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第一部
強さ
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アルテアは目の前の三人を油断なく視界に収めながらも同時に周囲の状況を観察していた。
赤く染まった街道、果物のようにそこらに散らばる赤い肉片、死体の山々。
心優しいノエルがこの凄惨な現場を目にしてどれほど心に傷を負ったか。それは死というものになれきってしまっているアルテアでも想像するに難くない。そしてそれとは別に、ノエルの体についたいくつかの傷痕。
腹の底からふつふつと熱いものが胸にこみ上げてきて口から飛び出してしまいそうだった。
自分の想像以上に、自分は怒っているらしい。
「ここに転がっているやつらが誰だかは知らないが……どうして殺した」
先ほどまでの怒号とは一転、アルテアの声は薄氷のように鋭く冷たい。壮絶な現場を目にして叫び声を上げるどころか一切の動揺すら見せない胆力と子供らしからぬ妙な迫力、刃のような殺気にソルドーたちは警戒レベルを一段階上げる。
「ハ。そんなの簡単だ。襲ってきたから殺した、それだけだ」
ケンが当たり前のように言う。常識だと、そう言わんばかりに。
至極単純な答えに特に文句はなかった。相手を害そうとするなら当然、自分も相応の覚悟はもつべきだし殺されても文句は言えない。それは納得できる範疇のものだった。
「そうか。なら、それはいい。自衛のための殺しに文句を言うつもりはない」
だが、どうにも我慢ならないことがひとつ。
「じゃあ、なんでこの子は傷を負っている。どうしてこの子を攫った。どうしてこの子が怖い目に合わなきゃならない。この子がいったいお前らに何をした」
凍えてしまいそうなほど冷たく、低く鋭く研ぎ澄まされた怒り。心優しい少女がひどい目に合う理由がわからなかった。わかりたくもなかった。いや、そもそも理由などあってはならない。
小さな女の子が理不尽や不幸を受けることを正当化できる理由など存在しない。
だからこそ、その不幸をまき散らしている眼前の男たちが許せなかった。
そんなアルテアの怒りなど知る由もなく、あるいは知っていてあえて挑発しているのか、ソルドーが呆れたように口を開いた。
「なぜって……それはその子がレアな商品だからですよ。だから攫いました。そしてその子が不幸に見舞われるのは、その子が弱いからです。この世界は弱肉強食。強き者が生き続け、弱き者は搾取され、蹂躙され、その身にふりかかる不幸を呪い死んでゆく。全てはその子が弱いから悪いのですよ」
弱い。
その言葉がアルテアの胸中でくすぶる熱いものを刺激した。
「この子が弱い?バカか、お前」
いつも通り無表情を崩さないその怜悧な顔の下には激しい怒りが隠されていた。
「お前に……お前たちに。敵意を向けてくる相手を受け入れることができるか。自分を傷つけた相手を笑いながら抱いてやることができるか。優しい言葉をかけて傷を癒してやることができるか。何のためらいもなく人を殺すお前たちを見て、きっと怖くて仕方がなかっただろう。挫けて諦めそうにもなっただろう。それでも諦めず、お前たちから逃げ出して、前だけを見て走っていた。……この子は弱くない。俺やお前たちなんかより、ずっとずっと強い。この子を侮辱するな」
その言葉を聞いたノエルの目が見開かれ、大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。ソルドーはその光景を見ながら、不快なことを隠そうともせず、その顔をおおいに歪める。
「敵に情けをかけるなんてのはね、それこそバカのすることですよ。私はそのような愚か者ではありません。そんな愚者が私よりも強者だなどと、不愉快極まりますね」
睨み合う両者にケンが待ちきれないとばかりに声を飛ばす。
「ハッ、ごちゃごちゃうるせぇんだよ!何ぐだぐだとややこしいこと言ってやがる。力のあるやつが強え。それだけだろうが」
「その通りだね。この世界は力が全て。力の無いものは何をされても文句は言えない。ただ己の無力を呪い死んでいくのさ、今の君のようにね」
すらっとした仕草でザーンが腰の剣を抜いた。その剣身は彼の心を映しているかのように怪しく黒光りしているように見えた。ケンも拳を構えて身体に魔力を纏わせる。
「お前たちの理屈はわかった。……なら、お前たちの好きな力比べを始めようか」
