ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩 

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第三章 大団円

【本当のハネムーンまで124時間~ジョギング~】

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  朝七時。
 透也君がシャワーを浴びている音で目が覚めた。 
 のそのそと起きだし、透也君の脱ぎ捨ててあったシャツを借りる。

 わ、私のナイティ、レースでスケスケなものばかりなんだもの。
 いや、うっとりするほど美しくて大好きなんだけど。

 外では溌剌活発に。
 夜は艶かしく、が私の目標。
 ベッドのなかで透也君を誘惑したい私の趣味と実益を兼ねています。

 ……は、ともかく。
 齢二十七にもなると、賢者タイムになった朝は恥ずかしくて着れない。

 透也君御用達はTシャツでも最上級のコットンを絶妙なカッティングで仕立てられていて、素肌に着こんでも心地いい。

 お行儀悪いけど、そのままの姿でベランダから下を眺めてみる。

 何層もある下にあるデッキ(甲板)の下にプールがあって、船べりには一周できるジョギングコースがある。

 ……走ってこようかな。

 透也君の前でつぶやいたら最後だ。
『まだ、そんな元気あったんだ?』
 とか言われて、艶アンド真っ黒な笑みの彼にベッドへ引き込まれる。

 のぞむところだけど、退廃的ではなく健康な運動をたまにはしたい。

 クローゼットを開けてスポーツシューズに着替えた。GPS付き心拍計を腕に巻く。
 ガードさんからやかましく、ごほん、ご指導いただいてるサバイバルグッズ入りウエストポーチ。

 それと、船内でオプション以外はなんでも使えるリストバンド。
 チップすら内包されているオールインクルーシブだから、リストバンドをかざせばお財布なしで快適に過ごせる。

 うん、これで準備はOK。
 この船は透也君の会社の人ばっかりだしね、安心なはず、なんだけど。

 透也君がカリスマ経営者であるほど、スタッフさん達の彼への信奉度は高くて、その分私への反感になっているのかもしれない。

 ……昨日の公爵下ご兄妹は氷山の一角かもしれない。
 また、あんな目に遭ったらと思うと怖い。

 本当はこの部屋のなかで透也君の腕の中で縮こまっていたい。
 でも、一回でも逃げ込んだりしたら二回目はもっと心弱くなる。
 三回目は、立ち向かおうとも考えなくなるかもしれない。

 一生、外の世界を気にすることなく、透也君だけを見つめられたら心地いいだろうな。
 彼に優しく微笑んでもらえたら、それで私の世界は満たされる。

 ――それでいいの?

 誘惑に傾こうとしている心にチクリとささる疑問。

 透也君が私を好きなあいだは、徹底的に甘やかしてくれるだろう。
 けれど、彼の気持ちが離れていったとき、透也君だけで満たしていた私の世界は壊れてしまうんじゃないの?

 私は彼の妻で恋人なんだ。
 世界が壊れるのはともかく、夫であり愛おしい人の関心をなくしてしまうようなことは出来ない。

 ううん、いつも彼が私に惚れてくれているように努力すべきなのよ。

 私は透也君が美しくてお金持ちだから好きなんじゃないもの。
 優秀だけど努力の人であって、柔らかい部分を私に曝け出してくれる人。
 敵には冷酷、私には意地悪で私を甘やかすくせに鬼畜でどSで……あれ? 

 と、ともかく彼の天使なところも魔王なところも私は大好きなんだもの。透也君が好きな私でないといけないよね!

 心が決まった。
 バンジージャンプ、一回目は一歩を踏み出すのが怖かった(今もだけど)
 でも、あの世界に放り出されるような感覚を味わうのには大事な一歩。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、とは昔の人はよく言ったものだ。

「透也君は虎でもないし、まして子供じゃない」

 魑魅魍魎がうようよいる場所に飛び込んでも私が欲しいのは、世界に向かって妖しく微笑む魔王様なのだ。
 ……自分の旦那様に向かって魔王呼ばわりもどうかと思うけど、伏魔殿のキングなんだもの。


 肚の決まった私はデスクからメモパッドと取り上げ、『一走りしてくるね』と残しておいた。
 勿論、ガードさんには声を掛ける。

 プールのあるデッキまでエレベーターで降りる。
 運動するなら階段使えーってセルフつっこみに、階段降りるだけで満足しちゃいそうなんだものと言い訳する。

 新しい場所に来て、探検しないテはない。 
 ストレッチをした後、船べりに沿って設けられたジョギングコースをゆっくりと歩き出す。

 前後をボディーガードさんに挟まれている。

 場所は世界中のセレブが集まる豪華客船。
 どうみても船内のスタッフさん達より庶民な私が、屈強なしかもイケメン男性に守られてはおかしい。

 けれど、私の警護がガードさん達のお仕事だもの。ここで周囲の目を気にしてしまったら私の負けである。
 うん、透也君の会社のスタッフばかりだもん。こういう風景は見慣れている、ハズ。

