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第一部
転生
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息苦しい。意識は暑くて狭くて苦しい闇の中にあった。何かに呼ばれている気がした。
自分を包み込む何かが収縮を繰り返して、身体が徐々に押し出されている。それに合わせて必死にもがいた。泥をすするみたいに、沼を這うみたいに。
その先には光があった。ゆっくり、だが確実に光に近づき、光の向こう側へ抜け出した。
真っ白な光の世界。あまりにも眩しくて、閉じる瞼に力が入る。
息苦しさを耐えるのも限界で、空気を求めて反射的に口を開くと、つめたい空気が肺の中いっぱいに流れ込んだ。それがまた、あまりにも苦しくて、たまらずに悲鳴をあげる。
壁を突き破りそうなほどの産声だった。
───────
目覚めると見知らぬ女性が視界に映りこんだ。驚き、そして次に警戒の二文字が頭をよぎる。咄嗟にその場を離れようと身体をよじるが、うまく動かすことができなかった。
自分は誰で、ここはどこか。前後の記憶がないままに、意識だけは妙にはっきりとしていた。いったい、自分は何者なのか。途方もない不安がこみ上げてきて、思わず口からあふれ出した。
「あう……あうああああ……!」
すると女性は少し慌てたように微笑みながら身体をゆっくり左右に揺らして、何事かを呟いた。
「──……────………──!!」
何を言っているのかはわからない。しかし、不思議と警戒心はすっかり薄れてしまった。いったいお前は何者だ。女性に話しかけようと口を開く。
「あう……あ……あうあー……」
意味のある言葉にはならなかった。それでも女性は嬉しそうに目を細めた。そんな彼女の顔を見ていると、なんだか自分の胸の内側も温かくなった。
続けて二言、三言、言葉を話そうとしてみるが、それだけのことでずいぶんと疲れてしまう。途端に抗いようのない眠気に襲われ、瞼がだんだんと重くなる。
「────」
また女性が何かを言った。やはり何を言っているのかはわからない。それでも不思議と安堵を覚える。彼女の心地いい声音を聞かながら、安らかな眠りに包まれた。
───────
「あうあー……きゃっきゃ……!」
「──わ……て!!!」
「……お────……!!!」
自分が何か反応を示すたびに、目の前の男女は飛び上がるほどに喜んだ。相変わらず彼らが何を言っているのか理解できなかったが、表情で感情の機微は十分に読み取ることができた。
短い覚醒と深い眠りを繰り返して過ごすうちに、記憶は完全に覚醒していた。
前世で理不尽な死をむかえたこと。その後に女神と出会い前世界への復讐を誓ったこと。そして自分は別世界へと転生を果たしたこと。
その全てを鮮明に思い出していた。
記憶を取り戻してからは己の状況を把握することに努めた。今は生後二ヶ月ほどの赤子だった。今こうして目に映る二人の男女。彼らが自分の両親であることも理解していた。二人の年齢は20代半ばといったところだろうか。
男は赤銅色の髪をした偉丈夫で、非常に整った顔立ちをしていた。これから先、家族を守っていくという覚悟を感じさせる眼差しをしている。そして女も彼に見劣りしないほどの美女だった。絹のような金髪を後でまとめた、優しさに満ちた女性だった。
彼女の黄金のように輝く金眼に自分の顔がうつりこんでいた。
「あうあうあ~」
赤子は泣くのが仕事、という言葉を生前に聞いたことがあった。静かに黙りこくっている赤子では、両親もさぞかし心配するだろう。そう思ったからこそ、彼らと接するときは無邪気な赤子を演じていた。
しかし前世も含めれば精神的には十数年の経験がある。少年から青年への過渡期といわれる頃。いくら若いといっても赤子のように泣きわめく年ではなかった。
それだけに、彼は想像を絶する辱めを受けるような気分で日々を過ごしていた。それでも内心でひとつ気合を入れてから、今日も一心不乱に泣きわめく。
「あうああああああ!!!!うあああああーーーー!!!!」
お腹がすいたとか、粗相をしたとか、そういうわけではなかった。両親はとつぜん豹変した息子に狼狽する。
オモチャをちらつかせたり、母乳を飲ませようとしたりするがその全てが徒労に終わる。
そんな彼らを見るのは忍びなく、少し心が痛んだ。しかし心を鬼に、泣きまねを続ける。やがて何か合点がいったというような表情で、父親が慌てて部屋を飛び出した。
しばらく時間をおいて、一冊の本を手にして駆けよってくる。
それを確認した暦はぴたりと泣くのをやめて、彼のもつ本に手を伸ばす。
