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1巻
1-1
プロローグ 泣きつく女神
「ふぇええん、ごめんなさぁああい!」
金髪幼女がただでさえ低い背をさらにへこへこと下げる様を、相良真一は連勤明けのぼうっとした頭で見ていた。
コメツキバッタのように腰の低い幼女は、見るからに歩きづらそうな白く輝くローブデコルテらしきものをずるずると纏っている。真一は服飾には詳しくないし、あまり馴染みのない服装なので正式名称は知らなかった。着ているのがちっちゃい女の子なので、ノースリーブのワンピースと言った方がわかりやすい。
傍から見れば、真一の目は淀み切っていたが、号泣している幼女女神はそれに気づくほど気持ちに余裕がないようだ。
「ごめんなさいっ、ごめんなさああい!」
真夏の蝉のようにびーびー泣く幼女の大きな碧眼は、涙と一緒に溶け出してきそうだ。
真一はなんとも気まずい表情で頬を掻く。
実はこれでも少し動揺している。ただし表情は死んでいるが。
よくいる日本人らしい黒目黒髪の企業戦士で、ちょっと草臥れた地味なスーツが戦闘服。別名社畜という。
勤務先は大手ゲーム会社の下請けのさらに下請け。生粋ブラック無糖である。上にやれと言われれば、二十連勤など当たり前、寝泊りが多い余りスマホの住所設定が会社になっているレベルだ。
なんでここにいるんだっけ――と、真一は記憶を掘り返す。
確か、ようやく魔の三十七連勤から抜け出して、ようやく帰宅できたはずだった。そこでバスに乗り込んで――
「俺、死んだ?」
「ご、ごめんなさいいい!」
「別に君を責めてはいない。でも、何か関係あるのか?」
目が溶けそうなほど泣いている幼女が、土下座続行でなんとか言葉を絞り出す。
「わだじのせかいのせいでぇ……」
酷い鼻声で、濁点に塗れていそうな怪しい滑舌ではあるが、ぎりぎり聞き取れる程度。
だが、泣きすぎてひきつけを起こして……吐いた。
そしてバタンと力尽きる。
しーん、と沈黙が落ちる。ゲロが喉に詰まったらしい。
さすがに慌てた真一が、幼女の背中をべしべしと叩いたり逆さにしたりすると、ようやく彼女は「かはっ」と息を吹き返した。
目を覚ました幼女に数度同じ質問を繰り返したところ……少しずつ状況が見えてきた。
彼女の話を要約するとこうだ。
この幼女はとある世界の新米女神。神の基準では「生まれたばかり」らしく、初めて任された自分の世界を育てようと、張り切って邁進していたのだという。
だが、そこで魔物が発生した。
この世界では、魔物は有毒カビやウイルスのようなもので、百害あって一利なし。世界の淀みや、膿のような存在らしい。
ある程度は世界の自浄能力や循環で淘汰されるが、いかんせんこの世界の住人は弱かった。あっという間に魔物たちに淘汰されそうになり、女神は慌てて『異世界召喚』という大儀式魔法を彼らに授けた。簡単に言えばこれは、この世界の魔力を使って『勇者』『聖女』『聖人』『賢者』といった、とても高い能力を持つ――もしくはそこに至る存在を、他の世界から連れてくる魔法だ。
女神は先輩の神々にどうにか頼み、他の豊かな世界からそうした素養を持つ人材を貰って対応していた。最初はそれで何とかなっていたものの、女神の世界の住人は圧倒的な力を持つ異世界人に頼り、次第に召喚を乱発するようになった。
「……つまり、俺も?」
「いいえーっ、勇者様はバスの運転手さんです! ですが異世界召喚のやり方がちょっと雑だったみたいで……」
真一は胸騒ぎを覚えたものの、無表情のまま自称女神を見る。
自称女神はがくがくと哀れなほど震えながら、絞り出すように言った。
「その、召喚した衝撃で周りも巻きこんじゃったんですぅ! そ、それで……真一さんを含め、バスの中にいた人を全員……」
「連れてきた、と」
コクン、と重々しく幼女は頷いた。
もちろん、真一はそんなお呼び出しに了承した記憶はない。
そもそも彼は、呼ばれていないのに来ることになったのだ。想定外の召喚で巻き込み事故を食らったモブポジションである。
「つまり、俺は勇者やら何やらではない普通の人間で、異世界にぶん投げられるのか?」
「いえっ、私の世界の不始末なので、スキルをプレゼントします!」
「戻れないのか?」
真一としては、こんな危なっかしい気配しかない異世界などに行きたくなかった。
前の世界に恋人はいなかったが、家族や友人はいるし、築いてきた生活基盤がある。
慣れ親しんだ場所から、突然知り合いもいなければ常識も違う場所に連れていかれるなど、恐ろしすぎる。
「……元の世界では、あなた方はバスの中でミンチです……」
運転手が消えたんだから当然だ。真一は納得すると同時に、無事であるはずのない肉体に絶望した。
苦しまずに死んだのだからまだマシと言うべきか。下手をすればトラウマ一直線である。
