幸福物質の瞬間

伽藍堂益太

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幸福物質の瞬間 16

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渋谷隆弘 3

 久しぶりに、マシューから飲みの誘いが来た。場所は新宿。どこにでも飲み屋はあるが、どこに行っても満員なのが、週末の夜だ。土曜日。土日休みの仕事をしている人なら、土曜の夜に羽を伸ばして羽目をはずすことほど、ストレス解消になることはないだろう。だが、うちの商店はあいにく土日も店を開けている。明日も仕事だが、どうせ俺は開店から店に出るわけじゃない。最悪、終電を逃して始発で帰ることになっても、なんとかなる。ま、マシューと飲むのに、そんな心配をする必要はないだろうが。
 だが、別の心配ならあった。
 タナトスに、マシューの奥さんが死んだ時の動画を送った数日後、マシューからメッセージが届いた。それは、ケタケタ動画に上がった動画を見ろ、というものだった。『高校生が超能力で同級生を殺す』という動画で、あれに出ていた、殺した方の男子高校生。
 あれはどう見ても『幸福物質の瞬間』に上げている動画に幾度となく出てくる、謎の男子高校生だった。それに倒れたもうひとりの高校生。あの高校生の状態、なんだかうちのサイトに上げてる動画で死んだ人たちと、同じような症状じゃなかったか。
 その上、あの動画が上げられた日以降、タナトスからの連絡がぱったり途切れてしまった。もしかして、という程度の予想でしかないのだが、倒れた高校生は、タナトスなんじゃないか。
 いずれにしても、マシューに聞けば全部分かる。そんな気がする。
 多少の緊張とともに、待ち合わせ場所にて、携帯を見る。待ち合わせ時間まであとちょっと。
「管理人さん、お待たせしました」
 背後から声をかけられ振り返ると、そこにはマシューがいた。前よりも一層やつれたような気がする。ただでさえガリガリなのに、やっぱり奥さんが亡くなってから、ちゃんと食べていない生活が続いているんじゃなかろうか。心配だ。
「いやいや、まだ時間前だし。で、店は?」
 予約はマシューがしておいてくれるということだった。
「こっちです。ちょっと駅からありますけど、そっちのが雰囲気落ち着いてるんで」
「そうね」
 道中は二人共、それほど口数は多くなかった。店で話せばいいことを、わざわざ歩きながら話すこともない。
 店は雑多な感じがするが、しかし落ち着くような、そんな居酒屋だった。チェーン店じゃない。さすがマシュー。俺の好みをわかっている。
 カウンターで横並びに座り、生ビールをジョッキで二つ。それにつまみをいくらか。マシューが俺の好みに合わせてくれているのか、俺の好物ばかりだ。
 掲示版が盛り上がって以来、マシューに対して持っていたもやもやは、当たり障りのない近況を話しているうちに、消えていた。
「ところで、管理人さん、今日は聞いて欲しいことがあってきたんです」
「ん? なになに?」
 久しぶりに人と飲む酒に、俺はすでに気分が良くなっていた。
「ほとんど自分語りみたいなもんなんですけど、いいですか?」
「おう、もちろん」
 自分語りみたいなものを聞くのは、そんなに嫌いじゃなかった。ネットでそういうのも結構よく見る。マシューはビールを飲み干し、ひと呼吸おくと、口を開いた。
「ずっとハンドルネームで、名乗ってましたけど、俺の本名は、入間周一って言います。入間のマと周一のシューで、マシューです」
 なるほど、本名もじりのハンドルネームだったのか。
「今名刺ないんで、免許見ます?」
「いやいや、いらんいらん」
「どうも。ところで、管理人さん、超能力って信じますか?」
 唐突な質問だ。
「どうかな。あってもおかしくはないと思うけど」
「なら、今から超能力の存在を証明してみせます」
「え?」
「実は私、超能力者なんです。人の心や記憶を読むことができます」
「は?」
 急にボケをかましてきたが、一体どういうことだ。
「今、目の前に並んでいるおつまみ。これすべて、管理人さんの好物ですよね?」
 マストの枝豆から、ホタルイカの沖漬け、唐揚げにぼんじり、俺の好物ばかりだ。
「あなたの心を読んで注文しました。ついでに、あなたは一杯目はビール、という主義ではなくて、ビールが好きだ。はじめから最後までずっとビールでいいくらいに」
 当たっている。当たっているが、俺はマシューと何度が飲んでいるから、それくらいは予想できることだろう。何かトリックがあるに違いない。
「トリックはないですよ」
 今俺は、声に出してたっけか。
「いいえ、頭の中で思っていただけです」
 完全に俺の思考と会話している。
「じゃ、もうひとつ。管理人さんの記憶を引き出します。えっと、管理人さんが初めて人の死で性的興奮を覚えたのは、大学生の時ですね? 大学の図書館でドキュメンタリーを見た時だ。兵士が死ぬシーン」
 誰にも話したことがないことだ。男の兵士が死んで興奮したなんて、ゲイだと思われるかもしれないと思って、誰にも言えないでいた。
「大丈夫、ゲイだとは思いませんから」
 まただ。マジっぽい。
「マジです。信じてもらえました?」
「マジかー」
 信じてもいいような気がした。マシューは友達だ。今更そんな嘘をつくとは思えないし、メンヘラっぽい感じも今までなかった。よし、分かった。信じよう。
「ありがとうございます」
「どんな感じで人の心が読めるの?」
「そうですね……視界の上の方から、文字と写真が降ってくる、いや、目の前に飛び込んでくる感じですかね。動画ではなくて画像で、文章じゃなくて単語で」
「なるほどねぇ。で、なんでそんな話?」
「今のは超能力の存在を証明したかったんです。本題はここから。以前、管理人さんに私の妻が死んだ時の動画の記事を削除してもらったの覚えてますよね」
 もちろん。
「私の妻は、あの動画に映っていた男子高校生に殺されたんです。超能力で」
 なんだって。
「男子高校生の名前は高石祐介。今まであいつが映っている動画の死者すべて、あいつに殺されています」
「え? どうやって?」
「あいつの超能力はサイコキネシスです。サイコキネシスで心臓を止めて、今までに数え切れないほどの人を殺してきている。俺の妻も、その被害者の一人なんです」
 この話は事実なんだろうか。まるで映画のようじゃないか。
「映画ではなく、事実です。だから俺は、あいつに復讐するために、今まで生きてきたんです」
 俺が今までの人生で感じたこともないような、これから先も感じることもないような強い感情と覚悟を見せられた。そこに挟み込める言葉なんて、俺は持っていない。でも、聞きたいと思った。純粋に、興味がある。怒らないだろうか、マシューは。もし怒らないのであれば、話して欲しいと思う。聞きたいと思う。
「俺、物心ついたころにはもう心が読めるようになってたんです。いや、なってたんじゃなくて、ただ、気がついたってだけですね」
 マシューは話を続けてくれた。怒っていないらしい。それが純粋に嬉しい。
「それのせいでいじめられたり、家族との仲も上手くいかないし、人間不信になりました。多分、俺が一人だったら、もうとっくに死んでると思います。でも、俺は一人じゃなかったんです。たったひとり、望がいてくれたから」
 望。初めて聞く名前だ。
「私の妻です。幼稚園から高校までずっと一緒だったんです。単純に家が近かっただけなんですけど。彼女、ちょっと変わった子だったんですよ」
 望、自分の妻のことを話し始めたマシューの顔は、今まで見た中で一番穏やかな顔をしていた。
「思ったことをすぐ口に出しちゃう子で、本音と建前を使い分けられないっていうか、そういうところがあって。こう言っちゃなんですけど、嫌われ者でしたよ。
 そりゃそうですよね。自分のこと可愛いと思ってる女の子にブスって言ったり、太ってる子にデブって言ったり。でも、俺にとってはそれが心地よかったんです。だって、普通みんな隠す気持ちを、彼女はさらけ出してくれるんですから。
