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第一部
出会いと旅立ち
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この世界できみだけが 本当の空の青さを知っていた
───────
黒く濁った水の中を漂っているような感覚だった。進むべき道も、自分がどこに向かっているのかもわからない。もしかしたら自分は一歩も進んでいないのかもしれない。不意にそう思った。寄せては返す波みたいに、同じ場所を行ったり来たり。そんなことを繰り返している。そんな気がした。それは当たり前のことなのかもしれないと、少年は思う。自分には帰る場所も、帰りを待つ人もいないのだから。
──どうして俺だったんだろう。
意識の袋小路の中で、チカチカと明滅する電球のように繰り返される問い。
──俺は生きていてもいいんだろうか。
当然答える者はおらず、自身にも答えはわからない。わからないなら死ぬべきなのか、それを見つけるための生だったのか。答えが出ないまま少年の心はばらばらに拡散して暗いところに沈んでいく。それは穏やかな絶望だった。
自分はこのままゆっくりと消えていくのだと思った時──
『選択するの』
声が聞こえた。狭い隙間から光が差し込むみたいに。
『選ぶんだよ、あなたの意思で。誰の許可もいらないわ』
澱の中から、ばらばらになって散っていた心の欠片のひとつが、声に引き寄せられるようにゆらゆらと浮かび上がっていく。
『あなたは、生きたい?』
──死にたくない。
それが少年の選択で、わずかに残った希望だった。
───────
天神暦は目覚めると白い空間にひとりで立っていた。数秒前の記憶が脳裏によみがえり、ハッとなって胸元をまさぐる。胸に血はなく、傷跡もなかった。
己の身に起きた事態に理解が追い付かず頭を悩ませていると、とつぜん頭上から声が響きわたった。
「あーもう!!またですかー!!」
若い女の声だった。声の調子からして何やら怒っているらしい。
「今日だけで何人目なんですか、まったく!毎日毎日、いやになるなあ、もう!」
「……うるさいな。頭に響くから少し静かにしてくれませんか?」
少年が天に向かって文句を言う。
「なっ、なんて無礼な人間なんでしょう!そっちに行くから待ってなさい!」
それきり声は途切れた。
「……まあ、待つか」
大人しく待っていると、ほどなくして眼前に光の柱が降り立って、その中から白い服を着た女が現れた。
白を基調に、ところどころに紫のラインが入ったドレスのようなものを着ていた。衣服としての機能を果たせているのかも疑問に思うほど布地面積が少なく、ヘソや胸の谷間がその存在を主張するかのように顕になっている。
年は見た目通りなら18~20歳ほどだろうか。
「羞恥心を忘れたような格好だ」
女を見るなり、思ったことを口に出してしまう。
「まっ、またバカにした!無礼よ!女神にたいして無礼だわ!」
「はぁ?女神……?」
暦は思わず驚きと疑惑の声をあげる。目の前にいる女がとても神には見えなかったからだ。威光もなければ後光もなく、神々しさなど微塵もなかった。
「はんっ。やっと私の神々しさを感じ取ったようね!まあ、ただの人間がなかなか理解できないのも仕方がないわよね。許してあげるわ!」
女は腕を組みながら鼻を鳴らして、得意げな笑みを浮かべていた。何か勘違いをしているようだが、それを解くのも面倒なのでそのまま話をすすめることにした。
「それで、ここはどこですか。俺に何か用でしょうか」
「……あなた、なんだか生意気ね。もう少し、神である私に敬意を払ってもいいんじゃないかしら」
もはや面倒くさいので言うことをきくことにする。
「申し訳ありません、女神様。突然のことで動転しており、無礼をはたらいてしまいました。先ほどの非礼の数々、お許しください」
暦はそういって頭を下げた。
「急に素直になって……なんか調子くるうわね。まあ、いいわ。許してあげる。女神だから!」
女神という言葉をやたらと強調するのはなぜなのか。
まあ、いい。許しをいただいたので顔をあげることにした。
「それで女神様……この場所は一体なんなのでしょうか?」