「えと、今の記憶を残したままスキルを貰って私の世界に転移するか、元の世界でもう一回転生するか選べます! ただし元の世界では必ず人間に生まれますが、記憶は残せません!」
「君の世界では今のまま?」
幼女女神はどこからか取り出した分厚いマニュアルを見ながら答える。
「え、えーと……赤ん坊からスタートは難しいですが、ある程度の成長や、若返らせることは……可能です」
女神がやけにびくびくしているのを不審に思った真一が、なるべく怖がらせないように尋ねると、彼女は今までの経緯をおずおずと話した。
真一の面接の前にも、今回の召喚に巻き込まれた異世界人の面接をしていたようだが、別の人たちには凄まじく怒鳴られたらしい。
それは当然だ。だいたい、この幼女のことだから、突然「アナタは死にました。私の世界の住人のせいです」なんて馬鹿正直に言ったのだろう。
今まで散々怒鳴られて、完全に凹み切って畏縮しているようだ。
「それで、小さい女神様。他のみんなはどうしたんだ?」
「皆さん、元の世界ではなく私の世界に来てくださることになりました! 一人ずつお送りしました! 異世界の生活に困らないよう、ちゃんとスキルをお渡ししましたよ!」
ニコニコと笑う幼女女神。
スキルとは何とも便利そうだが、持っているだけで生活に困らないほどの代物なら、相当凄いものではないのだろうか。渡した人間がそれを悪用するとか考えなかったのか。
このお人好し女神のせいで彼女の世界は堕落したのではないか――真一は早くも問題の根幹に気がついていた。
真一は、余計なお節介かもしれないが……と口を開く。
「えーと、女神様」
「女神はいっぱいいますが、私はフォルミアルカです!」
「えーと、女神フォルミアルカ様。スキルを持たせた人を送り込んだりしたら、君の世界がますます大混乱するのでは? ただでさえ異世界人頼りなのに、君の世界の人たちは自分で問題を解決しなくなるのでは?」
ぴしゃーん、と雷に打たれたようにショックを受ける駄女神。彼女はそのまま崩れ落ち、おいおいと泣きはじめた。塩を掛けられたナメクジのようだ。
「で、でもぉ、私の世界の人たちのせいでご迷惑がぁ……っ! 魔物もいっぱいいるし、魔王も誕生しちゃったし、ふええええっ!」
だだっ広い神殿風の部屋に女神の泣き声が響く。
大理石のようなタイル敷きの床には見る間に水たまりができていた。
「異世界召喚の技術って取り上げられないの? そんなに普及していると、危なくないか?」
「えと、大国が百年に一回使うくらいなら問題ないのですが……最近乱発しすぎで、時空が乱れているんです。でも、取り上げたら、国も困るのでは……」
「今回たくさん来たなら、しばらくいらないと思う。時空とやらが安定するまでは取り上げたらどうだ? 君だって大変だろう」
「ぶあああああ! 真一さん優しい‼」
顔じゅうから水分を垂れ流した幼女は、真一の膝にびえしゃああと泣きついた。
これでその世界の住民が困ったとしても、自業自得だ。この幼女女神が自分の世界に甘いのが最大の原因だろうが。
真一としても、自分が行った先の世界で十年ごとに人間兵器がボコボコ生まれてきたら嫌だった。
――自由が欲しい。安全も欲しい。スキルとやらを貰って、しばらくしがらみのない生活がしたい。
社畜時代が長く、ブラック生活に絶望した真一には、元の世界に戻って生まれ変わりたいというほどの愛着はなかったため、結論は決まっていた。
色々考えた末、真一が貰ったスキルは――
①成長力
スキル習得などが他の人より早くなる。真一がその世界に適用するためにも必要だと判断した。
②スマートフォン
色々調べられる。充電の代わりに魔力によって起動する。
③神託
なかば脅迫めいた形でフォルミアルカから押売りされた。
④異空間バッグ
いわゆるアイテムボックス。なんでも入る大容量で品質保存も可能。異世界モノでお約束の品。
「では、真一さん行ってらっしゃい!!」
始終泣きっぱなしだった駄女神フォルミアルカだったが、最後は笑顔で送り出した。
光の洪水のような現象が起きて、真一はその中に呑み込まれていった。
◆
目を開いた真一の目に飛び込んできたのは、オカルティックな象形文字に似た魔法陣が刻まれた石床。まだわずかに光り輝いていて、召喚直後なのが窺える。
熱気とも湿気とも違う何かが渦巻いているが、これが魔力というものだろうか。わからないのに理解できるという不可解な感覚に、真一は薄気味悪さを感じた。
これも女神から贈られた能力の一端かもしれない。
真一が恐る恐る顔を上げると、周囲には彼と同じように召喚されたと思しき人たちがいた。
不安、怒り、期待、喜び、皆様々な表情を浮かべている。
ふと、真一は足元に赤いものが飛び散っているのに気づく。
(うっ! 何だこれ!?)
