれたのだと言う。
この天界と巨人族を隔てていた巨大な塀もいずれ、敵軍とロキによって破られてしまい、多くの軍勢が雪崩込んでくる。
ヴィズルの説明だけで、体が震えてしまうような恐怖を感じたが、エマは背筋を伸ばすと覚悟を決めたように彼を見つめた。
「ラクニルドゥル、母上を頼んだぞ」
「ええ、父上」
「必ず生きて帰ってきて、ヴィズル。死ぬ時は貴方と一緒よ。もし貴方の帰りに痺れを切らしたら、私がこの子と迎えに行くわ」
エマは、必ず彼が予言された死を乗り越えると強く信じていた。ヴァルキリー達のように戦場に出て戦う力を持つ女神ではないが、弱音を吐かず毅然とした態度でいる事にした。
自分にできる事は、戦場に向かう戦士たちへ歌を歌ってやる事だけだ。その声が、終焉の戦地で届くならば、彼らの力となるだろう。
「全く気の強い女だな。必ず戻る、エマ……愛してる。フギンとムニンは二人を安全な元へ連れて行け。これからヴァルキリーも一人残らず戦場に行き手薄になる。……お前達こそ、無事でいてくれ」
その言葉と共に、二匹の烏が飛び込んでくると人の姿へと変わった。ヴィズルの目となり巨人族の動きと魔物達を見てきた二人の顔は、心無しか強張っているように見える。
「ヴィズル様、お気をつけて。もうすでに戦いが始まっております」
「エマ様とラクニルドゥル様は戦場より遥か遠くの地へとお連れします。ご武運を」
ヴィズルはエマに深く口付けると、頬を撫でた。その指をエマは名残惜しそうに握りしめゆっくりと離した。
マントを翻し、戦場の最前線へと向う最愛の夫を見つめるエマの虹色の瞳に涙が浮かぶ。これから宮殿戦死者と共に死を予言された戦に戻るのだ。
「必ず運命は変えられるわ……ヴィズル」
神々の敵である巨人族の血を引くロキは天界と巨人の国の間にある境界線に漆黒のローブをたなびかせ立ち尽くしていた。
「ずいぶんと遅い登場ですね、辺境の地へようこそ、義兄上」
「悠長な事だな、ロキ。お前には失望したぞ」
愛馬スレイプニルから降りたヴィズルに、ロキはゆっくりと振り返ると青白い顔を歪ませて笑った。バルドルが死の世界に召されて嘆き悲しむ世界は、悪趣味な悪戯では済まされないほどの痛手を負っている。
フリッグによって死の世界に遣わされた神々もロキの奸計によって、バルドルを復活させる事が出来なかった。
それが、ロキと神々を敵対させる決定打となってしまったのだが、慌てる様子も無くただ微笑んでいる。
「おや、今更ですか? もとより義兄上は巨人の血を引く私を信用していなかったくせに」
「ロキよ、お前がヘズを唆したのだろう? 息子の復活まで阻止し神々までも侮辱するとは、よほど牢獄に繋がれたいようだな」
「ええ。私はヘズの事を心底哀れに思っていましてね。義姉上や神々に疎んじられ、実兄と比べられ……天界の片隅で身を隠すように生きる彼の事を、他人事とは思えなかった」
「ヘズは、それでもお前のように邪悪ではなかったぞ」
死の神、滅ぼす者と恐れられたその冷酷な瞳は、まるで死の宣告を告げるように冷ややかにロキを見つめていた。彼の裁きは容赦が無く、義弟と言えど例外ではない。
「んふふ、義姉上にも相応しい思いをして貰わなければ不公平でしょう? 盲目のヘズを除け者にして、エマ嬢を死の世界に送り込んだんですから。
だから私は、彼女の一番大切なものを奪ったのですよ」
「白々しいぞ、エマを攫ったのはお前だろう!」
怒りに眉間に皺を寄せて、声を荒げるヴィズルに、ロキは退廃的な笑みを浮かべた。フリッグに頼まれたとはいえ、エマを攫って死の世界に永遠に監禁しようとしたのは、紛れもなくこの狡知の神だ。
「ええ、義姉上にベッドの上でねだられまして。願いを聞かない訳にはいかないでしょう。エマ……、彼女は高潔で真っ直ぐで濁りのない心を持っていますね。
女神になっても傲慢にならずその輝きは失われないままで眩しいくらい……。
女の髪の香りも、肌の質感も覚えていますよ。彼女の為なら何でもしてあげたくなる、その気持ちが良くわかりました」
その言葉にヴィズルは、義弟の首元を掴んで殴りつけると、木の根に体を押し付けギリギリと締め上げた。ロキは苦しげに顔をしかませながらも挑発的に微笑んだ。
「貴様……!」
