両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

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第二部

宿場

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 宿場として栄えてきたというだけあり宿は街のいたるところに点在していた。特にこだわりがあるでもない一行は、手っ取り早く一番先に目に付いた宿へと足を進めた。

 真っ先に目につくということはそれだけ目立つということであり、周りの宿と比べても一回りほどの大きさで、建物の造りや装飾も凝ったものになっていた。だからといって派手に飾り立てているわけではなく、控えめながらも質の良い装飾品で気品や上品さというものを演出している。
 面倒だからとなんの考えもなしに目に付いた宿まで一直線に来たのだが、どことなく建物全体から格式高い圧力のようなものを感じて中に入れないでいた。簡単に言えばとても高そうだった。

「……なんだかちょっと高そうだね」

「ああ……」

 二人して同じことを考えていたようでアルテアは少しほっとした。

「アルくんの家は貴族でしょ?こういう格式高そうなのは慣れてるよね?」

「いや……貴族と言っても騎士爵だからな。皆が貴族と聞いて思い描くような贅沢な暮らしはしてないぞ。というか、俺の家に何度も来てるんだからお前はよく知ってるだろ」

「うん……」

 それきり会話は途切れてしまう。
 素直に他の宿を探せばいいだけなのだが、日中歩き通したせいかこれ以上歩き回るのは億劫であったし、なによりこれから世界を旅しようというのに高そうな宿ひとつ泊まれないでどうするのだと、意地のようなものがあった。

「何しとる。さっさと中に入ればよかろう。私はこれ以上歩き回るのはいやだぞ」

「うるさいな。入ろうと思ってたところだよ」

 ハクの駄々に悪態をつきながらも、この時ばかりは内心でそれに感謝した。ハクへの反骨心が踏みとどまっていたアルテアの足を前へと進ませる。扉のノブに手をかけて、一瞬深呼吸する。なぜか魔獣と対峙している時よりもずっと緊張していた。
 意を決したように扉を押して宿へ入ると、客が来たことを知らせる合図だろうか、カランカラン、と扉の上部につけられた小さな鐘が子気味よく鳴った。
 中は広々としており、入ってすぐ正面のところに受付らしきところが、左側に階上への階段、右側にはパーティーでも開けそうなほどの大きさの部屋にいくつも横長のテーブルが並んでいた。きっと食事場だろう。今は夜が遅いせいか、それとも食事の時間が決まっているのか食事をとっている者は誰もいない。

 周りを見ながらアルテアが受付らしきところへ足を運ぶと、その後ろにノエルが続く。
 来客に気づいていないのか、少し待ってみても受付に宿の店員の姿は見えない。そわそわと周りを見ると受付に紐のようなものが垂れ下がっていることに気づき、それを引っ張ってみる。
 またカランカラン、と子気味いい鐘の音が静かな室内に響いてすぐ、「はーい」と返事が聞こえ、しばらくして気の良さそうな女性が現れた。なかなか仕立ての良い服を来ている。おそらく店主だろうか。

「あらまあ、可愛いお客さんね」

 女性が少し驚いたように言う。

「ごめんなさいね。少し立て込んでて気づくのが遅れちゃったわ」

 そう続けて、柔らかな笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。

「い、いえ。お気になさらず。あの……二人と一匹なんですが、泊まれますか」

 尋ねながら背中に抱えた旅囊を開くと、中から黒い仔竜が顔を出した。

「まあ、可愛らしい。なんの従魔かしら」

 女性が破顔する。

「亜竜です」

 竜とバレると面倒なのでムゥには違う姿に擬態してもらっていた。亜竜種の幼体という設定だ。亜竜は竜種の因子を受け継いだ陸上の魔獣であり翼はあるが空を飛ぶことはなく、純粋な竜種とは異なる生物だ。そんなに珍しい存在でもなく、主従契約を結び使役している者もそれなりにいる。

