109 / 123
第二部
死合い
しおりを挟む
鋭い殺気に意識が覚醒した。
アルテアは瞬時に体を起こして枕元に置いてあるハクを手に取り、ベッドから飛び退いて衣装ケースの陰に身を潜めた。
「なんだなんだ、朝っぱらから穏やかではないのう……」
ハクの間の抜けた声が静かな部屋に響く。殺気は明らかに自分に向けて放たれているものだが攻撃らしい攻撃はやってこない。
そして少しして、殺気を発しているのが自分のよく知る人物だということに気がついた。いったいどういうわけか考えてみるがわからない。
立ち上がって警戒を保ちつつ窓際へ寄り、庭を見下ろした。
「なんのつもりだ──父さん」
殺気を放っている張本人──庭に静かに佇むアルゼイドに、アルテアは固い声で問い詰めた。アルゼイドはそれに答えることなく、ただ静かに「降りてこい」と言った。
大きな声ではなかったが、有無を言わせぬ圧力があった。
「なにやらわからぬが……ただ事ではないな」
ハクの言う通りだ。全く状況が飲み込めないがただ事ではないと判断し、アルテアはすぐさま庭へと降りて父に対面する。背に大剣を背負うアルゼイドはこれまで見たことのない冷徹な顔をしていて、全身から闘気を滾らせている。片手には大剣とは別に長剣を携えていた。
今まで感じたことのない父の修羅とでもいうべに顔を目にして、アルテアの背中にぞくりと寒気が走った。
アルゼイドが手を伸ばし、手に持った長剣をアルテアに差し出す。
「剣を取れ、アル」
「あ……ああ。なんだ、稽古なのか?それにしては穏やかな雰囲気じゃないけど……」
剣を受け取りそう尋ねる。
アルゼイドは険しい顔を変えることなく、ぶっきらぼうに言う。
「稽古ではない。死合え」
「は?死合……?」
父から発せられたとは信じがたい言葉に、ぽかんとなるアルテア。次の瞬間、視界から、アルゼイドの姿が掻き消えた。
目の端で白い閃光の煌めきを捉えるのと同時、電撃的な速度で体が反応し、手渡された剣を抜く。
鋼と鋼がぶつかり合った。
雷鳴のような剛音が周囲に轟き、巨大な鉄塊が衝突したような衝撃がアルテアを襲った。
衝撃に吹き飛ばされないよう、踏ん張りをきかせてその場に踏みとどまる。
「ほう……」
隣に浮くハクの呑気な声をいやに遠く感じた。ギリギリと火花を散らす交差した剣を挟み、それだけで人を殺せそうなほど鋭い殺気を放つ父の顔がある。
「父さん、いったいなんの真似──」
アルテアがなおも問い詰めようとしたところでアルゼイドが周囲に一瞬だけ目を配り、冷たく言い放つ。
「場所を変えるか」
交える剣の圧力が一段増した。
一瞬だけふわりと風に乗ったような感覚のあと、アルテアの視界の天地が逆転してアルゼイドが──地面が急速に遠のいた。
「なっ──!?」
何が起きたかわからず周囲に視線を走らせる。どんどん小さくなっていく屋敷、村、そして森。眼下に広がる領地の景色を見て、自分が弾き飛ばされたということにようやく気付いた。
人間業ではない。凄まじいまでの膂力にアルテアは戦慄する。
矢のように風を切って飛んでいくアルテアは、アーカディア平野に突入して少ししてからようやく勢いを失った。
受け身をとって緑々しい草木が並ぶ平野に着地する。
「ただの剣の一振りで随分と飛ばされたものだ。お主の父は……本当に人間か?常識外れだぞ」
どうやって追ってきたのか、隣に現れたハクが呆れたように言う。
「お前もな」と心の中でツッコミをいれつつアルテアも頷き返した。
「すさまじいな。理由はさっぱりわからんが……父さんとやり合うなら今のうちになんとか態勢を──ん?」
そうして周囲を見渡すと、キラリと朝の空に輝くひとつの点を認めた。
ぐんぐんとこちらに近づいてくる。
ズドォン!!
