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前編
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フィリア姉上にしてやられたことに気付かされた俺は、二日ぶりの屋敷への帰宅を喜ぶ間もなく、応接室で項垂れていた。
「――婚約者を選ぶ苦労を知りなさい。偉大で優しい姉より。……フィリア姉上は嫌がらせの天才だと思う」
「フィリアお嬢様は色んな伝説をお持ちのお方だからなぁ。そのお陰もあって、お前はアカデミーで直接的な辱めを受けずにすんでたのは分かってるだろ?」
「レイラ様はご家族から嫌われてはいませんでしたからね。むしろかなり自由を与えられている方なのでないかと」
「フィリア姉上が天才だから俺が頑張る必要性は特になかったからな。期待はしてないけど、無関心ってわけでもないって感じだし。時々、俺が家族に嫌われてるって勘違いしてた奴はいたけど」
フィリア・パトリックは、パトリック家の次期当主であり、母と共に社交界を実質的に手中に収めている大物だ。本来のレイラはフィリアに次ぐ天才だったが、プライドが高い彼もフィリアにだけは勝てないことを認めていたほどだ。だからこそ、ゲームでのレイラは自身の力を活かすために分家を創ったわけだ。そのため、ゲームのストーリーに両親やフィリアはほとんど関わっていない。だけど家族としての彼らは、情に厚いわけでもないが、一般的な家族愛は持っているということは知っている。
本来であれば、公爵家の息子が社交界に一切顔を見せない等ありえないことだ。俺は引きずってでもパーティに連れて行かれただろうし、とっくの昔に結婚しているだろう。あれほど自由に過ごすなんてできるはずもない。結婚への抵抗のために太ったことも、屋敷に引きこもったことも、姉上達は社交界で笑われたことだろう。公爵家唯一の汚点が、俺だったんだから。
「姉上には頭が上がらないな。俺みたいなお荷物も捨てずにいてくれるんだから」
「捨てるどころか、立派に使われてるな」
「レイラ様はフィリアお嬢様に昔から玩具みたいに弄ばれていますね」
「玩具か。……なんかえろいな」
「なにが⁉」
ジェイスが突然、じっとりとした視線で俺を上から下まで眺めてきた。物質的な触感を感じるほどの視線に、一瞬にして鳥肌が……。思わずしがみついた俺を、デリスがよしよしと宥めてくれる。けど、デリスさん。もう片方の手がやたら腰の辺りでさわさわと動いているのは何故なのでしょうか……。
「んんっ……デリスさん」
「……ターニャさん」
「旦那様、カーディアス様とユリウス様の元にお顔を出して差し上げてくださいませ。お二人とも、旦那様の留守を守ってくださいましたよ」
ただの女性とは思えない程の圧を感じさせるターニャに追い出される形で、俺は一人、カーディアスとユリウスの元に向かった。
「ユリウス? 大丈夫か?」
「……レイラ?」
静かに扉をノックすれば、返ってきたのは弱々しい声だった。基本的にハキハキと話す彼の初めて聞くその声に、俺はそっと扉を開けた。
「お帰りなさい、レイラ……。お迎えに行けなくてすみません……」
「気にするな。全部ジェイスのせいなんだからな」
ユリウスはベッドの上で身体を起こしていた。俺を見てベッドから降りようとするのを制し、もう一度横たわらせる。顔色はあまり良くなく、その表情は沈鬱としていた。
「ジェイス……。あの人、レイラの婚約者だって……」
「アイツが言ったくだらないことも気にするな。まだ婚約者じゃない」
「……まだってことは、いつかは婚約するんですか? あの人と結婚しちゃうんですか?」
「しない」と即答することはできなかった。そんな俺を見て泣きそうな顔をするユリウスに、どう説明すればいいのか分からない。正直、婚約したくないことは俺の本心なんだけどなぁ。
「ジェイスとどうなるかは……まだ分からない。婚約する可能性が高いのは事実だ。俺としては了承したくはないけど、大人の事情というか貴族の事情というか……色々とあるんだよ。だが、婚約したとしてもすぐには結婚しないつもりだ。少なくとも、お前とカーディが学園に入学するまでは正式に結婚はしない。この条件を飲める良い条件の貴族がジェイス・ローレンなんだよ」
「…………」
頭を撫でられながら話す内容を、ユリウスは理解しようとしているようだ。難しい顔をして俺を見てくる。
「つまり、あの人を利用するってことですか?」
「利用……ま、まぁ、そうなる、かな?」
利用って言うと、急に罪悪感がこみあげてくるのは何故だろうか……。確かに利用しようとしてるんだけどな。
「……正式に結婚するかどうかっていうの、学園卒業まで待ってもらえるのなら、僕は渋々あの人との婚約を認めてあげてもいいです」
「え?」
ショックで寝込む程だから、説得は困難だろうと思われたユリウスの発言に、思わず呆けてしまった。あまりにもあっさりすぎて、逆にショックを受けたんだけど……。
「その代わり、学園を卒業する日まで正式な結婚は無しですからね!」
「い、一応ジェイスにも話してみるな?」
「はい。あ、カーディのところには行きましたか?」
「まだだ」
「でしたらカーディにも、僕がこう言っていたと伝えてください。そしたら多分、カーディも婚約を認めると思います。渋々ですけど」
渋々という時のユリウスが本当に嫌そうな顔をするものだから、どんだけ嫌なんだよと気になって仕方ない。だけど精神的に安心したらしいユリウスは、急に眠気が押し寄せてきたようで、穏やかな顔で夢の中に旅立っていった。その子供らしい穏やかな寝顔をしばし眺め、俺はもう一人の息子の元へと向かったのだった。
※リアルが忙しく、なかなか更新できなくて申し訳ございません……!
