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第29話 緊急事態 発生 (比奈視点)

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 幸太君のアパートから、追い出されてしまった私は、仕方なく自宅に向かっていた。

 きつい下り坂を重たい足取りでゆっくり歩いていた私、時間は夕方だが、空は雲がかかっていて薄暗く、頬にあたる風も生暖かい湿気を多く含むようなベタついた感じだった。



 よく考えたら、バレるよね?
 今日は幸太君とあんまり話せなかったし……。
 プディ達の顔はちょっと見れたけど……。

 私は奈央からのメール画面を見直した。


 フフっ。
 楽しそうじゃないか……。

 ピロリロリン

 携帯音にちょっと苛立ちながら画面を開くと、





 母:今日、奈央ちゃん達と旅行だったわよね?


   お母さん達も羨ましくなちゃって、
   急遽、温泉旅行に行くことにしました!
   ちょっと山の方だから携帯、
   通じにくくなっちゃうけど、
   心配しなくて大丈夫よん。





 ……。

 私はスマホ画面を閉じ、カバンに入れ、重たい足を進め自宅に向かった。

 今日は一人か……。



 プディを預ける理由として、幸太君に伝えていた、家に居候する猫アレルギーの従弟。

 実際、従弟は居るけど、猫アレルギーじゃないし、もちろん居候もしていない。





 私は小さくため息をついた後、自宅の玄関が見えてきたので、家の鍵を取り出そうとスカートのポケットに手を入れた。


 あれ?

 もう一度ポケットを探る。




 鍵が無い……。


 あっそうそう、落とすといけないってポーチに入れなおしたんだった。
 カバンから花柄のポーチを取り出し、見る。

 無い。



 落ち着け、落ち着け……。

 玄関内に座り込み、カバンの中の小さいポケットまで鍵を探す。

 
 無い。



 私は、母親にとりあえず電話をかけてみた。



『おかけになった番号は、電波が届かないか、電源が入っていない為、かかりません……』

 機械音に絶望しながら、父の携帯にもかけるが、先程と同じ音声が聞こえる。
 少し震えた手でスマートフォンの通話ボタンを切った。


 そうだ、もしかしたら奈央たちの事だから事情を話したら助けてくれるかもしれない……。

 SOSを送る為、奈央のメールボックスを再度開いた。

 入力画面のすぐ上部に先程届いたばかりの楽しそうな旅行の写真が目に入る。

 いいや、今、楽しんでいるんだもん、できないよ……。



 私は途方に暮れて、近くの公園に向かって歩き出した。

 この公園は学校の帰りに奈央達と買い食いをしながら、よく立ち寄る場所。
 ココに寄ることを私達は屋外緊急会議と呼んでいる。
 文芸同好会の一環《いっかん》だ。

 最近上がった議題は、苦労人教師ことMr.ヤマダの最近の毛量から推測される家庭環境の変化についてである。





 私はブランコに座り、先程よりさらに薄暗くなった空を眺めていた。




 ヤマダの毛量が減ってきている件は人の事を自分の事の様に心配してしまう性格からの定めだと結論づけたんだったなど、くだらない事に思いを脱線させながら、これからの自分の身の振り方を考えていた。

 公園は人の気配もなく、音も、私が座っているブランコの音しかしない。


 冷たっ。

 一粒、二粒、顔に水滴が落ちた。


 とうとう、雨が降り出したみたいだ。


 ついてない。

 私は傘でも買おうとコンビニに向かって歩き出した。



 先程降り出した雨は、徐々に雨足を強め、走らないとコンビニに到着するまでにずぶ濡れになるのは容易く想像できた。



 走ると泥が跳ねて靴も汚れるけどかまってられない。



 やはりコンビニについた頃には、服も髪もびしょ濡れになってしまった。

 私はコンビニの自動ドアの前で立ち止まった。



 先程の鍵の件を思い出し慌てて財布があるかどうかを確認した。
 某国民的アニメの主人公のような事になっては、私は恥ずかしくて学校にいけない。
 


 カバンの中に財布を発見し喜んだのもつかの間。

 財布の中身を見たら……。




 50円しかない。




 あっ、昨日、買い食いしたからだ。
 新製品が出てて、とろ~りとか書いてあるし魅惑過ぎた。
 おいしかったな~。



 って、そんな事言ってる場合じゃない。


 また再び歩き出した。
 雨に濡れているからか身体が重い私、気がつくと幸太君のマンションの部屋の前に立っていた。




 インターフォンに何度も手を伸ばそうとしたが、押すことが出来ず、扉の前に座り込んだ。




 冷たいよ……寒いよ……。







 私……バカすぎる。




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