眼前の大地が爆ぜた。アルテアは飛び散る地面の破片と粉塵から身を守りながら決して視線を外さない。立ち込める粉塵の中にはアルゼイドがいた。
足元の地面は着地の衝撃で大きく陥没してクレーターができていた。空から降ってきたということは屋敷から平野まで跳躍したということだろうか。
常軌を逸した身体能力にアルテアは絶句する。そんな息子をよそにアルゼイドはゆっくりと辺りを見渡して静かに呟いた。
「……ここなら周囲の被害も気にせずにすむ」
アーカディア平野はその名の通り古竜アーカディアの魔力が大地に浸透している。そのため他の場所よりも地面や木々の強度は高く、少々の破壊なら三日とかからずに再生する。
「本気なんだな」
アルテアも父が本気であるということを悟る。この場所を選んだことが何よりの証左であった。
「ああ。俺は……魔力を持たぬ今のお前が旅に出ることには反対だ。息子をむざむざ死地に送ることはできない。どうしてもというなら……俺を倒し力を示せ」
アルゼイドはそう告げて大剣を構え、魔力を練り上げる。
「魔素──魔力に満ちた世界で魔力を持たないということは、魔力に対する抵抗が無いということだ。それはもはや何の装備もなしに常に業火に晒され続けているようなもの。日常の生活を送るだけでも想像を絶する苦痛が伴うはずだ。そんなお前に外は危険すぎる。……いま俺に勝てぬようでは、遅かれ早かれどこかで必ず命を落とすだろう」
そう。今のアルテアには魔力がない。
それがアルゼイドが頑なに反対する理由である。
「父さんが心配するのはわかる。でも、俺は行く。俺の成すべきことを成すために」
アルテアが決意を込めた眼差しで告げる。アルゼイドはそれを否定するかのように、右手に持つ大剣を大きく横に振るった。
竜巻でも起きたのかと錯覚するような激風が吹き荒れ、遠くに見える山の切っ先が剣圧で両断される。
山の一部がずるずると横滑りしていく光景にアルテアは息を呑む。
「心無き者が振るう力は悪。そして力無き者の大志はただの夢物語──戯言だ」
緑に囲まれた穏やかな草原で、両者の激しい意志が激突する。
アルテアは瞬時に体を起こして枕元に置いてあるハクを手に取り、ベッドから飛び退いて衣装ケースの陰に身を潜めた。
「なんだなんだ、朝っぱらから穏やかではないのう……」
ハクの間の抜けた声が静かな部屋に響く。殺気は明らかに自分に向けて放たれているものだが攻撃らしい攻撃はやってこない。
そして少しして、殺気を発しているのが自分のよく知る人物だということに気がついた。いったいどういうわけか考えてみるがわからない。
立ち上がって警戒を保ちつつ窓際へ寄り、庭を見下ろした。
「なんのつもりだ──父さん」
殺気を放っている張本人──庭に静かに佇むアルゼイドに、アルテアは固い声で問い詰めた。アルゼイドはそれに答えることなく、ただ静かに「降りてこい」と言った。
大きな声ではなかったが、有無を言わせぬ圧力があった。
「なにやらわからぬが……ただ事ではないな」
ハクの言う通りだ。全く状況が飲み込めないがただ事ではないと判断し、アルテアはすぐさま庭へと降りて父に対面する。背に大剣を背負うアルゼイドはこれまで見たことのない冷徹な顔をしていて、全身から闘気を滾らせている。片手には大剣とは別に長剣を携えていた。
今まで感じたことのない父の修羅とでもいうべに顔を目にして、アルテアの背中にぞくりと寒気が走った。
アルゼイドが手を伸ばし、手に持った長剣をアルテアに差し出す。
「剣を取れ、アル」
「あ……ああ。なんだ、稽古なのか?それにしては穏やかな雰囲気じゃないけど……」
剣を受け取りそう尋ねる。
アルゼイドは険しい顔を変えることなく、ぶっきらぼうに言う。
「稽古ではない。死合え」
「は?死合……?」
父から発せられたとは信じがたい言葉に、ぽかんとなるアルテア。次の瞬間、視界から、アルゼイドの姿が掻き消えた。
目の端で白い閃光の煌めきを捉えるのと同時、電撃的な速度で体が反応し、手渡された剣を抜く。