暦は本題をきりだした。
「そうだったわね。ここは言うなれば、狭間の世界……かしら」
「狭間の世界?」
「そうよ。あなたはある世界で死んでここにきた。覚えてない?」
思わず聞き返した暦に対して、あっけらかんとした様子で女神はそう返した。
両親に銃で撃たれて死んだのは現実だったらしい。それを思い出した途端に、ふつふつと怒りが込み上げてきた。 理不尽に命を奪われたことに対する怒りが炎のように暦の身体に広がっていった。しかし、怒ってみても後の祭り。死んだ自分にはどうすることもできない。深呼吸を繰り返し、頭を冷やして女神に問うた。
「ということは、俺はこれからどこか別の世界に転生する……ということでしょうか?」
「そうなるわね。あんたの世界じゃ有名でしょ」
女神は苦虫をかみつぶしたみたいな顔で「忌々しい!」と地団太を踏んだ。
「なぜそんなに怒っているんですか?」
殺されたのは自分の方だというのに。
「十万三千九十九……」
女神が生気を失ったような声でぼそりと言った。
突然の数字の羅列に暦は首を捻る。
「は?」
「十万三千九十九人!今日だけで、あんたの世界からきた魂の数よ!!!」
「それは……多いです……ね?」
さすがの暦もそれには面食らう。素直に女神に同情した。
「多いなんてもんじゃないわ!異常よ、異常!!!毎日毎日、数え切れない魂があんたの世界からくるのよ!どうなってんのよ!」
「お、おちついてください」
暦は女神の剣幕に押されてつつも彼女をなだめた。
彼女は、はあ…とため息をつき「そうね……」と諦めたようにうな垂れた。
「普通は転生するにしても数が少ないの。ひとつの世界で一日のうちに死ぬ人間はもっと少ないのよ。でもね、あんたの世界ではナーロー教とかいうイカれた宗教が信仰されてるし……戦が絶えないでしょ」
肩を落としながら説明してくれた。確かに暦の世界ではナーロー教のおかげで人々は死おそれない。だからこそ人は常に道具のように使い捨てられている。
だがその一方で、ナーロー教の主張が正しかったと証明されてしまったことに暦は愕然とした。女神の言いぶりからして、どうやら本当に異世界へと転生することができるようだ。
「天界に帰ることもできないから八千年もひとりで仕事してるの。それってすごく悲しいことよ」
八千年。人間である暦には及びもつかない年月だった。
「事情はわかりました。俺の世界のせいで、すみません……」
今度は本心からの謝罪だった。自分と同じナーロー教に苦しめられた被害者だと思うと、彼の中で女神に対して親近感がわいてきていた。
「あんたが謝る必要はないわ。悪いのはナーロー教の教祖……そして何より世界を管理できていない私自身の責任よ」
そう言って女神は力なく笑った。 それまでのかしましい雰囲気はすっかりなりを潜めていた。
「さて、お話はこのあたりにしましょう。そろそろあんたをどこかの世界に送らないといけないわ」
その言葉を聞いて、暦に新たな疑問が芽生える。
「もう一度、元の世界で生き返ることはできないんですか?」
予想外の問いだったのか、女神は一瞬きょとんとした顔になってから言った。
「例外はあるけど……同じ世界に転生させたり、そのまま生き返らせるのは禁止されてるわ。魂は循環させる、それが天界の掟よ」
少年は少しの間考え込んでから再び尋ねた。
「では、教祖はどうして転生のことを知っていたんでしょうか。少なくとも一度は死なないとわからないはずですよね?」
「ああ、あいつはきっと転移者ね。違う世界から次元を超えてやってきたんじゃないかしら」
暦は転移者という単語もナーロー教の聖典で見た覚えがあった。確か、召喚されるなどして別世界に渡ってしまった者たちのことだ。
「なるほど。では世界間を移動する方法があるんですね?」
「あるわよ。まあ、できるのは各世界で一握りの者だけでしょうけどね」
「世界は、そんなにたくさんあるのですか?」
「ええ。あんたの世界では星は見えたかしら?」
何の関係があるのかよくわからず、暦はその質問に「はあ」と曖昧に返事をした。
「あいにく、見たことがないですね。映像でなら昔の星空を見ましたけど」
「そう……見たことないのね」
