115 / 123
第二部
サーショ
しおりを挟む
「ふぅ~、やっと着いたか」
ハクがくたびれたように間延びした声で言った。昼から歩き通してサーショに着いた頃には日が暮れて辺りはすっかり暗くなっていた。
「思っていたよりずっと大きな街なんだな」
街へ入るや否や、アルテアは物珍しそうに辺りの景色を眺めた。故郷以外の村や街には行ったことがないこともあってか、その目から好奇の色が見て取れた。
サーショはそれなりに大きな街のようで、街の入口から整備された石の通路が続き脇には商店が居並んでいた。一本の通路は少し先で二股に分かれていてそれに沿ってレンガ造りの建物が続いている。
自分の故郷と同じような牧歌的な風景を想像していただけに、あまりの違いに少し面食らう。
「サーショは私たちの村に一番近いところだからね。ずっと昔はちっさな村だったんだけど、魔鉱石目当ての商人さんとか冒険者さんとかが集まるようになって、宿場として発展してきたみたいだよ」
ノエルがすらすらと解説をしてくれる。
「なるほどなぁ。確かに魔鉱目当てで留まるには良い所だな」
暗くなった街を見回しながらアルテアが感心する。
自分たちの村はかなりの辺境だ。国の中心に位置する王都からでも馬車で最低半月、徒歩ならひと月くらいはかかるだろう。それ以上に離れた都市から来る者もいるだろうし、気軽に往復できる距離ではない。魔鉱石目当てなら現地で駐留するのが一番手っ取り早いのだろうが、現地の宿には限りがある。あぶれる者は当然いるだろう。近くに村があるならそこに多くの人が集まるのは当然の結果だ。そして人が集まれば物が集まる。物が集まれば金が動き、金が動けば更に人が集まる。発展するのはむしろ当然といったところなのだろう。
「景色も良いし食べ物もおいしいから観光地としても有名なんだよ。緑豊かな自然に囲まれた景色は枯れた心に水のように染み渡り、都での暮らしに疲れたあなたに最高の安らぎを与えます。地元で採れた果物を使ったお菓子はお土産にぴったり!なんだって!」
サーショの謳い文句を得意げに言うノエルは、いつもより子供っぽく見えた。こうして故郷以外の街に来るのはお互いに初めてだ。彼女も気分が高揚しているのかもしれない。無邪気な彼女といるとアルテアも自然と口数が増えた。
「身の安全もある程度は保障されるだろうし、確かに旅行先にも良いかもしれんな。よく考えられてる」
「え?身の安全?」
「ああ。だってここには商人や冒険者が多く滞在してるんだろ?舗装された街道があるとはいえ、ここまで来るのに魔獣や野党の類に襲われる可能性は十分にある。その危険性を考慮すれば、ここに居る商人の護衛や冒険者はそれなりの腕利きだろう。もし街が魔獣や賊に襲われてもいざとなったら彼らが対処してくれるだろうと思えて安心だろ」
安心や安全は魔獣や異界の生物が跋扈する世界では得難く価値のあるものだろう。旅行先で魔獣に襲われて死にました、じゃ洒落にならない。我ながら的を射た意見だとアルテアは若干得意げにノエルを見た。
「あ、そっかぁ!だからなのかなぁ」
ノエルは感心したように顎に指を当てて何度か頷き、ひとりで何事かに納得していた。
「いったいお前は何に納得してるんだ?」
少女の意味深な呟きにアルテアが首を傾げると、少女は上目遣いでにっと笑った。
「えっとね。ここって、恋人同士の旅行先としてもとっても人気なんだよ?」
翠色の瞳に見つめられ、どきりと胸が高なった。
月明かりに照らし出された少女の笑みは、ハーフエルフという特性からだろうか、イタズラ好きな子供のようなあどけなさと、洗練された凍るような美が同居していた。絹糸のような髪の間から長く伸びた耳が顔をのぞかせていて、大きな瞳の奥は何かを期待するように怪しく輝いている。まるでこの世のものではない幻想的な、あるいは小悪魔的な少女に息を呑む。
「そうなのか」
動揺を悟られないよう、表面上は努めて冷静にそれだけ返して少女から目を背けた。それ以上見ていると魂が吸い込まれてしまいそうだと感じた。
