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第二部
道端で知り合いと出くわすと、話を切り上げるタイミングがわからない
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家を出たアルテアは村を出てすぐのところにある馬車の停留所を目指して歩き、ようやくそこにたどり着こうとしていた。道すがらたくさんの村人に声をかけられたおかけで、ここまで来るのに少し時間がかかってしまった。
その中にノエルの姿が見当たらなかったのが気がかりでーー正直に言うなら残念だったが、仕方がない。気持ちを切り替えようと空を見上げる。
家を出たのは日の出頃だというのに、今は太陽が高く昇ってらんらんと輝いている。もうすっかり昼前だった。村近くから出る定期運行されている乗合馬車を乗り継ぎ王都まで行く予定だったが、時間的に村から出る定期便は既に出発してしまっているだろう。辺鄙な場所であるだけに村から出る馬車の本数は少なく早朝と夕方にそれぞれ一本ずつ、一度乗り遅れたら次の便を半日待たなければならない。歩いて近くの街まで行くにせよ、それなりに時間はかかる。早々にして予定が狂ってしまった。
「んぉ……?なんだ、まだ村から出とらんのか……時間にルーズなやつだなぁ」
腰に提げた魔導書から掠れた声がした。アルテアは視線を下げて魔導書へと半目を向ける。
「今まで二度寝してたやつには言われたくないな」
「だってお主、村の連中と話してばかりおるのだもの。さすがに手持ち無沙汰にもなるわ」
確かに少し長いこと話しすぎたかもしれない。ハクの言うことにも一理あるため、アルテアはそれ以上の言及をやめる。
「それで、どうするのだ?」
ふぁ、と緩くあくびをしながら、伸びをするように魔導書がぐぐっと反り返った。なんだかその仕草が猫のように見えてアルテアは少し微笑ましい気持ちになった。
「まあ、急ぐ旅でもない。無駄だとは思うが停留所に行ってみるか。運が良ければ近くの街に向かう商人なんかがいるかもしれん」
停留所には定期便の馬車以外にも個人所有の馬車も停めることができる。
アルテアはひとまず停留所に足を向けた。
結果から言うと無駄足だった。停留所には馬車の影も形もなかった。やはり既に出発してしまっているようだ。アルテアは少しため息をつき、次の便をここで待つか歩いて近くの街まで行くか、どちらにしようか考えながら、馬車の利用者のためにこしらえられたこじんまりとした待合椅子に目をやると、そこによく見知った人物が座っていた。アルテアは怪訝に思いつつ、近寄り声をかける。
「ここで何してるんだ、ノエル?」
彼女は深緑と水色のローブに身を包み、身の丈ほどもある魔杖を片手に抱えていた。どちらも相当に質の高い魔道具だということがひと目でわかった。そしてすぐ傍には耐久限界に挑んだのではと思えるほどぱんぱんに膨らんだ革鞄が置かれていた。指でつつけば破裂してしまいそうだ。そのものものしい出で立ちから、ただ単に旅行や近くの街まで遊びに行くようには見えない。
「……おそい」
くぐもった声が聞こえた。分厚い雨雲のような声音と、彼女が俯きがちなこととが相まって、アルテアは彼女の言葉が聞き取れなかった。中腰になり顔を寄せる。
「え?なんだって?悪い、もう一度ーー」
「おそいよ、もうっ!おそすぎるっ!」
瞬間、ノエルが勢いよく立ち上がった。
「うおぉっ!?」
反射的に体を逸らすことができたのは、前世も含めて長らく培ってきた戦闘本能と鍛錬の導きからだろう。顔を近づけた時にノエルが急に立ち上がるものだから、あわや頭突きを見舞われるところだった。
「どうしたんだよ、いったい……」
ふぅ、と溜息を吐き、アルテアは急に大声を上げたノエルを訝しげに眺める。感情の機微、ひいては女心というものには疎い方だが、どうやら彼女が怒っているらしいというのはわかる。だが怒っている理由にはとんと見当つかなかった。
「アルくんが朝一番の馬車に乗るって聞いたから、私、ここでずっと待ってたんだからね!なのに今まで何してたの、もう!」
「何って……家族とか、村の皆に挨拶を」
「長すぎるよーっ!」
思い切り突っ込まれて面食らう。だが彼女の言うとおり、日の出前から昼頃までというのは挨拶にかける時間にしては長すぎる。
「確かに長いことかかったのは認めるけど……別に待ち合わせの約束とかしてないだろ。……してないよな?」