 腕を振って大きな歩幅で歩いていると、それなりに息が弾んでくる。
 ガードさんの一人がインカムに反応した。

「円佳。透也様から、朝食に戻りられますかとお伺いが入っております」

 私は少し考える。
 たしか。

「八時からのダンスレッスンをしてから戻ります、と伝えてもらえますか」

 質問してきたガードさんは殆ど声を出さずにやりとりしている。
 おそらく、骨伝導タイプのマイクなんだろう。と、マイクを私に手渡してきた。

『円佳? 僕にお相手させてほしいんだが』

 透也君の声。
 いやん、耳元でささやかれるの本当に弱い。もっとやって。

 そういえば、挙式一週間前まではTV電話えっちしてたよね。もう、あんな機会ないのかなぁ。
 離れ離れになっていたときは透也君が恋しくてどうしようもなかった。
 もう、あんな気持ちはいや。
 ……待てよ、浴室や寝室に室内間インターフォンあったよね。
 船内間電話と切り替えられる機能がついてた。アレで……。

『円佳。インカム越しの僕の声でなにを考えているか、想像つくけど。そろそろ現実の僕と踊ってくれないか』

 笑いを含む声に妄想から引き戻された。
 え?
 私の考え、バレバレなの?
 だったら、透也君に協力してもらおうかな。

 ではなくて。

「そうだよね、私も透也君となら踊りたい!」

 ……でも。

「……非常に言いにくいんだけど、その。私、透也君としか踊ったことないから違う人と踊っておくべきだと思うの」


 日本で小さい頃から透也君と一緒に習ってきたけれど、それが問題でもある。
 私が透也君のリードしか慣れてないのだ。
 社交界にお義母様に連れていかれたときは、ダンスに誘われても断ってくださっていた。

『残念ですが、円佳ちゃんと踊って頂くには透也のが要りますの』

 ……実際、透也君が参加出来ない席に私を連れていくにあたり、お義母様はプレゼンの限りを尽くした。

 挙句。

『円佳ちゃんが髪の毛一筋でも痛むことがあれば、僕は相手の会社を潰しますよ?』

 と、のたまっていた。あろうことか。

『それは大事なことだわ。透也、母は貴方を自慢に思います』

『そうだね、我々が吸収したいほどの会社というのは実は少ない。なに、あぶれた社員は嘉島が面倒見るのだから、好きにやりなさい』

 お義母様は勿論、お義父様もこの宣言に諸手を挙げて大賛成されていた。

 
 ……というわけで、今までは透也君としか踊らずに済んでいたが、弊害はあった。

 なんせ、うちの旦那様ってば。
 差し出された手は彫刻のように美しい。
 あの身長差から見降ろされる、黒い湖のような煌めきを宿した眼差し。
 抱かれたときに毎回うっとりしてしまう逞しさ。
 加えてうっとりするようなオーダーのコロン。
 ソフトなのに強く、強引ではなく軽やかに洗練されたリード。
 優雅に笑んだ口元。
 踊っているうちにうっすらと目元が紅くなり、弾んだ息と汗に濡れた髪、私を貪っているときの彼を思い出させる。

 たまらん! ……ごほごほ。

『円佳は僕が違う女性と踊ったら嫉妬しないの?』

 嫉妬が滲みまくってます、旦那様。

「百パーセントするっ! でも、これからはお互いに別の人とのダンス、断れないでしょう?」

 透也君のパートナーとしてパーティに出るころには、私にダンスを申し込む命知らずはいなくなった。
 透也君も私とのファーストダンス以外、おおやけでは踊らない。

 嘉島のダンスホールでは週に一回は踊ってたけどね。
 燕尾服姿の透也君も、タンゴ踊ってる彼もノーブルかつフェロモン。

 ……は、ともかく。
 外国で他のセレブ主催のパーティだと、いかに透也君でも自分ルールを押し通さないだろう。

『…………そういう理由か。円佳、ガードを出してくれ』

 インカムを返して、二・三言やりとりをしたあと。

「では、九時半にご一緒しようとのことでした」

 一時間レッスンしたとして、シャワーが三〇分。うん、大丈夫かな。

「わかりました」

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