「おや……っ、エマは、言ってなかったん……ですか? 死の宮殿の片隅が、私と……、彼女の、愛の巣になるはずだったのに……、義兄上の子は……本当に、お前の子なのか?」
ヴィズルは、ロキの体を放り投げると槍で肩を貫いた。激痛に悲鳴が上がり自分を睨みつける義弟を見下ろすと言う。
「俺の妻と息子を侮辱するな。どれだけ穢そうともエマは卑劣なお前になど屈しないぞ……彼女は強い、誰にも媚びぬ……この俺にさえもな。
残念だったな、初めて愛した女が俺の最愛の妻で」
そう言うと、ヴィズルは槍を抜いた。
積もり出した雪にロキの鮮血が広がり、肩を抑えて体を起こすと狡知の神は不吉な笑みを浮かべ義兄を睨みつける。
「そこが可愛らしいんですよ。ふふふ、私をこの場で殺すつもりは無いようですね」
「この場所で俺に切り捨てられるほど、お前の罪は軽いものではないぞ。永遠に牢獄に繋がれ拷問を受けることになるだろう」
「永遠など、この天界には存在しない。直に私の子供たちが解き放たれ、太陽を飲み込みこの天界に巨人族が攻め込む」
ロキは肩を抑えながら立ち上がると、濁った翡翠の瞳を光らせて笑った。地響きが鳴り響き地の底から咆哮が轟く。
ロキは光の神バルドルを殺害する計画を立てた時から巨人族と取引をしていた。
巨人族にとって積年の恨みを持つ相手である、憎きヴィズルが造ったこの世界を滅ぼす為の手引きをする代わりに、鎖に繋がれた魔物を解き放って欲しいと。
神々の黄昏が起これば、義兄は死去し、この世界は一度滅びを迎えると予言されていた。ロキにとってこの不条理な世界を滅ぼし、新世界ができるならばこれほど素晴らしい事はない。
「牢獄に繋がれる前に、最悪な行いをしでかしたようだな。もうお前とは、義兄弟でも何でもない」
「もう、とっくの昔に関係は壊れていますよ。光の神を失った今世界は暗闇に包まれ神々の黄昏は避けようのない事だと義兄上も知っているでしょう。ようやく戦死者達の出番が来ましたよ。古い神々が死ねば、私がエマを迎えに行きます」
ロキを疎んじる神々は死に、自分という存在を崇める世界が出来上がる。
かつては、手を組み共に戦った義兄との確執は世界の終わりに近付くにつれて深くなっていった。奸計を働き、神々を宥める為に自分に背を向け続けた義兄に逆恨みをしていたロキだが、ついにエマの存在が引き金となってしまった。
「――――エマは俺の運命を変える女だ。この世界が滅びると言うなら、また創造しよう。だがまだその時ではない」
ヴィズルは険しい顔をすると、スレイプニルに跨り巨人族の襲来を告げる角笛を聞きながら王宮へと向かった。
戦死者、そして神々と共に愛する妻と息子と世界を守る為に。
✤✤✤
「母上」
聞き慣れない声がして、体を揺すられたかと思うとエマはゆっくりと目を開けた。出産に疲れ泥のように眠っていたエマがゆっくりと寝返りを打って振り返ると、そこには裸体の少年が立ち尽くしていた。ローズブラウンの髪に、思慮深い翡翠の瞳。
その面影はどこか、ヴィズルを思わせる。
「ら、ラクニルドゥル……!?」
エマは慌てて体を起こすと、シーツで彼の体を覆った。生まれたばかりの赤ん坊が、眠っている間に十歳近くまで成長している事に驚きを隠せない。
お腹に居た時から、成長は早かったがまさかこんなに大きくなるとは思わず、動揺を隠すよように抱きしめた。彼は神であり、人間の子供とは異なる。エマは戸惑いながらもどんな奇跡も親としてきちんと受け止めてやらねばならないと思った。
「もう少し、赤ちゃんの貴方を見ていたかったのだけれど……驚いたわ」
「ごめんなさい、母上。どうしても急ぐ必要があったのです。もうすぐ巨人族と魔物達がこの天国に攻め入ってきます。母上を守りたくて成長を早めました」
ラクニルドゥルは、しっかりとした口調でそう言った。エマとヴィズルの子は運命の子だと言うが、こんな幼い子が口にするような言葉ではない。息子の頬を包み込むようにすると、エマは優しく微笑んだ。
「ラクニルドゥル、ありがとう。でも私が貴方を守るわ。まずは服を着ないとね」
そう言うと、騒がしくなり始めたヴァルキリーの一人を呼び止め彼に服を持ってくるように支持をして部屋に戻った。
