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53、第四皇子ハインリヒ・グランマニエの求愛
しおりを挟む「もしグランマニエを気に入っていただけたなら、是非とも私と共とともに人生を歩んでいきたい。貴女ほどの素晴らしい女性を、私は知らない。貴女を蔑ろにした男の気が知れないな」
「まあ、お言葉が上手な方ね。……嬉しいけれど、時間を頂けるかしら。まだ誰かと結婚を考えるには時期尚早だと思いますの」
「ええ、貴女の心の傷が癒えるまで待ちます。その間、是非グランマニエを楽しんでください。ブランデルの由緒正しき大貴族と、シェリダン公国の誇り高き青い血を引き継ぐ貴女を皆歓迎するでしょう」
下らない言葉遊びだ。フレアも、アシュトン公爵家もグランマニエ皇族に本気で求められたら拒む術はない。
権威の失墜する前のブランデル王家がフレアを幼いころから雁字搦めに囲い込んだのは、そのためだ。
ハインリヒはすさまじくやり手だ。フレアの婚約破棄騒動を聞いて、その身一つではるばるブランデルまでやってきた。誰をも出し抜いて、数ある別荘の一つに隠れていたフレアの前にやってきたのだ。
恐ろしい程の行動力と胆力である。
この勘の鋭さが、彼が皇帝候補として名高い理由の一つだろう。
好機と在らば逃さず、臆せず動くこの決断力は、人の上に立つためには大事なことの一つだ。
今の皇帝トルハーンは、尊敬する皇太后の薫陶を受け継ぎ、シェリダン公国の王族を愛してやまない。そして、愛妻を貶めた憎きブランデル王家を憎みつつも、その犠牲になっているフレアを憐れんでいた。
遠縁とはいえ、フレアもまたシェリダンの姫と言える。
フレアは幼少期から突出した聡明さを持ち、その優秀さ際立っていた。そして食い潰そうとしているのが憎きブランデル国王夫妻とその愚息というのが余計に惜しかったのだろう。
だから、ハインリヒは弱小国の貴族であっても妻に娶ろうと考えている。
そう思いつつも、フレアはどこか寂し気に微笑んだ。
「貴方は歓迎してくださるの? ハインリヒ第四皇子殿下」
「は?」
てっきり、そつのない笑みが帰ってくると思ったらハインリヒはぽかんとした。
良くできた優美な笑みがべちゃりと床に落ちた気すらする。
フレアが不思議そうに見つめると、白皙の美貌が茹蛸のように鮮やかに紅潮していく。
「……するに決まっている! 私が、何年貴女を攫う機会を狙っていたと思うんだ!」
びっくりするほど真っ向から吐露してきた。今度はフレアがぽかんとする番だった。
自分でもらしくないほど大声を出したことに、ハインリヒも気づいて口を押さえる。だが、出た言葉は戻らない。
「出会ったときは随分可愛らしいレディが来たと驚いたよ。皆は才能だというけど、惜しみなく努力と研鑽を重ねる君がずっと傍にいてくれればと思っていた……既に婚約していたと知っていたから、無いもの強請りだと諦めるしかなかった」
観念したようにハインリヒは熱烈に心情を吐露する。
エンリケはやたら愛だの恋だのと高らかに謳っていたが、全く言葉の重みが違う。
エンリケは非常に軽薄なので、何度も使い古すと言葉の価値が軽くなるタイプだが、ハインリヒは普段は程々であるが、ここぞという時に取っておいて怒涛に畳みかけて重みを増すタイプだった。
質の悪いジョークを言う人ではないとフレアも知っていた。何より、いつもの飄々とした笑みが消えたハインリヒは、真摯に真剣にフレアを見つめている。
まだ赤みの引かない顔には、いつにない情念を帯びている。
「あの国は、じきに反乱や戦火に脅かされるだろう。君という特大のバランサーがいなくなったんだ。君の価値は、思っている以上に大きい。ここには、フレアを脅かす人間を入れやしない。どうか、安心して休んでくれ」
そういって、ハインリヒは真っ赤な顔を隠すように踵を返した。後ろから見える耳も赤い。
ぼんやりとそれを眺めながら、フレアは思う。
(エンリケ殿下の死にざまを見れなくなってしまったわ)
きっと、とびきり無様で、滑稽で、愚かな最期を見せてくれるだろう。
あの途方もなく愚鈍なピエロは、自分の立場を理解できるだろうか。
周りを犠牲にしてできていたエンリケ主演の劇場は終わった。彼は主人公であっても、ヒーローではない。何処までも滑稽な道化だと気づいたらどんな顔になるだろう。
それを楽しみに、一生懸命頑張ったのに。
ああ、なんてことだろうか。
「……それよりも気になることができてしまったわ」
初めて生きているのを実感したように、フレアの鼓動はトクトクと小さく高鳴っていた。
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