それは色彩豊かに彩られた絵本だった。
絵と文字で言葉を覚えるのが日課だった。
自分を包み込む何かが収縮を繰り返して、身体が徐々に押し出されている。それに合わせて必死にもがいた。泥をすするみたいに、沼を這うみたいに。
その先には光があった。ゆっくり、だが確実に光に近づき、光の向こう側へ抜け出した。
真っ白な光の世界。あまりにも眩しくて、閉じる瞼に力が入る。
息苦しさを耐えるのも限界で、空気を求めて反射的に口を開くと、つめたい空気が肺の中いっぱいに流れ込んだ。それがまた、あまりにも苦しくて、たまらずに悲鳴をあげる。
壁を突き破りそうなほどの産声だった。
───────
目覚めると見知らぬ女性が視界に映りこんだ。驚き、そして次に警戒の二文字が頭をよぎる。咄嗟にその場を離れようと身体をよじるが、うまく動かすことができなかった。
自分は誰で、ここはどこか。前後の記憶がないままに、意識だけは妙にはっきりとしていた。いったい、自分は何者なのか。途方もない不安がこみ上げてきて、思わず口からあふれ出した。
「あう……あうああああ……!」
すると女性は少し慌てたように微笑みながら身体をゆっくり左右に揺らして、何事かを呟いた。
「──……────………──!!」
何を言っているのかはわからない。しかし、不思議と警戒心はすっかり薄れてしまった。いったいお前は何者だ。女性に話しかけようと口を開く。
「あう……あ……あうあー……」
意味のある言葉にはならなかった。それでも女性は嬉しそうに目を細めた。そんな彼女の顔を見ていると、なんだか自分の胸の内側も温かくなった。
続けて二言、三言、言葉を話そうとしてみるが、それだけのことでずいぶんと疲れてしまう。途端に抗いようのない眠気に襲われ、瞼がだんだんと重くなる。
「────」
また女性が何かを言った。やはり何を言っているのかはわからない。それでも不思議と安堵を覚える。彼女の心地いい声音を聞かながら、安らかな眠りに包まれた。
───────
「あうあー……きゃっきゃ……!」
「──わ……て!!!」
「……お────……!!!」
自分が何か反応を示すたびに、目の前の男女は飛び上がるほどに喜んだ。相変わらず彼らが何を言っているのか理解できなかったが、表情で感情の機微は十分に読み取ることができた。
短い覚醒と深い眠りを繰り返して過ごすうちに、記憶は完全に覚醒していた。
前世で理不尽な死をむかえたこと。その後に女神と出会い前世界への復讐を誓ったこと。そして自分は別世界へと転生を果たしたこと。
その全てを鮮明に思い出していた。
記憶を取り戻してからは己の状況を把握することに努めた。今は生後二ヶ月ほどの赤子だった。今こうして目に映る二人の男女。彼らが自分の両親であることも理解していた。二人の年齢は20代半ばといったところだろうか。
男は赤銅色の髪をした偉丈夫で、非常に整った顔立ちをしていた。これから先、家族を守っていくという覚悟を感じさせる眼差しをしている。そして女も彼に見劣りしないほどの美女だった。絹のような金髪を後でまとめた、優しさに満ちた女性だった。
彼女の黄金のように輝く金眼に自分の顔がうつりこんでいた。
「あうあうあ~」
赤子は泣くのが仕事、という言葉を生前に聞いたことがあった。静かに黙りこくっている赤子では、両親もさぞかし心配するだろう。そう思ったからこそ、彼らと接するときは無邪気な赤子を演じていた。
しかし前世も含めれば精神的には十数年の経験がある。少年から青年への過渡期といわれる頃。いくら若いといっても赤子のように泣きわめく年ではなかった。
それだけに、彼は想像を絶する辱めを受けるような気分で日々を過ごしていた。それでも内心でひとつ気合を入れてから、今日も一心不乱に泣きわめく。
「あうああああああ!!!!うあああああーーーー!!!!」
お腹がすいたとか、粗相をしたとか、そういうわけではなかった。両親はとつぜん豹変した息子に狼狽する。
オモチャをちらつかせたり、母乳を飲ませようとしたりするがその全てが徒労に終わる。
そんな彼らを見るのは忍びなく、少し心が痛んだ。しかし心を鬼に、泣きまねを続ける。やがて何か合点がいったというような表情で、父親が慌てて部屋を飛び出した。
しばらく時間をおいて、一冊の本を手にして駆けよってくる。
それを確認した暦はぴたりと泣くのをやめて、彼のもつ本に手を伸ばす。
それは色彩豊かに彩られた絵本だった。
絵と文字で言葉を覚えるのが日課だった。
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