雨宮健の心霊事件簿・改霊

蒼琉璃

文字の大きさ
6 / 36

六話 怪異の前触れ

しおりを挟む
 秋本さんと、裕二は加藤さんを抑えていたが、華奢な女の子とは思えないような力で、彼らを跳ね除けようとしていた。

『達也! 何やってんだお前っ、手伝えよ! もう洒落になんねぇってこれ。愛ちゃん、しっかりしろ! 車に連れてくぞ』
『愛ちゃん、大丈夫、しっかりして!』
 
 達也は、裕二に声を掛けられるまで呆けたように神棚を見つめ、何かを掴み取るような動作をしたらしい。四人は加藤さんの体を抑え車まで戻り、急発進して鳥頭村から立ち去った。
 これが、梨子の身に起きた事だ。

「なるほど……。それは、大変だったね。でも、直接霊を見た訳じゃ無いし、加藤さんは感受性が強そうだから、御札の間の雰囲気に飲まれて、集団ヒステリーみたいになったのかもしれないよ」

 そこまで聞いて、僕は珈琲を飲むと言った。彼女達が経験したのは、謎の電話だけで、これは実際物理的に現象が起きているし、心霊現象だと思う。
 加藤さんに霊感があるかどうか、今の時点では僕には分からない。集団ヒステリーのようになってしまったのだろうと、梨子を安心させるように言ったが、とてつも無く嫌な予感がしている。
 僕の本能が、これは関わってはいけない類の怪異だと、警鐘していた。

「私もそう思ったんだよ。でも……愛ちゃん、それからおかしくなっちゃって。車に乗った時は大人しくなっていたのに、帰ってから変な事を言うようになったの。オハラミ様がどうとか。それでもう、大学にも来れなくなっちゃって、ご両親と島に帰ったんだけど。暫くして行方不明になったらしくて。それに、あの時達也が変な物を持ち帰ったみたいだよ」
「え? オハラミ様なんて聞いた事が無いな。達也は廃墟にあった物を持ち帰ったのか?」
「戻して来いって、私も秋本さんも言ったんだけど、本田さんと裕二くんがそれを面白がっちゃってね。番組に使えるから、持って帰ろうって言ったの」

 さらに、雲行きが怪しくなってきたな。
 例え廃村でも、廃墟や森にある物は、石ころ一つでも持ち帰ってはいけない、法律に違反するからだと聞いた事がある。
 そんな事は、制作会社に勤めている本田さんなら分かりそうなものだけどな。
 僕の第六感が、これ以上この件に首を突っ込んでは、危険だと告げている。
 加藤さんの様子を聞いていて、その後が気になっていたが、精神を病んで、消息不明になってしまっているとは思わなかった。
 正直に言うと彼女とは特別親しい訳では無いので、卒業前にSNSのIDの交換はしたが、個人的に連絡し合った事は無い。島を離れていたせいで、最近の事情も知らなかった。
 それにしても達也は、一体何をふざけて持ち帰ったのだろうか。

「うん、これなんだけど。動物の頭蓋骨みたいなの。本田さんは、猿じゃ無いかって言ってたけど、私もそう思う。民俗学的には、興味深いんだけどね」

 梨子は携帯のフォルダーから画像を探すと、テーブルの上に置き、そのまますっと僕の目の前に差し出した。
 そう言えば彼女は、大学で民俗学部を選考していたな。
 梨子の手から、携帯を受け取ろうとした瞬間、梨子の手に覆い被さるようにして、突然筋張った女の細く青白い手がすっと伸び、僕の手首をやんわりと掴んで、爪を立てた。

「うわっ!!」

 僕は驚いて思わず声を出し、手を引っ込る。いきなり大きな声を出してしまったので、店内の客と店員が一斉にこちらを見た。梨子も僕の悲鳴に驚いたように、目を見開いてポカンとする。

「何? 健くん、大丈夫?」
「あ、ああ。何でも無い」

 いつの間にか青白い女の手は消えていて、僕は恥ずかしくなり、梨子に謝罪する。
 もしかして僕は、猿の頭蓋骨の写真を見ただけで震え上がる、軟弱な奴だと思われたかもしれない。

「健くん、もしかして動物の骨とかそういうの苦手だった? ごめんね、写真でも何か分かるかもしれないって思って」
「いや、今のは気にしないで。全然、僕は平気だから!」

 僕は、普段から視えないように霊感を遮断している。そうしなければ、日常生活が送れないからだ。
 意識的に霊視する時は、怪異とチューニングを合わせるようにしない限り視えないし、霊にも遭遇しない。けれど、さっきの霊は簡単に言えば、厳重に戸締まりしている、僕の家の鍵をこじ開けて、不法侵入出来る位強かった。
 これはかなりやばい事に首を突っ込んだかもしれないなと思ったが、それ以上に梨子や友人達が心配になった。
 画面に映る猿の頭蓋骨からは、禍々しい何かを感じる。だが、実物に触れなければ僕は霊視が出来ない。

「これ、多分なんらかの儀式に使っていた呪具じゃ無いかな。神棚にあったんだよね? オハラミ様っていうのも気になるし。もしかすると、村独自で信仰している、御神体かもしれないな。とりあえず、まずは裕二や達也に連絡取ってみる。もし僕だけで手に負えないような案件ならば、ばぁちゃんに助言を貰うよ」

 僕の言葉に、梨子は心底安心したような表情をした。

「うん、ありがとう。健くんが友達でいてくれて、本当に良かった。私もいろいろ調べてみたけど、あの村の事は分からなくて」
 
 ショートボブの髪を耳に掛けて、ようやく笑顔を見せた梨子に、僕はドキドキした。
 高校の時も可愛かったが、大人になってからはさらに綺麗になっていて、やはり僕はまだ彼女の事を吹っ切れそうに無い。
 とりあえず、達也と裕二に連絡を取ってみよう。
 出来るだけ自分で解決しないと、ばぁちゃんに助けを求めたら最後、いつお前は島に戻って修行するんだ、雨宮神社を継ぐ気はあるのかと、言われるに違い無い。
 それに、夢の中と同じく最近ばぁちゃんの体調が優れないと、母さんから電話で聞いてるから、なるべく負担は掛けたく無いしな。
 我が家に生まれた女性は代々霊力が強く、その多くは雨宮神社の巫女となって管理し、祓ったりしている。ばぁちゃんはどうやら歴代の中で一番強くて、そして孫の僕は曽祖父の遺伝帰りなのか、男でありながらさらに霊力が高いらしい。
 ばぁちゃんは簡単にそんな事を言ってくれるけど、神主になるには、神職資格を取得しなくてはならないし、普段修行していない僕は、拝み屋としても未熟だ。
 僕は、都会に出て普通に就職して稼げるようになり、出来るだけ早く女二人で育ててくれたばぁちゃんと母さん達に、恩返しがしたかったので、神道系の大学にも進まず、高校を卒業して就職した。
 それに、出来れば霊とは無関係な生活をして一生を終えたいものだ。
 今は母が神社を管理しているし、とりあえずこのまま家業を継がずに、逃げ切りたい。
 
 
「ねぇ、健くん。私も一緒に手伝って良いかな?」
「い、良いけど、危ない目に合うかもしれないよ。それでも梨子は平気なの?」
「こんな状況でじっとしているのって、落ち着かなくて、不安になるの。愛ちゃんの事も、やっぱり責任を感じるからなんとかしたいし」

 心霊スポットに行ったのは梨子の責任では無いが、あの時もっと強く加藤さんを引き止めていれば、という後悔があるようだった。彼女の立場に立てば、僕も同じように罪悪感に苛まれていた事だろう。
 それに、達也には悪いけど梨子と一緒に行動出来るのは嬉しい。
 いや、断じて僕は人の彼女を寝取ったりなんてしないが、梨子の役に立てて、友人として彼女とさらに信頼関係を築けるなら、嬉しいじゃ無いか。
 僕は心の中でうだうだと言い訳をしつつ、梨子の申し出を二つ返事で引き受けた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

処理中です...