記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

九話「琉詩と莉央と陽②」

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 陽の部屋は、八畳ほどの洋室だ。
 机とテレビとベッド、高さのあるショーケースと棚が設置され、壁の一部には収納扉。
 背面ミラー貼りのショーケースには、プラモデルやフィギュアの完成品が上段から下段まで飾られ、棚は作成前のプラモデルの箱や道具箱が積み重なる。
 テレビには最新のゲーム機が繋がり、テレビ台の中も別のゲーム機やゲームソフトが占領している。
 寝具やカーテンのリネン類は、ブルー系で統一。
 部屋全体の雰囲気に、小学校高学年の男の子が加われば如何にも、金銭的に恵まれた家庭の息子の部屋だ。
 しかし、部屋の一ヶ所に設けられた腰高窓こしだかまどは、開閉可能だが強固な格子が嵌められ、風は感じられても、窓から腕や顔を出すことも出来ない。

「わぁ~…」
 
 部屋に入ると真っ先に、ショーケースが琉詩の目を引いた。

「あっ。これ、テレビで見たことあるっ。ロボットが〈〉するんだよね?」

 琉詩が、ちょうど自分の身長と同じ位置で、武器と盾を持つフィギュアを指差す。
 これは宇宙が舞台の人気アニメで、主人公の少年が搭乗している戦闘ロボットだ。
 
「そうそう。これもするよ」

 陽がショーケースのガラス扉を開け、ロボットを台座から取り外して閉める。そして部屋の奥にある机まで移動し、そこに収まったキャスター椅子を引き出して座ると、琉詩と莉央に手招きした。
 二人は陽のそばへ行く。

「ほら、ここを動かしてさ…」
 
 机の上で「カクン、カクン」と、ロボットの腕や脚を動かし、身体のパーツを少しずつ変形させると、ジェット機ような形状に変わった。
 
「わっ、カッコいい~!」
「はい」

 それを陽は、琉詩に渡す。

「あはっ」

 琉詩はジェット機を両手に持って、あちこち見回す。

「これ…新しいロボットでしょ?陽君、いつ作ったの?」

 莉央が尋ねる。

 ショーケースの中は、実際に存在する乗用車や戦闘機が縮小サイズでリアルに表現され、国内外のアニメや実写映画に登場するロボットやキャラクターのフィギュアなどは、それぞれの決めポーズを取っている。
 それらを莉央は絵を描く練習のために時々、陽の許可を得て借りていた。だから陳列が変わっていたら、すぐに気付く。

「ううん、これは完成品。このまま売ってたヤツだよ」
「えっ!?ハルおにいちゃん、〈じぶん〉でつくれるの?」
「うん、造るよ。オレが造ったのは、ここら辺のヤツ」

 陽はショーケースを指差し、中段から上段辺りを「スイスイッ」と大きな円で何周も囲むような動作をする。

「えぇ~っ!ハルおにいちゃん、すごいすごいっ」

 琉詩はショーケースに駆け寄り、「ぴょんぴょん」と飛び跳ねる。

「ねぇねぇ、ハルおにいちゃん。上にあるの、もっと見たいから、イスにのってもいい?」
「うん、良いよ」

 陽は立ち上がると、ショーケースの傍まで椅子のキャスターを転がす。

「貸して」

 陽が手を出して、琉詩の持つジェット機を受け取る。

「ありがとー」

 直ぐ様、琉詩が椅子に膝を乗せて立ち上がる。

「気をつけて」
「うんっ」

 陽は椅子が動かないように背凭れや、キャスター部分を自分の手足で押さえている。 

「これも、ハルおにいちゃんがつくったの?」
「うん」
「これも?これもこれも、これも?」 
 
 琉詩は右腕を上げて、最上段のロボット達を次々と指差す。

「そうそう。全部、オレが造ったよ」
「すご~いっ、すごいねっ。ハルおにいちゃん、すごいなぁ~」

 ガラス扉に、おでこと両手の平を張り付けて、琉詩は椅子の上を更に背伸びして見入っている。

「陽君、器用なのよ。細かい部品がいっぱいあるのに、ちゃんと組み立てて色もぬって、最後まで完成させちゃうんだもん。莉央もやってみたけど、とちゅうでイヤんなって止めちゃった」

 莉央はショーケースではなく、棚の方を眺めて何かを探しているようだ。

「色ぬるのも、ちょっとやっただけで出てっちゃったよな。自分の絵は、ちゃんと最後まで〈かく〉のに」
「だってぇ、あのスプレーくさいんだもん。莉央の絵の具は、あんな〈ニオイ〉しないしー」
「うん。確かにオレも、マスク無しじゃキツかったし。だからさ、会員達アイツらにソレ話したら、〈ニオイ〉強くないヤツ、買ってくれたよ。…あ」

 陽が、琉詩の前で『』と言ってしまったことに気が付き、見上げる。が、琉詩は目の前の展示物達に夢中だ。

「……」
「……」

 莉央も琉詩の様子を確認してから、陽を見て首を左右に振る。

「…ここにあるの、そう?」

 莉央が机を指差す。
 机の奥には何色もの塗料の容器が並び、他にも太さの異なる筆が入ったペン立てや、ペンチなどの工具が詰まった半透明のケースが置かれている。デスクマットが貼られた机の表面には、あちこちに散らばった塗料の跡がある。

「うん、それそれ」
「ふ~ん…」

 莉央は塗料の容器を手に取って、確認する。それを元に戻すと、今度は顔を上げて机上の本棚を見たり、しゃがんでベッドの下を覗いたりしている。

「ねぇ、陽君。ベスの写真、どこぉ?全然、アルバムとか見当たんないよ?」
「ベス?ああ、あそこの押し入れの中」

 陽は椅子を押さえたまま、「クイッ」と顎で方向を示す。 

「開けちゃうよ?」
「うん。トランクの中」
「はーい」

 「ガチャッ」と収納扉を開けて、莉央は床に両膝を突く。そして下部で横倒しに仕舞われた、トランクのチャックを全開にして蓋を上げた。

「その、ピンクのヤツが、ベスのアルバム」
「あ、これね?」

 莉央がトランクの中から、ピンク色の分厚いアルバムを両手に抱えて立ち上がり、振り返る。

「重い…」
「ベスが子犬のころからの写真だから。母さんが選んだんだけど、いっぱいあり過ぎてさ、どれにするか何日もなやんだんだ」

 莉央は「ボスッ」と、アルバムをベッドの上に置いた。

「あっ。ぼくもぉ、ベスの〈しゃしん〉、見たいっ。とぉっ」

 戦隊ヒーローになったつもりで、琉詩は掛け声と共に「ぴょん」と椅子から飛び降り、「タタタッ」とベッドへ駆け寄る。

「わっ。ベス、かわい~いっ!」
「ね~っ」

 琉詩と莉央がベッドの上に座り、アルバムに顔を近付ける。
 そこには、仔犬のベスがお腹を出して仰向けに眠っている写真。ドッグフードを食べている写真。野原を駆け回る写真。
 アルバムを捲る毎に、二人は感嘆の声を上げる。


 陽の脳裏に、ベスを囲んだ両親との温かい記憶が甦ってくる。

 「じわり」と、陽の瞳に涙が滲む。
 
 陽は黒縁の眼鏡を外して、二人に気付かれないよう「ゴシゴシ」と手の甲で涙を拭い、眼鏡を掛け直す。 

 そして陽もベッドに腰掛け、両親から聞いたり、自分も共に経験した「ベス」のエピソードを、琉詩と莉央に語っていった。




(続)
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