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第一部
勇者
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森を抜けて村に着く頃には日が沈み辺りは暗くなっていた。
屋敷への道を進む途中に、宿の前で見慣れぬ馬車が留めてあった。アルテアがそちらに顔を向けると、アルゼイドも視線だけを向けて
「行商か。そろそろ魔鉱石が採れる時期だからな」
と教えてくれた。
そういえばそんなことも言っていたな、と考えながら歩いているとほどなく屋敷に到着した。中に入ると夕食の用意がすまされており、テーブルには料理が並んでいた。
席に着いていたティアが
「おかえりなさい、ふたりとも」
と言って出迎えてくれた。
アルテアたちも手を洗って席に着いた。
「遅くなってすまんな」
アルゼイドがティアに申し訳なさそうに言った。サンドロット家では、家族が揃っているときは家族全員で夕食をとることにしていた。ティアをずいぶん待たせてしまったことになる。
「……ごめん」
父に続いて詫びながら席に着いた。
「いいのよ、二人ともお仕事お疲れ様でした。お料理が冷める前に頂きましょう」
ティアが言うのを皮切りにアルテアたちは食事を始めた。アルゼイドとティアが村での出来事などを話して笑いあっていた。アルテアはその光景を目の端に捉えながら、黙々と食事を続けていた。
この世界の食事は前世と比べて格段に旨い。赤子の頃はそのようなこと大して気にも留めていなかったが、存外、自分が料理を楽しみにしていることに最近になって気づいた。
アルテアは父と母のやり取りを目の端に捉えながら黙々と料理を食べ続ける。
これがサンドロッド家の日常的な食事風景だった。
アルテアが会話に混ざることは稀だ。普段から口数は多くないが、食事に限ってはそれがいっそう際立つ。
食事に集中している、というのは建前だった。その実、何を話していいのかよくわからない。自然に会話に混ざれない。
赤子の頃は適当に反応を返しておけば良かったが、言葉を話せるようになってからは違った。意志の疎通をしなければならない。
アルテアにはそれが難しく、苦痛ですらある。
どうせ去ることになる世界だ。
復讐を果たすためには元の世界へ帰らなければならない。割り切って過ごそうとも思ったが、そうするには気が咎められた。
どうするべきか、アルテア自身にもよくわかっていなかった。
思索にふけりながら料理を口に運んでいると、ふいにアルゼイドが声をかけた。
「アルは将来なりたいものとかあるか?」
言葉につまった。料理をとる手を止めてぽかんとするアルテアをアルゼイドとティアが穏やかな顔で見つめている。
この世界での自分の将来。そんなものは考えたこともなかった。
力を付けいずれ立ち去るつもりだった自分にとって、そんなものは存在しない。
いったいどう返すべきなのか。
「どうして?」
それだけ、なんとか返すことができた。
「アルはまだ五歳だが、七歳からは学校に通えるようになる。まだ先のことだが、気になってな」
「アルちゃんは天才だから、きっとどこの学校に行っても一番になるわ!」
親ばかを発揮するティアにアルゼイドも乗っかって
「きっと街の貴族連中も腰を抜かすぞ!」とふたりで盛り上がっていた。
そんな二人の姿がとても遠くに感じられ、胸の奥が針に刺されたように痛んだ。
最近、こういうときがある。
なぜこうも胸の奥が痛むのか、自分でもわからない。
その痛みに気が付かないふりをして、努めて平坦に言う。
「……あまり、考えたことないな」
「そうか。まあ、アルは努力家だから心配はいらないと思うが」
「お父さんを引退させて領地を運営しちゃってもいいのよ?」
本気とも冗談ともつかぬ調子でティアが言うと、アルゼイドが若干引きつった笑みを浮かべる。
近い将来、本当にそうなるかもしれないと危惧しているようだった。
ほのぼのとした光景だった。無意識のうちにアルテアの口元がかすかに上がる。
「……勇者」
気がつけば、胸の奥からこぼれるように、その言葉が落ちていた。
アルゼイドとティアがきょとんとして、アルテアに視線を向けた。
「勇者が気になる」
「意外だな。お前はそういうのに興味はないと思っていたが。勇者…勇者か」
続く言葉を探すようにアルゼイドが繰り返した。
「アルちゃんは勇者になりたいの?」
母がなんとも言えぬ顔で問う。
「まあ…」
「…どうしてだ?アルは勇者がどういうものかちゃんと知っているのか?」
曖昧に答えるアルテアに父が問う。
「いや……詳しくは知らないよ」
たどたどしく答えた。
真っ直ぐに父の目を見ることはできなかった。
「でも、勇者には力がある。勇者は強いんでしょ?」
アルテアが見た童話では勇者は圧倒的な力で悪をうち滅ぼしていた。
アーカディア曰く世界の守護者。
それを聞いたとき、勇者がこの世界で一番強いのだと考えた。
ナーロー教を倒す、力をつける目標として最適だった。
「アルはどうして強くなりたいんだ?」
食事の手をとめて、父が聞いた。
殺したいやつがいる。
出かかった言葉をアルテアは呑み込んだ。
そう告げたら、彼らはどんな顔をするだろう。
想像するとまた胸の奥がかすかに痛んだ。
言えなかった。
「……アル。力を持つのと強くなるのとは違う。勇者とはそんなに単純なものじゃないんだ」
諭すように、アルゼイドがゆっくりと話す。
口調は優しかったが、雰囲気は真剣そのものだった。
「もしお前が…力が欲しいだけで勇者になりたいと言っているなら、父さんはそれを認めることは出来ん」
アルゼイドが珍しく、語気を強めて断言した。
アルテアの眉がぴくりと動く。
いったい、何が違うというのか。
強いものとは力がある者のことだ。
力がなければ何もできない。
弱者は無残に殺されるだけだ。
だからこそ力を欲する。
力ある者の最たる者が勇者ではないのか。
「どうして?」
有無を言わぬ否定に、アルテアの声にも少しの怒気が混ざった。
抑えたはずの声は、想像以上に力強く響いた。
今度は真っ直ぐに目を見返した。
「それは……今はまだ言えん。もうこの話は終わりにしよう」
そう言ってアルゼイドが食事を再開した。
意識を食事に集中させるアルゼイドの佇まいからは鉄のような意志を感じた。
ティアは二人のやりとりに口を挟まずに見守っていた。
「……わかった」
渋々といった様子で息をはき、アルテアも食事を再開した。
納得はいっていない。
しかし、父はこの話を続ける気はないようなので仕方がない。
それからしばらくの間、「認めない」という父の言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。
屋敷への道を進む途中に、宿の前で見慣れぬ馬車が留めてあった。アルテアがそちらに顔を向けると、アルゼイドも視線だけを向けて
「行商か。そろそろ魔鉱石が採れる時期だからな」
と教えてくれた。
そういえばそんなことも言っていたな、と考えながら歩いているとほどなく屋敷に到着した。中に入ると夕食の用意がすまされており、テーブルには料理が並んでいた。
席に着いていたティアが
「おかえりなさい、ふたりとも」
と言って出迎えてくれた。
アルテアたちも手を洗って席に着いた。
「遅くなってすまんな」
アルゼイドがティアに申し訳なさそうに言った。サンドロット家では、家族が揃っているときは家族全員で夕食をとることにしていた。ティアをずいぶん待たせてしまったことになる。
「……ごめん」
父に続いて詫びながら席に着いた。
「いいのよ、二人ともお仕事お疲れ様でした。お料理が冷める前に頂きましょう」
ティアが言うのを皮切りにアルテアたちは食事を始めた。アルゼイドとティアが村での出来事などを話して笑いあっていた。アルテアはその光景を目の端に捉えながら、黙々と食事を続けていた。
この世界の食事は前世と比べて格段に旨い。赤子の頃はそのようなこと大して気にも留めていなかったが、存外、自分が料理を楽しみにしていることに最近になって気づいた。
アルテアは父と母のやり取りを目の端に捉えながら黙々と料理を食べ続ける。
これがサンドロッド家の日常的な食事風景だった。
アルテアが会話に混ざることは稀だ。普段から口数は多くないが、食事に限ってはそれがいっそう際立つ。
食事に集中している、というのは建前だった。その実、何を話していいのかよくわからない。自然に会話に混ざれない。
赤子の頃は適当に反応を返しておけば良かったが、言葉を話せるようになってからは違った。意志の疎通をしなければならない。
アルテアにはそれが難しく、苦痛ですらある。
どうせ去ることになる世界だ。
復讐を果たすためには元の世界へ帰らなければならない。割り切って過ごそうとも思ったが、そうするには気が咎められた。
どうするべきか、アルテア自身にもよくわかっていなかった。
思索にふけりながら料理を口に運んでいると、ふいにアルゼイドが声をかけた。
「アルは将来なりたいものとかあるか?」
言葉につまった。料理をとる手を止めてぽかんとするアルテアをアルゼイドとティアが穏やかな顔で見つめている。
この世界での自分の将来。そんなものは考えたこともなかった。
力を付けいずれ立ち去るつもりだった自分にとって、そんなものは存在しない。
いったいどう返すべきなのか。
「どうして?」
それだけ、なんとか返すことができた。
「アルはまだ五歳だが、七歳からは学校に通えるようになる。まだ先のことだが、気になってな」
「アルちゃんは天才だから、きっとどこの学校に行っても一番になるわ!」
親ばかを発揮するティアにアルゼイドも乗っかって
「きっと街の貴族連中も腰を抜かすぞ!」とふたりで盛り上がっていた。
そんな二人の姿がとても遠くに感じられ、胸の奥が針に刺されたように痛んだ。
最近、こういうときがある。
なぜこうも胸の奥が痛むのか、自分でもわからない。
その痛みに気が付かないふりをして、努めて平坦に言う。
「……あまり、考えたことないな」
「そうか。まあ、アルは努力家だから心配はいらないと思うが」
「お父さんを引退させて領地を運営しちゃってもいいのよ?」
本気とも冗談ともつかぬ調子でティアが言うと、アルゼイドが若干引きつった笑みを浮かべる。
近い将来、本当にそうなるかもしれないと危惧しているようだった。
ほのぼのとした光景だった。無意識のうちにアルテアの口元がかすかに上がる。
「……勇者」
気がつけば、胸の奥からこぼれるように、その言葉が落ちていた。
アルゼイドとティアがきょとんとして、アルテアに視線を向けた。
「勇者が気になる」
「意外だな。お前はそういうのに興味はないと思っていたが。勇者…勇者か」
続く言葉を探すようにアルゼイドが繰り返した。
「アルちゃんは勇者になりたいの?」
母がなんとも言えぬ顔で問う。
「まあ…」
「…どうしてだ?アルは勇者がどういうものかちゃんと知っているのか?」
曖昧に答えるアルテアに父が問う。
「いや……詳しくは知らないよ」
たどたどしく答えた。
真っ直ぐに父の目を見ることはできなかった。
「でも、勇者には力がある。勇者は強いんでしょ?」
アルテアが見た童話では勇者は圧倒的な力で悪をうち滅ぼしていた。
アーカディア曰く世界の守護者。
それを聞いたとき、勇者がこの世界で一番強いのだと考えた。
ナーロー教を倒す、力をつける目標として最適だった。
「アルはどうして強くなりたいんだ?」
食事の手をとめて、父が聞いた。
殺したいやつがいる。
出かかった言葉をアルテアは呑み込んだ。
そう告げたら、彼らはどんな顔をするだろう。
想像するとまた胸の奥がかすかに痛んだ。
言えなかった。
「……アル。力を持つのと強くなるのとは違う。勇者とはそんなに単純なものじゃないんだ」
諭すように、アルゼイドがゆっくりと話す。
口調は優しかったが、雰囲気は真剣そのものだった。
「もしお前が…力が欲しいだけで勇者になりたいと言っているなら、父さんはそれを認めることは出来ん」
アルゼイドが珍しく、語気を強めて断言した。
アルテアの眉がぴくりと動く。
いったい、何が違うというのか。
強いものとは力がある者のことだ。
力がなければ何もできない。
弱者は無残に殺されるだけだ。
だからこそ力を欲する。
力ある者の最たる者が勇者ではないのか。
「どうして?」
有無を言わぬ否定に、アルテアの声にも少しの怒気が混ざった。
抑えたはずの声は、想像以上に力強く響いた。
今度は真っ直ぐに目を見返した。
「それは……今はまだ言えん。もうこの話は終わりにしよう」
そう言ってアルゼイドが食事を再開した。
意識を食事に集中させるアルゼイドの佇まいからは鉄のような意志を感じた。
ティアは二人のやりとりに口を挟まずに見守っていた。
「……わかった」
渋々といった様子で息をはき、アルテアも食事を再開した。
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しかし、父はこの話を続ける気はないようなので仕方がない。
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