女神が目を落として伏し目がちに言う。
とても悲しそうで、あるいは何かを懺悔しているようにも見えた。
「あの……どうかしました?」
暦が伺うように尋ねると、女神はわずかに首を振ってから気を取り直したように顔を上げて再び話し始めた。
「その星すべてが異界なの」
「ええっ!?」
あまりにも衝撃的な事実に驚きを隠せなかった。だが少年はあっさりと納得することができた。
暦の世界では、大気圏外に打ち上げられた人工衛星やロケットがことごとく行方不明になっていたからだ。異界に突っ込んでいったとなれば、帰ってこられないのも道理だった。
「驚くのも無理ないわね」
そう言った後に、女神は訝しんだ目で少年を見つめた。
「それより、あんた元の世界に戻りたいの?私が言うのもどうかと思うけど、あんたの世界って相当ひどいわよ」
女神の問いに、少年は押し黙る。少しの沈黙のあと、意を決したように顔を上げて話し始めた。
「戻りたいかって言われたら、正直戻りたくはないです。でも、確かにひどい世界だったけど。俺は、俺たちは懸命に生きていました。勝手に作られて道具のように使い捨てられても、それでも俺たちは生きていたんだ。次の世界があるからと死を推奨して、人を道具のように扱う世界を認めたくない」
暦は自分の考えを素直に伝えた。
「だから、俺は元の世界に戻りたい。そしてナーロー教を潰す」
ぽかんとした表情で女神は少年を見た。そして盛大に笑い声をあげた。
「はは……あはは……あはははは!」
そんなに笑うことないじゃないか、と暦は思った。そんな暦の心境を察したのか、女神はひとしきり笑ってから謝罪の言葉を口にした。
「いやーごめんごめん。面白くって、つい笑っちゃったわ」
そう言った後に「バカにしてるわけじゃないのよ?」と続けた。
「そんなこと言う人間はじめてだったから、ついね」
「まあ、そうでしょうね。転生後の世界では神様にもらった力で異世界生活を満喫できるみたいだし」
暦が言うと、女神が「んん?」と首を傾げた。言葉を重ねてさらに説明する。
「異世界に転生する前に、神様はすごい力を授けてくれるんでしょう?ナーロー教の聖典にそう書かれていましたよ」
彼の説明をきいた女神が「なるほどねー」と納得した顔をしてから、一部の誤りを訂正する。
「それはほんの一握りの人間だけよ。神側の手違いで死なせちゃったり、生前にかなりの徳をつんだ特殊な場合で、転生する人間すべてに力を与えるわけではないわ。死んだ魂は一度まっさらにしてから世界に還す。その過程で生前の能力や記憶は消失する」
暦は落胆すると同時に納得してもいた。女神との会話から、転生する人間は自分に及びもつかないほど膨大な数に及ぶだろうことがわかった。
とすれば、その人間ひとりひとりに超常の力を与えるというのはさすがにあり得ないのでは、と考えてもいたのだ。
そして、ナーロー教に対しての怒りが再燃してきた。やつらは重要な部分を誤魔化していたのだ。
「まあ、そんなに都合の良い話があるわけないか」
暦は怒りをおさえつつ、現実を受け止める。
女神もそれを肯定した。
「そうね。過去も未来も、人は自らの手で切り開いていける。私たちは神は、人が歩き出すときに少し背中を押してあげるだけ」
そう言ったあと、女神は優しく笑った。
「あんたなら、きっとできる」
儚げで神聖さを帯びたその微笑みに、暦は不覚にもどきりとさせられた。このとき、暦ははじめて女神がとても美しい容姿をしていることを意識した。
「ありがとう」と照れながら礼を伝える。
「さ、そろそろ行かなきゃね」
女神が何もない空間に手をかざすと、亀裂がはしったように空間がひび割れていき円状の穴が出来上がった。中は見えず、ただ白い光が広がっているだけだった。別の世界へと通じているのだろう。
暦が穴に向かって歩いていき、その手前で不意に立ち止まって女神に尋ねた。
「全部……覚えてるんですか?」
唐突な問に意味がわからず女神が首を捻る。
「ここに来た魂だよ。さっき言ってたでしょう、十万三千九十九って。いちいち数えて、覚えているんですか?」
「なんだ、そんなこと。当たり前じゃない……私は女神なのよ。ここに来た者たちのことは覚えているわ」