鋼と鋼がぶつかり合った。
雷鳴のような剛音が周囲に轟き、巨大な鉄塊が衝突したような衝撃がアルテアを襲った。
衝撃に吹き飛ばされないよう、踏ん張りをきかせてその場に踏みとどまる。
「ほう……」
隣に浮くハクの呑気な声をいやに遠く感じた。ギリギリと火花を散らす交差した剣を挟み、それだけで人を殺せそうなほど鋭い殺気を放つ父の顔がある。
「父さん、いったいなんの真似──」
アルテアがなおも問い詰めようとしたところでアルゼイドが周囲に一瞬だけ目を配り、冷たく言い放つ。
「場所を変えるか」
交える剣の圧力が一段増した。
一瞬だけふわりと風に乗ったような感覚のあと、アルテアの視界の天地が逆転してアルゼイドが──地面が急速に遠のいた。
「なっ──!?」
何が起きたかわからず周囲に視線を走らせる。どんどん小さくなっていく屋敷、村、そして森。眼下に広がる領地の景色を見て、自分が弾き飛ばされたということにようやく気付いた。
人間業ではない。凄まじいまでの膂力にアルテアは戦慄する。
矢のように風を切って飛んでいくアルテアは、アーカディア平野に突入して少ししてからようやく勢いを失った。
受け身をとって緑々しい草木が並ぶ平野に着地する。
「ただの剣の一振りで随分と飛ばされたものだ。お主の父は……本当に人間か?常識外れだぞ」
どうやって追ってきたのか、隣に現れたハクが呆れたように言う。
「お前もな」と心の中でツッコミをいれつつアルテアも頷き返した。
「すさまじいな。理由はさっぱりわからんが……父さんとやり合うなら今のうちになんとか態勢を──ん?」
そうして周囲を見渡すと、キラリと朝の空に輝くひとつの点を認めた。
ぐんぐんとこちらに近づいてくる。
ズドォン!!
眼前の大地が爆ぜた。アルテアは飛び散る地面の破片と粉塵から身を守りながら決して視線を外さない。立ち込める粉塵の中にはアルゼイドがいた。
足元の地面は着地の衝撃で大きく陥没してクレーターができていた。空から降ってきたということは屋敷から平野まで跳躍したということだろうか。
常軌を逸した身体能力にアルテアは絶句する。そんな息子をよそにアルゼイドはゆっくりと辺りを見渡して静かに呟いた。
「……ここなら周囲の被害も気にせずにすむ」
アーカディア平野はその名の通り古竜アーカディアの魔力が大地に浸透している。そのため他の場所よりも地面や木々の強度は高く、少々の破壊なら三日とかからずに再生する。
「本気なんだな」
アルテアも父が本気であるということを悟る。この場所を選んだことが何よりの証左であった。
「ああ。俺は……魔力を持たぬ今のお前が旅に出ることには反対だ。息子をむざむざ死地に送ることはできない。どうしてもというなら……俺を倒し力を示せ」
アルゼイドはそう告げて大剣を構え、魔力を練り上げる。
「魔素──魔力に満ちた世界で魔力を持たないということは、魔力に対する抵抗が無いということだ。それはもはや何の装備もなしに常に業火に晒され続けているようなもの。日常の生活を送るだけでも想像を絶する苦痛が伴うはずだ。そんなお前に外は危険すぎる。……いま俺に勝てぬようでは、遅かれ早かれどこかで必ず命を落とすだろう」
そう。今のアルテアには魔力がない。
それがアルゼイドが頑なに反対する理由である。
「父さんが心配するのはわかる。でも、俺は行く。俺の成すべきことを成すために」
アルテアが決意を込めた眼差しで告げる。アルゼイドはそれを否定するかのように、右手に持つ大剣を大きく横に振るった。
竜巻でも起きたのかと錯覚するような激風が吹き荒れ、遠くに見える山の切っ先が剣圧で両断される。
山の一部がずるずると横滑りしていく光景にアルテアは息を呑む。
「心無き者が振るう力は悪。そして力無き者の大志はただの夢物語──戯言だ」
緑に囲まれた穏やかな草原で、両者の激しい意志が激突する。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる