両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

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第一部

月下、告白

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あてどなく夜の村を歩いて辿り着いたのは、結局いつもの場所だった。
高台から村を見下ろし、家々に灯る淡い光をなんとなく見つめていた。
きっとあの光のひとつひとつに、それぞれ違った家族の絆があるのだろう。
ガラにもなくそんなことを考えていた。

家族ってなんだ。絆ってなんだ。
今日はどうしようもなく、ガラにないことばかりを考えてしまう。
結局、ソルドーを殺せなかった。
ノエルや家族のことを想い、躊躇した。
前世の自分では考えられないことだった。

こんなことでは、とても教祖を殺すことなどできないだろう。
日を重ねるごとに自分が弱くなっていっているようで無性に腹が立った。
そして弱い自分は消えるべきなのだと思った。
復讐にそれは不要、むしろ邪魔だ。
足を引っ張りこそすれ、役に立つことはない。

出口のない迷宮に入り込んでしまったように、ぐるぐると思考が回る。
答えの出ないことに嫌気がさして、もういっそ弱い自分は殺してしまおうと、
そう決めて顔を上げた。
そこで、後ろに立つ気配に気が付いた。

「……ノエルか」

後ろも見ずに即答する。
そんな彼に驚いたのか、ノエルがぎょっとした声を上げた。

「はぇ……!?なっ、なんでわかったの?!
驚かせようと思って魔力も消してこっそり近づいたのに……」

「……毎日いっしょにいるんだ。それくらいわかるさ。たとえ魔法がなくてもな」

「うぅ……嬉しいような、悔しいような……」

喜んだり困ったり、ノエルはなんとも言えぬ様相を呈したあとで、
おそるおそるといった様子でアルテアに聞く。

「その……隣、いい……?」

「別に構わないけど」

「それじゃ、座るね」

ノエルが「んしょ」と可愛いかけ声でアルテアの隣に腰を下ろした。
距離はわずか数センチほど、いつもよりわずかに近い距離だった。
アルテアは困惑半分、不思議な気持ち半分といった面持ちで、ノエルに顔を向けた。
触れてしまいそうなほどの距離感に、
アルテアは内心でびっくりしつつも冷静を装っていた。

どちらも口を開かず、無言の時間が続いた。
何か話したほうが良いような気もした。
だが今、ノエルが尋ねてきてわざわざ隣に腰を下ろしたということは、
彼女の方にも何か話したいことがあるのではないかと思った。
だから黙っていた。

座して待つこと数分、やはりノエルも一向に話す気配を見せなかった。
もしかしたら自分のことが怖いのかもしれない。
そう思い、やはり自分から先に話をすることにした。

「……ごめんな。怖かっただろ」

「どうして謝るの?」

少年の言葉に少女が首を捻る。
わけがわからないというように。

「攫われて、傷つけられて、たくさん怖い目にあっただろう。
 あわせてしまっただろう。だから、ごめん」

「それは……アル君のせいじゃないでしょ?アル君が謝る必要なんて……」

「いや、俺のせいだよ。あいつらと初めて会った時、俺があいつらを刺激した。
もっとうまくやり過ごせばよかった。でも俺にはできなかった。
だからノエルが攫われてしまった。そして見なくてもいいものをたくさん見てしまった」

ぽつぽつと、神に懺悔するように少年の口から弱々しい声が漏れる。

「それに……俺はあいつらを殺すつもりだった。
父さんに言われてハッとしたよ。父さんの言ったことは何も間違ってない。
俺は自分の怒りや憎しみを、ノエルのせいにして晴らすつもりだった。
敵とか味方とか関係なく、
お前が人の死を見て傷つく優しい人だと知っていながら……殺そうとしたんだ」

「それは……」

ノエルが言葉に詰まる。
凄惨な光景を思い出したのか、いつもは優しい光をたたえている翠色の瞳に
悲しみと恐怖の色が落ちていた。
少女は続く言葉を探すように地面に視線を落とすがそれが見つかるわけもなく、
ただ黙っていることしかできなかった。
そんな少女を慰めるようにアルテアが言う。

「いいんだ……俺が怖がられるのは仕方のないことだ。
村の皆の反応も当然だ。俺は躊躇なく人を殺せる人間で、それだけの力も持ってる。
そんなやつが近くにいるんだ。恐怖を抱かないわけがない。
所詮、俺は戦うこと以外に何もできない破壊者だ」

もし、ノエルや皆のいる優しい世界に行けたなら。
できるわけないと知っていたのに、一瞬でもそう思ってしまった自分がいた。
勇者だなんだとおだてられて、つい好い気になった。
だから少しだけ希望を持った。でも、村の皆の反応で思い知らされた。

自分は壊すことしかできない破壊者。
皆と笑って平和に生きることなどできはしない。
でも、それで良かったのだと思う。
自分は元いた世界に行くのだから。
壊れた世界を、さらに壊すためだけに戻るのだから。

こちらの世界の繋がりは必要ない。
それは最初からわかっていたはずで、そして皆の反応で改めてそう思った。
だから自分の考えは何も間違ってはいない。
そのはずなのに。

「どうして、俺は」

胸の中に、痛みを感じた。
剣で斬られたときより。とんでもない力で殴られたときより。
鋭い魔獣の牙で噛みつかれたときより。
以前の世界で、親と呼んでいた人に銃で胸を貫かれたあの日より、ずっと痛い。

