両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

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第一部

ターニャ

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遡ること少し前。

アルテアがイーリスを探しに村に戻ってから少し経った頃。

ターニャは村を取り巻く異変を敏感に察知していた。イーヴルの現出が落ち着いたあとも、どこか不穏な魔力が村全体を包んでいた。外はアルゼイドに任せていれば安心だと思っていたがどうにもきな臭い。

自分も外に出て事態の解決にあたるべきだろうか。


一瞬の逡巡、否定。


自分がいなければ、この屋敷に避難してきた者たちは誰が守るのか。村を訪れていた冒険者たちが警護にあたってくれてはいるが、それでもイーヴル相手では心もとない。たとえ下位の個体でも、異界の神の尖兵は伊達ではない。

この世界の人間とは生命体としての格が違うのだ。


主人と領民を守ることが自分の使命であるとターニャは考えていた。

それは、初めてサンドロッド家に来た時から変わらない。

アルテアが生まれ、リーナが生まれ、その気持ちはさらに強くなった。

私が守る。改めてそう決意して、屋敷の中をざっと見渡して守るべき者たちの状態を確認する。


避難してきた村民は皆、疲弊していた。俯き、何も話さないものも多い。死の恐怖と隣り合わせなのだ、それも当然だろう。そんな彼らが、それでもこうして愚痴ひとつ言わずに耐え忍んでいるのはアルゼイドのおかげだろう。


彼はこれまでに幾度となく村に訪れる災禍を払ってきた。彼ならどうにかしてくれるという絶対的な信頼だ。そんな主をターニャは誇らしく思う。

そうして密かに皆の状態を伺っていると、ひとりの少女と目が合った


少女は驚いたのか少しドギマギしたあと、恥ずかしそうにはにかんだ。

こんな状況でも少女は決して笑みを絶やさなかった。ひとりの少年と別れる時に泣いたきりだ。

子供同士で集まって、少女はその輪の中心となって普段と変わらぬように振舞っていた。不安で震える子供に声をかけ、元気づけようと話しかけていた。

いや、子供にだけではない。怪我をした大人の手当や食事の配給なども手伝ってくれていた。その間も彼女はずっと笑っていた。

負の感情は連鎖する。それを少女は知っているのだ。


強い少女だと思った。そして少女がその強さを得ることができたのは、ひとりの少年がきっかけだとターニャは知っていた。

少女にも英雄がいるのだ。

だから希望を持って前を向ける。

ある意味で、ターニャと少女は似ていた。


「ターニャさん……アルくんは大丈夫ですよね……?」


不意に意識の外から声をかけられて我に返った。

目の前には少女が立っていた。

皆の前では見せないようにしている、どこか不安げな顔だった。

ターニャは膝を折って目線を少女に合わせた。


「大丈夫ですよ、ノエル様。坊ちゃんはお強いですからね」


手を伸ばして少女の頭を優しく撫でた。柔らかく滑らかな髪の手触りがなんとも心地よく、ずっとそうしていたい気分になる。


「はうぅ……」


ノエルが恥ずかしそうに呻いて頬を赤く染めた。


「坊ちゃんはお強くなられました。それに旦那様も出られました。何も心配はいりませんよ」


できるだけ少女の不安を晴らせるように、優しく語りかけた。

そのおかげか少女の顔から不安の影も消えていった。


「ターニャさんがそう言うなら大丈夫ですね……!私、何かお手伝いしてきます、ありがとうございます!」


ぺこりと可愛くお辞儀をしてノエルは階段を駆け上がっていった。

やはり不安だったのだろうと思う。

どんな強く、どんなに信じていても、やはり大切な人が戦地に赴くのは心配だ。

それはターニャも少女と変わらない。


「坊ちゃんはお強くなられました……か」


ターニャは先程自分の言った言葉を反芻する。どこか後悔しているようにも、自分を責めているようにも見えた。


ターニャはアルテアについて考える。

アルテア・サンドロッド。主のご子息。

彼女にとって、彼もまた守るべき存在だった。

だが、ターニャはその役目をまるでまっとうできていないと思っていた。


アルテアは優秀だった。生まれて数ヶ月で彼は既に確固たる自我と信念を獲得していたように思う。

そうでなければ不可解なほど彼の行動はおかしかった。普通の子供が生まれて数ヶ月で魔導書を読むことなどありえない。

およそ人間とは思えないほどの成長速度だった。


そうして有り得ない速度でアルテアは成長して強くなっていった。

子供ながらにしてターニャの庇護など必要としないほどに、心も、体も強くなった。

だが、そのことは別に良かったのだ。

子供が強く元気に育つのに、喜ぶことはあっても悔いることなど何もない。

ターニャが後悔しているのはまた別の事だった。


ターニャは最近まで彼が笑ったところを一度も見たことがなかった。

最初は冷たい子どとなのかと思っていた。でもそれは間違いだった。

ある日、ターニャはアルテアに尋ねられたことがある。


「ターニャは、子供とかいるのか?」


「どうしてそのようなこと?」


「いや…親はいくつになっても子供はかわいいものだとか、そんなこと言ってたから」


「ああ……」


ターニャは納得したように頷いた。


「おりますよ……二人。男の子と女の子です」


「そうか。元気なのか?」


「いえ……もう随分と長いこと会っておりませんので」


そう言うと、アルテアは少し気まずい顔をして「すまない」と頭を下げた。

そのアルテアのらしくない反応を見て、自分はそんなにひどい顔をしてしまっていたのだろうかとターニャは自省した。

気まずい沈黙の中、口を開いたのはアルテアだった。


「何があったか知らないけど、ターニャはすごいな」


「すごい……?私が、ですか?」


思いもよらない言葉をかけられて、ターニャは目をパチクリさせた。


「だって、子供のことは好きなんだろ?でも、何か事情があって今は離れて暮らしている。それは真逆のことだ。好きなら傍にいればいい。でもそうしなかったのは、ターニャが子供のことを本当に想って、離れて暮らした方がいいと思ったからこそそうしたんだろ?」