遠くで角笛を吹くような音が鳴り響くとエマは不安そうに息子の手を握る。
世界の終焉を告げる、神々の黄昏が始まるのだろうか。暫くしてラクニルドゥルの服が届き、急いで着せると慌てて出ていったヴァルキリーを追うように、部屋を出ると王宮の廊下で途方に暮れるようにあたりを見渡した。
「エマ様、ラクニルドゥル様……! 安全な場所に避難しましょう、ここはいずれ巨人族達の標的になります」
「待って、ヴィズルは……彼は、もう戦場に向かったの?」
混乱の最中、走り寄ってきたヴァルキリーに問いただすと彼女が答えるより先に背後から隻眼の戦神が現れる。彼女の肩に手を起き振り向かせると、驚くエマを優しく抱擁した。
「エマ、無事か……! ラクニルドゥル……?」
「父上……」
「ヴィズル! 私達は無事よ……この子は世界の異変を感じて成長を早めているみたいなの。魔物と巨人族が攻めて来ると言うのは本当なの?」
ヴィズルは深く頷いた。
この日の為に、戦士した英雄達を鍛錬し備えていた。ヴァルキリー達は神々の元へと伝達し戦に備える。
ロキの息子である巨大な蛇が人間の世界を飲み込み始め、一番獰猛で恐ろしい大きな狼の姿をしたフェンリルが天界に解き放たれたのだと言う。
この天界と巨人族を隔てていた巨大な塀もいずれ、敵軍とロキによって破られてしまい、多くの軍勢が雪崩込んでくる。
ヴィズルの説明だけで、体が震えてしまうような恐怖を感じたが、エマは背筋を伸ばすと覚悟を決めたように彼を見つめた。
「ラクニルドゥル、母上を頼んだぞ」
「ええ、父上」
「必ず生きて帰ってきて、ヴィズル。死ぬ時は貴方と一緒よ。もし貴方の帰りに痺れを切らしたら、私がこの子と迎えに行くわ」
エマは、必ず彼が予言された死を乗り越えると強く信じていた。ヴァルキリー達のように戦場に出て戦う力を持つ女神ではないが、弱音を吐かず毅然とした態度でいる事にした。
自分にできる事は、戦場に向かう戦士たちへ歌を歌ってやる事だけだ。その声が、終焉の戦地で届くならば、彼らの力となるだろう。
「全く気の強い女だな。必ず戻る、エマ……愛してる。フギンとムニンは二人を安全な元へ連れて行け。これからヴァルキリーも一人残らず戦場に行き手薄になる。……お前達こそ、無事でいてくれ」
その言葉と共に、二匹の烏が飛び込んでくると人の姿へと変わった。ヴィズルの目となり巨人族の動きと魔物達を見てきた二人の顔は、心無しか強張っているように見える。
「ヴィズル様、お気をつけて。もうすでに戦いが始まっております」
「エマ様とラクニルドゥル様は戦場より遥か遠くの地へとお連れします。ご武運を」
ヴィズルはエマに深く口付けると、頬を撫でた。その指をエマは名残惜しそうに握りしめゆっくりと離した。
マントを翻し、戦場の最前線へと向う最愛の夫を見つめるエマの虹色の瞳に涙が浮かぶ。これから宮殿戦死者と共に死を予言された戦に戻るのだ。
「必ず運命は変えられるわ……ヴィズル」
0
あなたにおすすめの小説
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
落ちて拾われて売られて買われた私
ざっく
恋愛
この世界に来た日のことは、もうあまり覚えていない。ある日突然、知らない場所にいて、拾われて売られて遊女になった。そんな私を望んでくれた人がいた。勇者だと讃えられている彼が、私の特殊能力を見初め、身請けしてくれることになった。
最終的には溺愛になる予定です。
数年振りに再会した幼馴染のお兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくなった日
プリオネ
恋愛
田舎町から上京したこの春、5歳年上の近所の幼馴染「さわ兄」と再会した新社会人の伊織。同じく昔一緒に遊んだ友達の家に遊びに行くため東京から千葉へ2人で移動する事になるが、その道中で今まで意識した事の無かったさわ兄の言動に初めて違和感を覚える。そしてその夜、ハプニングが起きて………。
春にぴったりの、さらっと読める短編ラブストーリー。※Rシーンは無いに等しいです※スマホがまだない時代設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる