余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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シンの暗黒時代

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「……あれやな。多分、うん、女の人ってコイバナ好きやから」

 なんとも歯切れの悪いビャクヤ。

「コイバナって……エリシアは婚約者探しをしているんだろう? それって恋愛って言うより、利害の一致で決めると思うんだけど」

 シンの見聞きする限り、エリシアの求める条件は顔や性格は二の次で、相手の身分や格、経済状況で選んでいた。十代の少女の選別の仕方にしてはシビアだが、将来を見据えて考えたのだ。世知辛いことである。

「そないなこと言ってても、理性と心は別モンってこともあるんやで。エリシアちゃんかて、悩み多き思春期の乙女や。自分に正直になりたくなることだってあるやろ」

「ふーん、僕は恋愛より植物を育てたり勉強したりするほうがいいな」

 シンの中で、スローライフへの飽くなき執着は消えていない。神子という立場になって、その夢が立ち消えかけたからこそ、強くそう思っているのかもしれない。
 スローライフ願望が強く、欲望のリソースの大半が割かれている。身分や財産への渇望は薄かった。
 そもそもそんなに困窮していない。シン本人の地道な努力と慎重な判断で、着実に貯蓄を増やしていた。必要な物は惜しみなく資金を出すし、たまには羽目をはずすこともある。
 でも、常識の範囲内。身持ちを崩すことはない。

「勉強と植物はいいよ。人間と違って裏切らないから」

 いつになく穏やかに笑うシンに、ビャクヤの顔は引きつった。あまり好んで過去を語らないシンから、闇の深さを感じる。
 なんとなく空気で察したビャクヤだが、それは正しかった。
 シンの脳裏には、ブラック時代の修羅場が甦っていた。己の心と時間と健康をゴリゴリに削り続けていた日々である。
 スケジュールを考えずに仕事を振る上司に、期日直前に前触れなく有休をとる先輩、そして唐突に退職代行を使って職場を去る同期たち。間に合わなければモラルがハラスメントしまくっている上司に人間の尊厳を否定されるレベルで怒鳴られる。なんとか血反吐を吐くような無理をして仕事を完遂しても、クライアントの気分が変わって仕様変更。下の苦労など関係ないとばかりに安請け合いする上司と、その尻拭いを押し付けられるという地獄ループ。
 仕事をしてもしなくても怒鳴られていた。もっと速く、もっと完璧を求められていた。仕事をしてもしなくても罵声を浴びせられる理不尽。あの時は心が麻痺していたが、今思うとかなりヤバイ会社である。
 シンが異世界転移した後、どうなっただろうか。二十代で中堅からベテラン扱いされるくらい、あの会社は離職率が高かった。

(潰れてくれているといいなぁ。世のため人のために)

 人間を使い潰して、一部が上前を撥ねる地獄だ。あの会社と上司たちにはお悔やみ申し上げるような事態になっていてほしい。
 願わくは、あの会社の敷地は更地になっていれば満足この上ない。建物の基礎からなくなっていてほしい。
 そう心穏やかに思えるくらいには、正気を取り戻していた。

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