 小柄だけど気は強くて、特別可愛くもないのに性格悪くて、それでも、俺には彼女しかいなかったんですよ」
 マシューはグラスの取手を、手に筋が浮かぶほど強く握りしめて言った。
「初めはね、気持ち悪いって言われましたよ。だって、ボロクソに言われてるのに、俺はベタベタくっついてるわけですからね。でも、小学校の四年生の時に、やっと好きって言ってもらえました。すごいんですよ、彼女。好きって思った瞬間に好きって言うんですから。単純接触の効果ですね。四六時中、彼女の傍にいようとしてましたから」
 ここまではただのノロケだ。
「で、望は自分から俺の傍にいてくれるようになりました。それでも、彼女は俺に好かれようと嘘をついたりしなかった。ムカつくときはムカつくって、はっきり言ってくれますから。
 だからますます、俺は彼女から離れられなくなった。心が読める俺は、家庭にすら嘘に満ちあふれていることを知っていた。だから、彼女の傍だけが、俺の唯一安心できる場所になっていったんです。望は、客観的に言えば性格悪かったですから、友達は少なかったですし、俺も心とは違うことばかり言う友達なんて欲しくなかったですから、必然的に二人でいる時間は増えました。望は望で、両親と折り合いがよくなかったんですよ。ぶつかり合う性格だったんで。
 小学校を卒業して、中学校で付き合いだして、高校も一緒に通って、高校卒業と共に、二人共実家を出て、下宿して、別々の大学に通いだしました。同棲ですね。
 大学を卒業して、俺は国語の教師になりました。心が読めるから、生徒の扱いなんて楽勝だと思ってたんですよ。公務員で安定だし。実際そうでもなかったんですけど。
 望はOLになりました。でも、やっぱりダメでしたね。思ったことをすぐ口に出してやっていける仕事なんて、そうそうないですよ。どこに行っても人間関係はありますから。
 だから結婚して、専業主婦になってもらいました。別に、俺の傍にいてくれれば、それで良かったんで。彼女と俺は、共依存ですから、離れることなんてできない。だから別にそれで良かったんです。仕事を覚えて、それで貯金して、貯まったタイミングで子作りしました。
 不安はありました。でも、幸せだった。望が妊娠して、安定期に入った頃にですね、望は病院に定期健診に行ったんです。その途中でした、望が死んだのは」
 じんわりと涙を浮かべながら、マシューは言った。俺は目のやり場に困って、ビールを呷った。ぬるくなったビールは上手くない。炭酸が抜けて、苦いだけだ。
「俺は唯一の居場所を失った。唯一ですよ。この世にただ一人だったんだ。もし望という存在がなかったら、俺はとっくに精神が崩壊しています。人間なんてろくなこと考えてないんだから。
 みんなが想像するほど、どす黒い世界ではないかもしれない。でも、みんな微妙に卑怯なんだ。保身が大事で、それは別に悪いことじゃないかもしれないけど、表に出している顔と、あまりに違うから、だからそれに失望する」
 ひと通りまくしたてて、マシューは言葉を繋げる。
「望が駅で倒れたと学校に電話が来て、飛び出して病院に行った時にはもう、望もお腹の赤ちゃんも亡くなっていました。
 それからしばらくの記憶はありません。気がついたら四十九日が終わって、納骨が済んでいました。どうしてそうなったのか分からないけど、彼女は彼女の家のお墓に入って、気づいたら俺は一人になっていました」
 マシューもジョッキに残っていたビールを飲み干した。俺はビールを二つ追加注文して、マシューに一息つかせた。マシューの呼吸は荒くなっていたし、鼻水も垂れている。
「ありがとうございます。管理人さんは、俺が会った人の中でも、結構善人ですよ。変態ですけど」
「変態は余計だよ」
 運ばれてきたビールで喉を潤す。やはり、冷えたビールはうまい。
「望と子供が亡くなって、俺は仕事を辞めました。もう、働く意味がなくなりましたから。それで毎日、ただただ腐ってました。何もせず、ただ生きてました」
