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第二部
兄妹
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話を終えたアルテアとノエルもリーナたちに交じって一緒に遊んだ。
リーナはノエルにもとてもなついていて、ノエルも本当の妹のようにリーナを可愛がっていた。
アルテアは皆と楽しそうに遊ぶのリーナを見て嬉しく思う反面、こうして皆で過ごせるのもあとわずかだと思うと寂しくもある。
自分は自身の目的のために家を出る。そうすればハクと仔竜も同道することになる。そしてノエルは魔法学院へと行く。
リーナだけがここに残る。その時、この小さな女の子はどれだけ悲しむことになるのだろう。
残されるリーナの気持ちを思えば、自分の選択は間違っているのかもしれない。何度もそう考えた。それでもアルテアは行くと決めた。
だからこそ今という時を大切にしよう。
そしてリーナの中にあたたかい陽だまりのような思い出を少しでも残せるように。それが自分にできる唯一のことだ。
そうして皆で遊んでいると、いつの間にか日が落ちかけていた。
太陽が地平線に沈みかけた夕暮れ時。ノエルは用事があるから先に帰ると切り出した。
「用事があるからそろそろ行くね。ごめんね、リーナちゃん。また今度」
リーナは両手でハクを胸に抱きしめて、別れを告げるノエルを見送っている。だんだん小さくなっていくノエルの背中を名残惜しそうに見つめる妹に、アルテアは声をかける。
「俺たちもそろそろ帰るか。あまり遅くなると怒られちゃうからな」
「……だ」
帰宅を促すアルテアの言葉にリーナがぼそりと何かを呟きを返すが、あまりにか細い声で何を言っているのかはっきりと聞き取れなかった。ハクを抱きしめて俯く妹にアルテアは優しく聞き返す。
「ん?どうしたんだ?」
「やだ!」
リーナは震える声で言った。叫び声にも似た妹の返事にアルテアはぎょっとなる。
「やだって……急にどうしたんだ。帰らないと母さんと父さんも心配するぞ?」
「やだ!もっとお兄ちゃんと遊ぶの!」
「お兄ちゃんと遊びたいなら明日でもいいじゃないか。だから今日は帰ろう……な?」
アルテアはそう言ってリーナの手を掴んで引こうとするが、リーナは頑としてそこから動こうとしなかった。それどころか魔力による身体強化まで使って抗っていた。
その頑なな妹の態度にただのわがままや癇癪ではない確固とした意志があることを悟る。
だがその理由はわからない。
「本当にどうしたんだ?何か理由があるなら言ってくれないと……」
膝を着いて目線を合わせ、未だ俯く妹に問いかける。
待つことしばらく、リーナは絞り出すように口を開いた。
「だって……お兄ちゃん……もうすぐ遠くに行っちゃうんでしょ……?」
妹の言葉に、まるで心臓を鷲掴みにされたかのように胸の奥が締め付けられた。
リーナに直接その話をしたことはない。だが子供ながらに感じ取っていたのだ。
もうすぐ大好きな兄と離れ離れになってしまう。だからこそ、それまでの間は少しでも一緒にいたい。
そう思う妹の気持ちをわがままの一言で片付けることはアルテアにはできなかった。
「リーナ……気づいてたのか」
「わかるよ……だって家族だもん……」
「そうか……黙っててごめんな」
アルテアが言うとリーナは俯けていた顔を上げて兄を見つめた。母親譲りの美しい金色の瞳に涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうだった。
その涙を堪えようとしているのだろう、ハクを抱くリーナの腕が震えていた。
「ど……どうしても……行かなきゃダメ……?」
震える瞳でアルテアを見つめながらリーナが言う。
「リーナ……俺は……」
「リーナはもっとお兄ちゃと一緒にいたい!ずっとここにいてよ!どこへも行っちゃいや!」
自分の腕を掴んで叫ぶリーナの姿に、アルテアは心を揺さぶられる。
可愛い妹をこんなに悲しませるほど自分の選択に意味があるのか。涙する妹を前にして、固めたはずの決意が揺らぐ。
だが、それでも。
勇者として死ぬまで戦う宿命を背負った少女を想う。
自分の過酷な運命を知っていてなお、彼女は笑った。
