両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

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第一部

笑顔

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ターニャの言葉を聞くなりアルゼイドが風のように部屋を出て、それを追うようにターニャが後に続く。アルテアは痛む身体に喝を入れ、引きずられるように二人の後を追った。
二人に遅れること数分、階下に降りるとノエルとイーリスがそこにいた。二人は勢いよく立ち上がって何かを言いかけたが、必死にそれを噛み殺した。そして案内された部屋に入ったときには、既にそこはある種の戦場と化していた。
ティアが息を荒くして絶叫をあげ、アルゼイドがそんなティアの手を握りながら懸命に声をかけていた。ターニャは、村の医者とその助手数人と一緒に慌ただしく動き回っている。
部屋が熱気で満たされていた。呆然とその光景を見つめるアルテアの手がぐいと引っ張っられた。

「坊ちゃんも声をかけてあげてください」

ターニャがそう言って背中を押す。ティアの傍にいって手を握ると、ティアもぎゅっと握り返してきた。あまりの力強さに驚くアルテアをよそに、皆がテキパキと事をすすめていく。ティアの陣痛には波があるようだった。それが落ち着いているとき、彼女は苦しいはずなのに逆にアルテアを元気づけるようにそっと笑いかけた。
自分も何かをしなければという思いが強くなり、汗を拭いたり、血だらけになったタオルと桶の水を取り替えたりと、できる限りのことをした。そうすること数時間、朝日が山の下から顔を出し始めた頃、サンドロッド家に産声が響き渡った。

「元気な女の子です」

取り上げた医師が言った。それを聞いたアルゼイドがへなへなと床に座り込み、ターニャも額の汗を拭う。ティアは毛布に包まれた赤子を医者から受け取って腕に抱き、愛おしそうにその子を撫でた。アルゼイドも腰を上げて赤子の顔を上から覗き込み、精強な顔を破顔させた。
二人とも、愛おしくてたまらないというふうに赤子を眺めて何かを囁きあっていた。その様子を少し離れたところから見守るアルテアに、ティアが手招きする。

「アルちゃん、こっちへいらっしゃい」

それに従いベッドに近寄る。

「ほら、お兄ちゃんですよ~」

赤子にアルテアの顔を見せるようにしながら、ティアが言った。

「アルちゃんも抱いてみる?」

不意に聞かれて戸惑ってしまう。

「いや……俺は……」

自分のような人間が触れてはいけないと思った。無垢で綺麗なこの子の魂が穢れてしまう気がした。

「そんなこと言わずに抱いてあげて。ね、お兄ちゃん?」

「……お兄、ちゃん」

そんなアルテアの気持ちを知ってか知らずか、お構い無しというようにティアがずいと赤子を差し出す。

「はやくしないと、この子が泣いちゃうわ。妹を泣かせるつもり?」

そうまで言われては断ることなどできない。遠慮がちに恐る恐る、赤子を受け取って小さな胸の中に収めた。
とても柔らかくて、あたたかかった。この子を見ていると、不思議と自分まで嬉しくなった。この子を守らねばという気持ちが無条件にふつふつと湧き起こった。この子のために何かをしてあげたいと思わせる、そんな気持ち。これが愛というものなのだろうかと、アルテアは思った。
そして同時に、胸の中から悲しみが込み上げてきた。こんな気持ちを注いでくれている家族を、自分は置いていかなければならない。自分の成すべきことを成すために。そのとき、彼らにどんなに悲しみを与えてしまうだろう。想像しただけで心臓を掴まれたみたいに胸が苦しくなった。
気づけば、頬に涙が伝っていた。慌てて目をこするが、それが止まることはない。

「ごっ、ごめんなさい……」

「あ、アル?」

「あらあら?」

困惑する二人の声が聞こえる。でも、二人の顔を見ることはできなかった。
溢れ出る涙がアルテアの視界を歪ませて、景色を曖昧にしていた。

「ごめん……お、おれは……」

嗚咽を噛み締めながら、絞り出すようにアルテアが吐露する。

「二人に、こんなにもたくさんのものをもらってるのに……俺は……何にもしてあげられてない……それでも、俺は……行かなくちゃ……ごめん、ごめん……」


涙が止まらなかった。蹲ってしまいそうななるのを何とか耐える。それが出来たのは、腕の中にいる妹のおかげだった。

「アルちゃん」

泣き崩れるアルテアをティアが優しく抱きとめた。

「あなたが謝る必要なんて何もないのよ。あなたに幸せにしてほしいんじゃない。あなたを幸せにしてあげたいと思ったから、私たちはあなたを産んだの。あなたが幸せになるなら、私たちはそれでいいのよ」

ティアはアルゼイドの方を見て、「ね?」と首を傾げると、アルゼイドが「ああ」と頷いた。

「それにね。私たちはもう、あなたからたくさんのものをもらったわ。あなたが生まれてから今日まで、毎日が楽しくて……ぴかぴか輝いていたんだもの」

「うっ……ううぁっ……」

涙が止まらず、堪らず顔を下に向けると、何か暖かいものが頬に触れた。
妹の小さな手が、まるで涙を拭うように、その頬に触れていた。にじむ視界の先に妹の笑顔が見えた。その瞬間、幸せな気持ちが胸の奥から湧いてきたて、不意に自分が赤子だった時の記憶が蘇る。
それはひどく懐かしく、でも鮮明で、アルテアが生まれて初めて目にした光景だった。自分を覗き込む、幸せそうなふたりの笑顔。子供のこととなると些細なことで一喜一憂して取り乱し、笑えば自分の事のように嬉しそうに、ふたりして笑いあっていた。
その光景を思い出し、アルテアは胸のつかえが取れたように感じた。
自分は愛されていた。受けた愛に返せるものなどないと、与えられるものなどないと、そう思っていた。
でも、それは違った。簡単なことだったのだ。

「おれ……笑えば良かったんだな」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、アルテアが両親に向き直る。

「そうね。もしそれ以上に私たちに何かをしてあげたいって思うなら……その時は、その気持ちを別の誰かにあげなさい。そう思える人を見つけて、その子を幸せにしてあげなさい。そうして命は繋がっていくんだもの」

「……うん」

アルテアが押し殺した声で、でも力強く頷いた。

「父さん、母さん。俺を産んでくれて、ありがとう」

そう言ってアルテアは笑った。
それは生まれて初めての、満天の笑顔だった。

    
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