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第一部
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目の前の光景にアルテアは思わず息を呑んでいた。理解すら及ばないほどの圧倒的な力。
どうしてイーリスがそんな力を持っているのか。そもそも彼女は何者なのだろう。
様々な疑問がアルテアの頭の中を駆け巡るが言葉にはならなかった。
何を聞けばいいのかわからないほど混乱してもいたし、寒気を感じるほど神聖な気配を纏う彼女に気圧されてもいた。
イーリスも何も言わず決して振り返らなかった。どちらも言葉を発することなく、ただ無音の時間が過ぎていった。
永遠とも一瞬とも思える静寂の中、アルテアはイーリスをただ見つめていた。
透き通るような白い肌、月の光を受けてきらきらと光って風に揺れる白い髪、自分よりも背丈の低い女の子がその小さな手に大剣を握って立っている。不釣り合い、という言葉では収まりきらない程の力を小さな身に宿した少女。
異常としかいえない光景だが、アルテアはそれを美しいと感じた。そしてひどく哀しいとも。
イーリスは荒れ果てた大地に咲く一輪の花のようだった。それは、見る者にとっては美しく感じるだろう。だが、仲間もおらず、何もない荒野で孤独に花を咲かせるその花は、きっと寂しいはずだ。
そう思えば、どうして彼女が何も言わずにただ立っているのかわかる気がした。
この場にいるのが嫌なら立ち去ればいい。
自分が心配なら振り返って声をかければいい。そのどちらもしないのは、彼女はきっと困っているのだ。
人付き合いが苦手だから、こういう時にどんな顔をしていいのかわからない、どうやって声をかけていいのかわからない。
人見知りで自分の気持ちを上手く表現できない、でも少し寂しがり屋ないつもの少女と何も変わらない。
それがわかれば、今度は自分は一体この少女の何を怖がっていたのだろうと恥ずかしくなってくる。
何も怖がる必要などないのだ。イーリスはイーリスだ。
だからアルテアは自然と言葉をかけることができた。
「ありがとう、助かったよ。お前は怪我してないか、イーリス?」
「……怪我は、してない」
「そうか、なら良かったよ。でもやっぱり心配だな。お前は少し意地をはるところがあるからな……。こっちを向いて顔を見せてくれないか?」
アルテアがそう言うと会話が途切れた。彼女の背中から逡巡が伝わってきた。
だから何も言わずに彼女がこたえるのを待った。
ややあって諦めたようにイーリスが振り返った。
伏し目がちに俯いて下を見ているその様は、まるで親に叱られるのを怖がっている子どものように見えた。
先程まで強く恐ろしいイーヴルと相対し、あまつさえ一瞬で討滅してみせた少女がそんな姿をしているものだから、アルテアはなんだか可笑しくなってクスッと笑みを漏らした。
「……どうして笑うの」
イーリスが不満と恥ずかしさを何混ぜにしたように口を尖らせる。
「いや、すまん……。めちゃくちゃ強いくせに、そんなに怯えた様子をしてるのがなんだかおかしくてな」
「アルはいじわる……」
笑いを噛み殺すアルテアを、イーリスは湿度の高い目でじろりと見て抗議の意を伝えた。アルテアはそれを避けるように立ち上がり、イーリスに顔を寄せた。
「わるいわるい、許してくれ。でも本当に怪我はなさそうだな、安心したよ」
そう言ってイーリスの身体をつぶさに見て回った。
白を基調とした衣服からすらりと伸び肢体には傷一つなく、曇りひとつないガラス細工のように美しかった。
その細い腕の先には未だに大剣が握られている。
この少女のどこにそんな力があるのだろうと、まじまじとイーリスの顔を見つめる。
少女はその視線から逃れるようにもじもじと身動ぎした。心做しか顔が少し赤くなっているようにも見えた。
「なんだか顔が赤いけど大丈夫か?もしかして火傷してるんじゃないか?」
「……アルはバカ」
「え?」
「なんでもない」
誤魔化すようにイーリスが続ける。
