アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第十八話「一緒に食事をしましょう」

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 夕餉ゆうげの時刻になった。

 アヤメは居間にいる。
 小料理が盛られた人数分の器を、ダイニングテーブルに並べているところだ。
 その大人数用のテーブルは、家族と蕗が着席すると上座側に固まる事になり、下座側には半分以上、空間が残る。そのため、テーブルがさびしくならないよう松や南天なんてん、菊や葉牡丹はぼたんなどをあしらった正月を祝う、大きな生け花が飾られていた。

 濱子は生け花を整えている。
 居間には、濱子とアヤメだけだ。

 アヤメは器をそれぞれの席に並べ終え、次の料理を取りに行こうと、から丸盆まるぼんを両手に持ち、水平に保ちながら出口へと向かう。

「アヤメちゃん」

 そこを濱子が呼び止める。
 「ピタッ」と足を止め、アヤメが振り返る。

「ハイ、。ハッ、スミマセヌ」

 アヤメは丸盆を口元に当て、濱子に体を向ける。
 濱子は手招きしている。
 
「奥様。御用ゴヨウデショウカ?」

 アヤメは濱子に近づいて行く。 

「あちらで少し、お話しましょう」

 濱子が隣にある自分の部屋を指差して、歩いて行く。

「ハイ」

 アヤメはお盆を下ろして、濱子の後をついて行く。
 濱子がの片側だけを開け、先に部屋へ入る。

「失礼致シマス」

 アヤメも会釈えしゃくして中に入り、濱子が戸を閉めた。

「アヤメちゃん」
「ハイ。オハア、ア、ア、アー…、グスン。奥様、スミマセヌ」
「あらあら。沢山、練習したものだからわたくしのことを、『』って呼ぶのがくせになってしまったかしら?」

 濱子が穏やかに言う。

「ハイ。ヨウデ御座イマス。グスン。申シ訳アリマセヌ」

 アヤメが深々と頭を下げる。

「それより、アヤメちゃん。お夕飯の支度は蕗さんと櫻子に任せて、アヤメちゃんは今から充電箱に座ってちょうだい」
シカナガラ、充電中ハ、御食事ナサッテイル、皆様ノ、御世話オセワガ出来マセヌ」

 頭を上げ、アヤメは答えた。

「いいのよ。今日はわたくしも体調が良いし、食事のことも後片付けも自分達で出来るわ」

 閉められた引き分け戸の向こうでは、居間に入って来た櫻子と蕗の話し声が聞こえてきた。

「その代わり、アヤメちゃんは夜間の見回りに備えて今のうち、しっかりと充電しておいてほしいの」
「ハイ、承知シマシタ」

 アヤメが頷く。

「御食事中ノ、御世話ガ出来ズ、大変、心苦ココログルシイノデスガ、今夜ノ見回リ、シカト、ツトメサセテ頂キマス」
「ええ。お願いね、アヤメちゃん」
レデハ、只今タダイマカラ充電箱ニ、着座チャクザサセテ頂キマス」

 アヤメは会釈してから「クルッ」ときびすを返し、濱子に背中を向ける。しかし一拍いっぱく置いて、また濱子の方へ向き直った。

「奥様。ヒトツ、ヨロシイデショウカ?」
「ええ、何かしら?」
明日アス、アヤメハ滉月家ヲ、御暇オイトマサセテ頂キ、倪門ガイモン研究者ニ帰リマス。ツカエ無ケレバ、今夜、皆様ニ最後ノ、御挨拶ゴアイサツガシタイノデス」
「最後の挨拶?そうねぇ…」

 濱子が少し考え、口を開く。

「アヤメちゃん。最後の挨拶はひかえてくれないかしら?ほら…櫻子が聞いたら、今朝みたいに泣き出してしまって大変だわ。きっと、夜も眠れなくなってしまうと思うの」
「ハイ。一介イッカイノ人形デル、アヤメゴトキガ、櫻、子姉様ヲ、泣カセテハイケナイノデス。出来レバ、櫻、子姉様ガ、御不在ゴフザイノ時、旦那様、奥様、ソシテ鉉サント蕗様ニ、御挨拶シテ宜シイデショウカ?旦那様ニハ、今朝ノ大失敗ヲ、御伝オツタエシ、御詫オワビシナケレバナリマセヌ」
「ん~。できれば、それも控えてちょうだい。明日は皆、朝早くからお仕事だから…。最後のお正月休みだし、なるべく自由に過ごさせてあげたいの。数仁さんや皆にも直接、私から伝えるわ。アヤメちゃんは明日、研究所の方々がいらっしゃるまで、この話は誰にも口にしないでほしいの。…解ってくれるかしら?」

