両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

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第一部

目覚め

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目を覚ますと見知った天井が視界に入った。どうやら自室のベッドの上で寝ていたらしい。まだ靄がかかったような曖昧な頭で、ベッドで寝かされている理由について考えてから、自分がイーヴルを倒してからすぐに気を失ってしまったことを思い出した。自分はどのくらい寝ていたのだろうかと疑問に思い、風魔法を使ってカーテンを開けた。外は既に夕暮れ時で、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。窓から差し込む光に目を細めながら、最低でもまる一日くらいは寝ていたのかなと推測する。家族も心配しているだろうと、自分が目覚めたことを伝えに行こうと体を起こそうとすると、いたるところが痛んで刺すような痛みが頭に響いた。ひとまず起きることは諦めて再び頭を枕に沈めると、枕が少し湿っていることに気づいた。
アルテアは自分の頬に手を当てて、そこに残る一筋の流跡をそっとなぞる。先程見た夢のことを思い出して、胸の内がきゅっと締め付けれるように痛んだ。
両手をベッドに放り出して大の字になり、その痛みを受け入れるように大きく息を吸って、噛み締めるように深く息を吐く。そしてまた夕焼け色に染まった空を眺めた。空の向こうにある、かつては美しかった自分の故郷を探すように。
あれはもしかしたら夢の中だけの幻想なのかもしれない。
それでもアルテアには、きっと夢で見たあの光景こそが地球のあるべき姿なのだと思えた。だから、その光景を決して忘れないよう、瞑目して自分の魂に刻みつけた。
それからしばらく目を瞑ったまま自分の成すべきことを考えていると、不意にコンコンと扉をノックする音がした。

「あいているよ」

返事をすると、扉の外側に立つ人物が息を呑んだのがわかった。おそらく自分が目覚めたことに驚いているのだろう。わずかな間があってから扉越しに声が投げかけられた。

「入るぞ」

そう言ってひとりの男がドアを開けて入ってきた。

「父さん……」

アルテアは体を起こしながら、どこか申し訳なさそうにぽつりと呟く。

「帰ってきたんだね」

「ああ、二日ほど前にな」

どかっと椅子に腰かけながらそう言ったアルゼイドの言葉に、アルテアは驚いた。

「おれ、そんなに寝てたのか」

「傷が深かったからな。治癒魔法はかけたが無理はするなよ」

アルゼイドはそう言ってから少しの間、目を瞑っていた。

「話は聞いた。皆を守ってくれたんだな」

守った、という言葉にアルテアは釈然としないもの感じて、それがそのまま煮え切らない態度になってあらわれる。

「まあ……ね」

「村の者たちも礼を言っていた。いま村が無事なのはお前のおかげだ、誇りに思いなさい」

そう言って手を伸ばし、アルテアの頭を撫でる。怪我を慮ってか、いつもより遠慮がちな手つきだった。

「さすがは俺の自慢の息子だ」

彼はアルテアを見てにかっと笑った。喜びつつもどこか寂しげな父のその顔を見て、アルテアは自身の感じている違和感の正体に行き着いた。

「誰かが……死んだんだよね」 

「……ああ。弔いはお前が寝ている間に済ませた。遺族の者はお前に感謝していたよ」

力なく呟くアルテアに、アルゼイドが重い声で答えた。弔いという言葉に、人が死んだということをいやおうなしに実感させられてアルテアの心に重くのしかかっていた。

「助けられなかったのに感謝か。なんだかおかしな気分だ」

アルテアが自嘲気味の表情を浮かべる。この世界が好きだと本当の気持ちを受け入れたからこそ、村の誰かが死んだという事実は彼に今までにないほどの無力感を与えていた。

「俺がもう少しはやく気づいていれば……」

人の死は避けられない。死に瀕している人の全てを救うこともできない。前世でいやというほど人の死を見てきたアルテアにはそのことはわかったいた。でも、そう思わずにはいられなかった。
自分は仲間たちに命を救われた。自分がその救われた命に意味を見出そうとしているように、死んでしまった名も知らぬ村人もきっと生きる意味があったはずだった。だが、それは失われてしまった。
森の様子がいつもと違うことには気づいていた。村の者より自分が先に森に入って入れば誰も死なずに済んだかもしれない。もっと村の皆と関わり自分が父のように信頼されていれば、もっとはやくに相談がきて誰も死なずにすんだかもしれない。後悔の念が次々と浮かんで胸中を埋めていった。

