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第二部
ちょっとした応用
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「あっついのぅ!もう少し日陰を歩くことはできんのか?こう暑くては体が湿気てしまうではないか、まったく……」
ふるふると体を揺らしながらハクが毒づく。確かに暑い、と心中でアルテアは同意する。
澄んだ空に煌々と浮かぶ太陽の日差しで炙られた真っ昼間の街道は、肉が焼けそうなほど熱せられていた。太陽から遠く離れているだろうこの星に、これほどまでの熱量が届くというのは考えてみれば凄い話だ。
前世では分厚くどす黒い雲が光を遮断していたため、環境調整されていない都市外の気温は著しく低下していて極寒だった。
だからアルテアにとっては自然による気候の変化は十四年生きてきた今でも新鮮に感じられ、この焼けるような暑さも嫌いではなかった。むしろ気持ち良いとさえ思える。
結局、馬車を逃したアルテアたちは近隣の街まで徒歩で移動することにした。故郷の村を出て街道を西へ進み、サーショの街を目指して歩いていた。
「ほんと、溶けちゃいそうなくらい暑いねぇ」
アルテアのすぐ隣を歩いているノエルが手団扇でパタパタと顔を扇ぎながらため息混じりに言った。
ノエルとは王都まで道中を共にすることになった。責任を取ってほしいと言われてどんな事を頼まれるのかと身構えていたアルテアだったが、お願いされたことと言えばなんのことはない、ただ王都までの道を共に行きたいということだった。
話を聞くと今から魔法学院の入学試験までの約一年、ノエルは王都で一人暮らしをするとのことで仕事も既に見つけているらしい。内気だった少女が立派に成長したものだとアルテアは少ししみじみとなる。
「でも残念ながら、見ての通りこの道に日陰はないな」
アルテアが周りを見ながら言う。
石造りの道が蛇のように伸びる街道の周辺は見渡す限りの草原で、遠目にぽつぽつと細長い針葉樹が生えているだけだ。常に日陰を移動し続けることは不可能だろう。
魔導書の表紙がくしゃりと歪みハクは鼻を鳴らす。
「そんなことは見ればわかるわ。これも全て馬車に乗り遅れたお主が悪いのだぞ。ああ、あついあつい」
当てつけのようにぶちぶちと文句を垂れるハクにアルテアはじゃっかんイラッとしたものの、苛立ちよりも目の前の光景への驚きが勝った。いつの間にか本の表紙に顔のような模様が浮かび上がっていた。
「お前……それどうやってるんだ?」
表紙に浮かび上がる顔を凝視しながらアルテアが聞くと、やっと気づいたかと言わんばかりにハクが得意げに声を大きくした。
「ふふ、凄いだろう?魂操魔法のちょっとした応用だ。二度寝する前に改造してみたのだよ。もはやこの本は私の体と言っても過言ではないからな、我ながら見事な出来栄えだ」
「……確かに凄いけど、なんか不気味だな」
「なんだと?!」
「普通は本が喋ってるだけでもおかしいからな。その上に表情まであるとなると……」
言いながらハクの方に目を向けると、魔導書の表紙が波打ってそこに浮かぶ顔がまたぐにゃりと変化した。目を吊り上げたように見えるその顔は、いかにも怒っていますと言いたげだった。
「ふん、これだから不勉強なやつは好かん。この魔法技術の偉大さがわからぬとはな!……なあ、お主なら私の偉大さがわかるだろう?」
ハクがノエルに体を向けて同意を求めると、ノエルは逃げるように慌てて顔を逸らした。固い笑みを浮かべながら遠くの景色を見やるノエルから返答はない。が、その沈黙こそ答えのようなものだった。
「……褒めろよっ!もっと私を褒め称えろよっ!本当に凄いことなんだからな!けっこう頑張ったんだぞ!」
体をじたばたさせて子供のようにわめくハクを、アルテアは引いた目で見ながらささやかなフォローを入れる。
「凄いとは思うよ。ただ……少し気持ち悪いだけで」
「気持ち悪いって言うな!」
