無気力系主人公の総受け小説のモブに本物の無気力人間が転生したら

7瀬

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第二章 少年期編

第六十九話 再・本物の無気力はお迎えに行く(10)


「やっと起きた」

 少し離れたところでまっさらな大地を眺めていたヨルはリッツェが起き上がったのに気が付いてこちらを向いた。

「主人を差し置いて寝るなんて従者失格だぞ」

 不満そうに唇を尖らせて駆け寄って来る。
 木々も建物も人も何もないこの土地になんの違和感も抱いていないのだろうか。
 あっけらかんとした様子にリッツェは余計戸惑った。

「け………怪我は?」
「ん?ああ。全然平気だよ」

 ヨルがリッツェの側に座る。
 殴られた頭は今のところなんともなさそうだ。
 とはいえ医者に診せるべきだろうがそもそも医者を呼べる環境でもなければここが何処なのかもまったく把握できていない。

 一先ず現状を理解しようとヨルに問いかける。

「あの、ここはどこなんですか?それに村人は?あの後一体何が起こって………」
「へぇ。なんにも覚えてないんだ。まぁそういうこともあるか」

 さっぱりした反応に少し安心する。もし深刻な事態ならこんな振る舞いができるはずがないと、そう思ったのだ。
 しかしそんな考えは次の一言で覆された。

「ここはカタラント。俺達が暮らしてる国があった場所だよ。村人は………ていうか国民も皆塵になった。リッツェの風魔法でね」
「………」

 悪い冗談。
 そう言おうとしたのに声が出なかった。

 記憶が分厚い白で上塗りされても身体に感覚がこびりついたままなのだ。
 心臓。肝要で脆い場所。そのすぐ側にそれは貯まっていて、それを使って何かを起こした。
 曖昧な表現しかできなくともたしかに残っている。

「………は、」

 リッツェは震える両手を自身の首に当てた。そこに明確な意思はなく、無意識に力を込め始める。

「ぐっ、うぅ…っ」
「リッツェ」

 固く力んだ手にヨルがやわらかく触れた。

「お前、俺を置いていくつもりか?」

 そのたった一言が罪悪感から来る自傷の念を全て取り払ってしまう。
 リッツェは腕をゆっくり下ろして主の方を見た。
 母親を殺された時と同じだ。まるでヨル自身は一切の傷を負っていないかのように平然とリッツェの背中を撫でた。

「何も気にしなくていい。俺を守ろうとしただけなんだから。今まで通りちゃんと側にいろ」

 優しい言葉。暗示のようなものだと分かっていた。気にしなくていい訳がないのだから。

 それでも、リッツェの世界には元々ヨルしかいないのだ。他者に犯したどんな大罪もヨルの言葉に逆らってまでリッツェの首を絞める理由にはならなかった。

「それにこれでよかったんだよ」
「………?」

 慰めと言うにはあまりにも無理がある肯定に思わず疑問符が浮かぶ。
 この違和感はなんだろうか。吹っ切れたようなヨルの顔。強がりと言うにはあまりにも自然で、けれどいつも通りとは言えない。そんなはずないのに何処か満たされているようにすら見える。

「ヨルさ………」
 ───「随分大きな魔法を感知したかと思えば。なるほどのう」

 その人は突然二人の前に現れた。
 真っ黒なローブを纏い長い顎鬚を生やした老人。しわがれた声は多少の驚きを纏っているもののこの異様な景色を目の当たりにしたにしては訝しく思える程の落ち着きがあった。国王の中身のない強さとは違う、本物の強者感。畏怖とはこういう感情を示すのだとたった今知った。

