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第一部
虹の星が笑った日
しおりを挟む煉獄と化した森。黒く焼け焦げた地面。鬱蒼と生い茂っていた木々は爆発で全て吹き飛び、灰になってしまっていた。
幸いにも小ぶりだった雨が本格的に降り出して燃え立つ炎を鎮めていった。
すっかり綺麗に更地になってしまったところに小山のような盛り上がりが二つ。土でできた表面がびしりと音をたててひび割れて、中から少年と少女が顔を出した。
「だいじょうぶか?」
真っ赤な髪をたなびかせ、少女に手を差し伸べながらそう聞いた。少女はアルテアの手をじっと見つめる。
「ん……へいき」
数秒、少年の顔をじっと見てから差し出された手を掴み、小さな顔を静かに上下させた。
「そうか。良かった」
心底安心したというようにアルテアが呟きながら繋がれた手をほどき、ぐるりと首を回す。あたり一帯の木々が消え去り、地面がガラス状に溶けてどす黒い煙を上げていた。つんとしたなんとも言えないにおいが鼻をつく。その臭気に若干顔をしかめてため息をつく。
自分たちのところからそう離れていないところに盛り上がった小山がひとつ。おそらくターニャがつくった防壁だろうと当たりをつけて歩き出したが、ぐいと引っ張られる感覚に立ち止まって顔だけで後ろを向く。
イーリスが服の袖を引っ張っていた。
「どうした?」
引っ張られるようなかたちで半ば無理やり振り返させられる。
こいつ意外と力が強いな、などと考えていると不意に手に少女の手が重なった。
ぎゅっと握られた手は小さな少女の姿から想像できないほど力強くて驚いてしまう。
「……離さないって、言った」
消えるように呟く少女。風に飛ばされそうなはずの小さな声が、だがはっきりと、槍のようにアルテアの心に突き刺ささる。
「──っ!」
あの時の黒い感情を思い出して、打ちのめされた様に顔を伏せた。自分が彼女に何をしようとしたのか。手を離さないと言った。守ると誓ったはずだった。それなのに彼女を危険に晒したばかりか、あまつさえ盾にしようと考えた。
彼女を守れたのも偶然だった。結局、口にしたことなどひとつも守れていない。わざと考えないでいた。目をそらしていた。その浅ましさを、意地汚さを少女に指摘されたような気がした。
「俺は……」
言葉は続かなかった。
言うべき言葉を探すように視線を地面にさ迷わせる。そんなところに答えがないことは知っているのに、そうすることしかできなかった。
沈黙が続く。ただ雨が木々を打つ音だけが聞こえていた。その静寂の中、先に口を開いたのは意外にも少女の方だった。
「顔……あげて」
ぐいと手が引っ張られるのを感じた。
「私の目……見て」
祈るような彼女の声につられておそるおそる顔を上げる。炎を封じたような紅い瞳がまっすぐにアルテアを射抜いていた。
そのあまりに静謐な瞳に息を呑む。
心の底まで見透かされそうなその瞳を前に、耐えられなくなりまた目を伏せようとした。
「下、向かないで」
ぴしゃりと言われた。
少女らしくないはっきりとした言葉に思わずびくりと肩が震えた。
「私は半分……怒って、います」
「は、半分……?」
「うん。半分。アルが約束を破って……私を放り投げたから……です」
イーリスが拗ねたような怒ったような顔で言う。
「もう半分は……うれしい、です」
「うれ、しい……?」
予想外の言葉にアルテアがきょとんとする。
「アルが、私を守ってくれたから……。ずっと……守ろうとしてくれてたのが、わかったから」
違う。アルテアが心の中で叫ぶ。
ただ運が良かっただけだと。それどころか自分は彼女を犠牲にするところだったのだ。
「違う。違うんだ、イーリス。俺は、お前を……」
また顔を伏せようとするアルテアの手を少女が強く引っ張って、祈るように両手で握った。
「何も……違わない。アルは私を守ってくれた。人を、守った。あなたは、正しいことをした。だから……下を向く必要なんて、ない」
そう言って少女はアルテアの後ろを指さし、つられるようにアルテアが後ろを振り向く。
びしびしと音をたてて土のドームが崩れ落ちていく。中からターニャと、クレイグ、アーガス、エレナの四人が姿をあらわした。
四人はきょろきょろと辺りを見渡し脅威が去ったことを知る。
「とんでもねぇ目にあったな……。割に合わねえ仕事だぜ」
「はは。今回ばかりはアーガスに同感だ。何度死ぬかと思ったかわからん」
「はーあ、はやくお風呂に入って汚れを落としたいわ」
三者三様、各々が愚痴を言う。
ターニャだけはいつものすました顔で服の汚れを払い、そしてアルテアたちを見つけて歩み寄る。
「ご無事ですね」
短く尋ねる彼女にアルテアが小さく頷く。すると、ふわりと良い香りがして、体が柔らかな感触に包まれた。一瞬呆けたあと、ターニャに抱きしめられていることに気づいた。
「まったく、誰に似たのか。……無茶ばかりして」
叱るような言葉とは裏腹に、彼女の声音はとても優しいものだった。
「……ですが、よく戦いました。ご立派でしたよ」
そう言って体を離して、ターニャがアルテアの頭を優しく撫でた。
そしてターニャに続いて冒険者三人も寄ってきた。
「おお、坊ちゃん!無事で良かったぜ!あんたのおかげで命拾いした!」
アーガスがカラッとした笑顔を浮かべながら手を挙げて、アルテアの背中をドンと叩いた。
「まったく、その年で大したものです。我らが生きているのもあなた方のおかげ。感服しました」
クレイグもにこりと笑い
「ほんと、うちの男どもよりよっぽど頼りになるわ。ねえ、うちのパーティーに入らない?」
エレナがここぞとばかりに勧誘する。
「そりゃいい案だ!なあ、もう少しでかくなりゃ冒険者登録できるだろ?俺たちと一緒に行こうぜ!」
アーガスが大笑してアルテアの頭をぐりぐりこねくり回すと、他の二人も撫でたり抱っこしたりと好き放題にし始めた。その様子をターニャが微笑ましそうに見つめている。
アルテアは冒険者三人にもみくちゃにされる中、自分の中の固く結ばれた何かが、少しだけほぐれたような気がした。
そして少女の言葉を思い出した。
──あなたは、正しい行いをした。
ふと、少女と目が合った。
──ね、言ったでしょ?
少女がそう言った気がした。
雨が上がり、雲が流れてからっとした太陽が顔を出す。木々が全て燃えてしまったおかげで、これでもかというくらいあたたかな陽射しが差し込み、遠くの空にうっすらと虹がかかっているのが見えた。
前世において何度か映像資料で見たことのあるそれは、比べ物にならないほど美しかった。七色の光がまるで遠い地を結ぶ架け橋のように見えた。あるいは空が笑っているのかもしれないと思えた。
虹に魅入るアルテアに気づき、他の皆も仰ぐように空を見上げて口々に感嘆の声を上げた。
虹を見上げる中、横目で隣にいる少女の顔を見る。空から降り注ぐ祝福のような陽射しに目を細めながら、少女も虹を眺めていた。どんな顔をしているのか、眩しくてよくわからない。
でも、なんとなく。
少女は笑っている。
そう思えた。
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