両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する～未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました～

第一部

日常

 生まれたばかりの赤子にできることはそう多くない。
意識を覚醒させた暦は今の自分に何ができるか、いくつか選択肢を考えていた。その中で彼が最も優先したものが言語の習得であった。
暦が前世で読んだナーロー教の聖典では、転生と同時に言語を理解できるようになるものがほとんどだったのだが、暦の場合はそうならなかったからだ。

 何をするにしても、まず言葉がわからないのではお話にならない。
力をつけてナーロー教を打ち倒すためにも、言語の習得は急務だった。幸いにも、前世では数種類の言語の習得が必須であり暦自身も得意としている分野だった。二か国語を話せるのは当然として、高い評価点を得るには数か国語を母国語レベルで話すことを求められた。それができないならば評価の低い者から順に処分されていく。彼が生きてきたのはそんな熾烈な競争を強いられる世界だった。
しかし、今の彼は赤子であり庇護されるべき存在である。どんなわがままも無条件で受け入れられる、その立場を最大限に活かした。

 両親と交流してから頃合いをみて泣き叫ぶのだ。すると両親は彼をあやすために実にさまざまなものを与えてくれた。
それはオモチャだったり、おしゃぶりだったり、絵本だったりした。
暦は言語を学ぶのに絵本がうってつけの教材だと考えて絵本がもたらされるまで泣くのをやめなかった。
そのおかげか、今では泣きまねをするとすぐに絵本を読んでもらえるようになった。そうして、言語の習得に精を出す日々が続いていた。

 転生してから半年ほど経つと、暦はおおよそ言語を習得し、四足歩行で移動することもできるようになった。身動きがとれない期間を過ごしたからか、やはり自由は素晴らしいと実感する。家中を徘徊し、両親とメイドの会話を聞き、教養書を読むことでこの世界についての見識を深めていった。
その中でも最も心惹かれたのは魔法という存在だった。

 魔法の種別は生活に使える簡単な魔法から、戦闘に使用する高出力の魔法、
呪術、召喚魔法、固有魔法……といった具合に多岐にわたり、人々の生活に根ざしている。
一方で、科学技術の水準は元世界ほど高くない。おそらく科学のかわりに魔法が発展したためだろう。

 誰もいない部屋でひとり、幼児がぶつぶつと呟きながらページをめくる。父の書斎に侵入し、魔導書を読んでいる最中なのだ。しかしその時間も長くは続かない。

「アルー、どこだー。出てきなさーい」

「アルテア様ー！」

 扉の外から渋みのある男性の声と厳格さを感じさせる女性の声が聞こえてきた。それでも気に留めることなく幼児が読書を続けていると、ほどなくして書斎の扉が勢いよく開け放たれた。
メイド服の女性がけわしい表情で、ずかずかと書斎に足を踏み入れる。

「見つけましたよ、アルテア様。また家の中を歩き回って……」

 呆れたようにため息をつきながら、メイドが幼児の両脇に手を差し込んで身体をいっきに持ち上げる。

「あーっ！あーっ！」

「泣いてもだめです。その手はもう通じませんよ」

 メイドがぴしゃりと言うと、幼児はすぐにわめくのをやめた。観念したとばかりに大人しくなり、身体を彼女に預ける。

「ふむ……」

 幼児らしからぬ切り替えのはやさにメイドが訝しげな視線を向ける。
疑わしげな視線を察知して幼児は己の失態を悟った。

(幼いふりするのはなかなか骨が折れる)

 幼児が内心で愚痴る。暦ーー改めてアルテアは前世から記憶を引き継いで生まれた。そのため彼の精神は肉体年齢と一致しない。幼児として自然な振る舞いを続けるのは不可能に近かった。

 最近では彼の目に余る異常行動を心配した両親——主に母親——の方針で、自室にほぼ軟禁されていた。

「おーおー。また父さんの書斎にいたのか。アルは本当に本が好きだなあ」

 メイドの背後で、のんびりとした声が上がった。
 引き締まった肉体をした背の高い偉丈夫だった。背中あたりまで伸びた赤銅色の髪を、肩のあたりで括ってまとめている。

「好きという言葉では足りませんよ、アルゼイド様」

「はは。確かにターニャの言う通りだ」

 アルゼイドと呼ばれた男が鷹揚に言いながら、大きな手でアルテアの頭を豪快に撫でた。ずいぶん乱暴なようにも見えたがアルテアにとっては不思議と不快ではない。

(親子……だからなのかな)

ふとそんなことを考えるが、前世で本当の親というものを知らないアルテアには正解かわからない。

「ターニャを困らせたらだめだぞ」

「あうー」

 しょんぼりとうなだれるアルテアを見て、アルゼイドは満足そうに頷く。

「アルも反省しているようだし、ターニャもそんなに叱らないでやってくれ」

「アルゼイド様は甘すぎます」

 呆れたようにそう言いながらも、ターニャと呼ばれたメイドが幼児を叱ることはなかった。
 幼児は心中で安堵の息をついた。