「父さんなら……もっと上手くできたのかな」

深い後悔と罪悪感だった。そんな苦悶の表情を浮かべる息子に、アルゼイドは慰めるように言う。


「……さっきも言っただろう。お前はよくやった。俺の自慢の息子だよ」

自慢。アルテアは今までの自分の行いを省みて、反射的にそんなわけはないと思った。今まで両親の気持ちを蔑ろにしてきた自分が自慢の息子のわけがない。

「本当はひどい息子なんだ」

絞りだすようにそう声に出す。

「自分じゃ何も決められずに家族にも皆にもずっとよそよそしく接してきた。皆から怖がられるようになったあとでも、何も話さない俺を見捨てることなく二人は変わらずに接してくれた。それが嬉しくて、でもそれ以上に怖かった。その気持ちを受け入れてしまえば、俺はもうどこにも行けなくなってしまうから。だから二人の気持ちを蔑ろにすることしかできなかった」

一度喋るともう止めることはできなかった。決壊したダムのようにどんどん気持ちが溢れてくる。

「父さんは俺と真逆だ。強く、正しく、皆に慕われている。外に出るたびに誰かに話しかけられて、頼りにされて、みんながみんな父さんの名前を呼ぶ。繋がりをつくることをおそれ、でも繋がりを断ち切ることもできないでいる俺とは違う。俺は弱くて、ひとりよがりのバカで、どうしようもないやつだって、そう言ってほしかった。放り捨ててほしかった。俺が皆を嫌いになって、皆も俺を嫌いになる。それが最良の形のはずだった。そうすればこんなに後悔することもなかったのに……できなかった」

言い切ったあと、しんと部屋が静まり返った。あたり一面が雪景色で、足跡ひとつついていない原っぱみたいに静かだった。アルテアの独白を聞きアルゼイドは考え込むように瞑目している。

「アル」

静かに目を開いたアルゼイドが息子の前に立ち名前を呼んだ。
ゆっくりと顔を上げるアルテアの目の前に、アルゼイドの大きな手がぬっと突き出され、そのすぐあとに凄まじい衝撃が額を貫いた。反動で頭がのけぞり意識が飛びそうになった。


「いってええええっ!?」

激しい痛みに額を抑えるアルテアに、アルゼイドはもう二回、同じデコピンを食らわせた。鉄塊でぶん殴ったような轟音が部屋に響いた。

「最初は父さんの分。あとは母さんとターニャの分だ。どうだ、痛かったろう」

中指を弾きながら得意げに言う。弾くたびに、ぶぉん!という凄まじい風切り音が聞こえてくる。常人なら死んでしまいそうな威力だった。

「洒落にならんだろ……それは」

涙目になりながらアルテアが言う。

「お前があんまりにもバカらしいことを言うから、ついな」

「バ、バカ……」

「そうだ、お前はバカで自惚れている。お前がどんなに強かろうと人の死は避けられん。それは父さんも同じだ。父さんはめちゃくちゃ強いが、それでも全ての人を助けることなど到底できん。父さんが守れるのはお前たち家族と領民くらいのものだ。それでも多すぎるくらいだぞ」

「……それくらいわかってるさ。でも、俺は……」

なおも気落ちするアルテアを見て、アルゼイドは優しく説く。

「なら、その後悔を忘れるな。そしてもっと強くなれ。父さんよりも、誰よりも強くなってできる限りの人を助けてみせろ。お前ならきっとできるさ。なんせ父さんと母さんの息子だからな」

