乙女ゲームの悪役になったので、人生まっとうしてやります。

九時良

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白々

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花園さんのクラスは本当に結束が硬いし、相沢は人望があるのだと思った。聖薇が思わせぶりなことを言っただけですぐにツテを探し出してきたのだ。

「先輩に二人、卒業生に一人、噂が立ってるのがいるって。御崎も噂されてた」

相沢もうんざりしたような喋り方だった。先輩に二人、ということは同時攻略されているのだろうか。流石にそんなことはないと思いたいけれど。

呆れ返って口を閉ざしそうになったら、聖薇が変わって言葉を継いだ。

「ただのおとりなのに心外ね。私は他に好きな人がいるのに」

その場に乗じて思わせぶりなことを言ってアピールするのが本当にうまいと感心する。半分は褒めているけれど、こっちはこっちで少し呆れそうでもある。

「……お、おう」

思い当たりなのか、気になつてしょうがないのか、相沢の返事はキレが悪い。そんの相沢が可愛いと、聖薇は軽やかに小さな笑みを零した。

「ね、悠介。ありがとう」

「べ、別に……この間の貸しは返さないとな」

「借りたままでいいのよ。だって、返されたら終わってしまうわ」

だから土下座をしたというのか?  聖薇のことが好きなら、土下座させた側にと心のしこりとして残ってしまうだろう。下手すれば一生。そのしこりを残すために聖薇が土下座をしたかと思うと、それは少し、女の情念的恐ろしさを感じてしまう。別れ際に真珠のピアスをベットの下に投げて残すようなものだ。

「ん……そういう見方も、あるな……」

反面、あまり考えない人、相沢。説得されてしまったようで、意味を噛み締めつつ返事をしてきた。確かに聖薇にはこれくらい単純な人間の方があっているのかもしれない。……聖薇に、単純なんて言わないで、悠介は純粋なの!  なんて怒られてしまった。つくづく趣味が合わない。

「じゃあ、今度、お前が返しきれないくらいの貸しを作ってやる」

「楽しみにしてるわ。それじゃあ、また明日。おやすみなさいまし」

不意に電話先からそっと息が吹きかかる雑音。笑ったらしい。相沢の声が弾む。

「お前のその挨拶、最後に聞いたのいつだっけな。すげー懐かしい」

「そうね。私、ずっと電話番号消してないんだから」

「ああ、俺もだよ」

優しい声に聖薇の胸がキュンとなった。電話を切るのが名残惜しくなったようで、矢継ぎ早に言葉を投げかける。

「絶対にまたかけなさいよ。命令なんですから。よろしくてね?」

「うん、かける」

「別に用事がなくてもかけていい権利を差し上げるわ。喜びなさい」

「わかったよ、ありがとう」

「べ、別に、電話を切るのが嫌になったわけじゃなくてよ。さっさと寝ていい夢を見ることね」

「……ん、おやすみな。お前も早く寝ないと体に悪いぞ」

もっと悠介の声を聞きたい。なんだかいじらしいような聖薇の気持ちが、電話を切らせない。終わりそうな会話が寂しくて切ない。

そんな聖薇の心境を、少し勘違いしたのだろう。

「聖薇は俺が絶対に守るから、安心しろ。……じゃ」

照れたように、電話は足早に切れた。電子音が耳にうるさい。

「……そういうところが大好きなの!」

聖薇は布団に倒れこんで、ぎゅーっと電話を抱きしめた。胸がドキドキしていて、体が数センチ浮くくらいだった。

なんて乙女な。これが恋って言うなら、私がなんとなく関先生にフラついたのは浮かれてただけ、などと思っても許されるだろうか。

携帯を充電して予習でもしようかと机へ向かう。と、携帯がブルブル振動した。画面を見ると関先生だ。内心ではものすごく腹立たしいけれど、ここで異変を悟られてはいけない。素知らぬ顔をして電話に出る。

「やあ」

先生はいつもの調子だ。私は焦らず慌てず録音機能を起動させる。一分三十秒と時間は限られているけれど、きちんと活用すれば重要な言質になるかもしれない。ただ、私から先生を好きというような素振りをうかがわせるのは、第三者が聞いたときに印象がよくないか。情報を引き出さなくてはいけない、保身をしなければいけない、これがスパイの辛いところ……なんて、スパイでもないか。

悲しいことに、興味を失ってしまうと話の一つ一つがつまらなくなっていく。空笑いをしてやり過ごす。なんてバカバカしいのだろう。つまらない合コンってこんな感じなのだろうか。

かわい子ぶって愛想よくまるで音ゲーのようにタイミングを合わせて言葉をコンボする。携帯ゲームなんかではハートマークをタッチし続けるとより親密な態度を貰えたりする。どうやらフルコンボみたいだドン。

「好きだよ」

関先生は言った。どの口が言うのだろうか。優しげで楽しげな声に呆れてしまう。きちんと録画できたかは問題だけど、ひとまず叩きつけるに値する情報は入手できたか。ならば、終わらせる方向に持っていきたい。

「じゃあ、本当に好きなら、百回好きって言って下さる?」

「そんなに一度に言ったら疲れるよ。百日間、毎日電話をかけて、一回ずつ好きって言うんじゃダメかい?」

「ロマンチックね。明日もかけて下さるの?」

「もちろんさ。僕は君に百回思いを伝えなくちゃいけないんだからね」

何を浮かれたことを。

「うふふ。先生、おやすみなさいまし」

私はニコニコ笑って電話を切る。電池が一つになってしまった熱い携帯をゆっくり置いて、布団まで行く。引っつかんだ枕を無言で振り回して叩きつけた。
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