復讐も忘れて幸せになりますが、何がいけませんの?

藤森フクロウ

文字の大きさ
53 / 73

53、第四皇子ハインリヒ・グランマニエの求愛

しおりを挟む
 

「もしグランマニエを気に入っていただけたなら、是非とも私と共とともに人生を歩んでいきたい。貴女ほどの素晴らしい女性を、私は知らない。貴女を蔑ろにした男の気が知れないな」

「まあ、お言葉が上手な方ね。……嬉しいけれど、時間を頂けるかしら。まだ誰かと結婚を考えるには時期尚早だと思いますの」

「ええ、貴女の心の傷が癒えるまで待ちます。その間、是非グランマニエを楽しんでください。ブランデルの由緒正しき大貴族と、シェリダン公国の誇り高き青い血を引き継ぐ貴女を皆歓迎するでしょう」

 下らない言葉遊びだ。フレアも、アシュトン公爵家もグランマニエ皇族に本気で求められたら拒む術はない。
 権威の失墜する前のブランデル王家がフレアを幼いころから雁字搦めに囲い込んだのは、そのためだ。
 ハインリヒはすさまじくやり手だ。フレアの婚約破棄騒動を聞いて、その身一つではるばるブランデルまでやってきた。誰をも出し抜いて、数ある別荘の一つに隠れていたフレアの前にやってきたのだ。
 恐ろしい程の行動力と胆力である。
 この勘の鋭さが、彼が皇帝候補として名高い理由の一つだろう。
 好機と在らば逃さず、臆せず動くこの決断力は、人の上に立つためには大事なことの一つだ。
 今の皇帝トルハーンは、尊敬する皇太后の薫陶を受け継ぎ、シェリダン公国の王族を愛してやまない。そして、愛妻を貶めた憎きブランデル王家を憎みつつも、その犠牲になっているフレアを憐れんでいた。
 遠縁とはいえ、フレアもまたシェリダンの姫と言える。
 フレアは幼少期から突出した聡明さを持ち、その優秀さ際立っていた。そして食い潰そうとしているのが憎きブランデル国王夫妻とその愚息というのが余計に惜しかったのだろう。
 だから、ハインリヒは弱小国の貴族であっても妻に娶ろうと考えている。 
 そう思いつつも、フレアはどこか寂し気に微笑んだ。

「貴方は歓迎してくださるの? ハインリヒ第四皇子殿下」

「は?」

 てっきり、そつのない笑みが帰ってくると思ったらハインリヒはぽかんとした。
 良くできた優美な笑みがべちゃりと床に落ちた気すらする。
 フレアが不思議そうに見つめると、白皙の美貌が茹蛸のように鮮やかに紅潮していく。

「……するに決まっている! 私が、何年貴女を攫う機会を狙っていたと思うんだ!」

 びっくりするほど真っ向から吐露してきた。今度はフレアがぽかんとする番だった。
 自分でもらしくないほど大声を出したことに、ハインリヒも気づいて口を押さえる。だが、出た言葉は戻らない。
 
「出会ったときは随分可愛らしいレディが来たと驚いたよ。皆は才能だというけど、惜しみなく努力と研鑽を重ねる君がずっと傍にいてくれればと思っていた……既に婚約していたと知っていたから、無いもの強請りだと諦めるしかなかった」

 観念したようにハインリヒは熱烈に心情を吐露する。
 エンリケはやたら愛だの恋だのと高らかに謳っていたが、全く言葉の重みが違う。
 エンリケは非常に軽薄なので、何度も使い古すと言葉の価値が軽くなるタイプだが、ハインリヒは普段は程々であるが、ここぞという時に取っておいて怒涛に畳みかけて重みを増すタイプだった。
 質の悪いジョークを言う人ではないとフレアも知っていた。何より、いつもの飄々とした笑みが消えたハインリヒは、真摯に真剣にフレアを見つめている。
 まだ赤みの引かない顔には、いつにない情念を帯びている。

「あの国は、じきに反乱や戦火に脅かされるだろう。君という特大のバランサーがいなくなったんだ。君の価値は、思っている以上に大きい。ここには、フレアを脅かす人間を入れやしない。どうか、安心して休んでくれ」

 そういって、ハインリヒは真っ赤な顔を隠すように踵を返した。後ろから見える耳も赤い。
 ぼんやりとそれを眺めながら、フレアは思う。

(エンリケ殿下の死にざまを見れなくなってしまったわ)

 きっと、とびきり無様で、滑稽で、愚かな最期を見せてくれるだろう。
 あの途方もなく愚鈍なピエロは、自分の立場を理解できるだろうか。
 周りを犠牲にしてできていたエンリケ主演の劇場は終わった。彼は主人公であっても、ヒーローではない。何処までも滑稽な道化だと気づいたらどんな顔になるだろう。
 それを楽しみに、一生懸命頑張ったのに。
 ああ、なんてことだろうか。

「……それよりも気になることができてしまったわ」

 初めて生きているのを実感したように、フレアの鼓動はトクトクと小さく高鳴っていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

【完結】「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

処理中です...