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第二章 少年期編
第五十九話 お世話係リッツェ(10)
どれくらい経っただろうか。
放心状態のリッツェの背中をヨルは黙って優しくさすってくれた。
夜が明け始めた頃城の外が騒がしくなる。
ヨルはリッツェを残したまま窓際に行き、リッツェも後を追って外を見た。
豪華な馬車が門の前に停まっている。
大勢の兵を引き攣れて男が門を潜っていた。会ったことはなかったが肖像画で見たことがある。
「王様?」
「面倒なのが来ちゃったな。あの男に何を言われてもお前は真顔で頷いてればいいから」
「はい…」
窓に片手を付いて冷たい瞳を外に向けるヨルはいつもの無邪気な主人とはまるで別人のようだった。
「久しいな。無事で何よりだ」
「陛下こそお元気そうで何よりです」
ニコニコニコニコ。
ヨルは絵に描いたような笑顔を浮かべて陛下を出迎えた。
「お前も変わりないか?」
まさか話しかけられると思っていなかったリッツェは動揺が顔に出るのをなんとか堪えて指示通り無表情で頷く。
王様に対して無礼なのでは…?とハラハラしたが幸い気分を害した様子はなかった。それどころか満足そうに頷ている。
ヨルは初めて使う応接室で王と向かい合った。
リッツェはヨルの後ろに控える。出せるお茶などないので立ったままこっそり王を観察した。
五十歳だと聞いていたがそれにしてはかなり老けている。でっぷりしたお腹と深い皺のせいだろう。
ヨルに質素な生活を強いておきながら自分は醜く肥えている上に派手な服とアクセサリーをくどいほどに重ねた王に好感は抱けなかった。
「王妃の件だが………」
リッツェは背中で結んでいた手に力を込めた。
王妃を刺したリッツェの処分を伝えに来たのだろうか。
ヨルの部屋では王が連れて来た兵士達が死体の処理をしている。初めからそのために来たかのようにスムーズな動きだった。
「今回の件は完全に此方に非がある。王妃の監視を命じていた兵にはきつく言い聞かせておこう。お前達も気にしないように」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
二人があまりにも淡々としていて拍子抜けしてしまった。
同時にリッツェはヨルを抱いて今すぐこの場から連れ出したい衝動に駆られる。
これではまるで、ヨルの母の死など取るに足らないことだと言われているようだ。
リッツェは必死に踏み止まる。ここで無礼を働けばヨルの立場が悪くなるだけだ。第一自分にそんな資格はない。ヨルの母の命を奪ったのは他でもない自分なのだから。
「してヨル、王妃はどのようにして死んだのだ?お前が魔法でやったのか?」
「いえ。リッツェが守ってくれたんです」
王の気味の悪い視線がリッツェに向く。
「忠実すぎるのも考えものだな………」
そう小さく呟いたのが聞こえた。
「魔法の練習は順調か?」
「はい。炎魔法なら帝国相手でも十分通用するかと」
「そうかそうか。お前は本当に優秀だな」
王の言葉に違和感を覚える。ヨルが毎日魔法を使っていたのは王の命令だったのだろうか。そんな話は初めて聞いた。
「では今、その成果を見せてもらおうか」
「今………ですか?」
「何か問題でも?」
王にそう聞かれてヨルが断れるはずがなかった。
今自分は何を見ているのだろう。
いつも駆け回っている芝生に焼け焦げた五人の男が倒れている。
数分前。
王の指示で連れて来られた筋骨隆々な男達は大人げなくヨルを取り囲んだ。
王とともに少し離れた場所から見ていたリッツェは居ても立っても居られず止めに入ろうとする。しかしすぐに動きを止めた。ヨルの口が動いたのだ。『待て』と。
「その五人は斬首刑が決まっている。殺していいぞ」
あり得ない。まだ齢四歳の息子を犯罪者と戦わせるなんて。
その上五人とも血走った目をしていて子ども相手だというのに殺気まで感じた。
『この子を殺せば刑を軽くする』とでも言われたのではないかと、冗談みたいな疑いを持ってしまうくらいに。
今すぐにでも駆け寄りたいのにヨルの鋭い視線がそれを許してくれない。
そうして始まった公平さの欠片もない戦闘は一瞬で片が付いた。
ヨルの圧勝だった。
兵による「始め」の合図とともに男たちが一歩踏み出す。
足が地に着いた瞬間全員の足元からまるで噴火でもしたかのように猛烈な炎が噴き出した。
五人とも逃げることすらできずに炎にさらされ断末魔を上げながら焼かれていく。
そうして今、目の前に炭と化した五人が転がっている。
「素晴らしい!!」
リッツェが目の前の光景を必死に処理している間に王は拍手をしながら高笑いして周りにいた兵たちも感嘆の声を上げた。王はひとしきり誉め言葉を並べ立てるとヨルを強く抱き締める。
「さすがは私の息子だ。お前はこの国の英雄になるだろう」
そしてヨルは、
「ありがとうございます」
絵に描いたような笑顔でそれを受け入れた。打ちどころのない綺麗な笑顔だった。
王が帰った城で、ところどころ黒く焦げた芝生に寝転がる。
「リッツェも昼寝するの?」
「そうですね。夜に寝れなかったので」
「ふーん」
隣では先に仰向けになっていたヨルが空虚な瞳で空を見ていた。
リッツェも真似て空だけを視界に映す。
「ヨル様、僕の主はヨル様です」
「急に何?」
「僕は貴方に付いて行きます。何があっても側にいます」
ヨルの返事がなくてもリッツェはそれ以上何も言わなかった。従者にすぎない自分にできることなど結局それしかないのだ。
「俺、魔法が好きだよ」
「はい。知ってますよ」
楽しそうに魔法を使うヨルをずっと見てきたのだ。十分過ぎるほど知っている。
「でも………今日少しだけ嫌いになっちゃった」
ヨルの声が震えている。本当は抱き締めたかったけれどリッツェはただ黙って空を見続けた。
暫く経って、ヨルが自分の目元を拭う。
「王様は俺の魔法を使って戦争をする気なんだ。俺はそれを止めたい。魔法はそんなことに使うものじゃない」
ヨルが起き上がってリッツェの顔を覗き込む。
「だからリッツェ、俺に付いて来て」
リッツェもゆっくりと身体を起こし、ヨルの頬に残っている涙をそっと撫でた。
「何処までも、お供いたします」
ヨルが笑う。
リッツェが守りたかった目が霞むほど眩しく無垢な笑顔だった。
付いて行くと誓った。行き着く先が地獄でも。
それなのに何故今、貴方だけが地獄を彷徨ってるのだろうか。
一度主人の手を放したこの手で再び誰かを抱き締めることなど許されるはずがない。
たとえ目の前に、心が震えるほど愛おしいものが在ったとしても ───
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