 リッツェはヨルを自分の背に隠して老人を睨む。
 威嚇にすらならないと分かっていても反射的にそうしていた。

 ヨルは何を思っているのか黙ったまま動く気配がない。

「ヨル様、逃げてくださ………」
「驚いたじゃろ。もう大丈夫じゃよ」

 気付いたら頭の上に手が乗っていた。皮の硬い長く生きてきた人の手だ。
 老人はその手を乱雑に動かしてリッツェの髪を撫でまわした後ヒョイと背中を覗き込んだ。

 慌ててヨルを庇おうとするがその時には既に老人の視線はリッツェに戻っていて片手で顎鬚を触りながら勝手に話を続ける。

「そっちの坊主は既になかなか上手く魔力コントロールができておるな。年齢を考えれば立派なもんじゃ」

 ヨルが一瞬動いた気がする。

「逆にお主はまだ生まれたて。それも未熟児じゃ。ちゃんと教えてやらんとな」

 言葉の意味が全く理解できなかった。益々警戒を強めるリッツェに反してヨルは足元からひょっこり顔を出す。

「ちょ、何してるんですか!」
「おお。お主も火属性が得意じゃな?儂と一緒じゃ。教えがいがあるのぉ」

 老人は腰を屈めてヨルの頭を撫でる。リッツェは今すぐその手を叩き落としたかったが肝心のヨルがやけに嬉しそうなせいで睨むことしかできなかった。その視線に気づいたらしい老人がしまったという風に口を開く。

「おっと。自己紹介を忘れておったな。儂は『魔塔主』。今日からお主らの師匠になるジジイじゃよ」
「は?」

 皺だらけの手が二人の前に差し出された。

「二人とも、魔塔へおいで」

 勝手な上に胡散臭い申し出だ。そう思いながらも結果的にリッツェはこの手を取ることになる。

「ヨル様………?本気ですか………?」

 ヨルがそうしたならリッツェに続かないという選択肢はないのだ。


 この怪しい邂逅がもたらしたのは意外にも平穏な生活だった。
 魔塔で暮らす魔法使達は突如現れた正体不明の子どもをすんなり受け入れ、元々魔法が好きだったヨルは厳しい師匠の元で伸び伸びと修行に明け暮れた。

 かつてない程に楽しそうな日々を送る主人の隣でリッツェも魔力の扱いを学び、自由な魔法使に振り回されながらいつの間にか自分が振り回す側になり、気づけば三年の月日が流れていた。

 その頃には魔塔は名実ともに二人の帰る場所になっていて、平和で破天荒な日々を日常として受け入れていた。

「ヨル様ー、そろそろご飯の時間ですよー」
「んー、すぐ行くー」
「一時間前にまったく同じ言葉を聞きました。焼きたてのパンを持って来たので一緒に食べましょ」
「いい匂い!!食べる!!」

 魔塔を囲う森の中で魔法の練習をしていたヨルは匂いに釣られて漸く手を止めた。
 背が伸びて魔法使としても成長したがこういうところは変わらない。

 二人は地面に尻をついてパンを齧る。

「やっと二十段階の温度調節ができるようになってきたんだー」

 口の周りにジャムをたっぷりつけたままヨルが嬉しそうに話してくれる。リッツェはハンカチでそれを拭いながら褒め称えた。

「すごいですね!つい最近まで十五段階だったのに!」
「それでも爺ちゃんには全然敵わないけど。調節だけじゃなくて最高温度も俺よりずっと高いんだ」
「ヨル様ならいつか師匠だって超えられますよ!」
「んー………別に超えられなくてもいいよ」
「え?」

 意外だった。ヨルは魔法に関しては常に前向きな向上心の塊だ。
 とはいえ弱気になっている風ではなく、瞳は真っ直ぐ前を向いていて強い熱意が籠っている。

「今はまず、あの人に認めてもらいたい」

 ヨルはそう言うと手に残ったパンを全て口に詰め込んでまた練習を始める。
 リッツェはそんな主人の姿を日が暮れるまで見守り続けた。


 幸せな日々だった。
 背負わされた宿命や抱えきれない程の他人の命のためではなく、自分が望んで抱いた誓いのために奮闘する毎日。
 こんな日々がずっと続いて欲しいと願っていた。

