乙女ゲームの悪役になったので、人生まっとうしてやります。

九時良

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帰省

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――目が覚める。泣き疲れて眠っていたようだ。

体が重い。疲れているのではなくて、物理的に重かった。肉の鎖が体に巻きついている、あの感覚だ。

見渡せば、狭くて汚らしい私の部屋だった。ゲームとグッズがごちゃついている。服もゴミも積まれている。掃除機なんてしばらくかけていなかった。

埃の張り付いた鏡を、太くて汚ない手で拭う。

……やあ、久しぶり。世にも惨めで異物で汚物な怪物ブサイク。見慣れた顔にホッとして虚しさが体の中に満ちていく。体の中身が空洞になっていく。

そうか。あれは、死ぬ前に見る走馬灯みたいなものなのかな。走馬灯は記憶だから、違うけど。

私の頭はぼーっとしていた。そういえば、私は死ぬ前、どうしていたっけ。確かこんな気分で部屋を片付けていた気がする。汚い部屋のゴミをまとめて、掃除機をかけて、片付けくらい普段からしなさいなんて母親に怒られて。

片付けよう。それから、死のう。首をつって。そうしたらまた、いい夢が見られるかもしれない。

私はノロノロと立ち上がって、本棚から出されて積まれたままの漫画やらゲームやらを綺麗に並べることにした。

『ユーフォリア』があった。一番、手に取りやすいところにあった。花舞うパッケージには、攻略キャラ三人、中央に花園さん。漫画も似たような配置で、一番人気の雄星と花園さんがピックアップされていた。

聖薇は、カバーの折り返し部分にちょっといた。漫画では、憎みきれないおバカキャラ的な、マイルドな扱いになっていたなぁ。私の聖薇はそのどれでもなかったけれど、おバカではあった。

聖薇本人は――どうなんだろう。

御崎家の娘として育って、それ相応に窮屈で、だけど強く生きようとしていたけれど。それでも、御崎家として正しくない相手が好きで、私の愚行を利用して――相沢とどうなったんだろう。

幸せになれればいいんだけど、ゲームの中では、聖薇に幸せなエンディングは用意されていない。それでも、あれが彼女の現実ならば、ハッピーとかバッドに括られない彼女のためのルートに入って欲しいと思う。

「……私、ちょっと頭がよくなった気がする」

頭を押さえる。気のせいかもしれない。気のせいじゃないかもしれない。現実には虚しさが満ちていたのに、こんなことを考えていたら――いや、考えるだけの気力が出ていた。本当に辛いときは頭なんか働かなくなった。

あれ。

死のうと思っていたのに、なんだか。フツフツとしたものが、こみ上げてくる。

……なんであいつらのせいで死ななくちゃならないのか?なんでそんな馬鹿馬鹿しい結論を選ばなくちゃいけないのか?

どうせブスなら不愉快なほど憚ってやっても、いいのでは?もしもブスが美人になったら、あいつら、どんな風に手の平を返すのか?

わけのわからない時間のせいで、私の思考は聖羅に毒されてしまったようだ。

今なら、人生のやり直しができるだろうか?

「お姉ちゃん!」

部屋のドアが開いた。妹が転げるようにして飛び込んで来た。そのまま抱きついて、泣きついてきた。

「お姉ちゃん!お姉ちゃん……!」

きっと彼女は『嫌な夢を見た』のだろう。私も同じ夢を見て、ちょうど、目覚めたところだ。もう、どこからどこまでが現実なのかわからなくても――今が現実でも別に構わないと思っている。こうやって妹が心の底から泣いて後悔してくれていることがわかったから。

大丈夫、私はもう死なない。私は少し強かになって、多分、聖羅は少し馬鹿になった。きっと、少しずつ幸せになった。

妹の頭を撫でる。もう、言葉はなくてもいい。ユーフォリア――幸せはなくても、現実が良くなくても、少なくても、死ぬことはない。
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