数秒の間、ノエルは微笑みを崩さずに言葉の続きを待つようにじっとアルテアを見つめていたが、続きがないことを悟ったのか不満げに口先を尖らせて、「それだけ?」と尋ねた。
「それだけだよ」
「はぁ~あ。もうちょっと気の利いたこと言ってくれてもいいんじゃないの?」
ノエルは深く息を吐き出した。
「そんなんじゃ、友達できないよ」
「ぐぅっ?!」
ド直球な言葉のナイフが突き刺さり、アルテアから潰れた蛙みたいな呻き声が漏れた。
「私はいいよ?アルくんがどんな人か知ってるから。でもね、他の人はそうじゃないでしょ。第一印象ってすごく大事だよ?冒険者になって色んなところに行くならさ、もう少し愛想はよくしたほうがいいんじゃないかなぁ。行く先々でトラブルは起こしたくないでしょ?」
頭から終わりまで正論だった。前世でも似たようなことを言われたことがあるし、人付き合いに対して苦手意識を持っていることを自覚しているだけに言い返せない。
「……前向きに検討する」
「それ、結局なにもしないやつだよね」
図星だった。バツが悪そうに明後日の方を見ながらぽりぽりと頬をかくアルテアを、ノエルが粘っこく凝視する。
「痴話喧嘩はそのへんにしておけ。こやつの根暗は生来の性分だ。そう簡単に治せまいよ」
さすがに見かねたのかハクが話に割って入った。しかし庇ってくれているのか貶されているのかよくわからない。
「……一応聞くが、庇ってくれてるんだよな?」
「当たり前だ。我が相棒を貶すはずがあるまい」
慇懃な調子でけらけらと笑うハクに少しイラッとしつつも、少女の追求の手が止まったことにほっとする。
彼女はというと、下を向いて「痴話喧嘩……えへへ……」とにやけていた。髪の隙間から出るぴんと尖った耳の先がわずかに赤くなっている。
「もう遅いし、宿に行こっか!」
上機嫌で踊るように、軽やかなステップで先へ行くノエルの背中を、アルテアはぽかんと見つめる。
「私に感謝しろよ、相棒?」
「……ああ。ありがとう」
よくわからないが、機嫌が良くなって何よりだ。アルテアは素直に感謝の言葉を口にして、ノエルの後に続いて宿へ向かった。
ハクがくたびれたように間延びした声で言った。昼から歩き通してサーショに着いた頃には日が暮れて辺りはすっかり暗くなっていた。
「思っていたよりずっと大きな街なんだな」
街へ入るや否や、アルテアは物珍しそうに辺りの景色を眺めた。故郷以外の村や街には行ったことがないこともあってか、その目から好奇の色が見て取れた。
サーショはそれなりに大きな街のようで、街の入口から整備された石の通路が続き脇には商店が居並んでいた。一本の通路は少し先で二股に分かれていてそれに沿ってレンガ造りの建物が続いている。
自分の故郷と同じような牧歌的な風景を想像していただけに、あまりの違いに少し面食らう。
「サーショは私たちの村に一番近いところだからね。ずっと昔はちっさな村だったんだけど、魔鉱石目当ての商人さんとか冒険者さんとかが集まるようになって、宿場として発展してきたみたいだよ」
ノエルがすらすらと解説をしてくれる。
「なるほどなぁ。確かに魔鉱目当てで留まるには良い所だな」
暗くなった街を見回しながらアルテアが感心する。
自分たちの村はかなりの辺境だ。国の中心に位置する王都からでも馬車で最低半月、徒歩ならひと月くらいはかかるだろう。それ以上に離れた都市から来る者もいるだろうし、気軽に往復できる距離ではない。魔鉱石目当てなら現地で駐留するのが一番手っ取り早いのだろうが、現地の宿には限りがある。あぶれる者は当然いるだろう。近くに村があるならそこに多くの人が集まるのは当然の結果だ。そして人が集まれば物が集まる。物が集まれば金が動き、金が動けば更に人が集まる。発展するのはむしろ当然といったところなのだろう。
「景色も良いし食べ物もおいしいから観光地としても有名なんだよ。緑豊かな自然に囲まれた景色は枯れた心に水のように染み渡り、都での暮らしに疲れたあなたに最高の安らぎを与えます。地元で採れた果物を使ったお菓子はお土産にぴったり!なんだって!」
