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43 / 228
3巻
3-2
スペキャるシン。
スペキャことスペースキャット――つまり宇宙猫。元ネタは真顔の猫の背景に宇宙を合成したネタ画像である。全てを知ってしまった猫や様々な亜種があるが、大抵が「わけわからん」の極致の心境である。
顔は固まっていたが、頭の中はぐーるぐるで、感情がパニックのるつぼであった。
(え? こわ……こっわ! なんでこんなえぐい成長しているの? 確かに良く育つことはあったけど、何このミュータントみたいな育ち方)
焼け跡だった斜面が、あっという間に植物でもっさもさになった。
トレントが擬態していた時よりも緑がこんもりしている気がする。希釈したポーションを垂らしたとはいえ、いささか育ちすぎではなかろうか。
シンはなんでだろう? と疑問に思ったが、思い当たる点といえば、ここがトレント大虐殺現場であることくらいしかない。
(燃やしたから、少し栄養になったのかな?)
理由はさておき、おかげでシンが大きな魔法で焼け野にした痕跡はほとんど消えたといっていい。
地面を雑草がうっすらと覆い、黒焦げを隠してくれている。
ちなみにシンは気づいていないが、この異常な緑化は、自作ポーションの効力が上がっていることと、彼が持つ神々の加護のゴリゴリ力押しによるものだ。
そんな自覚もないし、神に力をお貸しくださいと祈ったこともないシンである。有り余る部分が時折溢れ出すのだ。
別作用として、シンを敵に回した人間はごっそりと運が尽きたように、悪縁や不運がつきまとう。
もとよりシンは、理不尽を強いられなければそれほど人を恨まない。だからそういった不運も、彼が意図して起こしているわけではないのだ。
シンは衝撃が抜けきらないままグラスゴーに跨って、帰路についた。
やがてタニキ村が近づいてくると、見覚えのある顔が見えてきた。
「シン! 無事だったか!」
村の入り口で、そわそわしたハレッシュが迎え入れてくれた。
「どうしたんですか?」
「いや、山で火事が起こったって聞いてな。幸い、すぐに消えたらしいが、火柱みたいなのが立っていたみたいだし、流れの冒険者や魔物の仕業の可能性もあった。こっちにも延焼するかもしれないと、大人たちで話してたんだ。この季節、山で採れるものは多いから、うちの村でも何人か採取に出ていてな……その中にお前もいて心配したぞ。だが迎えに行こうにも、この時間なら戻ってくる可能性の方が高かったからな」
ハレッシュは捜しに行くにも行けず、村の入り口で熊みたいにうろうろしていたようだ。
そして、彼の言う山火事の原因は、おそらくシンの魔法だろう。思い当たる節がありすぎる。あんなに盛大なファイヤーをぶちかましていたのだ。
シンは頬が引きつるのを誤魔化して「ブジデス、ナントモナイデス」と応えた。
ハレッシュはかなり心配してシンの頭や顔をぺたぺたと触るが、シンの不自然な様子には気づいていない。
ちょうど陽が傾きはじめている頃合いだ。トレントたちとかち合った時間がもう少し早かったら、ハレッシュはシンを捜しに山に入ってきていたかもしれない。あるいは遅すぎてもやっぱり心配して入ってきただろう。後ろめたさで良心がギッシギシに痛むシンだった。
ハレッシュが心底安堵した様子で「良かった……」と繰り返しているのが、また良心にくるものがある。そんな彼に「貴方が心配している子供が諸悪の根源です」と言い出す勇気もなく、シンは適当に話を合わせるのだった。
中身がアラサーでも、外見はまだ十代前半なのだ。
◆
それからも、シンは素材探しに明け暮れ、目指せ理想のマイホームと息巻いて邁進していた。
もちろん狩りも並行して行い、魔物の討伐依頼が来れば率先してやっていた。タニキ村で魔物討伐ができる腕前を持っているのは、ハレッシュとシンくらいだからだ。
村に滞在しているティルレインが連れている騎士も可能だが、彼らはあくまで王子の護衛である。
ただ、最近はピコの絵を描きに来たティルレインに付き合って、騎士たちが厩舎の掃除をしている時がある。
リフォーム作業中のシンがそれについて疑問を口にすると、ハレッシュは「あー、多分だけど」と、複雑そうに口を開いた。
「シン、ありゃピコちゃんを狙っているぞ。ジュエルホーンは普通の馬から見れば高嶺の花だし、交配すればそこらの馬よりずっと足が速いのが生まれる」
なんと、騎士たちは自分の馬とピコのお見合いを兼ねているらしい。今のところ惨敗みたいだが。
グラスゴーが隣の厩舎に入ると、相手の馬は自信を喪失してしょぼんと去っていくという。
魔馬と普通の馬の交配は、自然では滅多にない。一応、種族や能力が近ければできなくはないそうだが、それも同種から相手にされないミソッカスが他所様に手をつけることが稀にある程度だ。
近親種の交配――狼と犬の掛け合わせのようなものだろう。
当のピコはグラスゴーを好いているみたいだが、それが親愛や尊敬なのか、フォーリンラブなのかは、シンにもわからない。
そして、グラスゴーはピコを気にしていないから、今のところ春の兆しはない。
