両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する～未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました～

あぶらみん

文字の大きさ

大中小

70 / 123

第一部

尖兵

しおりを挟む

突如として出現した何かの腕が空間を強引に引き裂くと、ガラスの割れるような音が森に響いた。空間が割れてぽっかりと穴が空いた。穴の奥は、月明かりの届かない森の闇の中にあってなお、くっきりと浮き上がるほどの赤黒い闇で満たされ、中に得体の知れない何かが佇んでいた。

「あれ……なに……？」

目の前で起きている異様な光景に、ノエルが顔を青くして恐怖に声を震わせる。
得体の知れない何かは、滲み出すように割れた空間の境目を越えた。
大きさは大柄な成人男性ほどだった。
全身に闇を纏っているかのような漆黒の体躯で、胴から馬のような脚が二本伸びている。
鳥に似た顔をしたそいつは、目があるはずの部分にぽっかりと穴が開いていて、眼窩の奥に漆黒が広がっていた。
あまりの不気味さに背筋が凍る。明らかに人ではないが、魔獣というには人型に近い。異形、という言葉が頭に浮かんだ。
そいつは虚ろが広がる眼孔できょろきょろと周りを見て、こちらの存在に気づいたように動きを止めた。
目が合った。怪物に目はないはずなのに、直感的にそう感じた。
じわりと嫌な汗が背中を伝う。
テオとノエル、子供たちを守るよう立つターニャを一瞥すると、いつも涼しげな態度を崩さない彼女がいつになく険しい表情を浮かべていた。そのことが目の前の怪物の危険度を物語っていた。

「……イーヴル。低位とはいえ、なぜこのようなところに」

ターニャが小さく驚きの声を漏らす。

「イーヴル……？」

アルテアが疑問を挟んだそのとき。

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛!!」

異形の怪物が咆哮を上げた。本能的な恐怖を喚起するような、大地が震えるほどの殺意の波動だった。アルテアは、もはや風圧と言っていいその殺気から身を守るように腕で顔を覆う。びりびりと電撃に打たれたように身体が痺れた。訓練を受けていないものならこれだけで意識、あるいは命を刈り取られていただろう。腕で顔を覆いながらも視線は決して目の前の化け物から逸らさず備えていた。咆哮がおさまり、怪物がカタカタと笑うように首を揺らして獲物を選別し、やがて制止する。

──来る！

アルテアがそう感覚したのと同時。
視界から怪物が消えた。

「──ッ！！」

右側から迫る濁流のような殺意。人間離れした反応速度で腰に下げた長剣を抜き、応戦する。剣と怪物の鋭い爪による刺突とがぶつかり合って、鋼が打ち付けられたような鈍く重い音が響いて火花が散った。

「アルテア様！！」

加勢しようと駆けつけたターニャのおかげでほんの一瞬、怪物の意識がアルテアから外れた。その隙を見逃さず、アルテアはふっと全身の力を抜き脱力、後ろに体を引くようにすると、剣と爪との拮抗が崩れて急なバランスの変化に怪物がつんのめった。
右足を軸に体を回転させ、遠心力を加えた斬撃をがら空きの胴体に打ち込んだ。
硬い音を響かせながら怪物が吹っ飛び粉塵が巻き上がった。

「ふぅ……」

ひとまず距離を取れたことに安堵の息を漏らすアルテアに、メイドが申し訳なさそうに言う。

「反応が遅れてしまいました……申し訳ございません。お怪我は？」

「大丈夫だ」

土埃の向こうに佇む怪物の方へ顔を向けたままそう返す。見る限り怪物にダメージはなく、斬撃を見舞った胴は皮膚が浅く切れているだけで致命には程遠い。

「真っ二つにするつもりで斬ったんだけどな」

あまりの頑丈さに驚嘆とも愚痴ともつかぬ声が漏れた。怪物は紫色の血が流れる自身の傷口を一瞥してから虚ろな孔にアルテアを捉え、その眼窩に怪しい光を宿す。

「どうやら気に入られたらしいな。……お前は皆を連れて先に行け」

「できません、やつは危険です。あなたをひとり残して行くわけには……」

こういう場面でターニャは一切譲らないことはわかっていた。普段は減らず口ばかりきくメイドだが、絶対の忠誠を誓っているのだ。ただ逃げろと言って大人しく聞くことは無い。だからアルテアはわざとらしく軽い口調で言う。

「別に逃げろと言ってるわけじゃないさ。皆を安全な場所まで送り届けて、それから戻ってきてくれればいい。つまり俺は囮だ。さっきはお前がやっただろ？次は俺の番ってだけだ」

「ですが……！」

それでもターニャは納得しようとしない。アルテアは強がるのをやめて、今度はすがるように言う。

「……もし逃げる途中で似たようなのが出てきたら、俺ではこの人数を守りきれるかはわからない。でも、お前は違うだろ？まずは皆を頼むよ」

あまりに切実なアルテアの声にターニャは息を呑む。アルテアの覚悟が伝わったのか、ターニャは一瞬だけ目を伏せる。

「わかりました……どうかご無事で」

「そんな顔するな。俺ひとりならどうとでもなるからさ」

踵を返してターニャが皆に説明する。

「話は聞こえていましたね？私たちは一旦退避致します。異論はなしです」

皆を、特にノエルを見てそう告げた。

「……はい」

ノエル自身も自分が残っていては足手まといになることを自覚しているのだろう、悔しそうに言葉を呑み込んだ。強く握られた小さな拳が、自分の無力さに怒るように小刻みに震えていた。

「アル君……絶対帰ってきてね」

「気ぃつけろよ、アル坊！」

アルテアの背中に各々が言葉をかけてから走り出した。それを見届けたアルテアは改めて剣を構え直して意識を目の前の敵に集中させる。

しおりを挟む