していないはずだが、凄まじい剣幕でまくし立てるノエルを見ていると少しばかり自信がなくなってくる。
「してないけど……したらサプライズにならないでしょ、もう!」
半ばやけっぱちのように、ノエルは腰に両手を当てて柔らかそうな頬をぷくりと膨らませた。
「……サプライズ?」
「そう!アルくんをびっくりさせようと思ったから、今日ここに来ることは言わなかったの。それなのにこんなに待たされるなんて……。だめだよ、女の子をこんなに待たせちゃ!」
「ええ……」
とてつもなく理不尽な理由で怒られているが、文句を言うと火に油を注ぎかねない。こういう場合は身に覚えがなくともひとまず謝る方が今後の展開がスムーズに進むものだ。たとえ自分が起こした火事でなくとも、消せるなら小火のうちに鎮火しておくに限る。家族との生活を通してーー特に父を見て学んだアルテアなりの処世術である。
「いや……待たせてすまなかった。てっきり村を出る前に見送りに来てくれると思ってたから。こんなところにいると思わなくて」
アルテアはそう言いながら軽く頭を下げた。荒ぶる少女を鎮めるための打算もあったが、半分は本心だった。
彼女を長く待たせてしまったことは事実であるし、自分のためを思っての行動であるだけにやはり申し訳ないとも思う。
頭を下げながら視線だけをノエルに向けると、拗ねた子どものように腕を組んで唇をとがらせる彼女と目が合った。
「……ほんとに悪いと思ってる?」
体を覆うようなノエルのジトリとした視線に、少し声をつまらせながらアルテアが答える。
「そりゃ……もちろん思ってるよ」
「じゃあ、責任とってくれるよね?」
「え、責任?それは少し大げさじゃーー」
「とってくれるよね……?」
ノエルがにこりと笑みを浮かべながら食い気味に声を被せた。まるで作り物のように美しい微笑みだが、凄まじい圧を感じるのは気のせいではないだろう。
ーーあ、これは「はい」と答えるまで終わらないやつだ。
そう察したアルテアは、主人に服従する従魔のように深々と頷いた。
「もちろんだ」
自分でも驚くほど清々しい声が出た。
「よろしい」
ノエルは満足気にそう言って笑みを深めた。
妙な凄みを備えだした今のノエルを見ていると、内気で遠慮がちだった子どもの頃の彼女がとても懐かしく感じられて、少し戻ってきてほしいと思うことがあるのは内緒である。
「お主、女子の尻に敷かれる様がますます父親に似てきたなぁ。これも遺伝……もはや宿命か」
「……うるさいよ」
愉快そうに喉を鳴らして笑うハクに、アルテアは両親譲りの端正な顔を大いにしかめた。
その中にノエルの姿が見当たらなかったのが気がかりでーー正直に言うなら残念だったが、仕方がない。気持ちを切り替えようと空を見上げる。
家を出たのは日の出頃だというのに、今は太陽が高く昇ってらんらんと輝いている。もうすっかり昼前だった。村近くから出る定期運行されている乗合馬車を乗り継ぎ王都まで行く予定だったが、時間的に村から出る定期便は既に出発してしまっているだろう。辺鄙な場所であるだけに村から出る馬車の本数は少なく早朝と夕方にそれぞれ一本ずつ、一度乗り遅れたら次の便を半日待たなければならない。歩いて近くの街まで行くにせよ、それなりに時間はかかる。早々にして予定が狂ってしまった。
「んぉ……?なんだ、まだ村から出とらんのか……時間にルーズなやつだなぁ」
腰に提げた魔導書から掠れた声がした。アルテアは視線を下げて魔導書へと半目を向ける。
「今まで二度寝してたやつには言われたくないな」
「だってお主、村の連中と話してばかりおるのだもの。さすがに手持ち無沙汰にもなるわ」
確かに少し長いこと話しすぎたかもしれない。ハクの言うことにも一理あるため、アルテアはそれ以上の言及をやめる。
「それで、どうするのだ?」
ふぁ、と緩くあくびをしながら、伸びをするように魔導書がぐぐっと反り返った。なんだかその仕草が猫のように見えてアルテアは少し微笑ましい気持ちになった。
「まあ、急ぐ旅でもない。無駄だとは思うが停留所に行ってみるか。運が良ければ近くの街に向かう商人なんかがいるかもしれん」
停留所には定期便の馬車以外にも個人所有の馬車も停めることができる。
アルテアはひとまず停留所に足を向けた。
結果から言うと無駄足だった。停留所には馬車の影も形もなかった。やはり既に出発してしまっているようだ。アルテアは少しため息をつき、次の便をここで待つか歩いて近くの街まで行くか、どちらにしようか考えながら、馬車の利用者のためにこしらえられたこじんまりとした待合椅子に目をやると、そこによく見知った人物が座っていた。アルテアは怪訝に思いつつ、近寄り声をかける。