魔馬の年齢や好みはよくわからないが、シンとしては、ピコが気に入ったのなら別にお付き合いはOKだと思っている。
シンの家をうろついていたティルレインが、声をかけてきた。
「シン、そんなに一生懸命お家造っているなら、僕と一緒に住もう? グラスゴーとピコの厩舎を移動する場所もあるし!」
今更ながらに、シンがリフォームに精を出していることに気づいたらしい。
ティルレインはほぼ毎日のようにシンの家に来ては、グラスゴーやピコを描いていたが、被写体以外にあまり興味がないのか、気づくのが相当遅かった。
そもそもティルレインの住居は豪邸や城である。庶民のこぢんまりした家など、多少サイズ感が変わっても誤差にしか思えないだろう。
「うるさくなりそうなので、嫌です」
シンは即座に却下した。
シンは視界に入れたくないほどティルレインが嫌いというわけではないが、四六時中激ウザフルタイムフィーバーの馬鹿犬王子とセットにされるのは困る。
ティルレインの言葉を聞いてようやくハレッシュも家の違いに気がついて、「あれ、こんなんだっけ?」と首を傾げている。
ハレッシュの家から見るとグラスゴーたちのいる厩舎の方が目立つし、シンは毎日少しずつ改装していたので、原形の記憶があやふやになっているのだろう。
その後もシンは家の資材になりそうな素材を着々と集め、まずは第一段階として家を一回り大きく改装した。一応、さらに増築できるようにしてある。
素材を揃える必要はあるが、家そのものの建て直しは、スマホの機能を使えば一瞬でできる。
現在は木製だが、そのうち煉瓦製の家を造りたいと考え、シンは煉瓦造りにも励んでいた。
煉瓦は土魔法で作ることができる。何度も失敗してボロ煉瓦を生成してしまったが、繰り返すうちに形になってきた。この作り方だと、焼く工程をすっ飛ばせるため、ローコストだ。
(冬の間にさらにリフォームして、木の家から煉瓦の家にできそうだな。木の家が悪いってわけじゃないけど、どうしても劣化も早いし、虫が出やすいからな)
雪が降る前なら素材を遠くまで取りに行けた。
こうして何度か試作を繰り返すうちに、シンは瀟洒なオレンジや明るい茶色の煉瓦を作ることができるようになった。どうせなら見た目も綺麗な家の方が良いというものだ。
完成したいくつかの煉瓦は、ハレッシュや隣家のベッキー家のリフォームにも役立って、年季の入った暖炉や竈の修繕、組み直しに使われた。
ちなみに、煉瓦のお礼はミートパイだった。中身のお肉はハレッシュのとった兎肉だという。
香ばしくてサクサクの生地の中に、しっかりとお肉感たっぷり、肉汁たっぷりのミンチが入っていて、非常に美味しかった。
雨の日になると、シンはティルレインの世話役であるルクスから貰ったお下がりの教科書で勉強し、異空間バッグに入れていた薬草でポーションや軟膏を調合した。
トレントから大量にドロップされたアイテムの中には、シアバターやオリーブオイル、ココナッツオイルなどがある。数えるのが面倒になってまとめて異空間バッグに入れてあったのを、家で閲覧・整理していたら見つけたのだ。
劣化とは無縁の異空間バッグがなければ、腐って廃棄処分になっていたものも多かっただろう。
改めてラインナップを見ると、どうやらトレントは植物関連なら無節操にドロップするらしい。
割合的には木の実や果実が多いので、そうしたものはちょこちょこと周囲の村人や領主の家に差し入れしている。
これから寒くなると手荒れが酷くなるだろうから、ハレッシュや、ベッキー家のジーナ夫人をはじめとしたお世話になっている人たちには、ハンドクリームになる軟膏を渡した。
(そういえば、王都でいつも手紙持ってきた人が、乾燥肌とか手荒れに悩んでいたよな……)
使うかどうかは別として、ミリアやチェスターにも贈ってみるのもいいかもしれない。
さっそくシンは、ティルレインたちが滞在しているポメラニアン準男爵の屋敷に向かった。
ルクスに相談すると、彼は笑顔で了承してくれた。
「きっとお喜びになりますよ。シン君の軟膏はよく効きますから」
ふわふわとした笑みを浮かべるサモエド家の子息。
(黙っていれば)純正美形のティルレインの傍ではどうしても目立たないが、実はルクスは結構モテる。
あのお子様王子のお世話をやっていることからも、非常に忍耐強く、人ができているのは間違いない。顔立ちもTHE・美形という超絶ビューティなタイプではないが、十分端整で、優しそうな雰囲気がある。
貴族なのにツンケンしておらず、威張り腐ってないので、タニキ村の若い女性の中には、第二夫人や愛人の座を狙っている女性もいるらしい。
シンがそんな話をすると、ティルレインの護衛騎士たちは笑いながら彼をからかう。
「シン、お前はルクス様のこと言えないぞ……」
「シンちゃんは年下好きのおねーさまに、同年代では一番の稼ぎ頭で出世頭だと思われているからな。あと数年したらすごく寄ってくるぞ~」
「ティル殿下のガードがあるから、しばらく無理じゃねえ?」