「父さん……」

「お前自身がどう思おうと、お前は俺と母さんの自慢の息子だよ」

アルゼイドはそう言って微笑んだ後、アルテアの頭を優しく撫でた。そしていたずらっぽく言葉を続ける。

「だいたいな、自分の殻に閉じこもったくらいで俺たちに嫌われようなんて考えが甘いぞ?」

はっきりと言い切られて、アルテアは目を白黒させて黙り込んだ。

「父さんとは違うってなんだ?ひどい息子?バカらしい。この前も少し話したが……父さんはな、お前ぐらいの年のころには女の子のスカートめくって遊ぶので必死だったんだぞ。悪さもしたし、叱られたくなくて嘘もたくさんついた。お前のほうがよっぽどしっかりしてる。むしろ父さんのほうがお前の父親に相応しくないんじゃないかって怯えてるくらいだ」

あまり聞きたくない情報も含まれていて、アルテアの顔が「ええ…」と困惑にかわる。

「この村にきたときだってそうだ。父さんは自分の強さに鼻をかけて、それは偉そうに振舞ったもんだ。最初なんか夜道で襲われかねんくらい嫌われていたんだ」

なぜか自慢げに自分の不名誉を話すアルゼイドに、アルテアはなんと言っていいかわからず、「そ、そうなんだ」と相槌を打つ。

「……ありがたいことに、今はこうして頼りにされているけどな。お前はそこしか見ていないだけだ。人には誰だって一長一短がある。父さんにも、母さんにも、お前にもだ」

「……うん」

だんだん熱が篭ってくるアルゼイドの言葉にアルテアも深く頷いた。

「お前は優しい子だ。わがままも言わなければ力をかさに着て偉ぶったりもしないし暴力も振るわない。そんな子が……ずっと黙りこくっているくらいでどうして嫌いになれる?何か理由があると心配こそすれ……そんなことで自分の息子を嫌いになるわけがないだろうが……!」

まっすぐと自分を見つめて、少し上擦った声で切実に訴えかけるアルゼイド。

「お前が何に悩んでいたのかは知らん。なんで嫌われようと思ったのかも父さんにはわからん。だがな、これだけは覚えておけ。お前がどれだけ間抜けでバカで村の皆に嫌われようと、父さんと母さんと、それにターニャも。お前を見捨てるようなことは絶対に有り得ない」

はっきりと言い切る自信満々な父の姿を、大きな目をぱちくりとさせて呆然と見つめるアルテアに、アルゼイドが笑いかける。

「俺たちは、お前を愛している」


「……愛」

それがなんなのか、アルテアにはまだよくわからない。しかしアルゼイドの真に迫る言葉はアルテアの心に確かに響いていた。

「そう、愛だ。お前がどんなに拒んだって俺たちはお前を愛してる。もし俺たちが死んでも、もし世界が滅んでも、それは絶対に変わらない」

そう言い切るアルゼイドを見ていると、根拠なんて何も無いのに確かに彼の言う通りなのだろうと思わせられて、思わずには口元が緩んだ。

「ああ……そうだな。きっと父さんたちはそうなんだろうな」

親子が向かい合い、息子の表情に何を見たのか、アルゼイドも安心したように笑う。


「良い顔をするようになったな。どういう心境の変化だ?」


「……俺は生きていていい。そう思えた」

「そうか。これからはもう少し素直になれそうだな。立派な領主代行になれそうだ」

快活に笑う父の姿を目にして、アルテアは一瞬、息が止まったように動けなくなった。父と母が自分を見捨てるわけがないと知った。自分はこの世界を好きなのだと認めた。
それでも行かなければならない。だからこそ、アルテアの胸の奥に込み上げてくるものがあった。

「父さん……俺は……」

父と母、ターニャには与えられてばかりだった。残された期間で自分は三人に何をしてあげられるのだろうか。

「ん?」

歯切れの悪いアルテアの様子を訝しみ、アルゼイドが声をかけようとして、どんどん!とドアが乱暴にノックされる。

「旦那様!いらっしゃいますか!」

ターニャだった。

「開いているぞ」

いつも冷静な彼女が慌てている様子に何かを感じ取ったのだろう、引き締めた声でアルゼイドが応えるとすぐさまターニャが部屋に飛び込んできた。

「陣痛が始まりました」

いつもより固い声でターニャが告げた。

「産まれます」

アルテアにとって、それは未知の言葉だった。
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