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第一話 私は何処でも楽しくやれます
しおりを挟むルーナの民の地。
居住区から離れた森へと続く人気のない場所で小さな言い争いが起きていた。
「本当に行くのか?まだリアスも目覚めていないというのに」
「そうだよ!せめてアイツが目覚めるまで待つべきだと思う!」
重く高圧的な雰囲気を纏う野生味溢れた土の族長ガーディンと、代替わりしたばかりで初々しさの残るあどけない顔立ちの水の族長ヴァルは必至の形相でティアナの前に立ちはだかった。
そんな二人に対しティアナは馬に跨ったまま穏やかな口調で正論を返す。
「お二人とも、兄様はいつ目が覚めるか分からない状態です。待っていたら折角の停戦条約が取消されてしまうかもしれません」
元々口より先に手が出るタイプの二人だ。揃いも揃って簡単に口を噤んだ。
その代わり大層悲しそうに眉根を下げる。
(二人とも全部顔に出てるわ。これじゃあ逆に出発しづらいじゃない)
まだまだ若輩者のヴァルはまだしも幾重にも年を重ね筋肉という筋肉全てをパンパンになるまで鍛え尽くしたガーディンまで子犬みたいに困った表情を向けてくる。
揉めたくなくて民達に別れを告げなかったというのに族長がここまでごねるだなんて。完全に想定外だ。
「ではフウガが戻るまで待つのはどうだ?便りを受け取ってすぐに此方に向かっているだろうからあと三日もすれば戻るはずだ」
土と水の二人とは対照的に冷静な声音で提案してきたのはこれまで黙り込んでいた風の部族長フウシンだ。
瞳を閉じたまま真意を探らせない平坦な口調で新たな提案をしてくる。
「………?
何故フウガを待つ必要が?戻ってきたところで大して状況は変わらないと思うのですが」
フウガとは風の部族長の一人息子だ。
家族である兄に挨拶してから発つべきだというのは理解できるが、血の繋がりもなく特別な間柄でもないフウガを待つ理由がティアナには全く思いつかなった。
「だがフウガとは仲が良かっただろう」
「確かに仲は良かったですがそれは火の部族の民も同じです。寧ろ彼等に挨拶をしていないのにフウガを待つ方がおかしくないですか?」
ティアナは反論したかったわけではなく心底理解できなかっただけなのだが風の族長は額に手を当てて深く息を吐く。
(呆れてる?私何かおかしなこと言ったかしら)
何はともあれ風の族長とのよく分からない会話のおかげで罪悪感が薄れた。出発するなら今しかない。
「リュー、行くわよ」
「はーい」
ティアナはすかさず馬に合図を送り走り出す。その後ろを右腕であるリューも難なくついて来た。
「待たんかティアナ!ティアナー!」
「せめてもっと感動のお別れにさせてよ!!」
「はあ、結局こうなってしまうのか」
族長達の別れを惜しむ声が聞こえて来る。彼等には大切なものがある。それも両腕で抱えきれないほど多くだ。
そんな彼等にとっては部族の異なるティアナなど簡単に腕から落としてしまえる存在だ。それでもこうして悲しむ素振りを見せてくれることが嬉しかった。
「私は何処でも楽しくやれるので安心してください!皆様どうかお元気でー!」
速度を落とさぬまま振り返り力の限り叫ぶ。その後は二度と振り返ることはなく、ティアナはリューだけを連れて生まれ育った土地を去った。
自然を愛し自然の中で生きるルーナの民。
自然を拓き凄まじい速度で発展を続けるソーレ帝国。
相反する思想を持つ二つの集団は当然の如く対立を続け、それは戦争となって両国に多大なる犠牲をもたらした。
終わりの見えない争いは精神を蝕む。
ソーレの皇帝は病に倒れ瞬く間に命を落としてしまった。
一方でルーナも最強の部族である火の部族の長リアスが戦場で怪我を負い未だ意識不明だ。
そうして互いに戦争による摩耗に苦しんだ末、漸く停戦条約が結ばれることとなった。
とはいえ長らく傷つけ合ってきた者達がそう簡単に和平を結べるはずもなく協議は平行線を辿った。
そんな状況を変えるために決められたのが今回の結婚話である。
火の部族の姫ティアナ。
既に結婚している皇太子に代わり、ソーレの公爵であるカシウス・ハインノーズ。
互いにとって象徴とも呼べる二人に婚姻を結ばせることで和平の証にでもしたいのだろう。
ティアナとリューは横に並んで森の中を進む。
「本当に良かったんですか?長が目を覚ましたら寂しがると思いますよ」
「兄様には素敵なお嫁さんもいるんだから大丈夫よ。寧ろ安心されるんじゃないかしら。戦争の終わりを誰よりも望んでいた方だから」
ティアナはリューの問いかけに迷いなく答えた。
「そうですかねぇ?協議を進めたフウシン様とかボコボコにされてると思いますよ」
「ふふっ、リューったら面白いこと言うのね」
「いや冗談じゃないんですけど」
(リューってば相変わらず無駄に気を遣ったりして。兄様の性格は私が一番分かってるのに)
ティアナの兄であるリアスは族長として火の打ちどころない男だ。だからこそ、妹であるティアナのことも特別扱いすることはなかった。
ティアナが停戦のために帝国に嫁いだくらいで他の族長に八つ当たりするはずがない。
ティアナはそう確信していた。
だからこそルーナの地に未練などなく、既に意識は帝国に向いている。
「正直私より公爵様を心配するべきじゃないかしら。
失恋したばかりで政略結婚だなんて。それも想い人の結婚生活を守るために身代わりになったなんて想像するだけで胸が痛むわ」
「この状況で相手の心配が出来るのは主くらいのもんでしょうよ」
「え、そ、そうかしら?」
「褒めてねぇよ」
むすっ。
冷たい口調にティアナは不満気にむくれる。
しかしリューは主人には目もくれず突如纏っていた空気を一変させた。同じくティアナも前方から感じる気配に視線を鋭くし、二人はその場で馬を止める。
「誰かいるわね。それも一人じゃないわ」
森を抜けた先はもう帝国の領土だ。
盗賊か旅人か………将又停戦条約を快く思っていない者達か。
「ちょっと行って見てきます」
リューは返事を待たずに馬から適当な木に移り、瞬きする間に姿を消してしまった。
「相変わらず身軽だわ。
貴方も相変わらずとってもいい子ねぇ」
主人がいなくなったにも関わらず大人しく待っているリューの馬の頭を撫でてやる。嬉しそうに鼻を鳴らしてティアナの手に擦り寄ってきた。
リューは非常に優秀なティアナの右腕だ。心配するだけ無駄だということくらいとっくに理解している。
そうして適当に時間を潰していると程なくしてリューが戻ってきた。
音も立てず木から降りてきてそのまま馬に乗る。
「どうだった?」
「それが少々意外な者達でして」
「意外?」
色々な経験を積んでいるはずのリューが想像していなかった人物とは一体誰だろうか。
「ねぇどんな人達だったの!?早く教えて!」
好奇心で瞳を輝かせるティアナに呆れながらリューは口を開く。
「騎士です。鎧には公爵家の紋様が施されていました」
「公爵家の騎士が迎えに来ているということ?」
「恐らくは」
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