書道教師はクールな御曹司に甘く手ほどきされました

水田歩 

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暗雲が海外からやってくる

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「あと六十日」
 仁那はカレンダーアプリを見て、つぶやいた。
 二週間も経つが、祖母宅の周りには未だに物見高い人々が減っている様子はない。
 ネットも『和菓子』『書道』と検索しただけで簡単に武臣や自分の記事にヒットする。
(甘かった)

「諺って真実なんだなあ」
 感心しつつ。
 ほんとに諺通り、「七十五日」も一つの話題を引っ張れるものだろうか。とも疑問に思う。
(諺が成立した時代ならともかく)
 これだけ色々なメディアが乱立して、さまざまな娯楽があるのに、なぜ?

 和登が心配して一度来てくれたのだが、今度は『二人のイケメンを手玉にとる悪女教師』と叩かれてしまった。
 悪意があるように考えてしまうのは、被害妄想のせいだろうか。
 インドア派とはいえ、二週間も家から出られないと、さすがにストレスが溜まってきている。

 武臣も極力出張を減らして、リモートワークをしてくれている。
 けれど、花嫁修行をオンラインで行ってくれている武臣の母から『嫁となるあなたが、武臣の足を引っ張らないように』と言われてしまった。

(お義母さまの心象悪いよね……)
 初顔合わせのときに『武臣を支えてほしい』と言われた。
 なのに書道教師の仕事を続けたい、と発言してしまった。
(あのとき嘘でも『はい』って言っておけばよかった)
 後悔は何百回もしている。
 けれど、松代の家風に染まる覚悟もないのに言葉の上でだけ了承するのは、不実に思えた。

「……これを機に、教室を畳んで。『妻として、CEO夫人として武臣さんを支えます』って言ったほうがいいのかなあ」

 そうしたら、花嫁修行に松代家へ通える。
 武臣の家族にもよく思ってもらえるかもしれない。
(お義母さまのおっしゃることも理解できる)

 傍目にも武臣はキツそうだ。
 全国の店舗の売りあげが彼のもとに上がってくる。よいところは伸ばし、悪い所は改善していかなければならない。

 大企業でも一瞬で足を救われる。
 伝統にあぐらをかかず、常に未来を見据えて戦略を打ち続ける必要があった。

 仁那との時間をもったあと、遅くまで起きていることもよくある。
 孤独な当主を伴侶だけが理解し、支えられるのたら。
 そんな彼に寄り添って生きるのも、ありなのかもしれない。

(…………でも)
 踏ん切りがつかない。
 書道教師は仁那のアイデンティティーそのものだ。

 幼少期から和登は、なにをやらせても優れた結果を残してきた。
 誰にめ言ったことはないけれど、双子の兄に対して仁那はコンプレックスまみれだった。
 両親は『仁那は仁那でいいのよ』と言ってくれた。逆に期待されていないようで、辛くもあった。

(書道を教えることが、唯一誇りに思えるもの)
 書道が苦手な子どもたちが、『楽しい』『書道を好きになった』と目を輝かせてくれる。
(教えることで、ようやくしっかりと立てた気がする)
 それをなくしてまで、武臣の妻となることが本当に自分の望んだことなのだろうか。

(いけない)
 仁那は首を横に振った。
(初めてみつけたやり甲斐に、固執しているだけ)

 手放しても、次がきっとみつかる。
 書道が出来なくなるわけではないと言い聞かせても、心が沈む。

 ……婚約するときに、武臣と話しあった。
 彼の悪筆が改善されたわけではないと、仁那も武臣も理解している。ただ、逸る自分を『静心』で抑えることができるようになった武臣は、かなり精神的に救われたらしい。

(だったら、私は役目を果たしたんじゃない?)
 愛する人を導くことができた。
 彼に書道を手ほどきする必要はなくなったのではないだろうか。
 けれど、武臣が自分に惹かれてくれたのは書道教師だったからだ。辞めたら、武臣の傍にいる資格を失う。

(どこまでいっても相容れないのかな)
 ほろりと涙をこぼした。
「私は……、武臣さんとの結婚を望んじゃいけなかったのかなぁ?」
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