「意外だな。神様ってのはもっと俺たちに無関心なものと思っていました。せいぜい玩具とか、観察対象とかくらいかと」
「まあ、そういう神がいるのは否定しないわよ。でも私はそうはなれないわ。できることなら、もっと……」
女神が声をつまらせて、大きな目をそっと伏せた。その視線の先に女神が何を見て、何を思うのか、それは彼女にしかわからない。
たった一人で世界を見守り続け、やがてそこで死んだ者達を出迎え、何もせずに見送ることしかできない。こうして声をかけた者からもすぐに忘れられてしまう。それは暦の想像以上に辛いことなのかもしれない。それでも彼女はひとりひとりに声をかけ、見送り続けるのだろう。
「優しいんだな、あなたは。きっと神様に向いていないと思えるほどに」
暦が思ったままのことを素直に口にする。
女神が不意をつかれたように顔を上げた。
「名前を教えてほしいな」
「……え?」
「あなたの名前だよ」
「……ステラよ。空の女神ステラ・ルーシェ」
意外そうな顔をしながらも快く答えてくれた彼女に礼を告げ、境界を越えて穴へと足を進める。
「ステラ」
暦が優しく、だがはっきりとした声で名前を呼んだ。
「俺が死んだのはあなたのせいじゃない。俺だけじゃなく、他の誰もが。優しい女神様……俺はあなたを忘れない。きっといつか、教祖を倒してあなたを解放するよ」
その言葉に一瞬、女神の瞳が大きく揺れて頬が赤く染まった。
「……ほんとに生意気なんだから」
ぽつりと呟いた後に、彼の名前を呼んだ。
「暦」
呼ばれて振り返る暦の頬に、柔らかくてあたたかい感触が広がる。
ちゅっ、というリップ音が響いた。頬を染めて少し恥ずかしそうにしているステラの姿をみて、暦は頬にキスをされたことを悟った。
「今のあなたには凄い力はあげられない。けど、ほんの少しだけ。女神の加護をあなたに」
予想外の出来事にあわてる暦を見て、してやったりという風にステラが笑った。
「ありがとう」と照れながら暦が言う。
彼の身体が白い光に包まれて消えていく。
「あなたに、満天の幸運を」
それが、天神暦という人間が聞いた最後の言葉だった。
───────
黒く濁った水の中を漂っているような感覚だった。進むべき道も、自分がどこに向かっているのかもわからない。もしかしたら自分は一歩も進んでいないのかもしれない。不意にそう思った。寄せては返す波みたいに、同じ場所を行ったり来たり。そんなことを繰り返している。そんな気がした。それは当たり前のことなのかもしれないと、少年は思う。自分には帰る場所も、帰りを待つ人もいないのだから。
──どうして俺だったんだろう。
意識の袋小路の中で、チカチカと明滅する電球のように繰り返される問い。
──俺は生きていてもいいんだろうか。
当然答える者はおらず、自身にも答えはわからない。わからないなら死ぬべきなのか、それを見つけるための生だったのか。答えが出ないまま少年の心はばらばらに拡散して暗いところに沈んでいく。それは穏やかな絶望だった。
自分はこのままゆっくりと消えていくのだと思った時──
『選択するの』
声が聞こえた。狭い隙間から光が差し込むみたいに。
『選ぶんだよ、あなたの意思で。誰の許可もいらないわ』
澱の中から、ばらばらになって散っていた心の欠片のひとつが、声に引き寄せられるようにゆらゆらと浮かび上がっていく。
『あなたは、生きたい?』
──死にたくない。
それが少年の選択で、わずかに残った希望だった。
───────
天神暦は目覚めると白い空間にひとりで立っていた。数秒前の記憶が脳裏によみがえり、ハッとなって胸元をまさぐる。胸に血はなく、傷跡もなかった。
己の身に起きた事態に理解が追い付かず頭を悩ませていると、とつぜん頭上から声が響きわたった。
「あーもう!!またですかー!!」
若い女の声だった。声の調子からして何やら怒っているらしい。
「今日だけで何人目なんですか、まったく!毎日毎日、いやになるなあ、もう!」
「……うるさいな。頭に響くから少し静かにしてくれませんか?」
少年が天に向かって文句を言う。
「なっ、なんて無礼な人間なんでしょう!そっちに行くから待ってなさい!」
それきり声は途切れた。
「……まあ、待つか」
