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第一部
異物
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その後、テオとノエルの母親──コルルというらしい──がノエルの元へ駆けよってきて、アルゼイドと同じように自分の娘を抱きしめた。
テオはその逞しい髭を涙で濡らして「すまねえ、すまねえ」としきりに謝っていた。
あまりに豪快に泣くものだから、コルルとノエルも苦笑いしつつ、
それを慰めるように優しく彼の背中をさすっていた。
どうやらテオとノエルも仲直りできたようだった。またひとつ、親子の在り方のようなものを知り、
アルテアはなんとも言えぬ気持ちになった。
それからしばらくして騎士団が到着し、ソルドーたちは引き渡された。結局、三人とも生きていた。
ザーンは何本か骨を折っている程度、ケンは左腕切断と右腕粉砕骨折、その他数か所も骨が折れる重傷とのことだったが、持ち前の頑健な肉体と生命力のおかげで命を繋いでいるらしかった。
ザーンとケンの二人は目を覚まして少しの間は反抗の意を示したが、周りに居並ぶ騎士団といかにも強者の風格を漂わせるアルゼイド、ターニャの姿を目にしてすっかり抵抗を諦めたようだ。
ソルドーにいたっては生まれたての動物のようにぷるぷると身体を震わせて従順に従っていた。
あの様子なら投獄を終えて戻ってきたとしても、悪さはしないように思われた。
アルテアはソルドーたちの引き渡しを終えて事の顛末を説明するアルゼイドをぼんやりと眺めていた。
彼はとても信頼されているらしく、騎士たちがアルゼイドの言葉を疑う素振りは全くなかった。
むしろ彼に尊敬のまなざしを送っていた。
いったい父はどういう立場の人なんだろうと、素朴な疑問を抱く。
そうしていると、何人かの騎士たちが近寄って話しかけてきた。
「さすがはアルゼイド様のご倅だ」と、目を輝かせてそう言った。また気味悪がられでもするのだと身構えていただけに、なんだか肩透かしを食らった気分だった。
どうやら王都では自分の話が伝わっており、今代の勇者候補だなんだと噂されているらしいと知った。そう言えば、勇者とはなんなのか。アルテアはまだ知らなかった。聞いてみようかとも思ったが、何となくそういう雰囲気でもなく、結局聞くことはしなかった。
それからも騎士たちにさんざっぱら持て囃された後、ティアたちが乗ってきた馬車で帰路へとついた。帰る途中の馬車の中で、やはりアルゼイドは走って自分たちの元まで駆けつけたということを聞いた。
ティアとターニャが相変わらずアルゼイドをからかっていて、彼はそれにたじたじであった。
テオもノエルの一件でコルルには頭が上がらない様子。
いつもの豪快さはすっかり鳴りを潜めていて、全く別人を見ているようだった。
どうやらどの家庭もパワーバランスが女性の方に傾いているようだと、アルテアはわずかばかり真理を見た気がした。
馬車の中で何度かノエルと視線が合ったが、話しをすることはなかった。きっと怖がられているに違いないとアルテアは思っていた。
山のような死体に臆することもなく、更にはそれを作り上げた人間をほぼ一方的に蹂躙したのだ。
そして躊躇なく殺そうとした。
アルゼイドに止められていなければきっと殺していただろう。
言ってしまえば、自分も根本では彼らと何ら変わりない人間だということだ。恐怖の対象になるのは当然で、それは仕方のないことだった。だから、アルテアからもノエルに話しかけることはなかった。きっともう、訓練も終わりだな。
そんな考えがよぎって、少しだけ胸中に冷たい風が吹いた気がした。
仕方がない。もう一度、胸の中だけでそう呟いて、アルテアは瞼の裏に意識を閉ざした。
