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第一章 幼少期編
第四十五話 本物の無気力はお迎えに行く(2)
「これは一体何の騒ぎかな」
なかなか良いタイミングで大神官がやって来た。
ざわめいていた棟内が静まり返る。
あの謎の映像からも感じていたが、大神官は一部のお仲間以外を除く神官からは慕われていないらしい。
まあ部下に大変な仕事を押し付けておきながら、自分は評価を得られる割の良い仕事だけをこなす上司なんて誰からも好かれるはずないよな。
だったら大神官と敵対しているエド先生のことを嫌悪する理由なんてないと思うんだけど、それとこれとは別問題なのか?
考えている間に自然と視線が大神官の方に向いていて、引き寄せられるように目が合った。大神官がわざとらしく破顔する。
う。なんかちょっと気分悪いかも。
「これはこれは。神子様、お会いしとう御座いました」
「神子様…?」
「もしかしてあの子が約二千年ぶりにルミナス様の加護を得たという子どもなのか!?」
「でも確かにそれっぽい顔してる!」
それっぽい顔ってなんだ。
神官達が勝手に納得して一斉に俺を観察し始めた。
「神子?今神子って聞こえなかった?」
「まあなんてこと、本当に神子様が現れたの?」
「冗談に決まってるだろ。そんなことあるわけない」
「でもあの方は大神官様だろう?そんな冗談言うはずねえよ」
神子の情報はまだ神殿内で留められていたらしく、患者達は驚きながらも品定めするような目を向けてきた。
「………」
何方の視線も気分の良いものではない。
リッツェの首元に隠すように顔を埋めた。
「大丈夫ですよ」
リッツェが俺を安心させようとしてくれたのは分かっている。
とはいえこの状況。どうやらまんまと狸爺の罠に嵌まったようだ。
そしてエド先生も同じタイミングで大神官の真意に気が付いた。
「すみません。前言撤回します。すぐに帰りましょう」
迷わず俺達を引っ張って真っ直ぐ出入り口へ歩き出した。
しかし今更気づいたところで既に手遅れで、患者の一人がポツリと疑問を零す。
「神子様ならどうして神官様と一緒にいないんだ?」
その一言を皮切りに患者達が続々と声を上げ始めた。
「神子様を抱いている男はどう見ても神官様じゃないもんな」
「神子様は神殿で暮らしていないのか」
「ねえ、あの白衣を着ている方、私知ってるわ」
「ああ。『裏切の聖女』と一緒に神殿を出たエドワルド神官に違いない」
「神子様がどうしてそんな人と一緒にいるのかしら」
「神子様って前の聖女様に似てるよな」
「それだけじゃないよ。瞳は獣の血のように真っ赤たったわ」
「もしかして神子様って………」
この空気感。さながら誘拐を疑う人々と居た堪れなくなり早急にその場を立ち去ろうとする保護者だな。
「どうしたんだエドワルドくん。折角神子様が来てくださったんだ。そんなに急いで連れ帰らなくてもいいだろう」
厄介なことに大神官は帰路を断つべく出入り口の前に立っている。
「安心してくれたまえ。たとえ母親が神を裏切った異教徒であってもルシオン様がルミナス様の加護を得た事実は変わらない。
以前も伝えた通り、神殿は神子様を受け入れたいと思っているんだ。そんな風に我々から遠ざけるのはやめてくれないか」
激しい身ぶり手ぶりと完璧な表情管理。
真に迫った良い演技だ。
おかげで患者は勿論、大神官を好ましく思っていない神官すらも一つの誤った結論に辿り着いた。
『神を裏切った前聖女とその仲間が神の力を独占しようとしている』
「ちょっと待ってくださいよ大神官様。その言い方はさすがに悪意ありすぎでしょ」
「神官長。ここは神殿だ。公爵家の人間だからってそのような態度は頂けないな」
「それを言うなら大神官様こそ、ここは神を祀る神殿だよ?くだらない謀略で人を陥れるなんて罰当たりなことはやめた方が良い」
「神官長、おやめください」
大神官と向かい合って庇ってくれるゲイレンをエド先生が止めた。確かにこれ以上はゲイレンの立場すら危うくなりかねない。
とはいえ神官長であるゲイレンが大々的にエド先生の味方をしたことで神官達の中にはこのあまりに整いすぎている状況を怪しむ者も現れた。
例えば開け放たれた扉の外からこっちを見ている若者神官くんとか。
しかし大神官の目的は神官ではなく民達だ。大神官の裏の顔を知らない神殿の外の人々はたったこれだけのことで容易くエド先生とリッツェを悪役に位置づけてしまう。
「神子様を独り占めするつもりか!?」
「一体何度ルミナス様を裏切れば気が済むんだ?お前らみたいなのがいるから俺達まで神に見捨てられるんだ!」
「実の両親に利用されるなんて可哀想に。はやく神殿で保護してあげるべきよ」
民意を思うままに動かした大神官は不安と怒りを顕にし始めた患者を満足気に見守っていている。
「申し訳ありませんルシオン様、私が浅はかでした」
「とにかく一回帰りましょう!僕があの爺さん吹っ飛ばしますから!」
「ここで暴力はまずいよー。もっと立場が悪くなる。こうなったら一旦ベビたんはオレに預けるっていうのはどう?」
「仕方ありません。リッツェさん、大神官を吹き飛ばしましょう」
「はい!任せてください!」
「ちょいちょいちょい。マジ?この二択でそっち選んじゃう?オレショックなんだけど」
大人達は小声ではあるが堂々と作戦会議を開いている。謎の余裕があるのはどんな状況であれ武力的に劣る可能性がほぼゼロだからだ。多分リッツェなら本気を出せば建物ごと吹っ飛ばせる。
でもそれは悪手だ。
この状況を放って帰れば三日も経たない内にエリューストを悪者にした物語が帝都中に広まるに違いない。
面倒くさいことをはやく終わらせようとする度に事態が悪化していくのは俺がお馬鹿で考えなしだからか?
こういう時、姉さんの好きな無気力系主人公だったら真顔でサラリと解決してしまうんだろうが悲しいことに俺はただの無気力にすぎない。
なんなら今も全然怠い。眠たい。ワンチャン寝れる。
「はあ、せめて『あれ』さえ見つかってればなんとかなるのに」
「今更嘆いてもどうにもなりません。坊ちゃまを屋敷に送り届けるのが優先です」
瞼を持ち上げることに全神経を集中していたがゲイレンとエド先生が声を潜めて話している内容が微かに耳に入ってきた。
あれ………あれって………
「あ」
あれか。
「坊ちゃま?どうしました?」
俺としたことがここに来たもう一つの目的をすっかり忘れていた。
「あれほちい」
俺が指差すと皆の視線が一気にその先に集まった。当然大神官も気づいて対処しようとしたけれど僅差でリッツェの魔法が先に届く。
そうして風に煽られた大神官の薄く平たい帽子はいとも簡単に俺の手の中にやって来たのだった。
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