タニキ村において、シンと同年代の子供は決して多いわけではないため、若いうちから将来の結婚相手の候補として異性から注目されるのは、ある種必然だった。
もっとも、周りははやし立てるが、シン自身は惚れた腫れたの騒ぎに興味はなかった。日々の糧を得るために動いていた方がいい。それに、転移して若返ったので正確にはわからないものの、シンは現在推定十一、十二歳といったところだ。せいぜい小学校高学年か中学生である。
しかし、一般的にこの世界では、女性は十六~二十歳あたり、男性は十八~二十八歳あたりで結婚することが多いらしい。早婚だと、さらに二、三歳若い人もいるという。
晩婚化が進む日本とは、十年くらい婚期の感覚が違う。シンは適当に愛想笑いしてやり過ごしていたが、そこで領主子息のジャックがけろりととどめを刺した。
「シン兄ちゃんは、シュートメもシュートもいないし、稼ぎはその辺のおっちゃんの何倍もあるから、下手すればお嫁さんの親兄弟の分まで働かされるんじゃない?」
先代領主である祖父が、まさにそうした糞舅タイプだったジャックの、痛烈かつリアルな言葉に、シンは固まった。
シンがタニキ村に戻ってくる直前に、村で収穫祭があったらしい。子供のジャックにとっては焼き肉イベントでしかないが、若い男女の中にはプロポーズしたり、しっぽりしたりする人もいるという。そこでジャックは、未婚女性の欲望渦巻くサバトの会話を耳にしたみたいだ。
「あ、結婚はしばらくいいです」
現実を突きつけられ、シンのささやかな結婚願望が一気にマイナスを突破した。
「シンにはまだ早いよなー。でも、婚期逃すなよー?」
「酒と女には気を付けろよ?」
護衛騎士たちはジャックの発言を聞いて笑うが、実際問題、村での生活はシビアだ。
一家の大黒柱は手に職を持つか、山に入って獲物をとって糧を得なければならない。それが無理ならば出稼ぎにでも行くしかない。中には都会に出てずっと帰らない者もいる。
また、稼ぎの多寡によって養える人数も変わる。次男より下は食い扶持を減らすために家を追い出されることもあるので、若くてもある程度の蓄えがないと、村で生活していくのはきつい。
その点シンは、借りているとはいえほぼ持ち家だし、狩りの腕は良く、生活に困らない。
性格も勤勉で働き者。シベルやカロル、ジャックといった子供たちへの対応を見ていると、子育ても安心だ。
もちろん、若くて狩りの腕が良い者はシンの他にもいる。だが、そういう若者は大抵粋がっていて、その才能を鼻にかけるような驕った者が多い。狩った獲物を見せびらかして、豪遊してはすぐに散財してしまう。金銭感覚がザルなのだ。
村の女性たちが優良物件としてシンに目をつけるのも当然だろう。
第一章 神殿の聖騎士
ある日、王都の神殿からシンに手紙が来た。
シンのもとに手紙を持ってきたルクスは、ほぼ無表情の真顔で、中から臭ってくる微妙な気配を敏感に感じ取っていた。
おそらく先触れとしての手紙だろう。ルクスはそう予測していた。
神殿の変態神官アイザックは、シンを『神子』様と呼んでいた。これは神々の中でも特に力の強い加護を持っている者のみに使われる呼称だ。
ちなみに、加護を持った者への呼び方は『聖女』『聖人』『勇者』『愛し子』『寵児』『神子』など、国や地域によって色々ある。
ティンパイン王国では、『神子』クラスの加護持ちは百年以上現れていない。ましてやシンのように神殿で即座に認められるレベルの者はさらに少なかった。
加護に遺伝性はない。それこそ何かの拍子に得ることもあるし、反対に消えることも稀にある。
そもそも、加護持ち自体が稀な存在だ。
加護持ちは貴族と平民どちらからも発見され、その割合は大体半分程度だ。しかし、総人口の九割以上が平民であることを考えると、実際は見つかっていないだけで、平民の中にいる方がずっと多いだろう。
加護の有無の把握は、加護を見分けられる能力を持った神官によって行われる。
貴族は幼い頃から、魔法やスキルの適性を調べたがる親によって神殿や教会に連れて行かれる。だが、平民はその他大勢と一緒に無償の集会や行事に参加する時くらいにしか行かない。
平民は目に見えて分かるくらい強い加護を持っていて、放置するべきではないほど強いと判断されて、ようやく調べられるパターンが多いのだ。
国王夫妻やチェスターは、初めからシンには加護があるのではないかと目を付けていたが、それをルクスは知らない。
彼は、シンの加護は偶然的に見つかったと思っている。
ルクスも貴族なので、神殿の性質は知っている。
こうして手紙などよこしたが、本当は引き摺ってでもシンを連れて行き、神殿自ら保護したいと考えているだろう。
だが、第三王子のティルレインはわかりやすくシンに執着している。
彼の前で、嫌がるシンを強引に連れて行くわけにはいかない。あくまで『神子様』の方から自主的に神殿に来てもらった方が、波風が立たないというものだ。
まずは懐柔から始めなくてはならない。
送られてきた手紙は、上位貴族や王族宛にも使われる上質紙である。仄かにお香の匂いが漂い、神殿の総意を示す公式用の封蝋までしっかり押されている。
シンはありがたみの欠片もなく、むしろ胡乱なものを見る目で封筒を睨んでいる。そしてややあって、手紙を開いた。
「……神殿の聖騎士様方がこちらにおいでになるそうです」
口こそへの字に曲がってはいなかったが、露骨に歓迎していない、ぶっきらぼうな言い方だ。
手紙には、護衛のために精鋭だけをよこしてくると書いてあった。
タニキ村にはティルレインの護衛騎士がいるが、シンを守り切るには足りないので、これは譲れない。それが神殿側の主張だ。
シンの中で、神殿の印象は一方的なものが残っていた。彼らはこちらの言い分を聞いてくれない。
一番はあの変態インパクトのアイザックだが、あれは騎士ではないし、村には来ないだろう。
とはいえ、シンとしては護衛を付けられるのも、物々しい連中が視界に入ってうろうろするのも嫌だった。
正直言って煩わしいだけで、必要ない。しかも、シンの生活の邪魔をしないとも限らない。
シンは割と一人でいることを好む傾向がある。秘密主義とまではいかないが、周りからは少しミステリアスな少年だと思われている。
シンは決して悪事を働いているわけではないものの、探られて困ることは多い。
異空間バッグはまだ周りには秘密にしているし、異世界人であるのも伏せていた。
必要とあらばそれらの事実を言ってもいいと考えているが、異世界人はあまり良く思われていない印象がある。それは主に、テイラン王国が異世界人を軍兵器として運用していたせいだ。
「なんでこんな急に……」
シンは困惑気味に呟いた。
「今年は冬が厳しく、タニキ村が雪で閉ざされてしまうからかと。なんでも、北の国ではすでに雪害が起きているほどの寒さだと聞きます」
それで大慌てで編制して送り出したのだとルクスは言う。
(いや、いっそ見送りにしてほしい。来春以降にしてほしい。いっそのこと取りやめにしてほしい)
シンにとっては大迷惑だ。
手紙を見たルクスも微妙な顔をしている。
そもそも送り込まれてくる騎士たちが生活できる場所が、このタニキ村にあるのだろうか。
精鋭ということは、ある程度人数は絞ってくるだろうが、タニキ村は小規模集落だ。団体を受け入れるにしても限度がある。彼らの衣食住を十全に保証する確約などできない。
観光名所ではないし、宿屋だって民宿といっていいような小さなものがあるだけだ。
領主宅は改装して大きくなったが、それはティルレインを預けるために建て替えたようなものだ。そちらの護衛や使用人たちのためのスペースはあっても、追加の聖騎士たちは想定外だろう。
もちろん、食料だってあり余るほど充実しているわけでもない。
霞を食って生きている仙人でもないのだから、冬の蓄えや防寒具だって必要になる。
一応、その旨を伝える返事をしたが、今更だろう。
◆
シンがいつもの採取と狩りから戻ると、何やら家の前に煌びやかな集団がいた。
その服装から見ても、ティルレインやその護衛たちではない。明らかに見知らぬ集団だ。
ティルレインは最近、汚れてもいいようにちょっとラフな格好が多い。キラキラ要素は控えている。
あのお馬鹿ちゃんは誰かが言わないと、真っ新なシルクシャツに金糸入りのベストや上着を着ていようが、靴やトラウザーズが純白だろうが、平気で野良仕事や絵画、デッサンに没頭する。そういう気遣いが抜け落ちているので、最近は周囲の者が服装を指定しているのだ。
そもそも、あの馬鹿犬王子はシンの気配に敏感だ。目立つグラスゴーに跨ったシンを見つけたら、すぐに察知して飛んでくるだろう。
シンは見慣れない集団を遠くから観察する。グラスゴーもそれに倣って距離を取っている。
だが、一人がシンに気づいたのをきっかけに、集団が一斉に振り向いた。
白銀の甲冑を纏った騎士たちは、全て女性だった。その中でも一際背が高く立派な装いをした人物が、シンの前に出てくる。
シンはグラスゴーに騎乗しているため、自然と見下ろす形になる。
怪訝そうな顔をしているシンに、にこりと微笑む女騎士は非常に美しかった。
波打つ黒髪に艶やかなアーモンドアイはアッシュモーヴに煌めく。すっと通った鼻筋と赤い唇が、白い小さな顔に絶妙なバランスで配置されている。
かっちりとした甲冑を着ているためスタイルはわからないが、背がすらりと高いので、立っているだけで非常に目を引く女性だ。
スペキャことスペースキャット――つまり宇宙猫。元ネタは真顔の猫の背景に宇宙を合成したネタ画像である。全てを知ってしまった猫や様々な亜種があるが、大抵が「わけわからん」の極致の心境である。
顔は固まっていたが、頭の中はぐーるぐるで、感情がパニックのるつぼであった。
(え? こわ……こっわ! なんでこんなえぐい成長しているの? 確かに良く育つことはあったけど、何このミュータントみたいな育ち方)
焼け跡だった斜面が、あっという間に植物でもっさもさになった。
トレントが擬態していた時よりも緑がこんもりしている気がする。希釈したポーションを垂らしたとはいえ、いささか育ちすぎではなかろうか。
シンはなんでだろう? と疑問に思ったが、思い当たる点といえば、ここがトレント大虐殺現場であることくらいしかない。
(燃やしたから、少し栄養になったのかな?)