 ヨルもそう願っていると信じていた。
 あんなことが起きてもまだ尚、リッツェはそう信じている。


 ───それが起きたのは更に三年後。
 二人が魔塔に来てから六年が経った頃だった。



「リッツェさんリッツェさんリッツェさん!!!」

 つい最近魔塔へやって来たばかりの新人の一人が何やら慌ただしく部屋へ駆け込んできた。

「これ見てください!!使うと色が変わる魔道具!不器用ながら作ってみました!」

 ズレた眼鏡を直しもせずに高らかに掲げられたその魔道具は見た目は単なる正方形のスイッチだ。

 既にこの世に存在しているものではあるが需要は変わらず高いままで製作も大して難しいわけではない。新人に練習がてら作らせるには丁度良かった。

「リージャが作った!?それはすごいですね!早速使ってみましょう!」
「はい!今度こそきっと大成功です!」

 このスイッチは使った者がもう片方の手で触れている物体の色を変える。
 リッツェは可愛い後輩を信じて自身のローブに触れ、躊躇わずスイッチに手を伸ばした。

「ちょっと待ったぁぁああああ!!!!」

 指先が触れたあたりで極悪人でも追っているかのような形相をしたオーガスが入ってくる。オーガスはその勢いのままスイッチに向かって突っ込んできて、よろけたリッツェは知らぬ間にオーガスのローブを掴んでいた。

 同時にポチっとスイッチの突起を押す。

 ───パァアアアアンッ

 いっそ清々しいほど綺麗にオーガスのローブが弾け飛んだ。

「………」
「………」

 オーガスは裸体を晒したまま黙り込み、リッツェもかける言葉が見つからない。
 唯一リージャだけが呑気に首を傾げた。

「あれー?おかしいですね。色を変える術式のはずなのに爆発するなんて………。
 いやーでも爆発したのが先輩のローブでよかったです。先輩じゃなかったら身体も持っていかれてたかもしれません」

 直後オーガスの拳がリージャの頭頂部に振り降ろされた。

「いたーーーい!!!」
「俺の方がいてぇんだよ!魔塔のローブでこれだぞ!?最早殺人兵器じゃねぇか!没収だ!」
「うぅ………頑張ったのに」

 リージャが頭を押さえて涙ぐむ。
 なんだか可哀想に思えてきたがオーガスの視線が自分に移ったことに気付いてそれどころではなくなった。

「リッツェさんも!!コイツの作るもんは信用できないから使わないでって何度言ったら分かるんすか!」
「でも折角頑張って作ってくれたのに………」
「余計な情けは死を招きますよ」
「たしかに」

 リージャのローブを奪って自身の下半身に巻き付けたオーガスの言葉はとても説得力がある。二度とリージャの作った魔道具には触れないと心に決めた。

「じゃあ俺等はこれで。行くぞリージャ」
「はーい」
「あ、僕も行きます。そろそろヨル様に食事を持っていかないと」
「またですか?ヨルさんっていつも研究室に籠り切りですよね。まあここはそんな人ばかりですけど」
「つい半年前までは外で修行ばかりしてたんですよ。最近は研究に熱が入ってるみたいなんです。僕も中には入れてもらえなくて………」

 そんな会話をしながら部屋を出た。

「え………」

 その瞬間、視界が真っ赤に染まった。
 一瞬肌に触れた熱でローブの一部が溶けてなくなる。

「………んだよこれ」

 オーガスがよろめいたリージャを支えながら絶句する。
 その目のにも揺らめく炎が映っていてリッツェはこれが幻覚ではないのだと確信した。

 魔塔の内部が炎で埋め尽くされていた。
 一体何処から発生して何処まで広がっているのかも分からない。三人の周囲には炎しかなく、それは恐らく既に先程までいた部屋まで侵攻していた。

 リッツェがほぼ反射で作った風の防壁がなかったら三人そろって消し炭になっていただろう。

「ま、魔法、ですよね………?襲撃?で、でもこんな、魔塔を焼き尽くすような炎なんて魔塔主様くらいしか………」
「違う」
「え?」

 この魔法の使い手が誰なのかリッツェには分かってしまった。

「二人とも絶対にここから出ないでください」
「リッツェさん!?」

 リッツェは防壁の中に二人を残し炎の中に飛び込んだ。

 リッツェにできる最高速度且つ最高密度の風で自身を覆っているにも関わらず炎は容易く入り込みジリジリとリッツェの皮膚に届き始める。

 魔塔主は今帝都に遊びに行っている。そして魔塔は外部の人間の侵入を決して許さない。
 だとしたらこの炎の使い手は………なんて冷静な思考が働いたわけではなく、ただなんとなく感じたのだ。
 これはヨルの炎だと。

『暴走』
 リッツェにとって思い出したくないけれど忘れてはいけない記憶の一つ。
 もしヨルがそうなっているのなら自分が止めなければ。
 死を望まずにはいられない罪を絶対にヨルには背負わせたくなかった。

 熱に浸食されながら風を使って上へ向かう。
 ヨルの部屋は最上階の一つ下。次期魔塔主の部屋だ。やはりヨルに近付くほど熱は高くなり炎も威力も増していた。

「けほっ、」

 部屋の前に着いた頃には既に視界は揺らぎところどころローブが溶けて皮膚が焼けていた。
 ヨルの才能は誰より知っていたつもりだが、実際は想像の範疇に収まるようなものではなかったらしい。
 魔塔主と同じどころかそれすら超えているかもしれない。

 リッツェは口を抑えながら限界が近い魔力を振り絞ってヨルの部屋の扉を吹き飛ばす。
 これまで以上の炎を覚悟していたが部屋に炎はなく、中央に置かれた椅子にヨルが俯いて腰かけていた。

「ヨル様………?」

 顔が見えない。微動だにしないヨルの姿にリッツェは寒気すら感じた。

 一歩一歩近づきながら名前を呼ぶ。
 幸い頭に過ったようなことはなく、ヨルはゆっくり顔を上げた。

 思わずホッと息を吐く。
 しかしヨルの表情をみてリッツェは再度全身が冷えていく感覚に陥った。

「誰かと思えば。俺を守りに来たのか?守るべきは俺じゃないっていうのに………お前はほんとうに忠実だねぇ」

 ヨルは笑っていた。本当に自分の知っているヨルなのか疑いたくなるような冷たい笑みだった。

「無理するから火傷してるじゃないか」

 リッツェが足を止めるとヨルが軽い足取りで近づいて来る。

『暴走』
 それ以外考えられない。考えもしなかった。だってヨルは魔法を愛しているから。魔法で人を傷つけることを誰より恐れている人だから。

「あ、でも見ただろ?ていうか浴びたか。俺の炎はもう爺ちゃんにだって負けないんだ」
「………」

 嬉しそうに笑うヨル。クルクルその場を回ってローブを美しく揺らす姿に狂気すら感じた。
 この笑顔はリッツェの守ろうとしたものじゃない。理解し得ない状況下でもそれだけはたしかだった。

「なんだよ。折角主人が成長したっていうのにさ。称賛の一つもないのか?」
「ぐっ、うぁあああ!!」

 ヨルが一刺し指に灯した炎をリッツェの腹部に押し当てた。
 手のひらにも満たない小さな炎は容易く身体を貫通する。

「よ、る様………どうして、」
「どうしてって………お前に言っても分からないよ」

 その場に倒れ込んだリッツェの顔をヨルが片手で持ち上げる。
 リッツェと目を合わせるために屈んだヨルの顔に笑みは無く、ただ一言感情のない声音でこう告げた。

 ───「人間ですらないくせに」


 違うんです、ヨル様。
 もうずっと前から気づいていたんです。
 それでも何も言わなかったのは………


 リッツェの記憶はここまでだった。
 次に目覚めた時には魔塔主が場を沈めた後で、生き残った魔法使はリッツェを含めて四人だけだということ。
 そして、ヨルは魔塔主の手で葬られたということ。

 そんな残酷な現実が待っていた。


 ***



「んー!やっと終わったー!!」

 無事試練を終えたリッツェは暗い部屋の中で思い切り伸びをする。
 なんだか暗いことを思い出していた気がするが途中から試練がそれなりの難易度になってくれたおかげで気持ちが自然と切り替わっていた。
 とはいえリッツェにとっては大した内容でもないのだが。

「お疲れ」
「いや、疲れたってほどでは………」

 背後から聞こえたねぎらいの言葉に振り返りながら返事をする。
 儀式の間に勝手に入って来るなんてこれだから魔塔の変人は………

「ところでこれ退職金なんだけど………」
「えええええええええええ!?!?!?!」

 振り向いた先には床に座り込んでこちらを見上げるルシオンがいた。

「………リッツェうるさい」







 
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