 濱子が困り顔で、アヤメに瞳を合わせる。
 
「…ハイ。奥様ノ、御言葉オコトバ、理解シマシタ。アヤメハ、ママヲ、申シ上ゲマシタ。大変、申シ訳アリマセヌ」

 アヤメは目蓋を閉じて、また深々と頭を下げた。

「解ってくれて良かったわ。それじゃあ、この話はお仕舞しまい。さあ、戻りましょう」
「ハイ。奥様」

 濱子が歩きだすと、今度はアヤメが戸を開ける。

「ドウゾ」
「あら。ありがとう、アヤメちゃん」

 そう言って濱子が居間に移り、アヤメも後に続いた。
 箸や器の位置を丁寧に揃えていた櫻子が、二人に気づく。
 
「あっ。お母様もアヤメちゃんも、そちらに居たのね!」
「ええ」

 ダイニングテーブルには、五人分の夕餉の支度が整っていた。
 正月料理を食べくした三日目の夜は、蕗が新しくこしらえた料理の品が数種、華やかに絵付けされた皿や渋みのある器に盛られている。
 
「お父様を呼びに行ったら読書されていてね、『今、ちょうど山場やまばだから、もう少し待ってくれ』ですって。んもう、いっつもそうなんだからあ」

 襷掛たすきがけした櫻子は腰に両手を当て、「プウッ」と頬を膨らます。
 鉉造も、いつの間にか席に着いていた。
 離れで風呂を済ませ、長着ながぎに着替えて褞袍どてらを羽織り、徳利とっくりを片手に手酌てじゃくしている。

「あっ、鉉さん!まだ皆、席に着いてないのにぃ」
「ふん。のんびり数仁を待ってたら、酒もめしも冷めっちまわあ」

 鉉造は、なみなみと燗酒かんざけを注いだお猪口ちょこを持ち、「グイッ」と呑む。
 
「んもう」

 今度は口を尖らせる櫻子のそばに、アヤメが近づく。

「櫻、子姉様」
「ん?なあに?アヤメちゃん」

 アヤメに顔を向けた櫻子の表情が「ニッコリ顔」に変化する。

「アヤメハ、今夜ノ見回リニ備エ、只今カラ充電箱ニ、着座サセテ頂キマス」
「そう!じゃあ、アヤメちゃんもこれから一緒にね!」
「ああ?アヤメが食事だあ?」

 鉉造が網の上にはまぐりを載せながら、櫻子の言葉を聞き返した。
 鉉造のそばには、大ぶりのはまぐり帆立貝ほたてがいが山になった大皿と、木製の燗銅壺かんどうこが置かれている。
 すでに燗胴壺には二本目の徳利がつけられ、隣の金網にも炭火の熱が加わっている。
 
「だってぇ、アヤメちゃんは電気が『ご飯』みたいな物でしょ?私達だって『ご飯』を食べなきゃ、お腹が空いて動けなくなっちゃうし、アヤメちゃんも充電しなきゃ、動けないもの。アヤメちゃんは私達と同じ物を食べたり飲んだりはできないけれど、お夕飯の時間に充電するってことは、私達と一緒にするのと同じことだと思うの」
「ふふふ。確かにその通りね、櫻子」

 濱子が笑いながら、櫻子の考えに同調する。

「それなら、アヤメちゃんにはいっぱい、電気を食べてもらって、私達も、蕗さんの作ってくれたお夕飯をお腹いっぱい、頂きましょうね」
「ええ、そうね!お母様」

 アヤメが歩いて行く後ろを、櫻子もついてゆく。居間のすみにある充電箱に到着すると、箱からつながる充電プラグをうなじの穴に差し込んで、アヤメは座った。
 櫻子が屈んで、アヤメの目線に合わせる。

「アヤメちゃん。お腹いっぱい、電気を食べてね」
「ハイ。櫻、子姉様」

 優しく話しかける櫻子と瞳をしっかりと合わせて頷き、アヤメは目蓋を閉じた。
 これは電源を切らずに、最速で充電完了するための「待機状態」である。

 櫻子はアヤメの頭を撫でた後、テーブルに戻った。




(続)
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