アルテアも剣を抜き構える。
ケンとザーン、二人を油断なく視界に据えた。
赤く染まった街道、果物のようにそこらに散らばる赤い肉片、死体の山々。
心優しいノエルがこの凄惨な現場を目にしてどれほど心に傷を負ったか。それは死というものになれきってしまっているアルテアでも想像するに難くない。そしてそれとは別に、ノエルの体についたいくつかの傷痕。
腹の底からふつふつと熱いものが胸にこみ上げてきて口から飛び出してしまいそうだった。
自分の想像以上に、自分は怒っているらしい。
「ここに転がっているやつらが誰だかは知らないが……どうして殺した」
先ほどまでの怒号とは一転、アルテアの声は薄氷のように鋭く冷たい。壮絶な現場を目にして叫び声を上げるどころか一切の動揺すら見せない胆力と子供らしからぬ妙な迫力、刃のような殺気にソルドーたちは警戒レベルを一段階上げる。
「ハ。そんなの簡単だ。襲ってきたから殺した、それだけだ」
ケンが当たり前のように言う。常識だと、そう言わんばかりに。
至極単純な答えに特に文句はなかった。相手を害そうとするなら当然、自分も相応の覚悟はもつべきだし殺されても文句は言えない。それは納得できる範疇のものだった。
「そうか。なら、それはいい。自衛のための殺しに文句を言うつもりはない」
だが、どうにも我慢ならないことがひとつ。
「じゃあ、なんでこの子は傷を負っている。どうしてこの子を攫った。どうしてこの子が怖い目に合わなきゃならない。この子がいったいお前らに何をした」
凍えてしまいそうなほど冷たく、低く鋭く研ぎ澄まされた怒り。心優しい少女がひどい目に合う理由がわからなかった。わかりたくもなかった。いや、そもそも理由などあってはならない。
小さな女の子が理不尽や不幸を受けることを正当化できる理由など存在しない。
だからこそ、その不幸をまき散らしている眼前の男たちが許せなかった。
そんなアルテアの怒りなど知る由もなく、あるいは知っていてあえて挑発しているのか、ソルドーが呆れたように口を開いた。
「なぜって……それはその子がレアな商品だからですよ。だから攫いました。そしてその子が不幸に見舞われるのは、その子が弱いからです。この世界は弱肉強食。強き者が生き続け、弱き者は搾取され、蹂躙され、その身にふりかかる不幸を呪い死んでゆく。全てはその子が弱いから悪いのですよ」
弱い。
その言葉がアルテアの胸中でくすぶる熱いものを刺激した。
「この子が弱い?バカか、お前」
いつも通り無表情を崩さないその怜悧な顔の下には激しい怒りが隠されていた。
「お前に……お前たちに。敵意を向けてくる相手を受け入れることができるか。自分を傷つけた相手を笑いながら抱いてやることができるか。優しい言葉をかけて傷を癒してやることができるか。何のためらいもなく人を殺すお前たちを見て、きっと怖くて仕方がなかっただろう。挫けて諦めそうにもなっただろう。それでも諦めず、お前たちから逃げ出して、前だけを見て走っていた。……この子は弱くない。俺やお前たちなんかより、ずっとずっと強い。この子を侮辱するな」
その言葉を聞いたノエルの目が見開かれ、大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。ソルドーはその光景を見ながら、不快なことを隠そうともせず、その顔をおおいに歪める。
「敵に情けをかけるなんてのはね、それこそバカのすることですよ。私はそのような愚か者ではありません。そんな愚者が私よりも強者だなどと、不愉快極まりますね」
睨み合う両者にケンが待ちきれないとばかりに声を飛ばす。
「ハッ、ごちゃごちゃうるせぇんだよ!何ぐだぐだとややこしいこと言ってやがる。力のあるやつが強え。それだけだろうが」
「その通りだね。この世界は力が全て。力の無いものは何をされても文句は言えない。ただ己の無力を呪い死んでいくのさ、今の君のようにね」
すらっとした仕草でザーンが腰の剣を抜いた。その剣身は彼の心を映しているかのように怪しく黒光りしているように見えた。ケンも拳を構えて身体に魔力を纏わせる。
「お前たちの理屈はわかった。……なら、お前たちの好きな力比べを始めようか」
アルテアも剣を抜き構える。
ケンとザーン、二人を油断なく視界に据えた。
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