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第一部
前世
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人は皆 光無きが故に それを恐れる
───────
決して絶えることのない人工的な輝きを放つ都市。森のように建ち並ぶ超高層ビル群。それらは都市に住む人々の富と欲望を糧に成長を遂げてきた。
ぎらついた欲望の光さえ届かぬ、深海のような深い闇をまとう路地裏で、息を切らした少年が壁によりかかるようにして肩を大きく上下させている。乱れた呼吸を整え再び走り出そうと少年が地を蹴ったのとほぼ同時に、足元に火花が散って乾いた音が響いてビルの谷を抜けた。
少年がとっさに背後を向くと、二人の男女が闇の中に佇んでいた。男の手には、闇と同化してなお存在感を放つ黒い塊が握られている。その塊から再び、パァン、と乾いた音が鳴った。直後、少年は胸のあたりがじんわりと熱を帯びていくのを感じ、ドロッとしたものが口からあふれだした。
己の身体に起きた異常を理解するより先に、身体からどっと力が抜けて膝から崩れ落ちた。口からあふれ出す赤い液体とかすかに香る硝煙の臭いを認めて、自分が銃撃を受けたことを正しく認識した。
痛みはなかった。自分の身体を浸していく血は温かく、むしろ心地良かった。まるで夢の中にいるみたいだった。しかしそれも束の間、徐々に寒気と孤独感とが少年を包んでいく。
身体から命が零れ落ちていくような感覚だった。薄れゆく意識の中で、二つの影が発する言葉を聞いた。
「……次こそは、立派なナーローになるんだよ」
それが、少年が聞いた両親の最後の言葉だった。三度目の銃声が聞こえてすぐに、彼の意識は暗闇に呑まれた。
───────
西暦一万九十九年。爆発的な人口増加による食糧問題、限りのない文明化推進による環境汚染。汚染された地上に突如として出現した敵性生物による攻撃。度重なる事態に地球に住む人々は生活の場所をおわれていた。
生活の場を宇宙へうつそうと、人類は幾度となくロケットを打ち上げたがそれが帰還することはなかった。
やがて行き場を失くした人々は無事な都市に殺到し、国や政府は統制を取れなくなり崩壊していった。
そして世界は自然の闘争状態に突入し、あわや核戦争というところで台頭したのがナーロー教だ。
教祖はどこからともなく現れて、不思議な力を使い世界の人々に語り掛け、一冊の書物を提示したといわれている。
これが後に聖典と呼ばれることになるうちの一冊だ。その聖典では、不慮の死を遂げた人間が別の世界へと転生を果たし、その世界で悠々自適に生活する様が描かれていた。
「死をおそれるな。死してなお、新たな世界で道は開ける」と教祖は言ったらしい。
混乱の最中にあった人間たちの心に、それは甘美な毒のように浸透していった。
その聖典は古い時代の人間が記した神話の内容らしく、それを研究した結果、当時の人間たちから「ナアロウケイ」と呼ばれ崇拝されていたことが判明した。
その事実がいっきに信徒を増やし、ナーロー教として世界中に広まっていった。希望を得たことで人々は落ち着きを取り戻し、ナーロー教の元に世界はひとつにまとまった。
それからは聖典の研究が盛んに行われるようになり、実に様々な形式の聖典が存在することがわかった。
しかもその全てにおいて「死んだ人間が異世界で楽しく過ごす」という方向性を持っていることが共通していた。
何百何千という聖典で同様の事柄が描かれていることから、人々は聖典を妄信するようになった。
もうひとつ、科学が発展し魂の存在が観測されたこともその後押しとなった。
しかしどんなに科学が発展しようとも、地球の環境汚染は修復することができず、敵性生物の正体もわからない。
都市がひとつ、またひとつと汚染や敵性生物の襲撃に呑まれ消えていった。だが人口だけは一向に減ることがなかった。事実的な不老不死の実現、クローン技術による生命の生成が実現したからだ。能力のある者、特権階級にある者には不老不死処置がほどこされ、様々な技術を継承する。クローン技術によって生まれた者はまさに奴隷といった扱いで、都市の運営管理のために酷使される。
際限なく、リスクもなく増え続ける人類に対して、人々はナーロー教の「死後は楽園に誘われる」「死を恐れるな」という教えを曲解した。
「死んでも問題ない」と捉えるようになっていたのだ。不老不死化の処置を施すに足りぬと認定された者、人工的に生み出された者たちは問答無用で処分されるようになった。都市の特権階級を持つ者たちにとって彼らは奴隷という認識ですらなかった。
人間ではない、都市の機能を保つためのただの消耗品費。
路地裏で短い命を散らすこととなった少年──天神暦も、そんな都市の部品のひとつだった。