大人しく待っていると、ほどなくして眼前に光の柱が降り立って、その中から白い服を着た女が現れた。
白を基調に、ところどころに紫のラインが入ったドレスのようなものを着ていた。衣服としての機能を果たせているのかも疑問に思うほど布地面積が少なく、ヘソや胸の谷間がその存在を主張するかのように顕になっている。
年は見た目通りなら18~20歳ほどだろうか。
「羞恥心を忘れたような格好だ」
女を見るなり、思ったことを口に出してしまう。
「まっ、またバカにした!無礼よ!女神にたいして無礼だわ!」
「はぁ?女神……?」
暦は思わず驚きと疑惑の声をあげる。目の前にいる女がとても神には見えなかったからだ。威光もなければ後光もなく、神々しさなど微塵もなかった。
「はんっ。やっと私の神々しさを感じ取ったようね!まあ、ただの人間がなかなか理解できないのも仕方がないわよね。許してあげるわ!」
女は腕を組みながら鼻を鳴らして、得意げな笑みを浮かべていた。何か勘違いをしているようだが、それを解くのも面倒なのでそのまま話をすすめることにした。
「それで、ここはどこですか。俺に何か用でしょうか」
「……あなた、なんだか生意気ね。もう少し、神である私に敬意を払ってもいいんじゃないかしら」
もはや面倒くさいので言うことをきくことにする。
「申し訳ありません、女神様。突然のことで動転しており、無礼をはたらいてしまいました。先ほどの非礼の数々、お許しください」
暦はそういって頭を下げた。
「急に素直になって……なんか調子くるうわね。まあ、いいわ。許してあげる。女神だから!」
女神という言葉をやたらと強調するのはなぜなのか。
まあ、いい。許しをいただいたので顔をあげることにした。
「それで女神様……この場所は一体なんなのでしょうか?」
暦は本題をきりだした。
「そうだったわね。ここは言うなれば、狭間の世界……かしら」
「狭間の世界?」
「そうよ。あなたはある世界で死んでここにきた。覚えてない?」
思わず聞き返した暦に対して、あっけらかんとした様子で女神はそう返した。
両親に銃で撃たれて死んだのは現実だったらしい。それを思い出した途端に、ふつふつと怒りが込み上げてきた。 理不尽に命を奪われたことに対する怒りが炎のように暦の身体に広がっていった。しかし、怒ってみても後の祭り。死んだ自分にはどうすることもできない。深呼吸を繰り返し、頭を冷やして女神に問うた。
「ということは、俺はこれからどこか別の世界に転生する……ということでしょうか?」
「そうなるわね。あんたの世界じゃ有名でしょ」
女神は苦虫をかみつぶしたみたいな顔で「忌々しい!」と地団太を踏んだ。
「なぜそんなに怒っているんですか?」
殺されたのは自分の方だというのに。
「十万三千九十九……」
女神が生気を失ったような声でぼそりと言った。
突然の数字の羅列に暦は首を捻る。
「は?」
「十万三千九十九人!今日だけで、あんたの世界からきた魂の数よ!!!」
「それは……多いです……ね?」
さすがの暦もそれには面食らう。素直に女神に同情した。
「多いなんてもんじゃないわ!異常よ、異常!!!毎日毎日、数え切れない魂があんたの世界からくるのよ!どうなってんのよ!」
「お、おちついてください」
暦は女神の剣幕に押されてつつも彼女をなだめた。
彼女は、はあ…とため息をつき「そうね……」と諦めたようにうな垂れた。
「普通は転生するにしても数が少ないの。ひとつの世界で一日のうちに死ぬ人間はもっと少ないのよ。でもね、あんたの世界ではナーロー教とかいうイカれた宗教が信仰されてるし……戦が絶えないでしょ」
肩を落としながら説明してくれた。確かに暦の世界ではナーロー教のおかげで人々は死おそれない。だからこそ人は常に道具のように使い捨てられている。
だがその一方で、ナーロー教の主張が正しかったと証明されてしまったことに暦は愕然とした。女神の言いぶりからして、どうやら本当に異世界へと転生することができるようだ。
「天界に帰ることもできないから八千年もひとりで仕事してるの。それってすごく悲しいことよ」
八千年。人間である暦には及びもつかない年月だった。
「事情はわかりました。俺の世界のせいで、すみません……」
今度は本心からの謝罪だった。自分と同じナーロー教に苦しめられた被害者だと思うと、彼の中で女神に対して親近感がわいてきていた。
「あんたが謝る必要はないわ。悪いのはナーロー教の教祖……そして何より世界を管理できていない私自身の責任よ」
そう言って女神は力なく笑った。 それまでのかしましい雰囲気はすっかりなりを潜めていた。
「さて、お話はこのあたりにしましょう。そろそろあんたをどこかの世界に送らないといけないわ」
その言葉を聞いて、暦に新たな疑問が芽生える。
「もう一度、元の世界で生き返ることはできないんですか?」
予想外の問いだったのか、女神は一瞬きょとんとした顔になってから言った。
「例外はあるけど……同じ世界に転生させたり、そのまま生き返らせるのは禁止されてるわ。魂は循環させる、それが天界の掟よ」
少年は少しの間考え込んでから再び尋ねた。
「では、教祖はどうして転生のことを知っていたんでしょうか。少なくとも一度は死なないとわからないはずですよね?」
「ああ、あいつはきっと転移者ね。違う世界から次元を超えてやってきたんじゃないかしら」
暦は転移者という単語もナーロー教の聖典で見た覚えがあった。確か、召喚されるなどして別世界に渡ってしまった者たちのことだ。
「なるほど。では世界間を移動する方法があるんですね?」
「あるわよ。まあ、できるのは各世界で一握りの者だけでしょうけどね」
「世界は、そんなにたくさんあるのですか?」
「ええ。あんたの世界では星は見えたかしら?」
何の関係があるのかよくわからず、暦はその質問に「はあ」と曖昧に返事をした。
「あいにく、見たことがないですね。映像でなら昔の星空を見ましたけど」
「そう……見たことないのね」
女神が目を落として伏し目がちに言う。
とても悲しそうで、あるいは何かを懺悔しているようにも見えた。
「あの……どうかしました?」
暦が伺うように尋ねると、女神はわずかに首を振ってから気を取り直したように顔を上げて再び話し始めた。
「その星すべてが異界なの」
「ええっ!?」
あまりにも衝撃的な事実に驚きを隠せなかった。だが少年はあっさりと納得することができた。
暦の世界では、大気圏外に打ち上げられた人工衛星やロケットがことごとく行方不明になっていたからだ。異界に突っ込んでいったとなれば、帰ってこられないのも道理だった。
「驚くのも無理ないわね」
そう言った後に、女神は訝しんだ目で少年を見つめた。
「それより、あんた元の世界に戻りたいの?私が言うのもどうかと思うけど、あんたの世界って相当ひどいわよ」
女神の問いに、少年は押し黙る。少しの沈黙のあと、意を決したように顔を上げて話し始めた。
「戻りたいかって言われたら、正直戻りたくはないです。でも、確かにひどい世界だったけど。俺は、俺たちは懸命に生きていました。勝手に作られて道具のように使い捨てられても、それでも俺たちは生きていたんだ。次の世界があるからと死を推奨して、人を道具のように扱う世界を認めたくない」
暦は自分の考えを素直に伝えた。
「だから、俺は元の世界に戻りたい。そしてナーロー教を潰す」
ぽかんとした表情で女神は少年を見た。そして盛大に笑い声をあげた。
「はは……あはは……あはははは!」
そんなに笑うことないじゃないか、と暦は思った。そんな暦の心境を察したのか、女神はひとしきり笑ってから謝罪の言葉を口にした。
「いやーごめんごめん。面白くって、つい笑っちゃったわ」
そう言った後に「バカにしてるわけじゃないのよ?」と続けた。
「そんなこと言う人間はじめてだったから、ついね」
「まあ、そうでしょうね。転生後の世界では神様にもらった力で異世界生活を満喫できるみたいだし」
暦が言うと、女神が「んん?」と首を傾げた。言葉を重ねてさらに説明する。
「異世界に転生する前に、神様はすごい力を授けてくれるんでしょう?ナーロー教の聖典にそう書かれていましたよ」
彼の説明をきいた女神が「なるほどねー」と納得した顔をしてから、一部の誤りを訂正する。
「それはほんの一握りの人間だけよ。神側の手違いで死なせちゃったり、生前にかなりの徳をつんだ特殊な場合で、転生する人間すべてに力を与えるわけではないわ。死んだ魂は一度まっさらにしてから世界に還す。その過程で生前の能力や記憶は消失する」
暦は落胆すると同時に納得してもいた。女神との会話から、転生する人間は自分に及びもつかないほど膨大な数に及ぶだろうことがわかった。
とすれば、その人間ひとりひとりに超常の力を与えるというのはさすがにあり得ないのでは、と考えてもいたのだ。
そして、ナーロー教に対しての怒りが再燃してきた。やつらは重要な部分を誤魔化していたのだ。
「まあ、そんなに都合の良い話があるわけないか」
暦は怒りをおさえつつ、現実を受け止める。
女神もそれを肯定した。
「そうね。過去も未来も、人は自らの手で切り開いていける。私たちは神は、人が歩き出すときに少し背中を押してあげるだけ」
そう言ったあと、女神は優しく笑った。
「あんたなら、きっとできる」
儚げで神聖さを帯びたその微笑みに、暦は不覚にもどきりとさせられた。このとき、暦ははじめて女神がとても美しい容姿をしていることを意識した。
「ありがとう」と照れながら礼を伝える。
「さ、そろそろ行かなきゃね」
女神が何もない空間に手をかざすと、亀裂がはしったように空間がひび割れていき円状の穴が出来上がった。中は見えず、ただ白い光が広がっているだけだった。別の世界へと通じているのだろう。
暦が穴に向かって歩いていき、その手前で不意に立ち止まって女神に尋ねた。
「全部……覚えてるんですか?」
唐突な問に意味がわからず女神が首を捻る。
「ここに来た魂だよ。さっき言ってたでしょう、十万三千九十九って。いちいち数えて、覚えているんですか?」
「なんだ、そんなこと。当たり前じゃない……私は女神なのよ。ここに来た者たちのことは覚えているわ」
「意外だな。神様ってのはもっと俺たちに無関心なものと思っていました。せいぜい玩具とか、観察対象とかくらいかと」
「まあ、そういう神がいるのは否定しないわよ。でも私はそうはなれないわ。できることなら、もっと……」
女神が声をつまらせて、大きな目をそっと伏せた。その視線の先に女神が何を見て、何を思うのか、それは彼女にしかわからない。
たった一人で世界を見守り続け、やがてそこで死んだ者達を出迎え、何もせずに見送ることしかできない。こうして声をかけた者からもすぐに忘れられてしまう。それは暦の想像以上に辛いことなのかもしれない。それでも彼女はひとりひとりに声をかけ、見送り続けるのだろう。
「優しいんだな、あなたは。きっと神様に向いていないと思えるほどに」
暦が思ったままのことを素直に口にする。
女神が不意をつかれたように顔を上げた。
「名前を教えてほしいな」
「……え?」
「あなたの名前だよ」
「……ステラよ。空の女神ステラ・ルーシェ」
意外そうな顔をしながらも快く答えてくれた彼女に礼を告げ、境界を越えて穴へと足を進める。
「ステラ」
暦が優しく、だがはっきりとした声で名前を呼んだ。
「俺が死んだのはあなたのせいじゃない。俺だけじゃなく、他の誰もが。優しい女神様……俺はあなたを忘れない。きっといつか、教祖を倒してあなたを解放するよ」
その言葉に一瞬、女神の瞳が大きく揺れて頬が赤く染まった。
「……ほんとに生意気なんだから」
ぽつりと呟いた後に、彼の名前を呼んだ。
「暦」
呼ばれて振り返る暦の頬に、柔らかくてあたたかい感触が広がる。
ちゅっ、というリップ音が響いた。頬を染めて少し恥ずかしそうにしているステラの姿をみて、暦は頬にキスをされたことを悟った。
「今のあなたには凄い力はあげられない。けど、ほんの少しだけ。女神の加護をあなたに」
予想外の出来事にあわてる暦を見て、してやったりという風にステラが笑った。
「ありがとう」と照れながら暦が言う。
彼の身体が白い光に包まれて消えていく。
「あなたに、満天の幸運を」
それが、天神暦という人間が聞いた最後の言葉だった。
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道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
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