今年もあとわずかですが、引き続きよろしくお願いいたします!
「――婚約者を選ぶ苦労を知りなさい。偉大で優しい姉より。……フィリア姉上は嫌がらせの天才だと思う」
「フィリアお嬢様は色んな伝説をお持ちのお方だからなぁ。そのお陰もあって、お前はアカデミーで直接的な辱めを受けずにすんでたのは分かってるだろ?」
「レイラ様はご家族から嫌われてはいませんでしたからね。むしろかなり自由を与えられている方なのでないかと」
「フィリア姉上が天才だから俺が頑張る必要性は特になかったからな。期待はしてないけど、無関心ってわけでもないって感じだし。時々、俺が家族に嫌われてるって勘違いしてた奴はいたけど」
フィリア・パトリックは、パトリック家の次期当主であり、母と共に社交界を実質的に手中に収めている大物だ。本来のレイラはフィリアに次ぐ天才だったが、プライドが高い彼もフィリアにだけは勝てないことを認めていたほどだ。だからこそ、ゲームでのレイラは自身の力を活かすために分家を創ったわけだ。そのため、ゲームのストーリーに両親やフィリアはほとんど関わっていない。だけど家族としての彼らは、情に厚いわけでもないが、一般的な家族愛は持っているということは知っている。
本来であれば、公爵家の息子が社交界に一切顔を見せない等ありえないことだ。俺は引きずってでもパーティに連れて行かれただろうし、とっくの昔に結婚しているだろう。あれほど自由に過ごすなんてできるはずもない。結婚への抵抗のために太ったことも、屋敷に引きこもったことも、姉上達は社交界で笑われたことだろう。公爵家唯一の汚点が、俺だったんだから。
「姉上には頭が上がらないな。俺みたいなお荷物も捨てずにいてくれるんだから」
「捨てるどころか、立派に使われてるな」
「レイラ様はフィリアお嬢様に昔から玩具みたいに弄ばれていますね」
「玩具か。……なんかえろいな」
「なにが⁉」
ジェイスが突然、じっとりとした視線で俺を上から下まで眺めてきた。物質的な触感を感じるほどの視線に、一瞬にして鳥肌が……。思わずしがみついた俺を、デリスがよしよしと宥めてくれる。けど、デリスさん。もう片方の手がやたら腰の辺りでさわさわと動いているのは何故なのでしょうか……。
「んんっ……デリスさん」
「……ターニャさん」
「旦那様、カーディアス様とユリウス様の元にお顔を出して差し上げてくださいませ。お二人とも、旦那様の留守を守ってくださいましたよ」
ただの女性とは思えない程の圧を感じさせるターニャに追い出される形で、俺は一人、カーディアスとユリウスの元に向かった。
「ユリウス? 大丈夫か?」
「……レイラ?」
静かに扉をノックすれば、返ってきたのは弱々しい声だった。基本的にハキハキと話す彼の初めて聞くその声に、俺はそっと扉を開けた。
「お帰りなさい、レイラ……。お迎えに行けなくてすみません……」
「気にするな。全部ジェイスのせいなんだからな」
ユリウスはベッドの上で身体を起こしていた。俺を見てベッドから降りようとするのを制し、もう一度横たわらせる。顔色はあまり良くなく、その表情は沈鬱としていた。
「ジェイス……。あの人、レイラの婚約者だって……」
「アイツが言ったくだらないことも気にするな。まだ婚約者じゃない」
「……まだってことは、いつかは婚約するんですか? あの人と結婚しちゃうんですか?」
「しない」と即答することはできなかった。そんな俺を見て泣きそうな顔をするユリウスに、どう説明すればいいのか分からない。正直、婚約したくないことは俺の本心なんだけどなぁ。
「ジェイスとどうなるかは……まだ分からない。婚約する可能性が高いのは事実だ。俺としては了承したくはないけど、大人の事情というか貴族の事情というか……色々とあるんだよ。だが、婚約したとしてもすぐには結婚しないつもりだ。少なくとも、お前とカーディが学園に入学するまでは正式に結婚はしない。この条件を飲める良い条件の貴族がジェイス・ローレンなんだよ」
「…………」
頭を撫でられながら話す内容を、ユリウスは理解しようとしているようだ。難しい顔をして俺を見てくる。
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「利用……ま、まぁ、そうなる、かな?」
利用って言うと、急に罪悪感がこみあげてくるのは何故だろうか……。確かに利用しようとしてるんだけどな。
「……正式に結婚するかどうかっていうの、学園卒業まで待ってもらえるのなら、僕は渋々あの人との婚約を認めてあげてもいいです」
「え?」
ショックで寝込む程だから、説得は困難だろうと思われたユリウスの発言に、思わず呆けてしまった。あまりにもあっさりすぎて、逆にショックを受けたんだけど……。
「その代わり、学園を卒業する日まで正式な結婚は無しですからね!」
「い、一応ジェイスにも話してみるな?」
「はい。あ、カーディのところには行きましたか?」
「まだだ」
「でしたらカーディにも、僕がこう言っていたと伝えてください。そしたら多分、カーディも婚約を認めると思います。渋々ですけど」
渋々という時のユリウスが本当に嫌そうな顔をするものだから、どんだけ嫌なんだよと気になって仕方ない。だけど精神的に安心したらしいユリウスは、急に眠気が押し寄せてきたようで、穏やかな顔で夢の中に旅立っていった。その子供らしい穏やかな寝顔をしばし眺め、俺はもう一人の息子の元へと向かったのだった。
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今年もあとわずかですが、引き続きよろしくお願いいたします!
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