果実

伽藍堂益太

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果実 18

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 次の朝、光は次郎に発見された。もちろん驚かれはしたが、次郎は事実をありのままに受け止めて、とにかく一度帰って千秋の解体をするようにと促し、光に道具を渡した。
 日々の仕事で、解体はすっかりできるようになっていたが、千秋の果肉は前回のものがまだ残っており、自宅に保存できない。そのため、製造所の冷蔵庫を借りて、果肉を保存した。
 それからの毎日は仕事と勉強に邁進する日々だった。資格試験は、過去問を繰り返し、合格圏内に入るようになり、後は夏の講習を待つばかりになった。
 仕事も始めて四ヶ月近くが経過し、生活も落ち着いた頃、再び千秋との再会の時が来た。
 製造所には二人きり、前と同じように、光の胸は高鳴っていた。
 そして、飛び出てきた千秋と抱き合い、しばらくそのままでいた。
「ごめんなさい、千秋さん、俺のせいで」
 あの日からずっと、光は自分を責め続けていた。あの日、千秋を舞衣に会わせなければ、こんなことにはならなかった。舞衣を憎む気持ちは燻っていたが、それ以上に、自分の判断ミスが憎かった。
「いいえ、光さん。あの時ついていくと言ったのは私です。悪いのは私です」
「そんなこと――」
 言いかけて、光の言葉は千秋の指に遮られた。
「でも、もうあんなことをしてはいけません」
「あんなことって?」
「光さんは、あの人を殺そうとしていました。あれはダメです。いいですか、光さん。倫理的なことに関して、私にはまだ理解するのは難しいですが、人を殺すのはいけないことです。
 それ以上に私達二人には、もっと切実な問題があります。もしあの場で光さんが捕まっていたら私はもう二度と転生できませんでした。私はゴミとして処理されるのですから。
 私は、光さんの気持ちが離れて死ぬことになるなら、諦めることができます。でも、そうじゃなくて離れてしまうことだってあるのです。私はそんなの、我慢できません。
 いいですか? 軽率な行動は二人を引き裂きます。私はそんなの嫌です。だから、もう二度と、軽率な行動は起こさないでください」
 声から必死さが伝わってくる。表情も、そう、これは、怒っている。千秋に怒られた。
「はい、肝に命じます」
「よろしい」
 そう言って、千秋は光の頭を撫でた。それはもう、眩しい笑顔で。
 会う度に、千秋は魅力的になっていく。自分もこのままじゃいられないな。光は千秋と手を強く繋いで、胸のうちに決意した。

 灰色で停滞していた日々はいつのことだったのだろう。もう思い出せないくらいに昔のことだった気がする。とにかく、光は忙しく働き続けた。
 それは何故か。次郎の一言だった。
「私もね、もう還暦を過ぎてるし、そろそろ引退したいんだ。君さえよければ、社長業を引き継いでもらいたい。そのために色々手続きはあるし、覚えてもらいたいこともある。忙しくなるよ」
 この提案は、光にとってはこの上もなく都合のいいことだった。何せ、千秋を転生し続けるためには、絶対にプライベートで使用できる果実製造機が必要なのだから。
「千秋さんがいる以上、俺は絶対に断れないですよ」
「そうだよね」
 光は次郎、千秋、冬美と食卓を囲んでいた。次郎の自宅のリビングだ。
「それなら、もう明日からさっさと初めよう。それからね、三人の従業員のことだけど――」
 犬崎、雉島、猿渡の三人の従業員は、果実だった。果実が市場に流通する前の最初期の果実で、桃をベースに作られた。
 彼らは、橘果実店の創業者である前社長の恋人であったようだ。ちなみに、前社長も男性である。彼らを永らえさせることは前社長が次郎に会社を譲る時の条件だったそうで、光にもそれを継続して欲しいとのことだった。
 光にとっては自分よりも先輩で、仕事に関して彼らは自分よりも遥かに詳しい。彼らがこれからも仕事を続けてくれるだけでも、ありがたかった。
「明日から頑張ろう」
 次郎が右手を差し出した。
「はい!」
 光はその手を掴んだ。固い握手を交わして、頷き合う。これもまた、光と千秋にとって、大事な繋がりだった。

 夏に資格を習得して、秋には司法書士に依頼して社長を交代し、冬にかけて土地や建物の権利を移譲し、そして、新しい年を迎えた。
 何もかも順風満帆で、こんな日々が続いていくのだと、無闇に信じて毎日を過ごしていた。しかし、悲劇は突如として、光を襲う。
 正月休みが明けて数日、次郎が死んだ。
 自殺であり、かつ刺殺。
 発見したのは光だった。店のレジに残されていたメモを見て、光が二階の部屋に上がると、風呂場で次郎と冬美が折り重なるようにして倒れていた。冬美の手には包丁が握られており、そして、冬美は期限がきて死んでいた。
 遺書には冬美の転生を維持することが肉体的に難しくなってきたことや、会社の存続の目処が立ったことが自殺の理由であると書かれていた。冬美を維持できなくなるのであれば、生きている意味はないということだ。唯一の心残りが、会社のことだったのだろう。
 光も取り調べを受けた。しかし、その潔白は明白で、罪に問われるわけもなく解放された。大きな衝撃に、光は倒れそうになった。だが、傍には千秋がいた。一緒にいて、支えてくれた。
 次郎の葬式の帰り道、千秋と二人で沈みゆく太陽を眺めた。次郎と冬美の結末は、自分たちの行く末なのだろうか。そう考えずにはいられない。
 しかし、二人の手は今しっかりと繋がれている。二人はいずれ、次郎と冬美の後を追うのかもしれないし、他の結末を迎えるのかもしれない。それでも、繋がっているということだけは事実で、それがあれば、二人は生きていける。
 途切れ途切れにたどたどしく、そう呟く光に、千秋は寄り添い、ただ頷いた。
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