前世の世界ではきっと今も、自分と同じように子供たちが使い捨てられて死んでいるだろう。そんなことはもう辞めさせなくてはならない。
そしてリーナが抱える魔導書の中の少女。
自分が何者かもわからずにずっと長いことひとりで過ごしていた孤独な少女。魔法を介して彼女と繋がったことで、彼女の生がアルテアにも共有されている。
永遠とも思える長い年月を生きてきたが故に少女が抱く孤独と苦しみを知った。
それら全てに顔を背けて生きることはアルテアにはできなかった。
「ごめんな、リーナ。お兄ちゃんは……俺にはどうしてもやらないといけないことがあるんだ」
「それは、お兄ちゃんがしないといけないことなの……?他の人に任せちゃいけないの……?」
「そう、だな。もしかしたら他の人でもできるのかもしれない。遠い未来に他の誰かがやってくれるのかもしれない。でも……そうだとしても、いま俺がやらなくていい理由にはならないんだ」
アルテアはリーナの手を取り自分の手で優しく包み込んで微笑みかける。
「お前は強くて良い子だ。だから……お兄ちゃんの大事なお願いをきいてくれるか?」
アルテアは蒼い瞳でまっすぐにリーナを見つめて聞くと、少女はこくりと小さく頷いた。涙で潤んだ彼女の瞳には確かに自分の姿が映っている。
「お兄ちゃんの代わりに父さんと母さんを守るんだ。できるかな?」
「で、できるよ!いっぱい、いっぱい練習したから!魔法だって上手に使える!お兄ちゃんたちに……たくさん教えてもらったもん!パパとママは……リーナに任せて!」
リーナは手をほどいて彼に抱きつき、力強く答えた。
「ありがとう、リーナ。お前は俺の誇りだよ」
アルテアも優しく妹を抱きしめた。
リーナの頬から流れる涙がアルテアの肩にぽろぽろと落ちる。
少女の流した涙はとても尊いものだろう。その涙を無駄にしないためにも必ず自分の目的を成し遂げる。アルテアはそう固く誓った。
「今日は……もう少しだけ遊んで帰ろうか。リーナの好きなことをしよう。ハクと、この子も一緒にな」
「やれやれ、今日は特別だぞ」
「キュウ!」
アルテアが言うと、ハクがしぶしぶ、仔竜はノリノリといった様子でそれぞれの反応を示す。
「うん……!」
リーナが元気よく答えて、結局アルテアたちは夜更けまで遊び倒した。
その夜、家に帰ると「帰りが遅い!」とティアとターニャにふたりして怒られることになった。
リーナはノエルにもとてもなついていて、ノエルも本当の妹のようにリーナを可愛がっていた。
アルテアは皆と楽しそうに遊ぶのリーナを見て嬉しく思う反面、こうして皆で過ごせるのもあとわずかだと思うと寂しくもある。
自分は自身の目的のために家を出る。そうすればハクと仔竜も同道することになる。そしてノエルは魔法学院へと行く。
リーナだけがここに残る。その時、この小さな女の子はどれだけ悲しむことになるのだろう。
残されるリーナの気持ちを思えば、自分の選択は間違っているのかもしれない。何度もそう考えた。それでもアルテアは行くと決めた。
だからこそ今という時を大切にしよう。
そしてリーナの中にあたたかい陽だまりのような思い出を少しでも残せるように。それが自分にできる唯一のことだ。
そうして皆で遊んでいると、いつの間にか日が落ちかけていた。
太陽が地平線に沈みかけた夕暮れ時。ノエルは用事があるから先に帰ると切り出した。
「用事があるからそろそろ行くね。ごめんね、リーナちゃん。また今度」
リーナは両手でハクを胸に抱きしめて、別れを告げるノエルを見送っている。だんだん小さくなっていくノエルの背中を名残惜しそうに見つめる妹に、アルテアは声をかける。
「俺たちもそろそろ帰るか。あまり遅くなると怒られちゃうからな」
「……だ」
帰宅を促すアルテアの言葉にリーナがぼそりと何かを呟きを返すが、あまりにか細い声で何を言っているのかはっきりと聞き取れなかった。ハクを抱きしめて俯く妹にアルテアは優しく聞き返す。
「ん?どうしたんだ?」
「やだ!」
リーナは震える声で言った。叫び声にも似た妹の返事にアルテアはぎょっとなる。
「やだって……急にどうしたんだ。帰らないと母さんと父さんも心配するぞ?」
「やだ!もっとお兄ちゃんと遊ぶの!」
「お兄ちゃんと遊びたいなら明日でもいいじゃないか。だから今日は帰ろう……な?」
アルテアはそう言ってリーナの手を掴んで引こうとするが、リーナは頑としてそこから動こうとしなかった。それどころか魔力による身体強化まで使って抗っていた。
その頑なな妹の態度にただのわがままや癇癪ではない確固とした意志があることを悟る。
だがその理由はわからない。
「本当にどうしたんだ?何か理由があるなら言ってくれないと……」
膝を着いて目線を合わせ、未だ俯く妹に問いかける。
待つことしばらく、リーナは絞り出すように口を開いた。
「だって……お兄ちゃん……もうすぐ遠くに行っちゃうんでしょ……?」
妹の言葉に、まるで心臓を鷲掴みにされたかのように胸の奥が締め付けられた。
リーナに直接その話をしたことはない。だが子供ながらに感じ取っていたのだ。
もうすぐ大好きな兄と離れ離れになってしまう。だからこそ、それまでの間は少しでも一緒にいたい。
そう思う妹の気持ちをわがままの一言で片付けることはアルテアにはできなかった。
「リーナ……気づいてたのか」
「わかるよ……だって家族だもん……」
「そうか……黙っててごめんな」
アルテアが言うとリーナは俯けていた顔を上げて兄を見つめた。母親譲りの美しい金色の瞳に涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうだった。
その涙を堪えようとしているのだろう、ハクを抱くリーナの腕が震えていた。
「ど……どうしても……行かなきゃダメ……?」
震える瞳でアルテアを見つめながらリーナが言う。
「リーナ……俺は……」
「リーナはもっとお兄ちゃと一緒にいたい!ずっとここにいてよ!どこへも行っちゃいや!」
自分の腕を掴んで叫ぶリーナの姿に、アルテアは心を揺さぶられる。
可愛い妹をこんなに悲しませるほど自分の選択に意味があるのか。涙する妹を前にして、固めたはずの決意が揺らぐ。
だが、それでも。
勇者として死ぬまで戦う宿命を背負った少女を想う。
自分の過酷な運命を知っていてなお、彼女は笑った。
前世の世界ではきっと今も、自分と同じように子供たちが使い捨てられて死んでいるだろう。そんなことはもう辞めさせなくてはならない。
そしてリーナが抱える魔導書の中の少女。
自分が何者かもわからずにずっと長いことひとりで過ごしていた孤独な少女。魔法を介して彼女と繋がったことで、彼女の生がアルテアにも共有されている。
永遠とも思える長い年月を生きてきたが故に少女が抱く孤独と苦しみを知った。
それら全てに顔を背けて生きることはアルテアにはできなかった。
「ごめんな、リーナ。お兄ちゃんは……俺にはどうしてもやらないといけないことがあるんだ」
「それは、お兄ちゃんがしないといけないことなの……?他の人に任せちゃいけないの……?」
「そう、だな。もしかしたら他の人でもできるのかもしれない。遠い未来に他の誰かがやってくれるのかもしれない。でも……そうだとしても、いま俺がやらなくていい理由にはならないんだ」
アルテアはリーナの手を取り自分の手で優しく包み込んで微笑みかける。
「お前は強くて良い子だ。だから……お兄ちゃんの大事なお願いをきいてくれるか?」
アルテアは蒼い瞳でまっすぐにリーナを見つめて聞くと、少女はこくりと小さく頷いた。涙で潤んだ彼女の瞳には確かに自分の姿が映っている。
「お兄ちゃんの代わりに父さんと母さんを守るんだ。できるかな?」
「で、できるよ!いっぱい、いっぱい練習したから!魔法だって上手に使える!お兄ちゃんたちに……たくさん教えてもらったもん!パパとママは……リーナに任せて!」
リーナは手をほどいて彼に抱きつき、力強く答えた。
「ありがとう、リーナ。お前は俺の誇りだよ」
アルテアも優しく妹を抱きしめた。
リーナの頬から流れる涙がアルテアの肩にぽろぽろと落ちる。
少女の流した涙はとても尊いものだろう。その涙を無駄にしないためにも必ず自分の目的を成し遂げる。アルテアはそう固く誓った。
「今日は……もう少しだけ遊んで帰ろうか。リーナの好きなことをしよう。ハクと、この子も一緒にな」
「やれやれ、今日は特別だぞ」
「キュウ!」
アルテアが言うと、ハクがしぶしぶ、仔竜はノリノリといった様子でそれぞれの反応を示す。
「うん……!」
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