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52、グランマニエへ
しおりを挟むその頃、フレアは別荘に居なかった。というより、ブランデル国内にすらいなかった。
釣書に返事を書き続けていたところ、客人――ハインリヒ・グランマニエの祖国であるグランマニエ帝国に招待されたのだ。
彼は皇弟にあたる第四皇子だが、実力主義のグランマニエ皇族の中で、頭角をメキメキと現している。
グランマニエの皇子や皇女の数え方は特殊なのだ。前の後継争いに若年過ぎて入らなかった皇子や皇女で王位継承争いに参加する場合、皇帝の養子となるのだ。そこから年齢順に数えていく。もし、養子を拒否すると継承権を剥奪される。
何故こんなことをするかと言えば、グランマニエの王位継承争いは完全実力主義。
より良い皇帝を輩出するのが、歴代の皇帝の手腕の一つとされる。たとえ、その皇帝がぱっとしない統治でも、その次代が華々しい功績を残せば、それを選んだ前皇帝の評価は見直される。その逆もまた然りだ。
よって、自分が愚王扱いされないためにも、皇帝はシビアに公平に後継者を選ぶのだ。
四番目であって有力されているハインリヒは、相当な実力とカリスマを具えていると言えよう。
そんな皇子殿下直々のエスコートで、大陸屈指の勢力を持つ強国からの誘いだ。弱小国のブランデル王国貴族が無下にできるはずもない。
(戻れなくても……いいか。神殿はグランマニエにもある。謝礼の寄付金を乗せれば、こちらに慰謝料を持ってきてくれるでしょう)
黄金色のお菓子に弱い生臭坊主の多い神殿だが、味方にすれば心強い。長年神殿を蔑ろにしてきたブランデルという国は確執が多いこともあり、王家は手出ししにくいだろう。グランマニエに拠点を移し、それなりに過ごしやすくするには、多少の出資は必要経費である。
ずっとアシュトン公爵家に置いていたら、間違いなくジョージが手を出すだろう。
ちょっと憂鬱になったフレアに、ハインリヒが明るい声で話しかけてきた。
ここはグランマニエなので、当然グラン語だ。ブランデルにいた時はブランデル語で、旅の時は共用語のフォトン語を話していた。どれも堪能で、彼の教養高さを窺える。
話題も豊富だ。ウィットに富んでいているので、時間を忘れてしまう。
「フレア嬢が我が祖国の紅茶をお気に召したと聞いたので、色々取り揃えてみました」
移動中に零した言葉に、メイドや侍従が気を利かせたのかもしれない。
グランマニエは国土が広く、様々な名産品がある。
茶葉もそのひとつであったが、現国王夫妻の過去の暴挙によりブランデルではなかなか手に入らないのだ。
「ありがとうございます。嬉しゅうございますわ。ハインリヒ殿下の心遣いに感謝いたします」
その心遣いは素直に嬉しく、自然と笑みがこぼれた。
彼は聞くのも喋るのも上手なので、素直に会話するのが楽しい。正直、最近会話したジョージやエンリケは理不尽が多く、無茶苦茶過ぎてとにかく神経がすり減った。
「いえ、フレア嬢は前々から働き過ぎだと思っていたのです。我が国では是非ごゆるりとお過ごしください。あと数日もすれば、アシュトン公爵家の使用人たちも全員揃いますから」
従者の御仕着せではなく、異国情緒を感じさせる長い法衣をまとったハインリヒはにこやかに話す。
やや猫っ毛の白銀の髪と黄金色の瞳が眩い。色白で細身だが、その身からは力強い生命力が溢れていて儚げとは無縁である。
神秘的な美貌は、見る人を引き込む力がある。人懐っこい笑顔を浮かべると、それは一層の魅力に変わる。
自分の見せ方を分かっているとフレアは静かに感嘆した。
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