それは、父と喧嘩したときに感じた痛みに似ていた。
家族が哀しそうな顔をみせたときに感じる気持ちに似ていた。
イーリスとわかれたときに感じた気持ちと似ていた。

こんなことではいけないとアルテアは思う。
こんな痛みなど感じてはいけないのだ。
アルテアは自分に強くそう言いつける。
自分の願いはどこにある。
復讐だ。
こんな体たらくでそこにいけるわけがない。

頃合いなのだと思った。
これ以上ここに居てはいけない。
頭が変になりそうだった。
近いうちに、姿を消そう。
そう決意した。
自分はひとりなのだから。
そうして立ち上がろうとして。

「アル君は……」

ノエルが言った。
声につられて顔を向ける。

「アル君はそんな人じゃないよ。冷たくもないしこわくもない。
アル君は……自分で思ってるよりも、ずっとずっと優しい人だよ」

いつの間にか顔を上げていた少女は、翠色の瞳で少年を見て微笑んだ。
どこか遠くを見ているような、あるいは昔を懐かしんでいるようだった。
その瞳に先ほどのような恐怖はなく、優しさが溢れていた。

全てを受け入れるようなその眼差しに、アルテアの決意が揺らぎそうになる。
そしてふつふつと怒りがこみ上げてきて、揺らぐ心を支えるように、
揺らぐ自分を奮い立たせるように立ち上がった。

「俺に……そんな言葉をかけるなっ!!!」

殴りつけるように叫んだ。
それは怒声ともいえない、もはや悲鳴だった。

「お前も……父さんも母さんもターニャも……どうしてだ……
どうして俺に優しい言葉をかける!!俺のことなんか放っておけよ!!
なんで俺がこんな気持ちに……!お前らのせいだ……!
俺は……どうしようもない人でなしなのに!!お前が知らないだけでっ……!!
でも村の皆を見てればわかるだろ……?俺は普通じゃないんだ……!!
皆がしてるように……普通に笑って話すこともできないんだよ!!
泣くことも!笑うことも!喜ぶことも悲しむことも!俺はできないんだよ!!」

八つ当たりだとわかっていた。
ノエルは悪くない。家族も、村の皆だって悪くない。
悪いのは自分ひとりだとわかっていた。

いっそ過去のことは忘れて生きていこうと割り切りることもできず、
それなのに冷血に徹することもできず。
半端なままでずっと悩んで立ち止まっている。
どうしようもなく半端者な自分が悪いだけなのだ。
でも、そうとわかっていても止められなかった。
次々とどす黒い言葉が湧いてきて勝手に口から飛び出していく。

「なんでそんなこともできないかわかるか……?
今までやってこなかったからだよ……!
人間らしいことなんて何ひとつしてこなかった!
やっと人間らしくなれたと思ったこともあった……。
でも、それも全て失ってしまった……。
だから……俺は……」

だんだんとアルテアの声が弱々しくなっていく。
熟練の冒険者ですら一筋縄ではいかない恐ろしい魔獣と真正面から戦った勇敢な姿は見る影もなかった。
そこにいたのはただの小さな子どもだった。

「俺のせいなんだ……。ノエルが危ない目にあったのも。
俺と村の人との関係で父さんと母さんがずっと悩んでいることも。
俺がいなければ何もなかったんだ。
だから……だからもう、俺に構うなよ……構わないでくれよ……。
俺はひとりなんだ……それでいいんだよ」

アルテアがかすれる声でそう言った。
ずっと叫んでいたせいか、息が乱れて肩が激しく上下している。

ノエルはアルテアを見上げて、黙ってその言葉を聞いていた。
強大な魔力を持つアルテアの叫びには、魔力相応の威圧が込められているにも関わらず、
ノエルの顔に依然として恐怖はなかった。
ただ黙って、苦しそうな顔でこちらを見ていた。

彼女が苦しそうにしているのは、
自分が感情のままに怒りをぶつけているせいではないと、アルテアにはわかった。
いつか、どこかで似たような目を見たことがあったからだ。

彼女は自分を責めているのだ。
彼女の目はそういう目だった。
いつ、どこで見たのかは思い出せない。でもはっきりとそうだとわかった。
それから彼女は少しだけ地面に顔を伏せてから、
何かを決意したようにゆっくりと立ち上がる。
少年と少女の瞳が交錯する。

「アル君自身が自分のことをどう思っていても、私の気持ちは変わらない」

ケットシーを助けたときのような力強さを感じた。
これだけ理不尽に怒りをぶつけられてなお、
少女はアルテアのことを嫌っていなかった。
アルテアを信じていた。
少年は、彼女の声や瞳、その立ち振る舞い、
あらゆる全てからそう感じた。

「どうしてそこまで、お前は俺を……」

理解できないというようにアルテアは首を振る。
そんな少年を見て、ノエルは呆れたようにクスリと笑った。
「仕方がないなあ」と、そう言うように。

「どうしてって……そんなの決まってるよ」

風が吹いて少女の茶金の髪がなびいて、髪をかき分けるように
耳がすらりと長く伸びていく。

「あなたのことが、好きだから」

睡蓮の花が咲くような静かな告白。
少年少女が月下にふたり。
しんと深まる夜に、少女の言葉が沁み込んでいった。
    
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