書道教師はクールな御曹司に甘く手ほどきされました

友と酒を酌み交わす〜松代サイド〜

5.

「シロ、仁那の授業はどうよ」

　袋田の問いに、松代は頭を切り替えた。

　……どのみち、終わった話なのだ。
　時任と道をわかったのち、自分は仁那という人生の伴侶をみつけたのだから。

「順調だ」

　高坂流では、段位や級位は存在していない。
　どこまでの習熟度を希望するか、生徒が入門時に何か月習いたいかを申し出で、『卒業』の際にどの程度まで上達していたいかの希望を述べる。

　期限月の最後の授業の際、仁那が提示した共通課題と自由課題を提出する。
　発表会のあと、一対一の面談。作品の出来をもって、生徒と教師が話し合うのだ。

　合格すれば卒業。
　しかし生徒の多くは、自ら継続を希望する。　
　どちらでも相手の申し立てが不服のときは、羽子板で勝負である。　

『一か月でここまで……素晴らしい成長のさまをを見せていただきました』

　仁那は生徒である松代を褒めたたえた。　
　
　彼女が提示した共通課題は、勿論、件の大王。
　そして松代が提示したのは【君を愛している】【生涯を共に歩んで欲しい】だった。　

　生徒がやんやと騒ぎ立てるなか、仁那は真っ赤になりながら松代を台所にひっぱっていった。

　個人面談の場であるから乱入してこないが、ガラス張りの引き戸に生徒たちが鈴なりである。

『松代さんの筆致は、ユーモラスで大胆。上手ではないですが、人目を惹きます。……申込されたときの、『下手でも披露できる、自信に満ち溢れた字』という希望習熟度に適っていると思います』

　仁那はどもりながらも、称賛した。　

『君の本音を知りたい』

　伏せた彼女の視界に、己の体をねじこんだ。
　
『……習い事というのは、終生続きます。修行に終わりはありません』
『そのつもりでいます』

　彼女がぼそぼそと口ごもれば、松代はきっぱりと言い切る。
　
『極めたいのならば、別の教師を探されるというのも一つの手です』
『貴女がいい』

　仁那が意を決したように言えば、松代の言葉も鮮やかだった。
　揺るぎない瞳に屈した彼女は、負けを認めた。
　
『わっ、わたしは……！　武臣さんに傍にいて欲しいけれど、授業も一緒だと静心が保てませんっ』

　真っ赤になった顔を両手で隠してしまった仁那を押し倒しそうになった。小学生達に我慢したのである。