 世界に唯一と思えるくらい大事な人が死んだら、どう思うだろう。想像しようとして、やめた。大事な人が死んだとしても、俺は多分。だから、無駄な想像はやめる。
「死んだように過ごしてた時、友人から連絡が来ました。こんな俺ですけどね、利用できそうなやつには取り入って、友達のフリはちゃんとしてたんですよ。
 連絡の内容を聞いて、最低な気分になりました。だって望が死んだ瞬間が、ネットに上げられているんだって聞いたんですから。会ってないんで分からないんですけど、その友人もただ親切心だけで教えてくれたんじゃないんでしょうね。好奇心も半分含まれてたんだと思います。人間って、そういうもんですから。
 それで『幸福物質の瞬間』を教えられました」
 あのメールか。初めてやりとりした時のことを思い出す。あの時俺は、心底ビビっていた。
「正直、サイトをぶっ潰してやるくらいの気持ちでメールを送りました。でも、あなたの対応で、俺も対応を変えました。そりゃ、あなたのサイトは動画の紹介ですからね。動画をアップしたのも管理人さんじゃないですし。それに、興味が他に移ったんです。あの、動画に映っていた、男子高校生、あれが気になって仕方なくなって。
 だって、もしかしたらあの高校生と言い争いをしたせいで、望が心不全になったかもしれないんだ。だとしたら、復讐してやらなきゃならない。でしょう?」
 どうかな。そうかもしれない。俺だって、大切な人を殺されたら、犯人を殺してやりたくなる、と思う。それが故意か無意識かは問題ではなく。
「だから俺は探すことにしたんです。望が死んだのは朝だった。しかもあの高校生は制服を着ていた。だから、通学にあの電車を使っているということは誰だって分かります。だから、早朝、俺は駅の改札前に待機して、あの高校生を探したんです。見つけるのは簡単でした。姿は目に焼き付いてましたし、何より俺は、人の記憶を読める。でもね、読んでみたら、愕然としましたよ」
 マシューはビールをごくごくと喉を鳴らして飲み、一呼吸おいた。
「だって、超能力で、サイコキネシスで心臓を止めたって。ありえないでしょう? でも、俺も普通で考えたらありえない方法で人の心を勝手に覗いているわけだから、それは事実なんだって、普通よりはずっと簡単に受け入れられました。管理人さんが俺の能力を受け入れたことの方が驚きですよ」
 そう言って、マシューは笑った。俺は、マシューならそういうこともあるかな、と思っただけだ。前からよく気がつく人だと思っていたけど、超能力があると言われてしまった方が、納得できる。だって、こんな気遣いができるやつがいるのに、俺はほんとに気が利かないから、いっそ超能力があるとか言われた方が、劣等感を持たなくて済む。
「そんな、管理人さんはそれでいいんですよ。それで」
 それってどれだ。だが、張りつめすぎて千切れそうになっていたマシューが僅かに緩んだ。
「高石祐介という名前も、赤木学院に通っていることも、家の場所だって、何もかも、できるだけ多くのことを読み取ってやりました。学校の近くまでつけてね。
 復讐してやる。そう決めました。まず考えたのは、超能力で人を殺す相手を法で裁けるかってことです。とてもじゃないけど、俺にはそんな方法、思いつきませんでした。法学部にいた友人もいましたけど、望が死んで頭がおかしくなったと思われたくなくて、相談できませんでした。
 ならどうするか。この手で殺してやるか。それなら簡単にできそうです。人間なんて、刺せば簡単に死にますから。でも、それじゃ、あまりにもあっけない。
 どうせやるなら、やつを徹底的に絶望に叩き落としてやろうと思った。絶望して絶望して、すべてを悔やんで死んでいってもらいたかった。
 でも、それだけじゃ足りない。超能力で人を殺す人間がいるのだということを、世界に教えなきゃならない。超能力を使った犯罪があるのだから、それをきちんと法律で裁けるようにしなきゃならない。義憤ではないですけど、その必要はあると思ったんです。腹が立つでしょう? 人を殺したクソッタレが、のうのうと生きてるなんて?
 そんな時、思い出したんですよ。あなたのサイトのことを。私にとって唯一関わったことのある、メディアと呼べるものでしたから。
 実は、あなたのサイトのメールを送った時には既に、興信所にお願いして、あなたの素性を調べてもらっていました。だから、あなたの実家の商店に行って、あなたの思考を読んだ。性的嗜好が同じであれば、あなたに近づくのは簡単だと思って、それを利用して、あなたに近づいた」
 そう言われた時、俺はもっと落胆するかと思った。でも、自分でも思ったより、落ち込むことはなかった。むしろ、あぁ、やっぱりそうだったか。そう思った。だって、こんな性的嗜好、共有してくれるなんてこと、まずありえない。
 ただ、寂しかった。それで仲良くなれたと、友達になれたと思っていたから。大人になると、利害関係のない友達を持つことは難しい。趣味の仲間ってのが、もしかしたら唯一、大人が利害関係を求めずに、友達になれる相手なんじゃなかろうか。俺の唯一の趣味は、人の死を見ること。こんなの、友達なんてできっこない。なのに、マシューとは友達になれた。奇跡だと思った。でもやっぱり、奇跡ってのは奇跡でしかなかった。
「すいません、隠していて。でも、俺は必死だったんです。それであなたを傷つけたことは別問題だけど」
「いいよ、大丈夫」
 ショックはショックだけど、でも、だからといって、マシューを責めることはできなかった。事情が事情だから。
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げるマシューを見て、思った。俺は一応、謝るに値する人間だと思ってもらいたんだな、と。心を読めると知っている相手に、そうするんだから。
「続きを聞かせて」
 ここまで聞いたら、最後まで聞きたかった。
「はい。それからは、高石祐介を付け回して、ま、ストーキングですね。できる限り長い時間、あいつの行動を観察してですね、あいつが人を殺す瞬間を、動画に納めました。それを動画投稿サイトにアップして、あなたに紹介しました。警察関係者に友人がいるっていうのは、嘘です」
 そういえば、そんなことを言っていた。
「それと同時進行で、俺は赤木学院の古典の講師になりました。今年の四月のことです。募集がかけられていたところに、面接に行きました。面接は、得意なんですよ。相手が望んでいることを、望んでいるように答えることができるんで。面接で落とされたことはありません」
 それは、正直うらやましい。
「タナトスが、うちの学校の生徒で、しかも『幸福物質の瞬間』の常連ということも知っていました。すべて分かっていて、タナトスを焚き付けたんです。高石祐介を追い詰めるように。まんまと上手くいきましたよ。実は後一人、高石祐介に兄を殺された人の協力で、高石を精神的に追い詰めるようにも画策していました。実際こっちは、かなり有効でした」
 サイトの外でも、そんなことをしていたのか。その執念たるや、きっと俺には一生理解できないような代物だ。
「あのさ、タナトスって、どうなったの? 掲示板に来ないんだけど」
 胸の奥が支えるような、そんな嫌な予感がした。
「……これを見てください」
 マシューは携帯を取り出した。画面をタップして表示したのは、動画だった。マシューから連絡が来てチェックしたケタケタ動画のランキングの上位に上っていた動画だ。男子高校生が二人、これは教室か。一人は高石祐介っぽい。見覚えがある。もう一人は、誰だ。その一人が、胸を押さえて、倒れた。死んだのか。ムラムラしてくる。これは、死だ。
「今、死んだのが、タナトスです。西坂卓。彼も高石祐介に殺されました」
 やっぱり、そうだったか。
「待ってよ、タナトスさ、最後に焚き付けたの、俺じゃなかったっけ?」
 まさか俺が、タナトスを殺すきっかけを作ったんじゃ。
「違います。彼を誘導したのはあくまで俺です。管理人さんは、何もしていない。管理人さんを誘導したのも俺なんだ。管理人さんに責任は一切ないです」
 そんなこと言われても。
「本当に、管理人さんに責任はありません。すべては俺の罪なんです」