理由はさておき、おかげでシンが大きな魔法で焼け野にした痕跡はほとんど消えたといっていい。
地面を雑草がうっすらと覆い、黒焦げを隠してくれている。
ちなみにシンは気づいていないが、この異常な緑化は、自作ポーションの効力が上がっていることと、彼が持つ神々の加護のゴリゴリ力押しによるものだ。
そんな自覚もないし、神に力をお貸しくださいと祈ったこともないシンである。有り余る部分が時折溢れ出すのだ。
別作用として、シンを敵に回した人間はごっそりと運が尽きたように、悪縁や不運がつきまとう。
もとよりシンは、理不尽を強いられなければそれほど人を恨まない。だからそういった不運も、彼が意図して起こしているわけではないのだ。
シンは衝撃が抜けきらないままグラスゴーに跨って、帰路についた。
やがてタニキ村が近づいてくると、見覚えのある顔が見えてきた。
「シン! 無事だったか!」
村の入り口で、そわそわしたハレッシュが迎え入れてくれた。
「どうしたんですか?」
「いや、山で火事が起こったって聞いてな。幸い、すぐに消えたらしいが、火柱みたいなのが立っていたみたいだし、流れの冒険者や魔物の仕業の可能性もあった。こっちにも延焼するかもしれないと、大人たちで話してたんだ。この季節、山で採れるものは多いから、うちの村でも何人か採取に出ていてな……その中にお前もいて心配したぞ。だが迎えに行こうにも、この時間なら戻ってくる可能性の方が高かったからな」
ハレッシュは捜しに行くにも行けず、村の入り口で熊みたいにうろうろしていたようだ。
そして、彼の言う山火事の原因は、おそらくシンの魔法だろう。思い当たる節がありすぎる。あんなに盛大なファイヤーをぶちかましていたのだ。
シンは頬が引きつるのを誤魔化して「ブジデス、ナントモナイデス」と応えた。
ハレッシュはかなり心配してシンの頭や顔をぺたぺたと触るが、シンの不自然な様子には気づいていない。
ちょうど陽が傾きはじめている頃合いだ。トレントたちとかち合った時間がもう少し早かったら、ハレッシュはシンを捜しに山に入ってきていたかもしれない。あるいは遅すぎてもやっぱり心配して入ってきただろう。後ろめたさで良心がギッシギシに痛むシンだった。
ハレッシュが心底安堵した様子で「良かった……」と繰り返しているのが、また良心にくるものがある。そんな彼に「貴方が心配している子供が諸悪の根源です」と言い出す勇気もなく、シンは適当に話を合わせるのだった。
中身がアラサーでも、外見はまだ十代前半なのだ。
◆
それからも、シンは素材探しに明け暮れ、目指せ理想のマイホームと息巻いて邁進していた。
もちろん狩りも並行して行い、魔物の討伐依頼が来れば率先してやっていた。タニキ村で魔物討伐ができる腕前を持っているのは、ハレッシュとシンくらいだからだ。
村に滞在しているティルレインが連れている騎士も可能だが、彼らはあくまで王子の護衛である。
ただ、最近はピコの絵を描きに来たティルレインに付き合って、騎士たちが厩舎の掃除をしている時がある。
リフォーム作業中のシンがそれについて疑問を口にすると、ハレッシュは「あー、多分だけど」と、複雑そうに口を開いた。
「シン、ありゃピコちゃんを狙っているぞ。ジュエルホーンは普通の馬から見れば高嶺の花だし、交配すればそこらの馬よりずっと足が速いのが生まれる」
なんと、騎士たちは自分の馬とピコのお見合いを兼ねているらしい。今のところ惨敗みたいだが。
グラスゴーが隣の厩舎に入ると、相手の馬は自信を喪失してしょぼんと去っていくという。
魔馬と普通の馬の交配は、自然では滅多にない。一応、種族や能力が近ければできなくはないそうだが、それも同種から相手にされないミソッカスが他所様に手をつけることが稀にある程度だ。
近親種の交配――狼と犬の掛け合わせのようなものだろう。
当のピコはグラスゴーを好いているみたいだが、それが親愛や尊敬なのか、フォーリンラブなのかは、シンにもわからない。
そして、グラスゴーはピコを気にしていないから、今のところ春の兆しはない。
魔馬の年齢や好みはよくわからないが、シンとしては、ピコが気に入ったのなら別にお付き合いはOKだと思っている。
シンの家をうろついていたティルレインが、声をかけてきた。
「シン、そんなに一生懸命お家造っているなら、僕と一緒に住もう? グラスゴーとピコの厩舎を移動する場所もあるし!」
今更ながらに、シンがリフォームに精を出していることに気づいたらしい。
ティルレインはほぼ毎日のようにシンの家に来ては、グラスゴーやピコを描いていたが、被写体以外にあまり興味がないのか、気づくのが相当遅かった。
