両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

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第二部

それぞれの覚悟

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 世界がまるで本来の輪郭と色彩を失ってしまったようだった。
実際に世界が崩壊したわけではない。
眼前に立つ男の放つ闘気がアルテアにそう錯覚させていた。


 アルゼイド。一振の鋼が人という形をとったなら、きっと彼のような姿になるだろう。赤い月のような赤銅色の髪が彼の肉体から迸る闘気でたなびき、深い群青の双眸が鋭くこちらを見据えている。
精悍な顔立ちに相応しく、深い青を基調とした騎士服の上からでも、その肉体が鍛え抜かれていることがわかる。

 まさに鍛え抜かれた一振の剣。その男がこれまでに積んできた修練の全てが、いま自分に向けられている。

 アルテアは全神経をアルゼイドのみに集中させる。
周囲の景色から色が失われ灰色に変わっていく。
彼の一挙手一投足の他に情報は不要。
いや、そうしなければ彼は容易く自分の死線を踏み越える。
その確信がアルテアにはあった。

 灰色に変わった世界で、アルゼイドの体が陽炎のように揺らいだかと思うと、突風のような殺気がアルテアに叩きつけられる。
次の瞬間には、アルテアの視界いっぱいにアルゼイドの姿が迫っていた。
冷たく光る大剣が視認すら許さぬ速度でアルテアの首に迫る。

「──ッ!!」

 アルゼイドの稲妻のような剣さばきであるが、身体を鍛え上げたのはアルテアも同じ。
反射的に身をかがめて襲い来る白刃を回避するがーーアルゼイドの斬撃はまさしく
斬撃が空気を切り裂くことで発生する激風がアルテアの体の自由をわずかに奪った。
その隙を見逃さず、アルゼイドは剣を振り抜いた勢いを利用してそのまま回転、回し蹴りを放つ。
アルテアは咄嗟に右腕を上げて蹴りの直げを防ぐが、その一撃は凄まじく重い。

「ぐっ!」

 腕の上から脳がひっくり返るほどの衝撃が頭部に走り呻き声が漏れる。
このままでは受け止めきれないと判断し、蹴りの力を受け流すように後ろに跳んだ。
蹴りの威力と自分から後ろに跳んだ勢いとが相まってアルテアの体が宙へと打ち出される。

「ちぃっ!」

 まるで家の庭で打ち合った時の焼き直しのような状況に顔を顰めながらも空中で受身を取り、アルゼイドの姿を見落とさないように地上を凝視する。
 目を離した瞬間はなかった。
いつの間にか地上からアルゼイドの姿が消えたかと思えば、気がつけば自分の頭上で剣を振り上げていた。


 頭上から放たれる唐竹割りの豪剣。
剣を構えて防御の姿勢をとるが、剣の威力を見て受け止めることは不可能だと瞬時に判断する。
剣と剣が打ち合ったその刹那、アルテアは自ら剣を引いて豪剣の勢いを受け流し、斬撃の軌道をわずかに右へとずらした。
タイミングを見誤るとそのまま叩き切られていただろう。
完璧なタイミングだった。

 逸らした剣がアルテアの頬をかすめ風圧で髪が踊り、赤髪がはらりと散った。
 アルテアは剣を振り切ってがら空きになった父の胴を狙いすかさず逆袈裟をしかけるが、ある得ないほどの速さで切り返してきた大剣によりあえなく防がれる。
 一瞬の鍔迫り合いの後、互いに剣を弾き、空中でくるくると体を捻りながら地上へと着地、アルテアは足が地面に着くと同時にすかさず地を蹴った。

「疾ッ!!」

 口の端から吐息が漏れる。
切っ先を地面に向けてだらりと垂らしたまま直線的な軌道で斬り込んだ。
その動きは疾風のような速さで、瞬きひとつする間に二人の距離が詰まった。

 突撃の勢いをそのまま乗せてアルテアは下から上へと斬りあげる。
赤銅色の髪を翻し、アルゼイドは紙一重で斬撃をかわすが、アルテアはさらに踏み込みぴたりと彼に追従し、連続して斬撃を繰り出す。
アルゼイドにも劣らぬアルテアの剣撃はまるで光芒を放つ鋭さで、衝撃波で付近の草木は刈り取られ、大地は引き裂かれたように粉塵を巻き上げる。
アルゼイドはまるで庭を散歩でもするかのように、苛烈な斬撃を避ける。