ハクの怒鳴り声がからっとした空気に響き、二人のやり取りを見ていたノエルが苦笑を漏らす。
賑やかな一行の旅路は続く。
ふるふると体を揺らしながらハクが毒づく。確かに暑い、と心中でアルテアは同意する。
澄んだ空に煌々と浮かぶ太陽の日差しで炙られた真っ昼間の街道は、肉が焼けそうなほど熱せられていた。太陽から遠く離れているだろうこの星に、これほどまでの熱量が届くというのは考えてみれば凄い話だ。
前世では分厚くどす黒い雲が光を遮断していたため、環境調整されていない都市外の気温は著しく低下していて極寒だった。
だからアルテアにとっては自然による気候の変化は十四年生きてきた今でも新鮮に感じられ、この焼けるような暑さも嫌いではなかった。むしろ気持ち良いとさえ思える。
結局、馬車を逃したアルテアたちは近隣の街まで徒歩で移動することにした。故郷の村を出て街道を西へ進み、サーショの街を目指して歩いていた。
「ほんと、溶けちゃいそうなくらい暑いねぇ」
アルテアのすぐ隣を歩いているノエルが手団扇でパタパタと顔を扇ぎながらため息混じりに言った。
ノエルとは王都まで道中を共にすることになった。責任を取ってほしいと言われてどんな事を頼まれるのかと身構えていたアルテアだったが、お願いされたことと言えばなんのことはない、ただ王都までの道を共に行きたいということだった。
話を聞くと今から魔法学院の入学試験までの約一年、ノエルは王都で一人暮らしをするとのことで仕事も既に見つけているらしい。内気だった少女が立派に成長したものだとアルテアは少ししみじみとなる。
「でも残念ながら、見ての通りこの道に日陰はないな」
アルテアが周りを見ながら言う。
石造りの道が蛇のように伸びる街道の周辺は見渡す限りの草原で、遠目にぽつぽつと細長い針葉樹が生えているだけだ。常に日陰を移動し続けることは不可能だろう。
魔導書の表紙がくしゃりと歪みハクは鼻を鳴らす。
「そんなことは見ればわかるわ。これも全て馬車に乗り遅れたお主が悪いのだぞ。ああ、あついあつい」
当てつけのようにぶちぶちと文句を垂れるハクにアルテアはじゃっかんイラッとしたものの、苛立ちよりも目の前の光景への驚きが勝った。いつの間にか本の表紙に顔のような模様が浮かび上がっていた。
「お前……それどうやってるんだ?」
表紙に浮かび上がる顔を凝視しながらアルテアが聞くと、やっと気づいたかと言わんばかりにハクが得意げに声を大きくした。
「ふふ、凄いだろう?魂操魔法のちょっとした応用だ。二度寝する前に改造してみたのだよ。もはやこの本は私の体と言っても過言ではないからな、我ながら見事な出来栄えだ」
「……確かに凄いけど、なんか不気味だな」
「なんだと?!」
「普通は本が喋ってるだけでもおかしいからな。その上に表情まであるとなると……」
言いながらハクの方に目を向けると、魔導書の表紙が波打ってそこに浮かぶ顔がまたぐにゃりと変化した。目を吊り上げたように見えるその顔は、いかにも怒っていますと言いたげだった。
「ふん、これだから不勉強なやつは好かん。この魔法技術の偉大さがわからぬとはな!……なあ、お主なら私の偉大さがわかるだろう?」
ハクがノエルに体を向けて同意を求めると、ノエルは逃げるように慌てて顔を逸らした。固い笑みを浮かべながら遠くの景色を見やるノエルから返答はない。が、その沈黙こそ答えのようなものだった。
「……褒めろよっ!もっと私を褒め称えろよっ!本当に凄いことなんだからな!けっこう頑張ったんだぞ!」
体をじたばたさせて子供のようにわめくハクを、アルテアは引いた目で見ながらささやかなフォローを入れる。
「凄いとは思うよ。ただ……少し気持ち悪いだけで」
「気持ち悪いって言うな!」
ハクの怒鳴り声がからっとした空気に響き、二人のやり取りを見ていたノエルが苦笑を漏らす。
賑やかな一行の旅路は続く。
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