「故郷でたまたま出会いまして」

 「まあ、素敵!私は召喚魔法なんかは苦手だから羨ましいわ」

 種族以外に嘘は言っていないが、女性の裏表のない反応を見ていると少し良心が痛んだ。
 あと正確には喋る本が一冊いるが、そちらはわざわざ説明する必要はあるまい。

「それでその、部屋は……」

「あっ、ごめんなさいね。私ったらつい」

 そう言ってぺこりと頭を下げたあと女性が続ける。

「泊まれるは泊まれるのだけれど、大口の予約が入っていてね。部屋がひとつしか空いてないのよ」

 女性がアルテアとノエルを交互に見ながら申し訳なさそうにした。
 一部屋ということは一晩ノエルと同じ部屋で過ごすということになる。気心が知れているとはいえそれは少しまずい。

「そうですか。では、残念ですが違う宿をーー」

「大丈夫です」

 断ろうとするアルテアの言葉をノエルがぶった切った。

「え?」

 アルテアがぎょっとノエルを見返すと、少女はあっけらかんとした様子で答える。

「二人で一緒に使えばいいだけでしょ。全然大丈夫だよ」

「いや、でもな……。お前、着替えとかどうするんだよ?」

「そんなの布か何かで部屋に仕切りでもすればいいじゃない。だいたい、二部屋も借りられるほどお金に余裕あるの?アルくんはこれからも旅を続けるんでしょ。お金は節約しとかないと、だよ」

「まあ、それはそうなんだが……」

 彼女の言うことは正しい。自分の懐事情を考えると強く言い返せなかった。
 アルテアは困ったと言わんばかりにノエルから目を逸らしてちらりと受付の方へ視線を移すと、受付の女性は笑顔を崩すことなく成り行きを見守っている。一見、接客業として模範的な柔らかい笑みであったが、それだけに笑顔の裏に隠された真意を邪推してしまう。
 どっちでもいいから早く決めろよ。
 彼女はそんなこと思っていないのかもしれないが、少なくともアルテアにはそう言われているように感じられた。

 「えと……一泊でお願いします。いくらですか」

 半ば被害妄想である重圧に圧され、ええいままよと決断すると、利用を決めたからか、彼女はいっそう笑みを深めて答えた。

「二人で一泊なら二万ステラよ。従魔の子の代金はいらないわ」

「……二万ステラですね」

 告げられた料金に、やはり高めの宿だったかと内心で呻きながら金を取り出す。ノエルも同じことを考えていたようで、なんとか笑顔を保ってはいるものの口角がわずかにピクピクとひくついていた。
 二人で分け合い宿代を支払う。女性が代金に過不足がないことを確認すると、ご利用ありがとうございます、とお辞儀をしてから宿の利用法を説明してくれた。
 ざっと説明を聞き終わり木製の鍵を受け取ったところで、カランカラン、と入口から鐘の音が鳴った。

「いよう、少し遅くなっちまったか。悪かったな、女将さん」

 明朗な声が室内に響いた。
 低音ながらもよく通るはっきりとした声に、アルテアは反射的に振り返る。

「人数分、部屋は用意しといてくれたかい?」

「ええ、お話はうかがっています。遠路はるばるようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたよ」

「ありがとよ。二日、三日だとは思うが世話になるぜ。うちの連中は大飯ぐらいの酒飲みばかりだからよぉ。代は気にせず、じゃんじゃん持ってきてくんな!」

 男は懐をまさぐりながらゆったりとした足取りで受付まで足を進めて豪快に笑う。なるほど、大口の予約とはこの男のことだったかとアルテアは納得した。

「ん、おお?もしかしてニイちゃん達もここの客かい?」

 アルテアの持つ鍵を見て男が尋ねた。尋ねられたアルテアは男の方へ向き直り、改めて上から下まで素早く、かつ仔細に眺める。
 顔立ちはよくかなりの偉丈夫であった。
 衣服の上からでもわかるほど鍛えられた体つきに鋭い眼光。しっかりとした形の良い顎の線に加えてその先にたくわえられた顎髭が意志の強さを表しているように感じられるが、歳はまだ若い印象を受けた。

 身なりにはあまり気を使わないのか、飛び跳ねた髪の毛も合わさって、その外見はいかにも豪放な若者という感じで見た目と言動とが見事に合致している。それでいて歩き方ひとつとっても所作にはまるで隙がなく、ただ者ではないことが伺い知れる。
 面倒事はごめんなのでトラブルにならないよう、丁寧に対応する。

「はい。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 アルテアが言って頭を下げると、それに倣ってノエルもぺこりとお辞儀する。

「おう、こっちこそよろしく頼むぜ。ちっと騒がしくなって悪ぃとは思うが、勘弁してやってくれ」

 男もにっと笑い、頭を下げて右手を差し出してくる。
 気の良い様はどことなく人を惹きつける魅力を感じさせる、まさに頭領といった感じだった。アルテアも右手を伸ばして男の手を取る。見た目に反してほっそりとした繊細な手に少し驚くアルテアを、男もまた目を開けて見つめていた。

「お前さん……」

 はっと何かに気づいたように言葉を漏らすが。

「……いや、何でもねぇ。いきなりじろじろ見ちまって悪かった」

 結局、男は何も言わずににかっと笑った。おそらく、自分から一切の魔力を感じないことに気づいたのだろう。それでも言葉を呑み込んだのは初対面故の礼儀か、複雑な事情を察しての配慮か。どちらにせよ気遣いのできる男だった。

「さっそく仲良しさんで安心ね。それじゃ、どうぞ」

「おう、ありがとよ」

 男が大量の鍵を受け取る。

「リードさん、荷解き終わりましたよ」

 また入口の鐘が鳴り、誰かが宿場に入ってきた。
 細身の体にローブを纏った魔法使い然とした男だった。

「おお、ご苦労さん」

 男の呼び掛けに、リードと呼ばれた偉丈夫が労いの言葉をかける。

「思った以上に時間がかかって疲れましたよ。僕はもう休みたいです」

「おいおい、スレイン。お前さん、魔法の研究ばっかりしてねぇでもうちっと身体を鍛えたらどうだ」

「そう言われても、僕は根っからの魔法使いでして。武芸百般、魔法も何のそのの万能超人のあなたと比べられても困りますよ……。ん?」

 肩を落としてやれやれと首を振るスレインと呼ばれた男が、アルテアたちに気づきて近寄ってくる。

「ああ、すみません。突然失礼致しました。見たところあなた方もここのお客人ですね」

 スレインが目礼する。

「少々荒っぽい連中ばかりでうるさくなってしまいますが、なるべくご迷惑をかけないようにするのでよろしくお願いします。何かあれば遠慮なく声をかけてくださいね。僕はスレイン。彼はリードです」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ええと……俺たちのことはあまり気にしないでもらって大丈夫ですから」

 何か気の利いた事を言おうと思ったがそれ以上言葉は出てこず、アルテアはノエルへ目を向ける。 彼女はその視線を受けてにこっと花のような笑みを浮かべた。

「よろしくお願いしますね。わたし、ノエルって言います。こっちはアルテアくんです。彼の言うとおり、私たちのことは気にしないでください。騒がしいのは慣れてますから」

「そう言ってもらえるとありがてぇ」

「なに、皆さんに迷惑はかけませんよ。他の連中には羽目を外しすぎないように僕らが釘を刺しておくので安心してください」

「そういうこった。んじゃ、もうひと仕事して飯にすっか」

「ええ。では、失礼します」

 そう言って二人は外へ出て行った。
 賑やかだった場も二人が去ったことでしんとなる。その後、店主の計らいで食堂で軽く食事をとったあと、アルテアたちは店主に礼を言って部屋へと向かった。
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