「……腕を上げたな 」

 アルゼイドが呟いたかと思うと、キンッと澄んだ音が響いて火花が散った。
ふたりの剣閃がぶつかり合った衝撃で大気が揺れる。

「魔力も無しにこれだけの身体能力、そして剣技……一体どれほどの地獄をみたか。お前の積んだ修練の過酷さ……その覚悟は理解している。──だからこそ」

 火花が散る。

「お前を行かせることは……出来んッ!」

 大きく薙ぎ払うような一撃にまたも火花が散った。

「お前には才能が、ある!そしてそれを無駄にしない向上心……目標に向けて努力を怠らない弛まぬ精神!お前が目指せば、行けぬところはない……素直に、そう思える!」

 言葉を区切るように、強烈な一撃を繰り出し、その数だけ火花が散って消えていく。

「だがそれは、犠牲を強いる!お前自身という犠牲をな!」

 まるで語り合うように、ふたりは剣を打ち合う。

「このままお前を行かせれば、目的を果たしたところで……お前は必ず死ぬことになる!」

 アルゼイドが叫ぶ。

「死ぬとわかっていてお前を送り出すことは……見殺しにすることは、俺には、出来ん!!」

 次の瞬間、特大の火花が散って剣撃の音が変わる。
高く澄んだ音から、地鳴りのような鈍く重い音になる。
これまで受け流しに徹していたアルゼイドが、アルテアに対抗して積極的に打ち合いを始めた。
それに応じてアルテアの剣撃も威力を増していく。

 打ち合いが激しくなったためか、アルゼイドのも口をつぐみただ剣を振るった。
 両者は互いに無言で剣をぶつけ合っていたが、一方でそれは雄弁だった。
卓越した剣士が互いに剣を打ち合う姿はそれ自体がまるで洗練された舞踏のように美しく、観客がいればその戦いに目を奪われていただろう。

「ハァッ!!」

 大きく薙いだ大剣の一撃。
 アルテアはそれを長剣で受け止め、鋼同士がぶつかり合った衝撃で後方に弾かれ距離が開いた。

「父さん……」

  肩で息をするアルテアの上腕から血が流れ落ち、地面に赤い染みをつくる。
 対するアルゼイドは、無言で剣を構えるその姿から充分に余力を残していると思われた。

「領主代行として領民を、騎士として臣民を……そして父として家族を守ることが俺の務め」

 固く誓われた決意の声だった。

「言って聞かぬと言うのなら、たとえお前を斬ってでも……俺はその務めを全うする。許せとは、言わぬ」


 アルゼイドの纏う空気が変わった。
それまで周囲の景色を歪めるほど強烈に放たれていた闘気と魔力が穏やかになり、辺りがしんと静まり返った。
まるで光の届かぬ深い海の底に居るような、言い知れない恐怖をアルテアは感じた。

 何かが来る。
そう思った時既に、アルゼイドが間合いに飛び込んでいた。
刃のような研ぎ澄まされた眼光。
アルテアの一挙手一投足、呼吸のリズムに至るまで隅々を認識し、意識の急所を掻い潜り鋼の刃が銀色に閃く。

──斬る。

 彼の目がそう告げていた。

  一閃。
胸元から肩口に向かって迫る大剣による斬りあげを、上半身を逸らすことで回避。

 二閃。
超常的な身体操作による雷光のごとき切り返し。
隕石のような圧力をもって落ちてくる大剣を、剣の側面に自身の剣をぶつける事で軌道を逸らす。
が、間髪入れずにすぐさま次の剣撃が襲い来る。

 三閃、四閃、五閃、六閃。
 次々と迫り来る一撃をかわし、弾く。それでも攻撃の手は止まらない。

 八、十六、三十二、六十四、百二十八。
 瞬きするほどのわずかな間に展開された結界とでも言うべき斬撃は、その全てに必殺の威力が乗っている。
 駄目だ。
 速すぎる。
 空間ごと切り裂くような銀閃の嵐に呑まれる。視界全てを満たす閃光を必死に目で追い対抗するが、もはや自分自身がどういう状態なのかも判然としない。
時折感じる熱く鋭い感覚で、自分が切り刻まれていることだけはわかった。
それでもまだ致命打はもらっていない。
だがこのままではジリ貧だった。
一旦、距離を取らないと。

 何合目もわからない斬撃を弾いて横に跳躍する。
鋭い刃が足を掠めて血が吹き出した。

「ぐっ──!」

 横転しそうになる体を気合いで支えてさらに踏み込み、加速する。
ただひたすらに前へと駆けて巨木が立ち並ぶ森中へと突入する。
背後でそれらが微塵に斬り刻まれる。
振り向き少しでも速度を落とせば自分も同じようになることはわかっていた。

 速力でもわずかに劣るアルテアはアルゼイドに追いつかれ、並走する。
アルゼイドの腕が消えたかと思うと同時に光が閃き、遅れて衝撃波と轟音で世界が揺れた。

 家ほどの太さを持つ巨木がまるで紙のように寸断される。
 深い森の中をふたつの影が交錯し、雷光のような火花を散らす。
 このまま続けていても勝てはしない。
交錯の最中、度重なる打ち合いでガタツキ始めた自身の長剣を一瞥して決断する。