見れば、何か人とは形容しがたい肉片と肉塊っぽいものが血だまりに転がっていた。
つんと鼻をつく異臭がする。不穏な気配しかしない。
直後、真一の視界に何やらゲームやパソコンのウィンドウのようなものが見えた。
勇者の亡骸。時空の転送に失敗して肉体が引き裂かれた。
初っ端から勇者が死んでいた。
フォルミアルカに聞いてはいたが、わざわざ召喚したお目当ての勇者はミンチ状態。
年齢制限が必要そうなグロテスクな物体の上に、やたらポップなウィンドウが浮かび上がってくる。
(ちょっとやめてくれ。ウィンドウとか、笑わせに走っているのか)
真一が閉じろ閉じろと念じると、それに反応してウィンドウがしゅんと消えた。
そこで彼は、ふと自分の状態に気づく。やけに視界が低い。背が縮んでいる。周囲を見回せば、中学生から二十代ほどの様々な年齢の面々がいたが、その中でずば抜けて真一が小さかった。
着ている服のサイズはちゃんとあっている。木綿のシャツとボトムに運動靴。革製の鞄はリュックになっていた。ごく普通の小学生の普段着といった感じで、スーツではない。
(頼んでもいないのに若返ってる!? あの女神……早速失敗したのか)
あの女神ならやりそうだ。フォルミアルカと短くも濃厚な時間を過ごした真一は直感した。
彼女の駄女神っぷりは察して余りある。
気を取り直してさらに見回すと、少しずつ状況が見えてきた。
学生と思しき少女は自分に声をかけてきたイケメンの騎士の手をまんざらでもなさそうに取り、ある若者は美人な姫っぽい女性に話しかけられてデレデレと相好を崩している。
すぐ横に猟奇死体があるというのに、暢気なものである。
ただ単に美男美女に気を取られていて、この異物に気づいていないだけかもしれないが。
そんな中、幼い外見の真一は一人放っておかれていた。
だが、おかげで冷静に周囲を観察できた。
この世界の住人らしき人々の異世界人への対応は妙に手馴れている。
なるほど、女神フォルミアルカが言った通り、頻繁に異世界人を呼び出してはその異能を労働力として体よく利用しているのだろう。
次々と都合の良い説明を聞かされても、異世界人たちはほとんど疑っていない様子だった。
騙される方も騙される方だ。
「この世界は魔物に脅かされ、支配されそうになっているのです! 勇者様はどちらですか?」
ロココ調の重厚で豪奢なドレスと宝飾品を纏った姫っぽい美女が声を張り上げた。妙に芝居がかった動作が鼻につく。
そこの肉片です――とは言えないので、真一は密かにその場から逃げようと、すり足で距離を取る。
真一は勇者を探す美女を見て「急なクライアントの要望に良い顔して折れた時の課長に似ている」と思った。要は胡散臭い。何か後ろめたいものや嘘の気配がプンプンしてくる。
この国でも重要な位置にいるらしい女性は、魔物に脅かされているという割には、ずいぶんと煌びやかな出で立ちだ。頬は薔薇色で、クマどころかシミ一つない肌。身につけている宝石も立派だし、見るからに高価な衣装を着ている。シャンデリアかよと突っ込みたくなるほどキラッキラに物理的にも輝くお姫様だ。
彼女は自分の演説に酔ったように切々と窮状を訴えた。
魅入られたように彼女の言葉に聞き入る周囲とは裏腹に、真一の中に白々としたものが広がる。
ドン、と背中が何かに当たった。
重厚な鎧を着込んだ騎士が、じろりと真一を見て鼻を鳴らす。
「お前は勇者か?」
真一がふるふると首を横に振ると、騎士は露骨なため息をついた。
すぐに神官らしき人間がやって来て、水晶のような物をかざして真一と見比べる。
期待していた結果と違ったのか、神官は顔をしかめて首を横に振った。
スキルか称号というものを調べたのか。
「このガキはつまみ出せ。使えないだろう」
神官に鼻で笑われた挙句、真一は城を追い出された。
◆
子供の両手の平におさまる、申し訳程度にお金の入った袋を持たされて、真一は城からつまみ出された。
しかし、あの胡散臭さしか感じない場所から出られたのだから、かえって好都合だった。一見もっともらしい響きの良い言葉を並べてはいたが、城にいた連中からは異世界人の能力を搾取してやるという気配がひしひしと伝わってきた。
(……もしかして、他の人たちはフォルミアルカから何も聞いてないのか?)
何の疑いも持たない彼らが、真一は不思議でならなかった。怒りで我を失っていたのか、自分の死に絶望したのか、はたまた異世界転生に浮かれているのか。女神から貰えるものを貰って異世界で好き勝手しようというやけくそに陥った人間がいてもおかしくない。
真一は改めて自分の体を確認する。大体十歳くらいだろうか。子供独特の線の細さのある幼い体。
これでは職にありつけるかも微妙である。日本では間違いなく義務教育の真っ最中だ。
街並みや行き交う人々の服装から判断して、この世界――少なくとも今真一がいるこの国は、中世ヨーロッパに近い雰囲気だった。
(異世界転移や転生の鉄板だなぁ。ま、俺はこのままこの世界に埋没して、フェードアウトしていこう)
貰ったのは二万ゴルド。早速スマホの機能で調べると、日本円換算で二万円と、わかりやすい相場だった。若干金額が少ない気がするが、子供だからと足元を見られたのかもしれない。
真一は金貨を『異空間バッグ』のスキルで収納すると、行くあてもなく歩き出した。
一度城のある方向を振り返る。そこに住む王侯貴族たちの権威を示すように立派な佇まいの巨城だ。世界が危機に瀕しているという割には城下町は活気づいているし、不遇を訴えていた姫らしき人の格好は豪華絢爛としか言いようがないものだった。
確かに、王族など身分の高い人物が良い衣装を纏うのは当たり前だ。しかし、彼女が身につけていたのはジュエリー展をやっている博物館にでもありそうな、晴れの式典でしかお目にかかれない装飾品。それも一つや二つではなかった。とても金欠とは思えないし、不景気や財政難の様子は欠片も感じない。思い出せば思い出すほど違和感と不穏な気配がてんこ盛り。
(とりあえず、この国はヤバそうだから、とっととおさらばしたい)
あの場にいた姫や王様らしき人たちは絶対ヤバい人たちだ。こっちの都合を考慮せず、急な仕様変更をねじ込む上司やクライアントと同じ臭いがする。社畜の危機察知能力がそう叫んでいた。
フォルミアルカの話から推測するに、召喚術を乱発しているのはこの国だろう。他の国はどうかわからないが、今後女神が異世界者召喚の技術を取り上げたら、この国は荒れる可能性大だ。
おまけに、お目当ての勇者は召喚の衝撃でミンチ。あの王族たちは残った異世界人を血眼になって捜すに違いない。勇者に代わる異世界労働力をかき集めるはずだ。今まで散々便利に使ってきたのだろう。情勢次第では隣国でも危ないかもしれないから、真一としては極力遠くを目指したかった。
しかし、どうしたものか――真一は首を捻る。
当座のお金はあるとはいえ、稼ぐ手立てを見つけなければすぐさま貧困層の仲間入りだ。
一度そういう境遇に落ちると、這い出るのは並大抵の努力では不可能だろう。
賑わっている繁華街から細い路地を一本隔てた先では、棒きれのように痩せ細った子供たちが膝を抱えて虚ろな目をしているのが見える。生活弱者を守る基盤は弱いらしい。
城で引き留められなかったところからして、真一の能力は大したものではなさそうだ。
とりあえず、真一は小腹が空いたので屋台の串焼きを買う。
何の肉かわからないが、肉と焦げたタレの香ばしい匂いがたまらない。
ガッツガツに若い胃袋を刺激され、真一は串焼きを綺麗に平らげた。
そういえば、異世界お約束の冒険者ギルドはあるのだろうか。ふと思い立って串焼き屋のおじさんに聞くと、そう遠くない場所にあると教えてもらえた。
真一は雑踏を掻き分けながら冒険者ギルドを目指したのだった。
第一章 冒険者シン
幸いなことに、真一はこの世界の文字が読めるらしく、周囲を見渡せば店の名前などは大抵理解できた。おまけに、大体の店では遠目でもわかりやすいように、看板に武器屋なら剣、防具屋なら盾、道具屋は薬瓶や薬草などの絵が描かれている。同じ要領で、冒険者ギルドの看板はモンスターと剣が描かれていたので、目的の建物はすぐに見つかった。
ギルドに入ると、そこにはむさくるしい男の園状態だった。
ギルドの建物は酒場も兼ねているらしく、朝っぱらからエールを呷っている者も多数いる。
奥のカウンターには、制服姿の若い女性が座っていた。ふんわりした金髪を顎のあたりで切りそろえた愛らしい雰囲気で、いかにも看板娘といった具合だ。笑うと一層愛嬌がある。
カウンターに向かう途中でちらりと見た依頼提示のコルクボードには、定番の魔物討伐から、皿洗いやドブさらいまで雑多な依頼が貼り出されていた。
つまり、子供でもできることがある。
本当ならシンは、定職について安定した生活を送りたかった。でもこの世界の常識もわからない。目立たず、小さな仕事をしつつ、学んでいくのが無難だ。
客を捌き終えた金髪の女性と目が合う。自分の番になったので、シンはカウンターに向かった。
「すみません、ギルドの冒険者に登録はできますか?」
真一が尋ねると、カウンターの女性は少し訝しげに目を細めた。
「できるわよ。君はいくつ? 十歳からなんだけど」
「十歳です」
実年齢は二十七歳だから、その三倍近くなのだが。
「そうなの? 七歳くらいかと思っていたわ……ならできるわね」
受付のお姉さんは真一に冒険者ギルドのシステムを簡単に説明してくれた。
冒険者は上から順にS、A、B、C、D、E、F、G、H、Iと全部で十ランクに分けられる。
冒険者ギルドは各国に支部があり、国とは独立した組織だという。国家に管理されていないのなら、ヤバそうな王族がいるこの国でも安心して登録できる。
ギルドで冒険者カードを作るのには、あまり時間はかからないらしい。
このカードは、街を出入りする際にちょっとした身分証としても使える。冒険者ランクが高ければ高いほど優遇されるが、問題を起こすと剥奪されるし、場合によっては永久追放になる。
冒険者登録に際して、真一は「シン」と名乗ることにした。シンイチでは露骨に日本風の名前で変に思われるかもしれないし、異世界転移者だと気づかれて面倒事に巻き込まれたくはなかった。短い名前なら、そう違和感がないはずだ。
受付の女性はてきぱきとカード発行の事務処理を始める。
こんなにあっさりと貰えていいのだろうか。
真一――シンは不安を覚えて思わず尋ねる。
「あの、審査や検査とかしないんですか?」
「しないわよ。故郷にいられなくなったとか定住できないとか、色々な理由があって冒険者になる人が多いから」
確かにそうだ。シンのように定職につけないから冒険者をやろうという者も多いのだろう。冒険者ギルドはそういった者たちの受け皿としても機能しているようだ。
ここで飲んだくれている荒くれ者の中には、下手な犯罪者より犯罪者らしい凶悪面と威圧感たっぷりのマッチョガイがいっぱいいる。局地的に世紀末覇者でも出てきそうな劇画調の雰囲気が漂っている。当然、脛に傷の一つや二つ持っている者も少なくないだろう。
「あの、ところで、このあたりには一般の人も利用できる図書館とかありますか?」
冒険者として登録してみたものの、まずこの国について知る必要があるし、地図があったら確認したい。
ギルドの受付職員はうんうんと頷いてシンの質問に答える。
「うーん、国立図書館は貴族しか使えないし……あ、魔法とか気になるのかな? やっぱりそういう年齢よね。憧れるよね」
完全に子供扱いされているが、彼女の言う通り、魔法について全く気にならないわけでもなかった。ギルドの掲示板に貼られた依頼を見るに、討伐対象になっている害獣の中には魔物もいるようだ。大人だった真一ならともかく、今のシン――子供の体でそれらを相手にするのは一苦労だ。動物よりも狂暴だろうし、戦うのは危険である。それに、シンはまだ生き物を殺すのに抵抗があった。しかし、薬草などの採取作業より魔物の討伐の方がずっと実入りが良い。今すぐには無理でも、将来的にはそちらにシフトチェンジするのも視野に入れていた。そのためにも、魔法について知るのは重要だ。
「ギルドの二階に、古い本が色々あるわ。貸し出しはできないけれど、見ることならできるわよ」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、出来立てほやほやのIランクの冒険者ギルドカードが差し出された。
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