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決して絶えることのない人工的な輝きを放つ都市。森のように建ち並ぶ超高層ビル群。それらは都市に住む人々の富と欲望を糧に成長を遂げてきた。
ぎらついた欲望の光さえ届かぬ、深海のような深い闇をまとう路地裏で、息を切らした少年が壁によりかかるようにして肩を大きく上下させている。乱れた呼吸を整え再び走り出そうと少年が地を蹴ったのとほぼ同時に、足元に火花が散って乾いた音が響いてビルの谷を抜けた。
少年がとっさに背後を向くと、二人の男女が闇の中に佇んでいた。男の手には、闇と同化してなお存在感を放つ黒い塊が握られている。その塊から再び、パァン、と乾いた音が鳴った。直後、少年は胸のあたりがじんわりと熱を帯びていくのを感じ、ドロッとしたものが口からあふれだした。
己の身体に起きた異常を理解するより先に、身体からどっと力が抜けて膝から崩れ落ちた。口からあふれ出す赤い液体とかすかに香る硝煙の臭いを認めて、自分が銃撃を受けたことを正しく認識した。
痛みはなかった。自分の身体を浸していく血は温かく、むしろ心地良かった。まるで夢の中にいるみたいだった。しかしそれも束の間、徐々に寒気と孤独感とが少年を包んでいく。
身体から命が零れ落ちていくような感覚だった。薄れゆく意識の中で、二つの影が発する言葉を聞いた。
「……次こそは、立派なナーローになるんだよ」
それが、少年が聞いた両親の最後の言葉だった。三度目の銃声が聞こえてすぐに、彼の意識は暗闇に呑まれた。
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西暦一万九十九年。爆発的な人口増加による食糧問題、限りのない文明化推進による環境汚染。汚染された地上に突如として出現した敵性生物による攻撃。度重なる事態に地球に住む人々は生活の場所をおわれていた。
生活の場を宇宙へうつそうと、人類は幾度となくロケットを打ち上げたがそれが帰還することはなかった。
やがて行き場を失くした人々は無事な都市に殺到し、国や政府は統制を取れなくなり崩壊していった。
そして世界は自然の闘争状態に突入し、あわや核戦争というところで台頭したのがナーロー教だ。
教祖はどこからともなく現れて、不思議な力を使い世界の人々に語り掛け、一冊の書物を提示したといわれている。
これが後に聖典と呼ばれることになるうちの一冊だ。その聖典では、不慮の死を遂げた人間が別の世界へと転生を果たし、その世界で悠々自適に生活する様が描かれていた。
「死をおそれるな。死してなお、新たな世界で道は開ける」と教祖は言ったらしい。
混乱の最中にあった人間たちの心に、それは甘美な毒のように浸透していった。
その聖典は古い時代の人間が記した神話の内容らしく、それを研究した結果、当時の人間たちから「ナアロウケイ」と呼ばれ崇拝されていたことが判明した。
その事実がいっきに信徒を増やし、ナーロー教として世界中に広まっていった。希望を得たことで人々は落ち着きを取り戻し、ナーロー教の元に世界はひとつにまとまった。
それからは聖典の研究が盛んに行われるようになり、実に様々な形式の聖典が存在することがわかった。
しかもその全てにおいて「死んだ人間が異世界で楽しく過ごす」という方向性を持っていることが共通していた。
何百何千という聖典で同様の事柄が描かれていることから、人々は聖典を妄信するようになった。
もうひとつ、科学が発展し魂の存在が観測されたこともその後押しとなった。
しかしどんなに科学が発展しようとも、地球の環境汚染は修復することができず、敵性生物の正体もわからない。
都市がひとつ、またひとつと汚染や敵性生物の襲撃に呑まれ消えていった。だが人口だけは一向に減ることがなかった。事実的な不老不死の実現、クローン技術による生命の生成が実現したからだ。能力のある者、特権階級にある者には不老不死処置がほどこされ、様々な技術を継承する。クローン技術によって生まれた者はまさに奴隷といった扱いで、都市の運営管理のために酷使される。
際限なく、リスクもなく増え続ける人類に対して、人々はナーロー教の「死後は楽園に誘われる」「死を恐れるな」という教えを曲解した。
「死んでも問題ない」と捉えるようになっていたのだ。不老不死化の処置を施すに足りぬと認定された者、人工的に生み出された者たちは問答無用で処分されるようになった。都市の特権階級を持つ者たちにとって彼らは奴隷という認識ですらなかった。
人間ではない、都市の機能を保つためのただの消耗品費。
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