「ハァッ!」

 気合一声。アルテアは迫る大剣を弾き返して一直線に駆けた。
矢のように飛び出し、緑の景色も自身を狙う斬撃も置き去りにしてアルテアが疾駆する。
 
 やがて視界が一気に開けた。森を突き抜け小高い丘に躍り出る。
眼前に広がるのは、いつも見慣れた風景。朝焼けに染まる黄金色の麦畑。
疾走しながら剣を交えるうちに、村の方へと戻ってきていたのだ。

 後ろから迫り来た父の方へ振り返る。
 アルテアは地平線から上った眩く輝く太陽と、生まれ育った故郷を背負い、父と真っ向から対峙する。

──ここで勝負を決める。

 アルテアは眼前に立つ父を見据えながら剣を鞘へと収めた。
キン、と早朝の少し冷たい澄んだ空気に鍔鳴りが響いた。
 膝を曲げて腰を落とし、一度柄から手を離し、もう一度小指から順に指を曲げて柄を握った。抜き打ちの構えだ。

「抜き打ちか」

 アルテアの構えを見たアルゼイドが重い声で言う。

「この国では珍しくはあるが……それは反りのある剣聖でこそ真価を発揮する技。奇抜なだけでは俺には通用せん」

「ああ。ただの抜き打ちなら、そうだろうな」

  アルテアが決意に満ちた眼差しで答える。

「父さん。俺にはもったいないほど、あなたは俺の事を想ってくれている。だから俺も、全力で応えよう」

「おい。お主……まさか、をやる気か」

 それまで一切手を出さず成り行きを見守っていたハクが突如として声を発した。

「あれは負荷が大きすぎる。最悪、長期にわたり身体能力を著しく損なうぞ」

 そう問いかけるハクに顔は向けずに、アルゼイドを真っ直ぐに見つめながらアルテアが答える。

「……俺は幸せ者だ。こんなにも俺を心配してくれる人がいる。父さんだけじゃない。母さんやリーナ、ノエル、それに村の皆も。皆いい人だ。俺は皆が好きだ」

 戦いのただ中にあるとは思えない穏やかな声だった。

「俺のわがままで、そんな人たちを……俺を案じてくれる人たちを悲しませることになる。だからこそ、今の俺が持つ最高の力を使う」

「はぁ……。一度言い出すと聞かぬやつだからな。もう好きにせい」

 アルテアはそれに、ただ微笑んで応えた。

 
「……」

「……」

 互いを無言で睨み合う。
 互いの発する剣気で飛ぶ鳥すら切り裂きそうな空間に、不意に人の気配。そして高い声が響く。

「おにいちゃん!パパ!」

 リーナだった。後ろにはティアも続いている。おそらくふたりの戦いに気づき止めに来たのだろう。だが、少し遅い。

 既に時は満ちていた。

 場の空気が変わったのをキッカケに、アルテアは力強く地を蹴り突撃。飛んで火に入る虫のごとく、自ら死線に飛び込んだ。アルゼイドもまた、前へと飛び出す。
 ふたつの影が重なるその間際、アルゼイドの刃がアルテアに襲いかかる。      
無数の斬撃が雨のように降ってきた。いや。正確には、二百二十七閃だ。 
 アルテアには
 ほぼ同時といっても差し支えない程のわずかな時間差で放たれた二百二十七の斬撃のうち、百が囮でそれ以外の残り全てが致命の斬撃。

「俺はもう、二度と誰にも負けない!!」

咆哮と共に百と百一の間にある針の穴のような隙間を抜けて距離を縮め、一刀を振るった。
 技を尽くした剣筋が交錯し、キィンと澄んだ音が朝焼けの空に響き、くるくると、太陽の光を反射しながら大剣が宙を舞い、乾いた音を立てて地面に突き刺さった。

「……」

 剣を交えてアルテアとすれ違ったままの姿勢で、アルゼイドは呆然とした顔で、剣を握っていたはずの自身の手を見つめている。

「はぁ……はぁ……はぁ……ゴホッ!」

 一方アルテアは、口の端から血を垂らしながら大きく肩で息をして、長剣を杖のようにして何とか体を支えていた。
一見しただけでは勝敗がわからない。
いや。このまま戦いを継続すれば疲弊したアルテアに勝機はない。
 だが、そうはならなかった。

「……俺の剣だけを落とすとはな。まったく、お前というやつは……」

 アルゼイドが諦めたように息を吐き、振り返る。

「剣士が剣を失ったのでは……戦いはもう終わりだな。お前の勝ちだ、アル」

 それまでの近づけば斬り捨てられそうな剣呑な雰囲気が霧散し、アルゼイドが困ったように笑った。

 勝った。

 今までどう足掻いても勝てなかった父に、自分が勝った。
嬉しさのあまり叫びたくなったが、あまりにも全身の痛みが酷すぎてできなかった。

「はは……」

 だから、アルテアは小さく笑った。
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