そもそもティルレインの住居は豪邸や城である。庶民のこぢんまりした家など、多少サイズ感が変わっても誤差にしか思えないだろう。
「うるさくなりそうなので、嫌です」
シンは即座に却下した。
シンは視界に入れたくないほどティルレインが嫌いというわけではないが、四六時中激ウザフルタイムフィーバーの馬鹿犬王子とセットにされるのは困る。
ティルレインの言葉を聞いてようやくハレッシュも家の違いに気がついて、「あれ、こんなんだっけ?」と首を傾げている。
ハレッシュの家から見るとグラスゴーたちのいる厩舎の方が目立つし、シンは毎日少しずつ改装していたので、原形の記憶があやふやになっているのだろう。
その後もシンは家の資材になりそうな素材を着々と集め、まずは第一段階として家を一回り大きく改装した。一応、さらに増築できるようにしてある。
素材を揃える必要はあるが、家そのものの建て直しは、スマホの機能を使えば一瞬でできる。
現在は木製だが、そのうち煉瓦製の家を造りたいと考え、シンは煉瓦造りにも励んでいた。
煉瓦は土魔法で作ることができる。何度も失敗してボロ煉瓦を生成してしまったが、繰り返すうちに形になってきた。この作り方だと、焼く工程をすっ飛ばせるため、ローコストだ。
(冬の間にさらにリフォームして、木の家から煉瓦の家にできそうだな。木の家が悪いってわけじゃないけど、どうしても劣化も早いし、虫が出やすいからな)
雪が降る前なら素材を遠くまで取りに行けた。
こうして何度か試作を繰り返すうちに、シンは瀟洒なオレンジや明るい茶色の煉瓦を作ることができるようになった。どうせなら見た目も綺麗な家の方が良いというものだ。
完成したいくつかの煉瓦は、ハレッシュや隣家のベッキー家のリフォームにも役立って、年季の入った暖炉や竈の修繕、組み直しに使われた。
ちなみに、煉瓦のお礼はミートパイだった。中身のお肉はハレッシュのとった兎肉だという。
香ばしくてサクサクの生地の中に、しっかりとお肉感たっぷり、肉汁たっぷりのミンチが入っていて、非常に美味しかった。
雨の日になると、シンはティルレインの世話役であるルクスから貰ったお下がりの教科書で勉強し、異空間バッグに入れていた薬草でポーションや軟膏を調合した。
トレントから大量にドロップされたアイテムの中には、シアバターやオリーブオイル、ココナッツオイルなどがある。数えるのが面倒になってまとめて異空間バッグに入れてあったのを、家で閲覧・整理していたら見つけたのだ。
劣化とは無縁の異空間バッグがなければ、腐って廃棄処分になっていたものも多かっただろう。
改めてラインナップを見ると、どうやらトレントは植物関連なら無節操にドロップするらしい。
割合的には木の実や果実が多いので、そうしたものはちょこちょこと周囲の村人や領主の家に差し入れしている。
これから寒くなると手荒れが酷くなるだろうから、ハレッシュや、ベッキー家のジーナ夫人をはじめとしたお世話になっている人たちには、ハンドクリームになる軟膏を渡した。
(そういえば、王都でいつも手紙持ってきた人が、乾燥肌とか手荒れに悩んでいたよな……)
使うかどうかは別として、ミリアやチェスターにも贈ってみるのもいいかもしれない。
さっそくシンは、ティルレインたちが滞在しているポメラニアン準男爵の屋敷に向かった。
ルクスに相談すると、彼は笑顔で了承してくれた。
「きっとお喜びになりますよ。シン君の軟膏はよく効きますから」
ふわふわとした笑みを浮かべるサモエド家の子息。
(黙っていれば)純正美形のティルレインの傍ではどうしても目立たないが、実はルクスは結構モテる。
あのお子様王子のお世話をやっていることからも、非常に忍耐強く、人ができているのは間違いない。顔立ちもTHE・美形という超絶ビューティなタイプではないが、十分端整で、優しそうな雰囲気がある。
貴族なのにツンケンしておらず、威張り腐ってないので、タニキ村の若い女性の中には、第二夫人や愛人の座を狙っている女性もいるらしい。
シンがそんな話をすると、ティルレインの護衛騎士たちは笑いながら彼をからかう。
「シン、お前はルクス様のこと言えないぞ……」
「シンちゃんは年下好きのおねーさまに、同年代では一番の稼ぎ頭で出世頭だと思われているからな。あと数年したらすごく寄ってくるぞ~」
「ティル殿下のガードがあるから、しばらく無理じゃねえ?」
タニキ村において、シンと同年代の子供は決して多いわけではないため、若いうちから将来の結婚相手の候補として異性から注目されるのは、ある種必然だった。
もっとも、周りははやし立てるが、シン自身は惚れた腫れたの騒ぎに興味はなかった。日々の糧を得るために動いていた方がいい。それに、転移して若返ったので正確にはわからないものの、シンは現在推定十一、十二歳といったところだ。せいぜい小学校高学年か中学生である。
しかし、一般的にこの世界では、女性は十六~二十歳あたり、男性は十八~二十八歳あたりで結婚することが多いらしい。早婚だと、さらに二、三歳若い人もいるという。
晩婚化が進む日本とは、十年くらい婚期の感覚が違う。シンは適当に愛想笑いしてやり過ごしていたが、そこで領主子息のジャックがけろりととどめを刺した。
「シン兄ちゃんは、シュートメもシュートもいないし、稼ぎはその辺のおっちゃんの何倍もあるから、下手すればお嫁さんの親兄弟の分まで働かされるんじゃない?」
先代領主である祖父が、まさにそうした糞舅タイプだったジャックの、痛烈かつリアルな言葉に、シンは固まった。
シンがタニキ村に戻ってくる直前に、村で収穫祭があったらしい。子供のジャックにとっては焼き肉イベントでしかないが、若い男女の中にはプロポーズしたり、しっぽりしたりする人もいるという。そこでジャックは、未婚女性の欲望渦巻くサバトの会話を耳にしたみたいだ。
「あ、結婚はしばらくいいです」
現実を突きつけられ、シンのささやかな結婚願望が一気にマイナスを突破した。
「シンにはまだ早いよなー。でも、婚期逃すなよー?」
「酒と女には気を付けろよ?」
護衛騎士たちはジャックの発言を聞いて笑うが、実際問題、村での生活はシビアだ。
一家の大黒柱は手に職を持つか、山に入って獲物をとって糧を得なければならない。それが無理ならば出稼ぎにでも行くしかない。中には都会に出てずっと帰らない者もいる。
また、稼ぎの多寡によって養える人数も変わる。次男より下は食い扶持を減らすために家を追い出されることもあるので、若くてもある程度の蓄えがないと、村で生活していくのはきつい。
その点シンは、借りているとはいえほぼ持ち家だし、狩りの腕は良く、生活に困らない。
性格も勤勉で働き者。シベルやカロル、ジャックといった子供たちへの対応を見ていると、子育ても安心だ。
もちろん、若くて狩りの腕が良い者はシンの他にもいる。だが、そういう若者は大抵粋がっていて、その才能を鼻にかけるような驕った者が多い。狩った獲物を見せびらかして、豪遊してはすぐに散財してしまう。金銭感覚がザルなのだ。
村の女性たちが優良物件としてシンに目をつけるのも当然だろう。
第一章 神殿の聖騎士
ある日、王都の神殿からシンに手紙が来た。
シンのもとに手紙を持ってきたルクスは、ほぼ無表情の真顔で、中から臭ってくる微妙な気配を敏感に感じ取っていた。
おそらく先触れとしての手紙だろう。ルクスはそう予測していた。
神殿の変態神官アイザックは、シンを『神子』様と呼んでいた。これは神々の中でも特に力の強い加護を持っている者のみに使われる呼称だ。
ちなみに、加護を持った者への呼び方は『聖女』『聖人』『勇者』『愛し子』『寵児』『神子』など、国や地域によって色々ある。
ティンパイン王国では、『神子』クラスの加護持ちは百年以上現れていない。ましてやシンのように神殿で即座に認められるレベルの者はさらに少なかった。
加護に遺伝性はない。それこそ何かの拍子に得ることもあるし、反対に消えることも稀にある。
そもそも、加護持ち自体が稀な存在だ。
加護持ちは貴族と平民どちらからも発見され、その割合は大体半分程度だ。しかし、総人口の九割以上が平民であることを考えると、実際は見つかっていないだけで、平民の中にいる方がずっと多いだろう。
加護の有無の把握は、加護を見分けられる能力を持った神官によって行われる。
貴族は幼い頃から、魔法やスキルの適性を調べたがる親によって神殿や教会に連れて行かれる。だが、平民はその他大勢と一緒に無償の集会や行事に参加する時くらいにしか行かない。
平民は目に見えて分かるくらい強い加護を持っていて、放置するべきではないほど強いと判断されて、ようやく調べられるパターンが多いのだ。
国王夫妻やチェスターは、初めからシンには加護があるのではないかと目を付けていたが、それをルクスは知らない。
彼は、シンの加護は偶然的に見つかったと思っている。
ルクスも貴族なので、神殿の性質は知っている。
こうして手紙などよこしたが、本当は引き摺ってでもシンを連れて行き、神殿自ら保護したいと考えているだろう。
だが、第三王子のティルレインはわかりやすくシンに執着している。
彼の前で、嫌がるシンを強引に連れて行くわけにはいかない。あくまで『神子様』の方から自主的に神殿に来てもらった方が、波風が立たないというものだ。
まずは懐柔から始めなくてはならない。
送られてきた手紙は、上位貴族や王族宛にも使われる上質紙である。仄かにお香の匂いが漂い、神殿の総意を示す公式用の封蝋までしっかり押されている。
シンはありがたみの欠片もなく、むしろ胡乱なものを見る目で封筒を睨んでいる。そしてややあって、手紙を開いた。
「……神殿の聖騎士様方がこちらにおいでになるそうです」
口こそへの字に曲がってはいなかったが、露骨に歓迎していない、ぶっきらぼうな言い方だ。
手紙には、護衛のために精鋭だけをよこしてくると書いてあった。
タニキ村にはティルレインの護衛騎士がいるが、シンを守り切るには足りないので、これは譲れない。それが神殿側の主張だ。
シンの中で、神殿の印象は一方的なものが残っていた。彼らはこちらの言い分を聞いてくれない。
一番はあの変態インパクトのアイザックだが、あれは騎士ではないし、村には来ないだろう。
とはいえ、シンとしては護衛を付けられるのも、物々しい連中が視界に入ってうろうろするのも嫌だった。
正直言って煩わしいだけで、必要ない。しかも、シンの生活の邪魔をしないとも限らない。
シンは割と一人でいることを好む傾向がある。秘密主義とまではいかないが、周りからは少しミステリアスな少年だと思われている。
シンは決して悪事を働いているわけではないものの、探られて困ることは多い。
異空間バッグはまだ周りには秘密にしているし、異世界人であるのも伏せていた。
必要とあらばそれらの事実を言ってもいいと考えているが、異世界人はあまり良く思われていない印象がある。それは主に、テイラン王国が異世界人を軍兵器として運用していたせいだ。
「なんでこんな急に……」
シンは困惑気味に呟いた。
「今年は冬が厳しく、タニキ村が雪で閉ざされてしまうからかと。なんでも、北の国ではすでに雪害が起きているほどの寒さだと聞きます」
それで大慌てで編制して送り出したのだとルクスは言う。
(いや、いっそ見送りにしてほしい。来春以降にしてほしい。いっそのこと取りやめにしてほしい)
シンにとっては大迷惑だ。
手紙を見たルクスも微妙な顔をしている。
そもそも送り込まれてくる騎士たちが生活できる場所が、このタニキ村にあるのだろうか。
精鋭ということは、ある程度人数は絞ってくるだろうが、タニキ村は小規模集落だ。団体を受け入れるにしても限度がある。彼らの衣食住を十全に保証する確約などできない。
観光名所ではないし、宿屋だって民宿といっていいような小さなものがあるだけだ。
領主宅は改装して大きくなったが、それはティルレインを預けるために建て替えたようなものだ。そちらの護衛や使用人たちのためのスペースはあっても、追加の聖騎士たちは想定外だろう。
もちろん、食料だってあり余るほど充実しているわけでもない。
霞を食って生きている仙人でもないのだから、冬の蓄えや防寒具だって必要になる。
一応、その旨を伝える返事をしたが、今更だろう。
◆
シンがいつもの採取と狩りから戻ると、何やら家の前に煌びやかな集団がいた。
その服装から見ても、ティルレインやその護衛たちではない。明らかに見知らぬ集団だ。
ティルレインは最近、汚れてもいいようにちょっとラフな格好が多い。キラキラ要素は控えている。
あのお馬鹿ちゃんは誰かが言わないと、真っ新なシルクシャツに金糸入りのベストや上着を着ていようが、靴やトラウザーズが純白だろうが、平気で野良仕事や絵画、デッサンに没頭する。そういう気遣いが抜け落ちているので、最近は周囲の者が服装を指定しているのだ。
そもそも、あの馬鹿犬王子はシンの気配に敏感だ。目立つグラスゴーに跨ったシンを見つけたら、すぐに察知して飛んでくるだろう。
シンは見慣れない集団を遠くから観察する。グラスゴーもそれに倣って距離を取っている。
だが、一人がシンに気づいたのをきっかけに、集団が一斉に振り向いた。
白銀の甲冑を纏った騎士たちは、全て女性だった。その中でも一際背が高く立派な装いをした人物が、シンの前に出てくる。
シンはグラスゴーに騎乗しているため、自然と見下ろす形になる。
怪訝そうな顔をしているシンに、にこりと微笑む女騎士は非常に美しかった。
波打つ黒髪に艶やかなアーモンドアイはアッシュモーヴに煌めく。すっと通った鼻筋と赤い唇が、白い小さな顔に絶妙なバランスで配置されている。
かっちりとした甲冑を着ているためスタイルはわからないが、背がすらりと高いので、立っているだけで非常に目を引く女性だ。
感想
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