「それは、そうですが……」


「ならやっぱりターニャはすごい。自分の気持ちを抑えて、相手のためを想って信念を貫き通す。それは立派なことだ」


冷徹な性格なのかと思っていただけに、自分を気遣うようなことを言うアルテアにターニャはひどく驚いた。


「実は私はひどい悪人で、お金に困って奴隷商人なんかに売り払っただけかもしれませんよ」


動揺を隠すように、ターニャはア冗談めかして言った。


「うーん。お前はそういうことをしそうな感じはしないな」


「……どうしてです?」


「ターニャの所作は俺たちへの思いやりで溢れてるからな。毎日見てればわかるさ。悪いやつじゃない。子どもを想う、良い親だ」


そう言い切るアルテアの言葉で、ターニャは救われた気持ちになった。

そして自分を恥じた。

私はいったいこの子の何を見ていたのだろうか。

それから少しして、アルテアはただ不器用なだけなのだと分かった。

感情をあらわすのに慣れていないのだ。

そして彼は自分に対して厳しすぎるのだ。まるで罰のように、自分に何かを科して生きているように見えた。


それ故に彼が悩んでいたことを知っていた。そして両親に対して一歩引いた態度で接していたことも、そのことでアルゼイドやティアが寂しく思っていたことも。


だがターニャにできたのは、アルテアが少しでも話しやすいようにフランクな態度で接したことくらいだ。

それでも彼が悩みを打ち明けてくれることはなかった。

そんな彼もやっと笑うようになった。

彼の友だちであるイーリスやノエルのおかげだった。

結局彼のためにも、ティアやアルゼイドのためにも何もできなかった。

そのことがターニャに深く突き刺さっていた。


ターニャが過去に囚われている最中、突如として爆撃のような怪音が屋敷を襲った。

深い回想の中にあったターニャの意識がすぐさま現実へと引き戻される。


「これは……」


反射的に耳を塞ぐがまるで効果はない。

世界が揺れ、意識が深い闇の中へ引きずられそうになる。


「精神魔法……ですか」


眉根を寄せて呟いてから、慌てて周囲に視線を飛ばす。

自分にこれほどの影響を与える魔法を村人たちは耐えきれないだろう。

その予想は正しく、多くのものはその苦痛に耐えきれず床をのたうち回っていた。


ターニャはすぐさま魔力を練り上げて対抗魔法を発動させた。

閃光があたりを照らし、屋敷全体に浸透していく。

そうして光が弱まって完全に消えた頃にはすっかり怪音は聞こえなくなっていた。

村人たちも気絶をするに留まっており死者は出ていなかった。

だが事態は深刻だった。


「このレベルの精神魔法……厄介ですね」


嫌な予感に口から焦燥を漏らす。その予感は村の上空に突如現れた重い魔力と殺気で確信に変わる。

咄嗟に立ち上がり、屋敷の外へ出ようとして思いとどまる。


もし、自分が出ていった隙に敵がきたら?


先程感じた魔力はまさに次元が違う。アルゼイドを除いて、誰も太刀打ちなどできないだろう。

それはアルテアとて例外ではない。


なら、どうする?


彼の元に駆けつけるか、ここに残って襲撃に備えるか。


別れ際のアルテアの言葉を思い出す。


ーー皆を頼む。


ターニャは扉の前でぐっと拳を握って踵を返した。

アルテアなら勝てずとも、逃げることはできるだろう。

私はここで皆を守ろう。


そうしてターニャが屋敷を囲う結界の強度を上げたところで、二階からティアとノエルと、意識を保った者たちが何人か降りてきた。


「ターニャ、これは……」


ティアがターニャの顔を見つめる。流石の彼女も不安が隠しきれないようだ。自分の心配というよりも、夫や息子の身を案じているのだろう。ノエルも、他の者たちも同様にターニャを見やる。


「安心してください。私がいる限りここは神域も同然。誰も踏み込めはしません」


先程までの動揺などおくびにもださずターニャは静かに告げた。あえて、アルテアたちのことについては言及しなかった。

ターニャの態度を見て村民たちもひとまずは落ち着きを取り戻し、再び二階へと戻っていく。


「アルくん……」


ノエルがターニャの服の袖をぎゅっと強く握った。それに気づいたティアが、ノエルの手を自分の両手で優しく包み込んだ。


「大丈夫よ、アルちゃんはとっても強いんだから」


ティアがいつもと変わらぬ笑顔で言った。

その姿を見てノエルとターニャは彼女に尊敬の念すら抱く。そして自分だけ落ち込んではいられないと激しく叱咤した。

そうして身を寄せ合うこと数分、ターニャがおもむろに立ち上がった。

 

「来客のようです」


それと同時に、まるで空が落ちてきたのかと思うほどの魔力が屋敷全体に降り注いだ。

魔力の圧だけで屋敷がきしみ倒壊してしまいそうなほどで、実際に小さな民家程度なら崩れ落ちていただろう。


そして、地揺れのような振動が屋敷を揺らした。屋敷を守るように展開した結界を破壊しようと何者かが攻撃を加えているのだ。


ティアが固唾をのみ、ノエルがあまりの恐怖にガチガチと歯を鳴らして、身体を震わせた。

その少女の震えた身体をターニャがそっと抱きしめた。


「この騒ぎが落ち着いたら、皆でお茶会を開きましょう。とびきりのお菓子とお茶を用意して差し上げますよ。きっとノエル様もイーリス様も気に入ります」


「ターニャさん……」


泣きそうな声で自分を呼ぶノエルの頭を何度も撫でて、そっと身体を離した。

名残惜しそうにするノエルに優しく微笑みかけてから、今度はティアに向き直り深々と一礼した。


「奥様、行ってまいります」


「くれぐれも気をつけなさい 」


「有り難きお言葉です」


また深く礼をしてからターニャは入口の扉を開けて外へと出ていった。その足取りは優雅という他なく、不安など微塵もはらんではいなかった。

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