サーショの謳い文句を得意げに言うノエルは、いつもより子供っぽく見えた。こうして故郷以外の街に来るのはお互いに初めてだ。彼女も気分が高揚しているのかもしれない。無邪気な彼女といるとアルテアも自然と口数が増えた。
「身の安全もある程度は保障されるだろうし、確かに旅行先にも良いかもしれんな。よく考えられてる」
「え?身の安全?」
「ああ。だってここには商人や冒険者が多く滞在してるんだろ?舗装された街道があるとはいえ、ここまで来るのに魔獣や野党の類に襲われる可能性は十分にある。その危険性を考慮すれば、ここに居る商人の護衛や冒険者はそれなりの腕利きだろう。もし街が魔獣や賊に襲われてもいざとなったら彼らが対処してくれるだろうと思えて安心だろ」
安心や安全は魔獣や異界の生物が跋扈する世界では得難く価値のあるものだろう。旅行先で魔獣に襲われて死にました、じゃ洒落にならない。我ながら的を射た意見だとアルテアは若干得意げにノエルを見た。
「あ、そっかぁ!だからなのかなぁ」
ノエルは感心したように顎に指を当てて何度か頷き、ひとりで何事かに納得していた。
「いったいお前は何に納得してるんだ?」
少女の意味深な呟きにアルテアが首を傾げると、少女は上目遣いでにっと笑った。
「えっとね。ここって、恋人同士の旅行先としてもとっても人気なんだよ?」
翠色の瞳に見つめられ、どきりと胸が高なった。
月明かりに照らし出された少女の笑みは、ハーフエルフという特性からだろうか、イタズラ好きな子供のようなあどけなさと、洗練された凍るような美が同居していた。絹糸のような髪の間から長く伸びた耳が顔をのぞかせていて、大きな瞳の奥は何かを期待するように怪しく輝いている。まるでこの世のものではない幻想的な、あるいは小悪魔的な少女に息を呑む。
「そうなのか」
動揺を悟られないよう、表面上は努めて冷静にそれだけ返して少女から目を背けた。それ以上見ていると魂が吸い込まれてしまいそうだと感じた。
数秒の間、ノエルは微笑みを崩さずに言葉の続きを待つようにじっとアルテアを見つめていたが、続きがないことを悟ったのか不満げに口先を尖らせて、「それだけ?」と尋ねた。
「それだけだよ」
「はぁ~あ。もうちょっと気の利いたこと言ってくれてもいいんじゃないの?」
ノエルは深く息を吐き出した。
「そんなんじゃ、友達できないよ」
「ぐぅっ?!」
ド直球な言葉のナイフが突き刺さり、アルテアから潰れた蛙みたいな呻き声が漏れた。
「私はいいよ?アルくんがどんな人か知ってるから。でもね、他の人はそうじゃないでしょ。第一印象ってすごく大事だよ?冒険者になって色んなところに行くならさ、もう少し愛想はよくしたほうがいいんじゃないかなぁ。行く先々でトラブルは起こしたくないでしょ?」
頭から終わりまで正論だった。前世でも似たようなことを言われたことがあるし、人付き合いに対して苦手意識を持っていることを自覚しているだけに言い返せない。
「……前向きに検討する」
「それ、結局なにもしないやつだよね」
図星だった。バツが悪そうに明後日の方を見ながらぽりぽりと頬をかくアルテアを、ノエルが粘っこく凝視する。
「痴話喧嘩はそのへんにしておけ。こやつの根暗は生来の性分だ。そう簡単に治せまいよ」
さすがに見かねたのかハクが話に割って入った。しかし庇ってくれているのか貶されているのかよくわからない。
「……一応聞くが、庇ってくれてるんだよな?」
「当たり前だ。我が相棒を貶すはずがあるまい」
慇懃な調子でけらけらと笑うハクに少しイラッとしつつも、少女の追求の手が止まったことにほっとする。
彼女はというと、下を向いて「痴話喧嘩……えへへ……」とにやけていた。髪の隙間から出るぴんと尖った耳の先がわずかに赤くなっている。
「もう遅いし、宿に行こっか!」
上機嫌で踊るように、軽やかなステップで先へ行くノエルの背中を、アルテアはぽかんと見つめる。
「私に感謝しろよ、相棒?」
「……ああ。ありがとう」
よくわからないが、機嫌が良くなって何よりだ。アルテアは素直に感謝の言葉を口にして、ノエルの後に続いて宿へ向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる