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第六話 楽しいですね、お料理って

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スーパーで買い物を済ませた帰り道、俺が住んでいるアパート「ヴィラメゾン」の前に、キャリーケースを持ったルナの姿があった。どうしたんだ?
「あ、おむすび君。こんにちは」
ルナは俺に気付いたようだ。
「こんにちは。何してるのさこんな所で?道に迷った?」
「いえ、今日からここのアパートに引っ越す事になりました。部屋は二〇三号室で、さっきおに…握子さんから部屋の鍵も貰いました」
「今日からここに…そ、そうなんだ」
マジかよ、二○三号室ってお隣さんじゃないか。
「はい、確かおむすび君もここのアパートに住んでるんですよね。…おや、お買い物をしてきたのですか?随分と袋が大きいようですが」
「ああ、さっきスーパーによって買ってきたんだ。昼食のおかずの材料だけ買おうと思ったんだけど、冷蔵庫がからっぽだもんでついでに色々と」
「そうなんですね」
刹那、ぎゅるるーと大きな腹の鳴る音が聞こえてきた。
「あ……えっと、お昼まだなんです」
「そ、そっか…大きな腹の虫だな」
「ええ、私のお腹の中で飼っているペコちゃんは大食らいなので」
「飼ってるんだペコちゃん」
「飼ってますよペコちゃん」
内科で診て貰った方がいいと思う、それ。まぁ冗談はともかく
「どうするのさ、昼食」
「うーん、持ち合わせもありませんし、部屋には何もありませんし、困りました」
本当に困ってるみたいだ。たしかさっき多めに買ってきたはず…そうだ。
「なら俺が作ってルナの部屋に届けるよ、握り飯とおかず」
「…へ?良いのですか?」
「うん、多めに材料買ってきたし、二人分は作れるよ」
「ほお……でしたら、私も作るのお手伝いします」
「いや、いいよ。俺がルナの部屋まで届けるから」
「む、タダでご飯を頂くのは気が引けますので、それ相応の対価として私もお手伝いしたいのです」
「そう言われてもなぁ」
今日会ったばかりの女の子を自分の部屋に招くというのは、大丈夫なのだろうか…
「ダメですか?」
上目遣いでそう言われた。
「…!わ、分かったよ…」
本人は無意識なのだろうが、それはちょっと俺の心臓に良くない。ドキドキする
「ふふ、ありがとうございます。先に荷物を部屋に置いてきますね。おむすび君の部屋は何号室ですか?」
「ニ○二だよ」
「お隣さんですね。これから宜しくお願いします」
「あ、うん。宜しく」
そう言うと、キャリーケースを引いてエレベーターの方へ向かって行った。俺は階段派なのでそれを使って三階にある自分の部屋へと向かう。

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「……よし、こんなもんかな」
とりあえず汚れても良い服装に着替えて、エプロンを着て、必要な材料を並べて、それ以外は冷蔵庫に突っ込んだ。
(なんだか緊張してくるな…)
女の子を部屋に招くのは初めてだし、まして一緒に料理するのだ。気が気じゃあない。今日は色々事が起こりすぎだ。
『ピンポーン』
「はーい」
呼び鈴が鳴った。ルナが来たのだろう。心臓はバックバクだが朝の時の様に振る舞おう、うん。背中に汗をかきながら玄関へと向かう。
「いらっしゃい…ってもう三角巾とエプロン着てる」
エプロンの下は制服のままだった。
「はい、ケースから引っ張り出してきました。…おじゃまします」
ルナが靴を丁寧に揃えると、リビングに移動した。
「それではどこにえっちな本があるのか探しましょうか、ベットの下辺りでしょうか」
「うん、それは男友達同士が片方の部屋に上がってきた時に起こるイベントじゃないかな」
あと本当にベットの下にその類いの本があるのでやめて頂きたい
「んふふ、冗談ですよ。…綺麗な部屋ですね」
「そ、そうかな?とりあえずキッチンに行こうか」
「はい」

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「それで、何を作るんですか?」
「生姜焼きを作ろうかなって思ってね」
「おお、ますますお腹が空いてしまいます」
「もうそろそろ3時だしね、早速作ろっか。包丁の扱いには気をつけてね」
「はい。…私は何をすれば良いのでしょう?」
「そうだな、野菜は全部洗ってあるし…ルナには盛り合わせの野菜を切ってもらおうかな。そこの2つ目のまな板に置いてあるトマトをくし切りにしてもらえる?」
「はい…えっと、くし切り?」
「んとね、まずトマトを半分に切って」
「…!切れました」
「お、いいね。そしたらヘタがあるでしょ?その部分にVブイの字の切り込みをいれて取り除いて」
「はい、……こう、ですか?」
「うんうん、あとは半分のトマトをさらに4当分に切れば大丈夫だよ」 
「4当分ですね、分かりました」
「よし。あ、あと冷蔵庫に千切りにされてあるキャベツのパックがあるから、パックから出してそこの穴あきボウル使って、1~2分程度水にさらしておいて」
「了解です」
(それじゃ、こっちもぼちぼち始めますかね)
買ってきた薄切りの豚ロースを取り出して、俺用のまな板の上に置く。
豚ロースは赤身と脂肪の間にあるスジを片面だけ1~2センチ間隔で切る。これによって熱で縮こみやすいスジを切ることで肉の反り返りを防ぐ。
そしたら肉の両面に小麦粉を軽くまぶし、先に油を引いておいたフライパンに弱火~中火で肉が重ならないように両面を焼いて一度お皿に取り出す。この時に薄めの肉を強火で焼くと肉が縮んで硬くなってしまうので気をつけなければいけない。
「おむすび君、野菜の盛り付けが完了ました」
「お、早いね。ありがとう」
「わぁ、美味しそうなお肉ですね…じゅるり」
「つまみ食いは許しまへんで」
「キャラ変わってますよおむすびはん」
「あはは、じゃあそこにあるそれ取ってくれる?」
「えーと、これですね…なんですかこれ?」
「あらかじめ作っておいた生姜焼きのタレだよ」
「む、私も作りたかったですそれ」
少しむくれているようで、尻尾も気持ちしなっている。拗ねてるのかな?
「ふうむ、後でレシピも渡しておくから自分で作ってみなよ」
「本当ですか?やったです」
そう言うと小さくガッツポーズをとった。
(……かわいい)
その何気ない仕草、俺には効く。さっきまでの緊張やらはもうなくなってしまった。ルナは生姜焼きのタレが入った容器を抱えたまま下を向き、やがて顔をあげた。
「あの、おむすび君。ここからの工程は私がやっても構わないでしょうか?」
「うん、構わないよ」
「ありがとうございます。では、このタレと先程取り出したお肉を一緒に入れれば良いのでしょうか?」
「先にタレを中火~強火でとろみが出る程度に煮詰めて、その後に生姜チューブを加えてさっき取り出した肉を戻して強火でタレをサッとお肉に絡めるんだ」
「ふ、ふむ…やってみます」
「分からないとこがあったら教えるから」
「はい、頼りにしています。では……」

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「……よし、盛り付けもバッチリ…っと。じゃあテーブルに持っていくね」
「もう待ち切れません、早く食べてしまいましょうっ」
「わわ、押すなって、ご飯は逃げないよ」
「はやく食べましょう、はやく(尻尾ふりふり)」
「わーかったわかった」
ルナにかされつつリビングの真ん中にあるテーブルへと向かう。
テーブルの真ん中に生姜焼きとサラダがセットになった大皿を置き、後は俺とルナの分のごはんと、お湯に溶かすタイプの即席みそしるを用意した。
俺とルナは遅い昼食が乗っているテーブルを挟んで、向かい合わせに座った。
「んじゃ、食べよっか。いただきまーす」
「はい、いただきます」
最初にルナは生姜焼きに食いついた。少食かと勝手に思い込んでいたが、中々の食べっぷりである。俺は先に野菜から食べる派なので、盛り合わせのトマトとシーザードレッシングをかけた千切りキャベツに箸を伸ばす。
「むぐ……んん、美味しいですね。味が良く馴染んでます」
「小麦粉をまぶしたからね。味を染み込みやすくさせたんだよ」
「へぇ…そうなんですか。勉強になります。おむすび君はお料理が上手なのですね」
そう言われると素直に嬉しい。一緒に作った甲斐がある。
「慣れてはいるかな。うちの母さんが料理好きでさ、小さい頃に色々教わってもらったんだ」
凪沙なぎささんですね。確かに凪沙さんのお料理も美味しかったです」
「知ってるの?」
「はい。何度か育児のお手伝いをしに行ったことがあります。ふふ、可愛かったですよおむすび君」
「……そうだった」
もう一人のお母さんが、ここにいる。
「……成長したね、おむすび君。昔はあんなに小さかったのに、今では私より背丈が大きくなって、お料理まで出来るなんて」
「う……なんか気恥ずかしい」
「ふふ、なでなでしてあげましょうか?」
「やーめーろ、早く食べないと冷めちゃうよ」
「そうですね。あ、余った生姜焼きを何枚か持って帰っても良いですか?夕食にしたいので」
「いいよ。あと主食として握り飯もあげるよ」
「わあ、ありがとうございます。優しいんですね」
「……どうも」
恥ずかしくなってそっぽを向いてしまった。
「楽しいですね、お料理って」
「…うん?」
「私、お料理とかした事がなかったので、新鮮でした」
「そうなんだ」
「あの、おむすび君が良かったら、また一緒にお料理しませんか?色んなお料理をもっと作ってみたいです」
「へぇ…そっか。うん、いいよ。俺でよければ」
「えへへ、やったです。ありがとうございます」
「どういたしまして。…あ、そうだ、ルナってRainレインやってる?」
「やってますよ、交換しますか?」
「うん、どうかな?」
「いいですよ。私からも後で言おうと思ってました。マイちゃんのも持ってますけど」
「お、じゃあ後で教えてよ」
そんな感じて談笑をしながら生姜焼きを平らげた。こんな風に誰かと話しながらご飯を食べるのは、やっぱり良いものだと思う。
その後は後片付けを一緒にやって、握り飯と残しておいた生姜焼きをタッパーに入れてルナに持たせて帰ってもらった。

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その日の夜、ルナからRainのチャットが届いた。

クッキーかぁ、考えておこう。
『ピロリン』
「えーっと……あ、マイからだ」


いてらー、と返事をしてスマホを充電ケーブルに繋げた。マイも誘って三人でクッキー作りするのも悪くないと思った。
「……かわいかったな、ルナ」
俺は平静を装っていたが、時たまルナの方をチラチラと見ていた。包丁で指を切らないか心配だったが、それは杞憂だったようで、すぐに猫の手を覚えてくれたし要領はいいんだろうな。かわいかったし。
(…そういや、なんで眼帯を付けてるんだろう。気になるけど、聞くのはやめておいた方がいいのかな)
時計を見ると時刻は8時半。寝るには早いが今日は色々あって疲れたので、そのまま眠ることにした。
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