 そうなんだろうか。そう思っていいのだろうか。
「いいんです。それで最後に、あなたを利用させてもらいたい」
「最後に?」
「えぇ、最後に。月曜の夜、ケタケタ動画で生放送をやろうと思っています。それを録画して、拡散してくれませんか? 俺はもう、その生放送が終わったら、何もできなくなるんで。できれば、今までの高石祐介の動画を紹介する記事をまとめてくれたら、嬉しいです。今後、あいつが、それに、あいつみたいな奴が、超能力で人を殺しても、ちゃんと裁かれるんだと、裁く人間がいるのだと、思い知らせるような、そんな記事を書いて欲しいんです」
 なんだその言い方。まるで、遺言みたいじゃないか。
 俺の思考を読み取ったからか、マシューは曖昧に微笑んだ。
「なぁ、ちょっといいかな?」
「なんでしょう?」
「マシューがさ、高石祐介が人を殺した瞬間を取ってたってことは、高石が人を殺す瞬間に立ち会ってたってことだろ? 助けることだってできたんじゃないのか? 助けることができたのに、助けなかったってことだろ?」
 考えていることを、ほとんどラグもなしに言葉にした。
「はい、そうです。そのとおりです。俺は助けられる人を見殺しにして、いや、生贄にして、高石祐介を攻撃するための武器を揃えました」
 マシューの視線は、俺から逃げなかった。
「それに気づいた人に、マシュー自身が批判されるって可能性もあるわけだ。それは覚悟してるんだよな?」
「はい、もちろんです。どんな批判をされても構いません。その覚悟はできています」
 マシューには俺の心が読めている。だから、あえて口にする必要はないのかもしれない。だけど、言葉にすることにした。そうすることは、必要だと思ったから。
「分かった。そこまで覚悟してるんなら、いいよ。やるよ。別に俺は、マシューが人を見殺しにしてきたことを、責めるつもりなんてないから」
 人の死に興奮しているやつが、人の死を傍観したやつを批判なんてできるわけがない。それに俺は、人の奥さんが死んだ動画を見て興奮しているんだ。心が読めるマシューはそれを知っている。知った上で、こうして隣で酒を飲んでくれている。だったら、それに対する贖罪、ではないけれど、償いのようなことをしたいという気持ちがあった。
「ありがとうございます。では、明日中に俺のケタケタ動画のウォッチリストを送ります」
「うん」
「……本当に、ありがとうございます。それともうひとつ、本当に、ありがとうございました。俺と望の話、誰かに聞いて貰いたかったんです。辛かったこととか、ぶちまけたかったんです。俺にとっても、あなたはやっぱり友達だ。きっとあなたはずっと悩んできた人だから、自分が醜いと素直に思える人だから、友達になれたのかもしれません。
 ここまでの勘定は、奢らせてください。お先に失礼します。これから、生徒の一人に連絡しなくてはいけないので」
 マシューは俺なんかに深くお辞儀すると、伝票を持って、出て行った。
 これで、会うのは最後になるんだろうか。無茶苦茶なやつだったな。でも、俺を友達と言ってくれた。それなら、その最後の頼みくらいは、聞いてあげたい。
 無茶苦茶な話を聞かされて、頭の中はグチャグチャで、まだ混乱している。でも、あれだけ必死な姿を見させられたら、協力しないわけにはいかないだろう。事情もちゃんと知ってしまったんだ。
 高石祐介という男子高校生の人生は、色んな意味で、これで終わりになるかもしれない。それに加担することになる。それだけのことをするにも関わらず、俺はすんなりと、マシューの願いを聞き入れることができた。

 そして次の日、マシューから連絡が来た。月曜の夜八時、生放送開始だそうだ。いいぜ、やってやる。どうせやるならと、俺からマシューに、記事を書くための資料を要求した。マシューは当然、快く了承してくれて、ほとんど完璧な資料を送ってきてくれた。
 俺はぬかりなくマシューの依頼を完遂するため、録画環境を万全に整えた。
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