「ここで何してるんだ、ノエル?」
彼女は深緑と水色のローブに身を包み、身の丈ほどもある魔杖を片手に抱えていた。どちらも相当に質の高い魔道具だということがひと目でわかった。そしてすぐ傍には耐久限界に挑んだのではと思えるほどぱんぱんに膨らんだ革鞄が置かれていた。指でつつけば破裂してしまいそうだ。そのものものしい出で立ちから、ただ単に旅行や近くの街まで遊びに行くようには見えない。
「……おそい」
くぐもった声が聞こえた。分厚い雨雲のような声音と、彼女が俯きがちなこととが相まって、アルテアは彼女の言葉が聞き取れなかった。中腰になり顔を寄せる。
「え?なんだって?悪い、もう一度ーー」
「おそいよ、もうっ!おそすぎるっ!」
瞬間、ノエルが勢いよく立ち上がった。
「うおぉっ!?」
反射的に体を逸らすことができたのは、前世も含めて長らく培ってきた戦闘本能と鍛錬の導きからだろう。顔を近づけた時にノエルが急に立ち上がるものだから、あわや頭突きを見舞われるところだった。
「どうしたんだよ、いったい……」
ふぅ、と溜息を吐き、アルテアは急に大声を上げたノエルを訝しげに眺める。感情の機微、ひいては女心というものには疎い方だが、どうやら彼女が怒っているらしいというのはわかる。だが怒っている理由にはとんと見当つかなかった。
「アルくんが朝一番の馬車に乗るって聞いたから、私、ここでずっと待ってたんだからね!なのに今まで何してたの、もう!」
「何って……家族とか、村の皆に挨拶を」
「長すぎるよーっ!」
思い切り突っ込まれて面食らう。だが彼女の言うとおり、日の出前から昼頃までというのは挨拶にかける時間にしては長すぎる。
「確かに長いことかかったのは認めるけど……別に待ち合わせの約束とかしてないだろ。……してないよな?」
していないはずだが、凄まじい剣幕でまくし立てるノエルを見ていると少しばかり自信がなくなってくる。
「してないけど……したらサプライズにならないでしょ、もう!」
半ばやけっぱちのように、ノエルは腰に両手を当てて柔らかそうな頬をぷくりと膨らませた。
「……サプライズ?」
「そう!アルくんをびっくりさせようと思ったから、今日ここに来ることは言わなかったの。それなのにこんなに待たされるなんて……。だめだよ、女の子をこんなに待たせちゃ!」
「ええ……」
とてつもなく理不尽な理由で怒られているが、文句を言うと火に油を注ぎかねない。こういう場合は身に覚えがなくともひとまず謝る方が今後の展開がスムーズに進むものだ。たとえ自分が起こした火事でなくとも、消せるなら小火のうちに鎮火しておくに限る。家族との生活を通してーー特に父を見て学んだアルテアなりの処世術である。
「いや……待たせてすまなかった。てっきり村を出る前に見送りに来てくれると思ってたから。こんなところにいると思わなくて」
アルテアはそう言いながら軽く頭を下げた。荒ぶる少女を鎮めるための打算もあったが、半分は本心だった。
彼女を長く待たせてしまったことは事実であるし、自分のためを思っての行動であるだけにやはり申し訳ないとも思う。
頭を下げながら視線だけをノエルに向けると、拗ねた子どものように腕を組んで唇をとがらせる彼女と目が合った。
「……ほんとに悪いと思ってる?」
体を覆うようなノエルのジトリとした視線に、少し声をつまらせながらアルテアが答える。
「そりゃ……もちろん思ってるよ」
「じゃあ、責任とってくれるよね?」
「え、責任?それは少し大げさじゃーー」
「とってくれるよね……?」
ノエルがにこりと笑みを浮かべながら食い気味に声を被せた。まるで作り物のように美しい微笑みだが、凄まじい圧を感じるのは気のせいではないだろう。
ーーあ、これは「はい」と答えるまで終わらないやつだ。
そう察したアルテアは、主人に服従する従魔のように深々と頷いた。
「もちろんだ」
自分でも驚くほど清々しい声が出た。
「よろしい」
ノエルは満足気にそう言って笑みを深めた。
妙な凄みを備えだした今のノエルを見ていると、内気で遠慮がちだった子どもの頃の彼女がとても懐かしく感じられて、少し戻ってきてほしいと思うことがあるのは内緒である。
「お主、女子の尻に敷かれる様がますます父親に似てきたなぁ。これも遺伝……もはや宿命か」
「……うるさいよ」
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