村に着いたころにはすっかり日が暮れ始めていた。
黄昏色に染まる村の広場にアルテアたちの乗った馬車が停車した。
村人たちも事情は少しだけ知っていたらしく、広場に集まり帰りを待っていたようだ。
テオやコルル、ノエルが馬車から顔を出すと「良かったなあ」と笑顔で話しかけていた。
だがその和気あいあいとした雰囲気も一転、馬車から降りてきたアルテアの姿を目にしてその場がしんと静まり返った。
返り血がで染まった赤い服、つんとした異臭──濃密な血のにおい──を放つアルテアに、村人たちが異物を見るような視線を向けた。それに気づいたテオが怒るように前へ出る。
「おい、おめえら……いい加減に──」
「いいよ、テオさん。俺ならだいじょうぶ。気にしてないよ」
テオの言葉を切るようにアルテアが言う。
自分は大丈夫だと。それよりはやくノエルと家に帰ってゆっくり休んだほうが良いと。それでも納得いかない様子のテオだったが、アルゼイドにも何かを言われて、
仕方ないというように肩をすくめてから、ノエルを連れて帰っていった。
なんとも居たたまれない空気になった広場に長居したい者がいるはずもなく、集まっていた人がどんどん家に帰っていき、すっかり熱気が失われてしまった。
日が落ちたせいか少し冷たくなった風がアルテアの頬を撫でた。数秒、沈黙が続いた後、ターニャが気を取り直したように言う。
「さて、私たちもそろそろ帰って夕食にしましょう。
少し遅くなってしまいますが、今から急いでおつくりしますよ」
「いや、悪いけど……。俺は、今日はいらないよ。久しぶりに戦ったせいか、なんだか食欲がわかないんだ」
「しかし坊ちゃん、それではお体に障りますよ。少しくらい何か召し上がった方が……」
「だいじょうぶ。少し……そのあたりを歩いてくるよ」
そう言って手を振って歩き出すアルテアの背中に、両親が声をかけた。
「……あまり遅くならないようにな」
「アルちゃん、気を付けてね」
「……ありがとう」
振り返って、両親を見てそう言った。アルテアは三人に見送られながら、あてどなく歩き始めた。
テオはその逞しい髭を涙で濡らして「すまねえ、すまねえ」としきりに謝っていた。
あまりに豪快に泣くものだから、コルルとノエルも苦笑いしつつ、
それを慰めるように優しく彼の背中をさすっていた。
どうやらテオとノエルも仲直りできたようだった。またひとつ、親子の在り方のようなものを知り、
アルテアはなんとも言えぬ気持ちになった。
それからしばらくして騎士団が到着し、ソルドーたちは引き渡された。結局、三人とも生きていた。
ザーンは何本か骨を折っている程度、ケンは左腕切断と右腕粉砕骨折、その他数か所も骨が折れる重傷とのことだったが、持ち前の頑健な肉体と生命力のおかげで命を繋いでいるらしかった。
ザーンとケンの二人は目を覚まして少しの間は反抗の意を示したが、周りに居並ぶ騎士団といかにも強者の風格を漂わせるアルゼイド、ターニャの姿を目にしてすっかり抵抗を諦めたようだ。
ソルドーにいたっては生まれたての動物のようにぷるぷると身体を震わせて従順に従っていた。
あの様子なら投獄を終えて戻ってきたとしても、悪さはしないように思われた。
アルテアはソルドーたちの引き渡しを終えて事の顛末を説明するアルゼイドをぼんやりと眺めていた。
彼はとても信頼されているらしく、騎士たちがアルゼイドの言葉を疑う素振りは全くなかった。
むしろ彼に尊敬のまなざしを送っていた。
いったい父はどういう立場の人なんだろうと、素朴な疑問を抱く。
そうしていると、何人かの騎士たちが近寄って話しかけてきた。
「さすがはアルゼイド様のご倅だ」と、目を輝かせてそう言った。また気味悪がられでもするのだと身構えていただけに、なんだか肩透かしを食らった気分だった。
どうやら王都では自分の話が伝わっており、今代の勇者候補だなんだと噂されているらしいと知った。そう言えば、勇者とはなんなのか。アルテアはまだ知らなかった。聞いてみようかとも思ったが、何となくそういう雰囲気でもなく、結局聞くことはしなかった。
それからも騎士たちにさんざっぱら持て囃された後、ティアたちが乗ってきた馬車で帰路へとついた。帰る途中の馬車の中で、やはりアルゼイドは走って自分たちの元まで駆けつけたということを聞いた。
ティアとターニャが相変わらずアルゼイドをからかっていて、彼はそれにたじたじであった。
テオもノエルの一件でコルルには頭が上がらない様子。
いつもの豪快さはすっかり鳴りを潜めていて、全く別人を見ているようだった。
どうやらどの家庭もパワーバランスが女性の方に傾いているようだと、アルテアはわずかばかり真理を見た気がした。
馬車の中で何度かノエルと視線が合ったが、話しをすることはなかった。きっと怖がられているに違いないとアルテアは思っていた。
山のような死体に臆することもなく、更にはそれを作り上げた人間をほぼ一方的に蹂躙したのだ。
そして躊躇なく殺そうとした。
アルゼイドに止められていなければきっと殺していただろう。
言ってしまえば、自分も根本では彼らと何ら変わりない人間だということだ。恐怖の対象になるのは当然で、それは仕方のないことだった。だから、アルテアからもノエルに話しかけることはなかった。きっともう、訓練も終わりだな。
そんな考えがよぎって、少しだけ胸中に冷たい風が吹いた気がした。
仕方がない。もう一度、胸の中だけでそう呟いて、アルテアは瞼の裏に意識を閉ざした。
村に着いたころにはすっかり日が暮れ始めていた。
黄昏色に染まる村の広場にアルテアたちの乗った馬車が停車した。
村人たちも事情は少しだけ知っていたらしく、広場に集まり帰りを待っていたようだ。
テオやコルル、ノエルが馬車から顔を出すと「良かったなあ」と笑顔で話しかけていた。
だがその和気あいあいとした雰囲気も一転、馬車から降りてきたアルテアの姿を目にしてその場がしんと静まり返った。
返り血がで染まった赤い服、つんとした異臭──濃密な血のにおい──を放つアルテアに、村人たちが異物を見るような視線を向けた。それに気づいたテオが怒るように前へ出る。
「おい、おめえら……いい加減に──」
「いいよ、テオさん。俺ならだいじょうぶ。気にしてないよ」
テオの言葉を切るようにアルテアが言う。
自分は大丈夫だと。それよりはやくノエルと家に帰ってゆっくり休んだほうが良いと。それでも納得いかない様子のテオだったが、アルゼイドにも何かを言われて、
仕方ないというように肩をすくめてから、ノエルを連れて帰っていった。
なんとも居たたまれない空気になった広場に長居したい者がいるはずもなく、集まっていた人がどんどん家に帰っていき、すっかり熱気が失われてしまった。
日が落ちたせいか少し冷たくなった風がアルテアの頬を撫でた。数秒、沈黙が続いた後、ターニャが気を取り直したように言う。
「さて、私たちもそろそろ帰って夕食にしましょう。
少し遅くなってしまいますが、今から急いでおつくりしますよ」
「いや、悪いけど……。俺は、今日はいらないよ。久しぶりに戦ったせいか、なんだか食欲がわかないんだ」
「しかし坊ちゃん、それではお体に障りますよ。少しくらい何か召し上がった方が……」
「だいじょうぶ。少し……そのあたりを歩いてくるよ」
そう言って手を振って歩き出すアルテアの背中に、両親が声をかけた。
「……あまり遅くならないようにな」
「アルちゃん、気を付けてね」
「……ありがとう」
振り返って、両親を見てそう言った。アルテアは三人に見送られながら、あてどなく歩き始めた。
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