世話焼き転生者が完璧騎士を甘やかした結果

こざかな

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気が付いたら異世界に転生していたという、小説や漫画でよく見るありきたりな第二生。それが自分の身に起きたことだと理解したのは、十五歳の時だった。
ふと夜空を見上げたら月が二つあって「あれ? 月って二つもあったっけ?」と思ったのがきっかけ。
この世界で生まれたからには、そんなことを疑問に思うことなどないはず。それなのに月が二つあることへの違和感が沸き上がってきて、それからはぶわっと前世の記憶が蘇ってきた。
奇しくも前世の自分と同じ名前を与えられていたことで、前世の記憶が蘇っても混乱することがなかったのが幸いだ。
この世界はテクノロジーの代わりに魔法が発展し、動物と魔物が存在している。そんなファンタジー世界で俺が生まれたのは、大きくもなく小さくもない平和な国ユグレド。中世ヨーロッパ風な国だ。衛生面では魔法が発展しているおかげで、そこまで悪くはない。ただ、貧富の差というものだけはやはり大きい。
地球という星の日本で生まれ育ち、遺伝性の病気で若くして死んでしまった前世の俺。今世では健康な身体でいられていることに感謝して、思い切り人生を楽しみたいと思っている。そのためにはお金が必要だった。
たくさん働いてお金を貯めたら、この異世界で旅をするのが今の俺の目標だ。だから成人してすぐに、農業しかない故郷の村から旅立った。そして、少しだけ大きな町にある宿屋に住み込みで働かせてもらっている。

「ユウヒ、ちょっと買い物に行って来てくれ」
「わかりました」

雇い主である宿屋の主人、ダッドさんから手渡されたメモには見慣れない言葉が書かれていた。

「これってお酒ですよね? 珍しいですね。ダッドさん、お酒弱いのに」
「俺じゃなくてお客の分だよ。寝酒に飲むんだと」
「へぇ……って、確か今日から泊まるお客さんって騎士様じゃ?」

今日から数日、宿のお客さんは王都から任務で来る騎士達だけになる予定だったことを思い出した。この町の町長に頼まれて、近隣の魔物を退治しに来てくれるらしい。
そんな人達が寝酒とはいえ仕事中にお酒を飲んでいいのかな。前世の影響で騎士という職業に清廉なイメージがある俺が思わずそう口にすれば、ダッドさんは肩を竦めた。

「騎士様って仕事は息苦しいことも多いんだろうよ。少しくらい開放的になったって罰はあたりゃしねぇと思うがな。ま、ちゃんと仕事してくれりゃ、誰も文句は言わねぇよ」

だから余計な事は言いふらすなよという釘に、そこまでおしゃべりじゃないですよ! と反論して、俺はお使いに出かけた。
ダッドさんの言うことも分かる。ただ、魔物退治という任務があるのにお酒を飲むってどうなんろうと思っただけ。もしかしたら、王都の騎士にとっては今回の任務はサラリーマンの出張と変わらない感覚なのかもしれないし。

「おじさーん! これ、くださーい!」

宿で提供しているお酒を下ろしている馴染みの酒屋に到着し、ダッドさんの友人で店主であるフィルトさんにお酒の名前がいくつも書かれているメモを見せれば、フィルトさんは俺の顔を見て意外そうな顔をしながらその立派なあご髭を撫でた。

「お前、ガキの面して結構イケる口だったのか」
「違うよ! 俺はただのお使いです」
「なんだい。ま、まだガキだもんな」
「もうとっくに大人ですけど!?」
「冗談だよ。量があるから後で宿まで持ってってやる。今日中に運べばいいんだろ?」
「それは助かるけど、変な物まで持ってこないでくださいよ。ダッドさん、美術品を見る目はないんだから」

フィルトさんは骨董商も兼ねていて、時折ダッドさんや他の常連に押し売りしにくる時がある。そのほとんどが真贋の判断が難しい物で、本物だったなら儲けものという運次第の博打を仕掛けてくるのだ。前世の世界だったら立派な詐欺だよ……

「わかってるよ! まったく、ダッドは良い顧客だったってのに……雇った奴が真贋スキル持ちだったなんて運の良い野郎だ。そもそも宿屋で真贋スキルは無用の長物だろ。こっちが欲しいくらいだっての」

真贋スキルを持っていることを教えた日から、耳にタコができそうなほど言われていることをブツブツと呟くフィルトさんに苦笑してしまう。
物の真贋が分かるだけという、他に特別なことは何もないスキルだというのに骨董商としては喉から手が出そうなほど欲しいらしい。
でも簡単に真贋が分かったら楽しみもロマンもないという思いもあるようで、難儀な悩みができちまったと恨み節を時折ぶつけられる。けれど骨董商はあくまで趣味という本業の酒屋との意識の線引きはあるようで、恨み節をぶつけられて本気で宿屋から引き抜きされないのでマシだと思うことにしている。

「まぁまぁ。今度また鑑定してあげますから!」
「いーや、買い取った後に偽物だったと分かる方が気分悪くなる。頼みたい時はこっちから声かけるからその時はしっかり鑑定してくれぃ」
「はいはい。じゃあお酒、頼みましたからね!」
「あいよぉ」

この前、自慢げに見せてきた魔法がかかった古代の遺物を偽物だと教えたことをまだ根に持っていたらしい。
明らかにテンションが落ちたフィルトさんにお酒代を渡して念押しすると、ひらひらと手をやる気なく振って店の奥に消えて行ってしまった。一応酒屋の仕事ぶりについては信用があるから大丈夫だろう。
無事にお使いを達成した俺は、まだまだある今夜の準備を思い出して溜め息をついて宿屋へと駆け足で戻ったのだった。
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