「怪我がひどいのは……そっち」
「……俺は平気だよ。少しマシになった。応急処置くらいの回復魔法は使えるしな」
嘘ではなかった。イーリスが戦っている間、ハクが人知れず回復魔法をかけてくれていたからだ。
「ほんと……?どこも痛くない……?」
お返しとばかりにイーリスはアルテアの身体をじろじろとまさぐるように視線を這わせた。
アルテアはなんだかくすぐったくなってその場で跳ねたり腕を回したりと身体を動かして自分の健全さを主張した。
「大丈夫だよ、ほらこの通り」
「そう……良かった」
納得したのかイーリスも見つめるのをやめて胸を撫で下ろした。
普段表情の変化に乏しい彼女には珍しく、心底安心だという気持ちが顔に出ていた。
確かに少し前の自分の身体の状態を見ていたら無理もないか、とアルテアは苦笑した。あのままなら死は避けられなかっただろう。言うなればイーリスは命の恩人だ。
「ありがとな、助けてくれて」
改めて感謝の言葉を告げると、
少女は嬉しそうに目を細めた。
「ふん……イチャつくなら時と場を考えい」
突如、腰の魔本からが拗ねたような声が上がった。苛立ちを全身で表現するように魔本がカタカタと震えいる。
普段、誰かと話している時は口を挟まず大人しくしているハクのその行動はアルテアを大いに驚かせた。
アルテアはぎょっとなって思わず魔本を殴りつけた。
「ふぎゅっ!」
ドン!と鈍い音がしたあと、間の抜けた悲鳴が上がり、魔本が沈黙する。
気絶したのか、完全に沈黙したハクを見てアルテアはやりすぎたと思いつつ、おそるおそるといった様子でイーリスを伺った。
「今の声……なに?」
「なんだろうな……幻聴か何かかな」
目をぱちくりさせながら首を傾げるイーリスを何とか誤魔化そうと、アルテアが必死の面持ちで言い訳する。
そして思い出したように続けて口を開いた。
「そういえばお前、なんでそんなに強いんだ?鎧のイーヴルが勇者だとか言ってたが……」
「私は……」
「そこまでだよ、イーリス」
突如として割り込む鷹揚な声。
「続きは私が話しましょう」
柔らかい物言いとは裏腹に有無を言わせぬ強制力を感じさせる。アルテアは驚いて声のした方に顔を向けた。
どうしてイーリスがそんな力を持っているのか。そもそも彼女は何者なのだろう。
様々な疑問がアルテアの頭の中を駆け巡るが言葉にはならなかった。
何を聞けばいいのかわからないほど混乱してもいたし、寒気を感じるほど神聖な気配を纏う彼女に気圧されてもいた。
イーリスも何も言わず決して振り返らなかった。どちらも言葉を発することなく、ただ無音の時間が過ぎていった。
永遠とも一瞬とも思える静寂の中、アルテアはイーリスをただ見つめていた。
透き通るような白い肌、月の光を受けてきらきらと光って風に揺れる白い髪、自分よりも背丈の低い女の子がその小さな手に大剣を握って立っている。不釣り合い、という言葉では収まりきらない程の力を小さな身に宿した少女。
異常としかいえない光景だが、アルテアはそれを美しいと感じた。そしてひどく哀しいとも。
イーリスは荒れ果てた大地に咲く一輪の花のようだった。それは、見る者にとっては美しく感じるだろう。だが、仲間もおらず、何もない荒野で孤独に花を咲かせるその花は、きっと寂しいはずだ。
そう思えば、どうして彼女が何も言わずにただ立っているのかわかる気がした。
この場にいるのが嫌なら立ち去ればいい。
自分が心配なら振り返って声をかければいい。そのどちらもしないのは、彼女はきっと困っているのだ。
人付き合いが苦手だから、こういう時にどんな顔をしていいのかわからない、どうやって声をかけていいのかわからない。
人見知りで自分の気持ちを上手く表現できない、でも少し寂しがり屋ないつもの少女と何も変わらない。
それがわかれば、今度は自分は一体この少女の何を怖がっていたのだろうと恥ずかしくなってくる。
何も怖がる必要などないのだ。イーリスはイーリスだ。
だからアルテアは自然と言葉をかけることができた。
「ありがとう、助かったよ。お前は怪我してないか、イーリス?」
「……怪我は、してない」
「そうか、なら良かったよ。でもやっぱり心配だな。お前は少し意地をはるところがあるからな……。こっちを向いて顔を見せてくれないか?」
アルテアがそう言うと会話が途切れた。彼女の背中から逡巡が伝わってきた。
だから何も言わずに彼女がこたえるのを待った。
ややあって諦めたようにイーリスが振り返った。
伏し目がちに俯いて下を見ているその様は、まるで親に叱られるのを怖がっている子どものように見えた。
先程まで強く恐ろしいイーヴルと相対し、あまつさえ一瞬で討滅してみせた少女がそんな姿をしているものだから、アルテアはなんだか可笑しくなってクスッと笑みを漏らした。
「……どうして笑うの」
イーリスが不満と恥ずかしさを何混ぜにしたように口を尖らせる。
「いや、すまん……。めちゃくちゃ強いくせに、そんなに怯えた様子をしてるのがなんだかおかしくてな」
「アルはいじわる……」
笑いを噛み殺すアルテアを、イーリスは湿度の高い目でじろりと見て抗議の意を伝えた。アルテアはそれを避けるように立ち上がり、イーリスに顔を寄せた。
「わるいわるい、許してくれ。でも本当に怪我はなさそうだな、安心したよ」
そう言ってイーリスの身体をつぶさに見て回った。
白を基調とした衣服からすらりと伸び肢体には傷一つなく、曇りひとつないガラス細工のように美しかった。
その細い腕の先には未だに大剣が握られている。
この少女のどこにそんな力があるのだろうと、まじまじとイーリスの顔を見つめる。
少女はその視線から逃れるようにもじもじと身動ぎした。心做しか顔が少し赤くなっているようにも見えた。
「なんだか顔が赤いけど大丈夫か?もしかして火傷してるんじゃないか?」
「……アルはバカ」
「え?」
「なんでもない」
誤魔化すようにイーリスが続ける。
「怪我がひどいのは……そっち」
「……俺は平気だよ。少しマシになった。応急処置くらいの回復魔法は使えるしな」
嘘ではなかった。イーリスが戦っている間、ハクが人知れず回復魔法をかけてくれていたからだ。
「ほんと……?どこも痛くない……?」
お返しとばかりにイーリスはアルテアの身体をじろじろとまさぐるように視線を這わせた。
アルテアはなんだかくすぐったくなってその場で跳ねたり腕を回したりと身体を動かして自分の健全さを主張した。
「大丈夫だよ、ほらこの通り」
「そう……良かった」
納得したのかイーリスも見つめるのをやめて胸を撫で下ろした。
普段表情の変化に乏しい彼女には珍しく、心底安心だという気持ちが顔に出ていた。
確かに少し前の自分の身体の状態を見ていたら無理もないか、とアルテアは苦笑した。あのままなら死は避けられなかっただろう。言うなればイーリスは命の恩人だ。
「ありがとな、助けてくれて」
改めて感謝の言葉を告げると、
少女は嬉しそうに目を細めた。
「ふん……イチャつくなら時と場を考えい」
突如、腰の魔本からが拗ねたような声が上がった。苛立ちを全身で表現するように魔本がカタカタと震えいる。
普段、誰かと話している時は口を挟まず大人しくしているハクのその行動はアルテアを大いに驚かせた。
アルテアはぎょっとなって思わず魔本を殴りつけた。
「ふぎゅっ!」
ドン!と鈍い音がしたあと、間の抜けた悲鳴が上がり、魔本が沈黙する。
気絶したのか、完全に沈黙したハクを見てアルテアはやりすぎたと思いつつ、おそるおそるといった様子でイーリスを伺った。
「今の声……なに?」
「なんだろうな……幻聴か何かかな」
目をぱちくりさせながら首を傾げるイーリスを何とか誤魔化そうと、アルテアが必死の面持ちで言い訳する。
そして思い出したように続けて口を開いた。
「そういえばお前、なんでそんなに強いんだ?鎧のイーヴルが勇者だとか言ってたが……」
「私は……」
「そこまでだよ、イーリス」
突如として割り込む鷹揚な声。
「続きは私が話しましょう」
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